一刀と風が二人の空気を作る中、居心地悪そうにそれを眺める青年。
一刀も風もその青年の事を忘れていた訳ではないが、お互いの話を優先して放ったままになっていた。
だが、これ以上、放置するのも何なので、一刀が話を振る。
「ところで、風、この空気の読める青年は誰なんだ?」
「あの空気の中、口を挟める訳ないでしょ!!」
……良いツッコミだった。
「この良いつっこみをする人は羅憲さんと言って、大陸各地を旅してる人で偶然、風と行き先が同じだったので護衛してもらったのですよー」
「良いつっこみって……えっと、僕は羅憲と申します。仕える主を探す為に大陸を旅してます」
「……仕える主を探す為って、五年前ならともかく、今は選択肢は三つしかないんじゃないのか?」
「いや、まぁ、そうなんですけど、今の三国はどうも僕の肌に合わないと言うか、入る余地がないと言うか……」
羅憲が頭を掻きながら、言いにくそうにしている。
「あぁ、お前の言いたい事はわかる。確かに三国の何処も五年前の戦乱で人材が固定されてるからな。新参が活躍出来る場面は少ないだろう」
「そう!そうなんですよ!!どうせ仕えるなら僕の力を必要としてくれる所に行きたいんですよ!」
「……お前が戦ってる姿は先ほど見たが、確かに良い物を持ってる。それは認めよう。だが、このままではその力を腐らすだけだぞ」
自分の事は棚に上げて、一刀が羅憲にそう告げる。
「……僕もさっきまで貴方と同じ事を考えていたんですけど、どうやら、僕の主を見つけたみたいです」
羅憲が熱い瞳で一刀を見つめる。その瞳と言葉に一刀の先読みの警鐘が鳴り始めた。
「えっと、高長恭様でしたよね?僕を貴方の臣下にしてもらえませんか?」
……やっぱりか。
「あー、言いたい事は色々あるんだが、とりあえず一言に纏める。……何故だ?」
「それは、貴方に惚れたからですよ」
羅憲の言葉に一刀は風の後ろに逃げて、お尻を手で隠す。
「おう、兄ちゃん、女の後ろに隠れるなんて男らしくねえぞ。大人しく掘られて来い」
「宝慧、てめぇ!ちょっと風、押すな!」
「……掘られてって……違います!そういう意味じゃありません!!あっ!その目、信じていませんね!!」
「いや、だってお前……」
一刀がそう言って羅憲を眺める。
髪は肩口まで伸びた黒髪、身体は引き締まっていると言うか華奢で、声は高く、顔は完璧に女顔だった。華琳が見たら、間違いなく気に入ると思う。
……はっきり言って男の娘です。
「その、全体的に女っぽいし……」
「それでしたら、僕が掘られる方ですね。って!ちっがーう!!」
……おぉ!見事なノリツッコミ!何?こいつ、滅茶苦茶面白いんだけど。
「流石は人をおちょくる事に掛けては大陸一の風だな。こんな逸材を見つけてくるなんて」
「お兄さん、それは褒めてないですねー。確かに羅憲さんとの旅は楽しかったですけど」
風のその言葉に羅憲が落ち込む。……落ち込む姿にも何か妙な色気があった。
「程イクさんはいつも僕をからかうんです。まぁ、それほど害はなかったから気にしない様にしてたんですが、……流石に女装させられて娼館に放り込まれた時は身の危険を感じました」
……風!それはシャレになってねえぞ!
「羅憲、良く怒らなかったな。それは怒っていいと思うぞ」
「いえ、結局は何もありませんでしたから……」
……あっ、こいつ良い奴だ。
「それに程イクさんは旅をしてる間、僕に学問を教えてくれた先生ですし……」
「羅憲さん、風の事は風って呼んでくれていいですよー。羅憲さんが良い人と言うのはこの旅でわかりましたし」
……お前は悪い奴だけどな。
「お兄さん、何か失礼な事を考えませんでしたか?」
風がニッコリと笑い、一刀に問い質す。
「……いや、何でもない」
「程イクさんの真名、確かにお預かりしました。僕の事はこれからは陸と呼んで下さい。それが僕の真名です」
……風と陸、何か相性良さそうだな。
「お兄さん、心配しなくても、風はお兄さん一筋ですからねー」
「人の心を読むな!と言うかそこまで深くは考えてない!…………あぁ、もう、とりあえず話を戻すぞ!羅憲、何でお前は俺に仕えようと思ったんだ?」
「それは、先ほど言った様に貴方様に惚れ込んだからです。……おかしな意味じゃありませんよ」
「わかったから続きを聞かせろ」
「僕は今日まで、自分の力に自信を持ってました。流石に三国の代表する将軍には敵わないとは思いますが、少なくとも男で僕より強い人は見た事がありません」
その言葉で一刀は羅憲が自分に仕えたがっている理由が何となくわかった。
……一刀の強さに憧れを抱いたのだろう。
「様は俺の強さに憧れたから、俺に仕えたいという事か?」
「それも理由の一つではありますが、それだけなら仕える事はしないで、弟子入り志願します」
確かにそうだった。一刀に付いて武を学びたいなら、仕える事はせず、自分が受け入れるかどうかは別にして今、羅憲が言った様に弟子入りで充分なのだ。
「じゃあ、他の理由は何なんだ?」
一刀のその言葉に意を決した羅憲は話し始める。
「……高長恭様は五年前の戦乱の天の御遣い様なんですよね?」
……あー、そっちか。
一刀の頭の中で線が繋がる。
「……かつてはな。魏が天下平定した事で天の御遣いも役目を終えた。……今、此処に居るのは、単なる流れ者の男に過ぎないぞ」
「はい、わかっています。高長恭様が天の御遣いと呼ばれる事を好んでおられない事も風さんとの会話で察しました。だから、僕は高長恭様を天の御遣いとはもう呼びません」
……やっぱ、こいつは空気の読める良い奴だ。
「そこまで、わかっていて、何で俺に仕えようと思ったんだ?」
「……何て言ったら良いのか、上手く言葉に出来ないんですが、高長恭様は何か大きな事を成される方の様に感じたんです。それもこの大陸の今の状況を変える様な大きな事を……」
おい!馬鹿!止めろ!縁起でもない!
「はっきり言って、これは僕の直感です。何の確証もないですが、何故か、この直感を信じてみたくなりました」
羅憲が一刀を真っ直ぐな瞳で見据える。
……良い目をしていた。信念と希望を持った目。そして一刀が既に失ってしまった目。
目の前に居るのが、男の娘だからそうとは感じないが、羅憲と言えば、一刀の世界の三國志では蜀漢最後の名将と言われた人物。この世界の羅憲にもその片鱗はあった。
そんな事を考えていた一刀の様子が自分の頼みを断ろうとしてる様に感じたのか、羅憲の目が段々、伏し目がちになっていく。
「……駄目…ですか?」
上目遣いで再度、一刀に尋ねる羅憲。
……お前、上目遣いは止めろ!瞳を潤ませるんじゃない!ちょっと可愛いと思ったじゃないか!
一刀は何故か、精神的に追い詰められていた。そんな様子を見ていた風がボソッと呟く。
「お兄さんはとうとう、男の人にも手を出すのですか?お兄さんの種馬ぶりにはほとほと呆れますねー」
……風、お前、楽しんでいるだろ!?顔がニヤケてるんだよ!
一刀が心中で葛藤を繰り広げている中でも、羅憲は潤んだ瞳の上目遣いで懇願を続けている。
……その姿に一刀は折れた。
「一刀だ」
「えっ?」
「俺の真名。お前に預ける」
「……それじゃあ」
「今からお前は俺の臣下だ。宜しくな、陸」
「ありがとうございます!!」
陸は礼を言いながら、一刀に抱き付く。
……陸、抱き付くな!変な気持ちになる!
「んふふー。お兄さんは新たな扉を開いてしまった様ですねー」
……違う!断じて違うからな!だから風、ニヤニヤするんじゃない!
一刀達がそんなやり取りをする中で、一刀がやって来た方角から声が聞こえて来る。
「隊長ーー!!」
「一刀様ー!!」
一刀は凪と晶が居た事をすっかり忘れていた。