真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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色を喪った世界

大陸を平定してから、五年の月日が流れていた。

 

それは、北郷一刀が消えてから五年経ったという事。この五年、華琳はこの大陸をより良い形に導いていこうと己の才覚の全てを振るい邁進してきた。

 

だが、五年の月日をかけても、華琳の天下の王としての道はまだ半ばにも達していない。

 

今も、華琳の前では文武百官が次々と各地の報告を挙げて来ていた。目の前に積まれた竹簡。華琳はその中身を眺めながら、その内容を補足する様な臣下の説明に耳を傾ける。

 

その内容を確認すればする程、持病の頭痛が酷くなっていく。

 

戦乱が終わって五年の時が経つのに、復興の目処が立たないのだ。……いや、戦乱の時よりは確かに良くはなっている。それでも、華琳が考えていたより、復興の速度が遅い。

 

今も各地では飢えている民は居るし、賊も数こそは減っていってはいるが、それでもまだまだ存在する。

 

大陸を平定する為に覇道を突き進んでいた頃は大陸を治めるのが、ここまで難しい物だとは思っていなかった。

 

覇道を突き進んでいた時も、華琳は領地を治めていた。大陸を平定した今も蜀は桃香に呉は雪蓮、いや、今は蓮華に任せているから、治める領地の広さは変わっていない。それなのに、何故、こんなにも苦労するのか?答えはわかっていた。

 

 

 

 

……敵が居ないからだ。

 

 

 

共通の敵が居る事で人間は初めてお互いに協力し合う事が出来る。蜀や呉が敵であった頃は皆が一丸となって、魏の天下を目指していた。

 

それが、今はどうだ?戦乱の時に比べ、領内では些細とは言え争いが多発している。そういう問題は平和になった世に馴染めない者達が引き起こしているのだ。

 

幸い、死人は出てないが、それでも問題の解決の為に人もお金も使わざるを得ない。そして、解決しても、また同じ様な問題を引き起こす輩が現れる。

 

華琳もこの手の問題の対処にウンザリする気持ちはあったが、それでも華琳が抱える問題の中では、まだマシな方だった。

 

本当に問題なのは、逆に平和を謳歌している大多数の者達だ。平和を謳歌するのはいい。だが、今の現状は少し行き過ぎだった。

 

確かに大陸内では、明確な敵は居なくなったと見ていい。しかし、この国には五湖の脅威がある。

 

ここ数年は辺境での小競り合いだけで済んでいるが、いつ本格的に此方に牙を剥いてくるかわからない。

 

そういう情勢であるにも関わらず、五湖と接する場所以外の者はまるで他人事の様なのだ。

 

華琳が昔、一刀から聞いた平和ボケと言う言葉は現状に当てはまるだろう。……不味いのが、その平和ボケが華琳の直属の臣下にまで広がっている事だ。

 

皆、華琳自身が見込んだ優秀な者達。普段の任務は過不足なくこなしてはいる。しかし、覇気が欠けているのだ。華琳もその事には気付いていた。何故なら

 

 

 

 

 

……華琳自身も同じだから……

 

 

 

 

何故、華琳はこの数年、常に全力で駆け抜けてきたのか?それは自分や民の為だけではない。一刀が去った後、己の心の中で誓った一刀との約束。それを果たす為。

 

一刀が戻って来た時に彼により良い大陸を見せたい。それだけの為に華琳はこの時を生きていた。

 

それでも、思い出すのは昔の事。自分がもっとも輝いていた日々。勿論、また戦乱の世が来て欲しい訳ではない。

 

只、あの輝ける時を取り戻したかった。……一刀が居た(とき)を……

 

一刀が居たから自分は輝いていたのだろう。昔の自分ならそんな事は認めはしない。数年の時が経った今だからこそ、その事実を華琳は認められた。

 

だからこそ、華琳は一刀を待つ事にした。いつ、彼が帰って来てもいい様に、彼の警備隊をそのままの体制で置いておくのもその一つだ。

 

だが、一刀が消えてから、三年を過ぎた頃……

 

自分や臣下がかつての覇気を失っていっているのがわかった頃、華琳の頭にある疑問が過る。

 

 

 

 

 

 

 

……一体、いつまで待てばいいのだろうか?そもそも、待てば彼は帰ってくるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

今までは考えなかった疑問……いや、考えない様にしていた疑問。そしてそれを考えてしまった時から、華琳の心はじわりじわりと恐怖に侵されていく。

 

 

もう一刀は帰ってこないのでは……?

 

 

帰って来るかもわからない一刀を待つ日々は華琳にとって、苦痛と恐怖の日々になっていた。

 

 

 

 

そんな時だった。朝廷を通して帝から自分の結婚の話が舞い込んで来たのだ。

 

相手は自分も良く知っている人物。司馬懿仲達、真名は八雲。今は自分の臣下になっている男だった。

 

能力は素晴らしく、人柄も悪くない。戦乱の時は病で仕官出来なかった様だが、戦後は自分の懐刀と言っていい程の働きを見せていた。

 

 

華琳はその話を受ける事にした。別に八雲を男として好いている訳ではない。今の現状を打破したいが為の決断……

 

 

北郷一刀を忘れるという決断だった。

 

 

華琳はその決断を自分の臣下に告げる。北郷警備隊の隊長の解任、北郷一刀の事を忘れろとの命令も添えて。

 

華琳の言葉は凪と霞から猛反発を食らう。そして結果は凪は魏から離脱し、霞は魏から離れはしなかったが、自らの意志で合肥に赴任して行った。

 

二人に対する怒りはなかった。むしろ羨ましさを感じていた。

 

あの二人は一刀が帰って来る事を、疑いもせずに待ち続けている。そのひたむきが華琳には眩しかった。

 

霞に語った結婚の理由は全くの嘘ではない。けれど本当の事でもない。本当の理由が一刀を待ち続けるのが怖くなったなんて誰にも言える事ではなかった。

 

自分はいつからこれほど弱くなったのだろう……?

 

 

いや、答えはわかっていた。……あの別れの時からだ。

 

一刀は色々なモノを華琳にくれたが、その中には弱さというモノも入っていた。あの別れは華琳の心に今も深い傷痕を残している。

 

 

そんな騒動から一年、華琳の結婚生活自体はそれなりに上手くはいっていた。

 

八雲は華北の都督という任務があるから、頻繁に一緒に居る訳ではない、それでも夫婦なのだ、肌を合わせる事もある。

 

 

八雲との初夜の時、桂花は声を荒げていたが、華琳は覚悟は出来ていた。そして寝室に赴き八雲に抱かれる。

 

抱かれている間、華琳の頭の中にはずっと一刀の顔があった。

 

事が終わって、八雲が自室に戻った後、華琳は泣いた。

 

自分以外の誰かとそういう関係になるのは、一刀も一緒だったが、自分と一刀には決定的な違いがある。

 

一刀の場合は華琳自身が許可を出した。自分の管理下で自分が一番であるという条件を付けて。

 

だが、華琳の場合は違う。一刀の居ない所で勝手に八雲とそういう関係になった。……結婚という契りを結んだ上で。

 

その事で沸き上がる罪悪感で涙を堪えきれなくなったのだ。その夜、華琳は明け方まで泣いていた。

 

それでも、何度か肌を合わせる中で華琳も今の状態に慣れていく。罪悪感はあるが、その罪悪感に慣れるのだ。

 

八雲自体は悪い男ではなく、むしろ良い男と言える。後は自分次第なのだ。自分次第で結婚生活はもっと良い物になっていく。華琳はそう考えていた。

 

 

 

 

「……様!…琳様!」

 

その声で華琳の意識は現実へ戻る。

 

「どうしたの?春蘭」

 

「いや、何やら、心ここにあらずなご様子だったので」

 

「あら、春蘭、良く心ここにあらずなんて言葉を知っていたわね?」

 

「か、華琳様!」

 

「華琳様、余り、姉者をからかわないで頂けますか。後が大変なので……」

 

「無理に難しい言葉を使おうとする春蘭が可愛かっただけよ。からかうつもりはないわ」

 

「それならば良いのですが……そう言えば華琳様。荊州の商人が珍しい物を手に入れたそうで、華琳様に献上したいと申しております。息抜きに如何でしょうか?」

 

「……そうね。ついでに今、城に居る子達も集めなさい」

 

「わかりました」

 

返事をして秋蘭が玉座の間を出て行く。

 

 

 

 

暫くの時間が経った後、玉座の間には、華琳、春蘭、秋蘭、風、稟、真桜、そして商人が集まっていた。それを確認した華琳は商人に向かって話し掛ける。

 

「それで商人、私に献上したいという珍しい物とは?」

 

「曹操様、此方の品になります」

 

商人から見せられた二つの物は華琳にとって、見覚えがない物。

 

「商人、これは?」

 

「はい、此方の筒状の物はボールペンと申しまして筆よりも細い字を書ける代物です。もう一つはメモ帳と申しまして忘れたくない用事などをこのボールペンを使って書き留めておく物でございます」

 

 

 

メモ帳……その言葉が出たと同時に春蘭と秋蘭の視線が一斉に華琳に向かう。華琳も心の中の動揺を抑えながら商人に尋ねる。

 

「商人、貴方はこの二つの物をいつ、誰から手に入れたの?」

 

「この二つを手に入れたのは、一年前程で売ってくれたのは若い男性の方でした。……そう言えばその男性は洛陽に行くと言っておりました」

 

商人の言葉を聞いた華琳の身体は……心も震えていた。……一刀が帰って来ている?いや、まだそうと決まった訳ではない。そう思い、華琳が更に質問を投げ掛けようとした瞬間……

 

「なぁ、商人さん、そのボールペンっちゅうのは、もしかして青色や赤色で字が書けたりするんちゃうか?」

 

その質問をしたのは、真桜だった。

 

「はい、その通りで御座います」

 

「……そうかぁ、帰って来たんやなぁ、隊長」

 

そう、一言洩らした後、真桜の瞳から雫が零れ落ちる。

 

「一刀殿が戻って来ている……」

 

「稟ちゃん、ちょっと待って下さい。華琳様~風は華琳様にお願いがあるのですよ~」

 

華琳は震える身体や心を抑え、風の話を聞く。

 

「……風、お願いとは何かしら?」

 

「風をそろそろ隠居させて欲しいのですよ~」

 

「っ!風!」

 

「風、それは……」

 

「勿論、ただとは言わないのですよ~華琳様が今、考えてる事の答えを風が教えてあげます」

 

「私の考えている事とは?」

 

「本当にお兄さんが帰って来ているのか?帰って来ているなら何故、魏に戻らないのか?この二つですね~」

 

「……風、貴女は知っているの?知っているなら答えなさい!」

 

「ですから、風の隠居を認めてもらえるならお答えしましょう」

 

「…………わかったわ」

 

苦渋の決断だった。風の能力は魏には欠かせない物。しかし、例え、風の提案を断ったとしても、恐らく風は勝手に魏を抜け出すだろう。

 

「それではお答えしますね~その前に親衛隊の王忠さんを此処に呼んでもらっていいですか~」

 

「……王忠を何故、此処に呼ぶの?」

 

「必要だからですよ~」

 

「わかったわ。秋蘭」

 

「はっ!」

 

暫くして秋蘭と共に現れた一人の男。男は緊張で足が震えていた。

 

「風、貴女の言う通り、王忠を呼んだわよ」

 

「では、王忠さん、一年前に風に教えてくれた事を此処で話してもらえますか~」

 

「一年前の事と言いますと、楽進様の事ですね?」

 

「はい~」

 

「風、ちょっと待ちなさい!何故、今、凪の話が出て来るの!?」

 

「華琳様~それは王忠さんの話を聞いてから判断して下さい。それでは王忠さんお願いします~」

 

「は、はい、自分は一年前、曹操様の結婚のお披露目と新しい警備隊長のお披露目の日、洛陽郊外の巡視の任務についていました。その時、楽進様が洛陽から出るのを目撃しました。自分も楽進様が魏を出る事は聞いておりましたから、黙って見送っておりました所、楽進様が一人の男性とぶつかり、急にその男性に抱き付き泣き始めたのです。男性の方はフードを被っておられたので、はっきりとはわかりませんでしたが、自分の見間違えでなければ恐らく……北郷前警備隊長だったと思います」

 

王忠の言葉に沈黙が玉座の間を支配する。そんな中、一番早く声を上げたのは稟だった。

 

「王忠、貴方は何故、今までその事を報告しなかったのですか?」

 

「そ、それは……」

 

王忠がチラリと風に視線を送る。

 

「それはですね~風が口止めしたからですよ~」

 

「風、貴女は!」

 

「おやめなさい!稟!」

 

激昂する稟を止めたのは、華琳だった。

 

「風、何故、そんな事を?」

 

「逆に聞きますが、華琳様は一年前にお兄さんの事を知っていたらどうするつもりだったんですか?」

 

「そ、それは一刀を魏に戻して……」

 

「魏に戻して、御自分が他の男性と結婚している姿を見せるんですね~」

 

「なっ!」

 

「風、言葉が過ぎるぞ!」

 

「秋蘭さん、王忠さんの話を聞いていましたか?あの日、お兄さんは洛陽に居たんですよ~という事はお兄さんは全てを知っている事になりますね~」

 

「……」

 

「そして、全てを知ったお兄さんならこう考えると風は思います。魏にはもはや自分の居場所はないと」

 

風の言葉が華琳の心を刺し(えぐ)る。華琳の顔色は真っ青になっていた。

 

「凪ちゃんは羨ましいですね~でも納得は出来ます。凪ちゃんの純粋でひたむきな想いを神様は見ていたのでしょう。だから一番最初にお兄さんと出会う事が出来たのだと風は思っています」

 

誰も何も言えなかった。風が言っている事が正しいとわかっている故に、華琳自身も頭の中が真っ白になっている。

 

「風は決めていた事があるのですよ~……五年前、結局風達は苦しみを全てお兄さんに押し付けてしまいました。もし、お兄さんが戻って来たなら今度はお兄さんの為に尽くすと……だから風はこの国を出てお兄さんの所へ行きます」

 

「風!貴女、一刀が今何処に居るか知っているの!?」

 

「知っていますよ~その為に王忠さんの口止めをして、風は自分でお兄さんの行方を探していましたから~」

 

「一刀は何処に居るの!?」

 

「今の華琳様にお兄さんの事を聞く資格はないですね~だって華琳様は逃げたんですから」

 

「私が逃げたですって!」

 

「一年前に語った結婚の理由。あの様な綺麗事に風は騙されないのですよ~」

 

風の言葉に華琳は絶句する。……自分の心が見抜かれていた!

 

「それでは風はこの辺りで失礼させてもらいます。稟ちゃん、鼻血はあんまり出さない様にして下さいね~風はもうトントン出来ませんから~」

 

「風、貴女って人は……」

 

「真桜ちゃん、沙和ちゃん達にお兄さんの事を教えてあげて下さい。霞ちゃんには風から手紙を送っておきましたから」

 

「……ウチに任しとき、沙和やチビッ子二人、三姉妹には伝えておくわ」

 

「じゃあ風は行きますね~」

 

去って行く風の姿を呆然と見送っていた華琳は突然、強烈な頭痛に襲われる。痛みは一瞬だったが、その痛みで目を閉じた華琳が再び目を開けた時、自分の目から見える世界が変わってしまった様に感じた。実際には何も変わってはいない。それでも華琳の目から見える世界は

 

 

 

 

 

 

 

……色を喪っていた。

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