真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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獣の道

「隊長ーー!!」

 

こちらに近付いて来る凪のその大きな声が聞こえてきたのは、華雄と二度目の口づけを終えた直後だった。

 

華雄は熱に浮かされた様な表情で、目の焦点が合っていない。

 

……この状況は非常に不味い。

 

一刀は動揺していた。この手法で人の心を陥落させるのは久しぶりで、明らかに加減を間違えていた。

 

元々、この相手の心を操作する手法を一刀は好んでいない。一刀が使ったのは、精々数回、拷問で落ちなかった相手に使ったぐらいだ。

 

正直に言って、ここまで効くとは思わなかった。恐らく、華雄はこの手の物に弱いのだろう。一刀も自分が卑劣な人間だと自身に自己暗示をかけながらやった結果がこの状況だった。

 

「隊長ーー!!何処に居るんですかー!!」

 

凪の切迫感溢れる中に哀切が入り交じる声を聞きながら一刀は思う。

 

 

 

 

 

 

……これは……土下座案件だなと。

 

 

 

 

「隊長!!」

 

洞穴の最奥にたどり着き、一刀の姿を確認した凪は暫し、茫然と立ち尽くし、その瞳からはらはらと涙が零れ落ちる。

 

そんな凪を見た一刀の罪悪感はまさに限界点に達していた。

 

「な…」

 

一刀が凪に声を掛けようとした瞬間

 

……凪が一刀の胸に飛び込んできていた。

 

「……どうして」

 

「どうして一人で行ってしまうのですか!?自分はまた隊長に会え…なく…なるんじゃ…ないかと……」

 

「……凪、すまない」

 

「謝罪は要りません!……約束して下さい。今度からは自分も連れて行くと……」

 

凪のその言葉に一刀は返事をする事が出来ない。……約束出来ないからだ。

 

今まで自分は数多の人間をゴミの様に扱い、殺してきた。自身もいずれ同じ様にゴミみたいな最後を迎えるだろう。

 

一刀はそれで良いと思っているし、そうでなければならないとも思っていた。

 

勿論、凪も武人故に人を殺す事もある。だが、自分と凪では決定的に違う所があった。

 

凪は武人として誇りと矜持を持って相手を殺す。そして、人には見せないが心を痛めている。それは凪だけではなく、魏の皆も蜀や呉の者達もそうだろう。皆が己の目指す理想の為に手を汚していた。

 

しかし、自分は違う。自分には誇りや矜持なんて物は欠片もない。そもそも武人ですらないし、理想なんて大層な物もない。

 

自分は自分に立ち塞がる敵を殺し続けて来ただけだ。殺した敵に感慨を持つ事もない。そんな必要も感じない。必要だから、邪魔だから殺す。そして、時が来たら自分も死ぬ。それだけだった。

 

華雄に関しては正直どっちでも良かった。殺しても良かったし、こんな洗脳紛いな事をせずに見逃しても良かった。見逃したとしても、今の華雄には自分の邪魔になるだけの力はない。才能を見て惜しいと思ったから引き入れただけなのだから。

 

自分が人間として壊れている事を自覚している一刀だが、譲れない物もある。……自分の身内は護るという事。それは今、自分の物になった華雄も含まれていた。一刀は自分のやった事の責任は持つと決めている。

 

何の志や思想、理想もなく、敵を殺し、自分を慕う者……身内は護る。

 

 

 

 

 

……行動原理が獣と変わらなかった。

 

 

 

 

 

そんな獣の道を歩く自分に最後の最後まで凪を付き合わせるつもりない。朽ち果てる時は自分一人の方が気楽だからだ。

 

何も言わない一刀に凪は悲しげな表情を浮かべるが、すぐにその表情は消える。代わりに浮かんで来た表情は決意。

 

「……わかりました。約束してくれなくても結構です。自分は自分の力で最後まで隊長にお供致します」

 

そう言い切る凪を見て、一刀は思う。

 

 

 

 

 

……強いな。

 

 

 

 

凪はブレないのだ。自分がこうと決めたら、それを貫き通そうとする。人によってはそれは愚直とも猪突猛進とも思うかも知れない。

 

だが、一刀にはその真っ直ぐさ、強さが眩しかった。

 

この四年、変わり続けてきた自分にはない物だからだ。

 

一刀は自分が変わってしまった事を後悔はしてない。変わらなければ自分はあの国で死んでいただろう。

 

それでも、自分にない物を見て眩しく思うのは、自分がまだ人であるからかも知れない。

 

「……ところで、隊長、この状況は?」

 

物思いに耽っていた一刀は凪の言葉に現実に引き戻される。……自分の隣に居る華雄の事が半ば頭から抜け落ちていた。

 

「凪、これはだな……」

 

「隣に居るのは、元董卓軍の華雄将軍ですよね?」

 

凪は一刀の隣でまだ正気に戻っていない華雄を見て一刀に尋ねる。

 

一刀はまだ惚けている華雄に声を掛ける。このままでは話が進まないからだ。

 

「おい、華雄」

 

「……一刀様?」

 

一刀の声に、華雄は夢うつつにそう呟く。だが、その時、華雄が呟いた言葉を凪は聞き逃しはしなかった。

 

「一刀様?……隊長、これはどういう事か自分にお聞かせ願えないでしょうか……」

 

「いや、あの、これは……」

 

言葉を言い淀む一刀。それと先ほどまでの華雄の様子に何か察したのか、凪がジト目で一刀を見詰めていた。そしてその目の中に見えるのは怒りの感情。

 

「……隊長、……また…なのですね」

 

「またって……」

 

「隊長が種馬なのは自分も承知しています。思う所がないとは申しませんが、自分もそういう隊長に惹かれた人間ですから」

 

随分な言われ様だったが、一刀としては凪が言っている事は間違いではないので反論は出来ない。

 

「ですが、まさか賊退治の最中に種馬ぶりを発揮するとは思いませんでした。……自分がどれほど隊長の事を心配したと……」

 

凪の身体から気が立ち昇る。一刀の背中に冷や汗が流れるが、これは甘んじて受けるべきだろう。

 

「隊長、覚悟は宜しいですか?」

 

「……出来れば手加減してくれるとありがたい」

 

「それは、約束出来ません」

 

「……だよなぁ」

 

「では行きます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――猛虎蹴撃!!!」

 

 

 

 

 

 

 

一刀に迫る気の塊。身体強化をすれば問題なく耐えられるだろう。だが、これは自分を心配した自分の女の愛と怒りの一撃。その様な逃げは許されない。

 

 

 

 

凪の気弾の直撃を受けた一刀は意識を手放した。

 

 

 

 

一刀が目覚めた時、既に正気に戻った華雄が凪に事情を一通り説明していた。

 

一刀は華雄があの一連の会話も凪に話したのか心配になったが、どうやら華雄は一刀に救ってもらったとしか言っていない様だった。

 

只、華雄の一刀を見る目が普通ではない。尊敬と好意と依存。その三つが入り交じった目で自分を見る華雄に一刀は自分のやった事の罪深さを思い知る。

 

だが、今更考えても仕方ない事でもあった。もう終わった事なのだ。責任だけはきっちり取ればいい。

 

「それでは楽進、これから一刀様にお仕えする者同士、宜しく頼む」

 

「華雄様、こちらこそ、宜しくお願い致します」

 

「華雄でいい。一刀様の一番の配下は楽進、お前なのだから」

 

「でしたら自分の事は凪と読んでもらって結構です」

 

「楽進、真名を預けてもらうのは有難いが、私にはお前に返せる真名がない。本来、一刀様の真名を呼ぶ事も恐れ多いのだが、私は一刀様の名を知らん」

 

「そういや、華雄には真名しか教えてなかったな。俺は姓は高、名は長恭、字は鬼龍と言う」

 

「高長恭様ですか。これからはそう呼ばせて頂きます」

 

「別に真名で呼んでも構わないんだが、……そうだ、華雄、お前さえ良ければ俺がお前の真名を俺が付けようか?後、字もなかったよな?字も一緒にどうだ?」

 

「本当で御座いますか!?」

 

「あぁ、俺達は仲間だ。真名の有無でそれは変わりはしないが、それでも真名で呼び合う事が出来ないのは淋しいじゃないか」

 

「……高長恭様、宜しくお願い致します」

 

「わかった。真剣に考えるから、少し時間をもらうが、決まったらすぐに教えるよ」

 

「では、自分達の真名の交換も隊長が華雄の真名を付けてからにしましょう」

 

「あぁ、その時は楽進の真名を喜んで預からせてもらう」

 

華雄は嬉しそうな顔で凪にそう答える。一刀のとってはそこまでではないが、やはりこの大陸の人間にとって、真名という物の価値は高いのだと改めて実感する。

 

 

 

その日から三人の旅が始まった。華雄という新たな仲間と凪がどういう関係になるか一刀は少し心配だったが、この二人、存外、相性が良いらしい。

 

真っ直ぐな性格が似ているのだ。そして一刀の事を二人共一番に考えているのが、更に連帯感を高める一因になっていた。

 

余談だが、一刀は旅の途中で華雄を抱いた。ある夜、華雄が一刀の部屋を訪ねて来たからだ。どうやら思い悩んでいた華雄を凪が背中を押したらしい。

 

凪自身、思い悩んでいた時、真桜と沙和に背中を押されて一刀に抱かれた経緯がある。恐らく凪は昔の自分を思い出したのだろう。

 

華雄の初めての夜は恥ずかしがって一刀の顔をまともに見れない様子だった。こんな所まで凪と華雄は似ていた。

 

そんな出来事もありつつ、順調な旅路の途中、凪がぽつりと言い放った一言に一刀と華雄は驚く事になる。

 

「そう言えば、華雄は何故、月様……董卓様に会いに行かないのですか?」

 

「「はっ?」」

 

一刀と華雄の声が思わず重なる。

 

「ちょっと待て、凪、董卓は生きているのか?」

 

「はい、反董卓連合の時、劉備様に保護された様で、今は賈駆様と共に成都に居られます」

 

「……そうだったのか、……華雄、どうする?お前が董卓の下へ行きたいと言うなら俺は止められないが……」

 

一刀は黙り込んでいる華雄に尋ねる。

 

「……楽進、董卓様は蜀でどの様に過ごされている?」

 

「侍女としてですが、穏やかに過ごされている様に自分には見えましたが……」

 

凪の返答に華雄は安堵の表情を浮かべる。

 

「……そうか、それなら良いのだ。あのお方は争いに向かぬお方だ。穏やかに過ごされているなら、今さら私が行く必要もないだろう。それに今の私の主は高長恭様のみ」

 

「華雄、本当にいいのか?」

 

「くどいですぞ、この華雄に二言はありません。高長恭様が私を要らぬとでも言わない限りお仕え致します」

 

「そんな事を言うつもりは欠片もないが……」

 

「ならば、宜しいではないですか。この身、この心は貴方様の物。お好きにお使い下さい」

 

そう言い切った華雄の表情は何処か吹っ切れて、一刀にはとても凛々しく、美しく見えた。

 

 

 

それからも三人の旅は続く。交州はもう目前だった。

 

 

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