真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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孤高の戦場

砂塵が舞っていた。その土煙と共に現れるのは、士壱率いる四万の大軍。

 

一刀が近くの兵に目をやると、緊張と恐怖からか震えている。交州の兵にとって敵味方は関係なく、今日が初陣。

 

無理もない。自分も一緒だった。この世界の戦いでは基本的に安全圏に居たからそうでもなかったが、元の世界の戦いでは緊張と恐怖で震えていた。終わった時には失禁もしていたのだ。

 

……だから恐怖を感じる事に恥じる事はない。

 

一刀は心の中で兵にそう語り掛ける。こればかりは慣れるしかないのだ。

 

この場に到着するまでの約半月の行軍中、一刀は兵の心を理解する事に努めた。

 

兵達と同じ様に歩き、兵達と同じ物を食べ、兵達と語り、兵達と共に粗末な幕舎で寒さを感じながら布を一枚、地面に敷いて寝る。

 

仲間は晶を除き、全員反対した。大将のする事ではないと、一刀からすれば、自分が大将と言う自覚はある。けれど大将の地位自体はどうでも良いと思っていた。

 

そもそも、大将とは何なのか?一刀は皆に問いかける。返って来た答えは一刀にとって納得出来る物ではない。旗印、導く者、挙げ句の果てには光と言う意見もあった。

 

どれも自分に似合う物ではない。一刀は民にとって完全無欠の王を演じると決めた。それでも自分の在り方を全て捨てるつもりもなかった。

 

行軍中は馬に乗り、兵より良い物を食べ、兵を数でしか見ない、豪華な幕舎で眠る様な王が良いなら、他の人間を立ててくれと仲間達に言い放つと皆が黙り込んだ。

 

それに一刀は無理して兵達に合わせている訳ではない。昔の自分の方がもっと劣悪な環境に居たのだ。兵達と同じ待遇は一刀にとっては苦でも何でもなかった。

 

自分の仲間は地べたを這いずり回った経験がない。凪は義勇軍の大将だったし、他の皆は良い所の生まれだ。唯一、晶だけは叩き上げなだけあって、一刀のやる事に理解を示した。

 

上から目線で見るだけでは駄目だった。それでは見上げる者の気持ちはわからない。

 

そして兵の気持ちがわからない者に兵の心は掴めない。勿論、華琳や劉備の様に圧倒的なカリスマで人を惹き付ける例外は居るが、自分は彼女達ではない。地道な努力を怠るべきではないだろう。

 

仲間達に同じ事をやれと言うつもりもなかった。女性であるし、こういうのは一番上の自分がやるから効果的なのだ。

 

「お兄さんは呉起になるつもりですか?」

 

風に言われて、過去に自分と同じ事をやった人物を思い出した。呉起も自分と似た様な事を考えていたのだろう。

 

この世界の今より六百年前にそういう考えを持てたと言う事は素直に感心する。流石は歴史に名を残す軍略家だった。

 

されど、亡き王にすがり付いて、矢で針鼠なんて無様な最後は一刀としては御免被りたい。どうせ死ぬなら戦友達と同じ様に戦いの中で死にたかった。

 

一刀は自分達に迫って来る軍勢を眺める。どうやら此処では自分は死にそうにない。圧倒して来る物を感じないのだ。

 

立ち昇る軍気が何処か頼りない。数が多いから士気はそれなりに高いがそれだけだった。

 

敵軍の中から髭面の男が進み出て来る。恐らく士壱だろう。

 

「貴様が高長恭と言う盗人か!?漆黒の鬼面龍などと持て囃されて随分といい気になっているらしいな!我が甥、士徽の仇を此処で取らせてもらう!」

 

士壱は自分に舌戦を仕掛けているらしい。華琳なら華麗で勇壮な言葉で返答するのだろうが、一刀はそんな物に付き合うつもりはない。

 

……そう、自分が返すのは言葉ではない。

 

敵味方、全ての者の視線が自分に集まる。敵からは嘲りの視線。味方からは期待と不安が入り雑じった様な視線。

 

そんな中、一刀は仲間に向けて言葉を発する。

 

「……今から俺は兵達に力を与える。だから俺がやる事を黙って見ていろ。……凪は歩兵、晶は騎兵、仕掛ける機はお前達に任せる」

 

一刀はそれだけを言い残して、一人、敵軍に向かって歩き始める。後ろで仲間達が何かを言っているが、気にも止めなかった。

 

冷たい風が歩く一刀の頬を打つ。

 

……もう冬なんだな。

 

一刀の頭に過ったのはそんな事だった。

 

敵軍まで残り一里(五百メートル)の距離まで近付いた時、一刀は駆け出した。

 

右手で刀を抜き、左手でワイヤーを展開。予想外の事に驚愕の表情を浮かべている敵兵に向けて一刀は斬り込んだ。

 

何が起こったのかわからないと言う顔で崩れ落ちる敵兵。一刀はその姿を最後まで見る事なく、次の敵兵を斬り捨てる。

 

鮮血が舞う。その血が身体に掛かる事など躊躇わず、一刀は敵軍の中を突き進む。

 

一刀が刀を振れば血が翔ぶ。左手を動かせばさらに血が翔ぶ。

 

血に染まりながら一刀は自分を嗤う。元の世界でもこの世界でもやっている事は変わらないなと……

 

どこまでいっても自分は一人で戦う事を望むらしい。

 

死に逝く敵兵に何の感傷も抱くことはなく、機械の様に只、刀を振り続ける。

 

 

 

 

「……独り群せず、振るうは心滅の刃」

 

 

 

一刀は敵兵を斬り捨てながら呟く。それが今の自分なのだろう。

 

気が付けば、一刀の周りには数百の敵兵の亡骸。自分を見る敵兵の顔にはもはや、恐怖しか映っていない。

 

体力と気にはまだ余裕がある。その気なれば数千くらいなら斬れるとさえ思う。

 

一刀が敵軍の奥に視線を向けると、いつの間にか二里(一キロメートル)程下がった士壱の呆然とした表情。

 

そんな士壱に一刀は心の中で問いかける。

 

 

 

 

……いいのか?そんな所で馬鹿面を晒していて?其処は俺の間合いの中だぞ!

 

 

 

 

一刀は瞬刻を発動しようとしたが、寸前で思い止まる。

 

自分の軍をそこまで甘やかすのもどうかと思ったからだ。

 

この戦いで全てが終わるなら、一刀が片を付けても良いが、間違いなくそうはならない。

 

蜀と呉の二国と戦う可能性を考えるなら、少しでも経験を積ませておきたかった。

 

それに、ここまでお膳立てして負けるならば、自分の軍は所詮その程度なのだろう。それならば、仲間達を逃がす事を考えるべきだった。

 

その様な事を思っていた時、一刀の背後から無数の雄叫びが響き渡る。凪と晶が動いた様だ。

 

一刀は刀を鞘に収め、その場で立ち尽くす。この戦いでの自分の役目はもう終わった。

 

兵達が一刀の左右を駆け抜けて行く。駆け抜ける兵達の顔に恐怖の感情はない。

 

当然だった。兵達の士気を上げる為に、自分は蛮勇を奮ったのだから。

 

 

 

暫くして、晶が士壱の首を挙げるのが見えた。兵達の間で歓声が沸き起こる。

 

兵達の歓声を聞いても、一刀にはやはり何の感慨もわかない。

 

ふと、背後を見ると、自分の牙門旗が……かつての島津十字とは違う漆黒の高旗が風で棚引いていた。

 

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