真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

28 / 76
勝ち取るべき心

使用人の少女が連れて来た青年は華佗と言う名の医者だった。少女が街で病人を診察している姿を見て、此処に連れて来たのだ。

 

医者という言葉に心が僅かに動く。そんな心の動きに気付いた八雲は自嘲気味に嗤う。死ぬ覚悟は出来ているつもりだったが、生きたい気持ちを捨てきる事は出来なかった。

 

華佗は八雲に自分に診察させてくれと願い出て来た。そして八雲はその申し出を受けた。

 

期待はしていない。今まで散々、期待を裏切られ続けて来たのだ。期待のしようがなかった。それでも診察を受ける事にしたのは、自分の事を思って華佗を連れて来た少女の気持ちに応える為だった。

 

自分の胸の辺りを見て、華佗は何かと戦っている素振りをしながら、ぶつぶつと何事かを呟く。そして一言。

 

「治るぞ。もう少し遅ければ危なかったが、今ならまだ間に合う」

 

八雲は自分の耳を疑った。この言葉は時が経った今でも忘れる事が出来ない。

 

華佗の言葉に嘘はなかった。大声で叫びながら八雲の身体に鍼を打ったと同時に八雲は自分の身体が感じた事ないほどの活力に満たされているいく。

 

「治ったぞ。病魔は完全に消滅した」

 

華佗の言葉に八雲は恐る恐る自分の身体を動かす。寝たきりの生活で上手く動かなかったが、それでも今までの自分の身体と違う事がはっきりとわかった。

 

八雲は暫し呆然と立ち尽くす。頭の中を駆け巡るのは、これまでの二十年。様々な事を諦め続けた二十年。

 

自分はもう何も諦めなくて良いのだ。その事が実感出来た八雲は泣いた。

 

男は泣くものではない。そう思い、二十年という長い間堪え続けた。八雲にとって生涯でたった一度の涙だった。

 

使用人の少女、郭淮もそんな八雲の姿を見て泣いていた。郭淮……六花は自分の苦しむ姿を見続けてきた八雲にとって唯一の理解者だった。

 

もし、自分が治った事を知って他の家族が泣いて喜んでも八雲は何とも思わない。六花だからこそ八雲も嬉しかった。

 

その日から八雲の生活は変わる。毎日、武芸の鍛練をする事にしたのだ。

 

剣を振り始めて思うのは、自分には武の才はない。隣で槍を振るう六花とは比べ物にすらならない。けれど、八雲にとってそんな事はどうでも良かった。剣を振るという事自体で満足していた。

 

今までの自分はそれすらも出来なかったのだ。それに八雲は武の人間ではなく、知の人間だと思っている。これからはそちらを生かせば良いと漠然と考えていた。

 

身体が治ってもう一つ、始めて経験した事がある。

 

 

 

……女と交わる事。

 

 

 

相手は六花だ。八雲から言った事ではなかった。八雲は街の娼館で女を経験するつもりだった。

 

その事に対して六花は強硬に反対した。そんな所に行く位なら、自分を抱いて欲しいと八雲に懇願したのだ。

 

……本気の目だった。

 

六花がそのつもりなら言う事は何もない。八雲にとって六花は大事な人であるし、女としての魅力を感じる事も多々ある。恐らく自分の身体がまともならもっと早くにそういう事をしていてもおかしくなかった。

 

八雲は六花を抱き締め、寝台に押し倒す。

 

初めての女体、八雲の身体に身を切る様な快感が駆け巡る。

 

窓から月が二人を照らす。八雲と六花の身体が汗に濡れる。叫びに似た喘ぎ声を挙げる六花。

 

その声を聞いても八雲は止まらない。女体に溺れている事を自分でもわかっていた。それと同時に自分が生きている実感を感じていた。

 

六花の身体がのけぞり、白目を剥き痙攣を始める。八雲は六花がこのまま死んでしまうのではないかと思ったが、自分の背に回された六花の腕にさらに力がこもる。

 

それを感じた八雲は辞めようとは思わなくなっていた。六花も辞めてくれとは言わなかった。何度も気を失いながらも八雲を受け入れ続ける。

 

獣の様に交わり合った後、微かに息をしているだけで死人の様に弛緩している六花の隣で八雲は眠りに落ちた。

 

翌日、太陽が西に沈みかけた頃に目を覚ました八雲が見たのは隣で自分を顔を見ながら微笑んでいる六花。

 

その姿は昨日までの六花とは違う様に八雲には見えた。恐らく六花から見た自分も変わった様に見えるだろう。

 

昼は武芸の鍛練と書見、夜は六花と交わる。寝たきりで何も出来なかった時に比べれば遥かに良い生活。

 

それでも八雲は満たされてはいなかった。ふとした時に頭を過るのは彼女の顔。

 

一度は諦めたはずなのに、喉元を過ぎれば欲が出てくる。

 

八雲はそんな自分を浅ましいとは思わない。それが生きるという事の一部だと思う。

 

自分の探す命の答えはまだわからない。もしかしたら死ぬまでわからないのかも知れない。だから八雲は生きたい様に生きると決めた。

 

 

 

 

……自分はもう何も諦めたりはしない。

 

 

 

 

そう考えた八雲は魏に仕官する事を申し入れた。門前払いされる人間が多い中、八雲は無事に試験を受ける事に成功する。自分にとって初めて家名が役に立った。

 

そして次の日、八雲の姿は重臣達が列をなす、玉座の間の末席にあった。

 

試験に自信があったとは言え、侍中から少しずつ出世するつもりだった八雲からすれば嬉しい誤算だった。

 

こうなった理由も予想はついていた。恐らく兵を率いた模擬戦で夏候淵を叩きのめしたからだろう。

 

夏候淵は用兵は上手かった。基本に忠実で理にかなっている。戦乱の最前線に立っていただけあって実戦も想定した指揮。こういう指揮官の下なら兵も安心して戦えるだろうと思う。

 

只、怖さがなかった。

 

基本に忠実で理にかなっているという事は想定外の事をしてくる事はないという事。

 

自分にとって戦いやすい相手だった。夏候淵は実戦ではやらない様な八雲の奇策に嵌まり崩れた。

 

例えば張遼が相手ならこうは上手くいかなかったと思う。想定外の動きをしてくる可能性があるからだ。

 

何にせよ、運が良かった。そして自分はこの運を手放すつもりはない。

 

八雲は別に地位や名誉が欲しい訳ではなかった。……欲しい物は只、一つ。

 

それを手に入れるにはなんとしても出世をしなければならない。そうしてやっと道が拓けるのだ。

 

彼女……華琳から真名を預けられた八雲は軍事と政治両方の分野でさらに高みを目指し邁進する。

 

魏には優れた人材が多いが、軍事と政治の両方が出来る人材は王である華琳しか居ない。

 

そして、華琳一人で全ての面で対応するには魏の領土は広すぎた。

 

次第に古参の臣の中で頭角を表す八雲。しかし魏の中では八雲は孤独だった。

 

魏の重臣の誰もが自分と距離を取る。正確には男と距離を取る。それは王である華琳も変わらない。

 

誰もが今は居ない北郷一刀を想っていた。

 

重臣達が北郷一刀を想っていようと八雲は何とも思わないが、華琳の時折見せる憂い顔は八雲の心に波を立てる。

 

それを抑え込み華琳に尽くす八雲。そうする事でしか自分の想いを華琳に示せなかった。

 

焦りはしなかった。いくら華琳が北郷一刀の事を想っても北郷一刀はもう居ない。

 

いずれ、自分に振り向いてくれる時が来ると八雲は信じていた。

 

そう信じ続けて二年と数ヵ月が経った頃、八雲は古参の臣を差し置いて魏の家臣筆頭になっていた。

 

ある日、華琳に呼ばれ、華琳の私室に向かう。玉座の間ではなく、私室に呼ばれた事は疑問だったがそれは今考えても仕方のない事。

 

華琳の私室に到着した八雲は北郷一刀が残した天の世界のノックという訪いを入れる。

 

「華琳様、八雲で御座います」

 

「入っていいわよ」

 

華琳の許可を受けて、部屋に入った八雲は華琳と相対する。華琳は私室という事で服装は楽な物であったが、その服装とは似合わない程に表情は真剣な物だった。

 

「良く来たわね」

 

「この度は一体、何のご用でしょうか?前に言っていた治水工事の見積書なら明日にでもお持ちしますが……」

 

「その事ではないわ」

 

「それでは……」

 

「八雲、貴方が私に仕えてから二年と半年が過ぎたわね……」

 

「はい」

 

「貴方は良くやってくれているわ。貴方が居なければ復興はもっと遅れていたでしょうね」

 

「過分なお言葉です」

 

頭を下げながら八雲は違和感を感じていた。自分の知っている華琳はこんな風に一人呼び出して家臣を褒める様な真似はしない。褒めるなら皆の前で褒める。そういう人間だ。

 

そんな八雲の心中に構わず、華琳は話を続ける。

 

「貴方は今の私にとって欠かす事の出来ない臣下……」

 

「華琳様らしくありませんね。私に命ずる事があるなら遠慮なくおっしゃって下さい」

 

八雲の言葉に華琳は微かに微笑む。

 

「わかったわ。……司馬仲達、貴方を華北四州の都督に任ずる!」

 

「……都督…で御座いますか?」

 

「あら?嬉しくなさそうね。大抜擢と言って良い人事だと思うのだけれど」

 

確かに大抜擢だ。しかし、八雲は心中穏やかではいられなかった。自分は地位を求めて魏に仕えた訳ではない。華琳の側に居たくて仕えたのだ。

 

出世を目指したのも少しでも華琳に近づく為、出世をし過ぎて華琳の側を離れる事になるなら本末転倒だった。

 

だが、否とは言えない。出世である事には間違いないのだ。

 

「……華北四州の都督の任、謹んでお受け致します」

 

八雲は何とかその言葉だけを述べて踵を返す。

 

「あぁ、それと貴方には私の婿になる事を命じるわ」

 

「はっ?」

 

「聞こえなかったのかしら?」

 

「いえ、聞こえてはおりました。理解が出来なかっただけで……」

 

「ふふっ、貴方のそんな顔は初めて見るわね。いつもは何事に対しても涼しい顔をしているのに」

 

今の自分の顔が間抜け顔である事はわかっている。そんな事を気にしていられない程に八雲は動揺していた。

 

「……ねぇ、八雲、私が今死ねば大陸はどうなると思う?」

 

「……それは」

 

戦乱に逆戻りに決まっていた。この大陸は華琳の力によって平和を保っている。そんな華琳が後継もない今の状態で亡くなれば蜀と呉が黙っていない。

 

「私には王として築いた平和を磐石にする義務がある。それには後継者は絶対に必要なのよ」

 

「……」

 

「八雲、貴方なら能力と家柄、どちらも申し分ない。それに容姿も良いし、……そして貴方が私を慕っている事も知っているわ」

 

華琳に自分の心を知られている事を八雲は知っていた。元より隠すつもりもなかった。

 

「確かに私は貴女を慕っております。その申し出は私にとってこれ以上にない申し出でもあります。……ですが天の御遣い様の事は宜しいのですか?」

 

言ってしまってから、余計な事を言った自分に八雲は内心、舌打ちを打つ。

 

「……一刀の事は…もういいのよ」

 

「ならば私から言う事はありません。華琳様の婿の件、是非ともお受けしたく存じます」

 

「……そう、なら、貴方が華北の都督になった後になるけど婚儀を挙げる事にするわ」

 

「はっ!」

 

それで終わりだった。華琳の私室を出て、自分の部屋に戻る八雲の心を占めていたのは、政治的な理由と言えど華琳と結婚出来る満足感。

 

そして自分が北郷一刀の事を聞いた時に華琳が一瞬だけ浮かべた切なげな表情、そんな表情を浮かべさせる北郷一刀への嫉妬心。

 

その二つだった。

 

婚儀は洛陽の宮中で行われた。八雲も当然ながら華北から帰って来ている。魏の王の婚儀とあって、蜀からは諸葛亮、呉からは先代の王孫策が華琳に祝いを述べに来ていた。

 

八雲自身もその二人から値踏みをされる様な視線に晒されていたが、気にはしなかった。自分が華琳の添え物に過ぎない事を理解していたからだ。

 

自分は華琳の名を落とさない振る舞いだけをしよう、と割り切ってもいた。

 

八雲が隣に居る華琳を見ると、堂々たる姿で来賓の相手をしている。

 

けれど華琳の表情に微かな翳りがある事に八雲は気付いていた。自分だけではなく、魏の重臣の皆が気付いているだろう。

 

華琳が自分の事を悪く思っていない事はわかっている。それと同時に自分の事を好いている訳ではない事もわかっていた。

 

結婚する理由を考えれば仕方のない事だった。これからお互いに想い合える関係を作っていけば良い、と八雲は考えていた。

 

官職に就く者達が列をなして延々と挨拶に来るという義務的な婚儀が終わり、闇が月を隠す新月の夜、華琳の私室に向かう八雲。

 

心の臓は今まで経験した事ない程、病が治る前ならそのまま死んでもおかしくない位に昂っていた。

 

部屋で八雲を出迎える薄手の衣を羽織った華琳。八雲にとって天女と見間違えんばかりの美しさだった。

 

二人は寝台に腰掛け口付けを交わす。その流れで八雲は華琳の衣を脱がしていく。華琳の白い裸体が燭台の火に照らされて露になった時、八雲は理性を失った。

 

そこから先は朧気にしか覚えていない。無我夢中だった。八雲の身体の下で喘ぎ声を挙げる華琳、そんな華琳の中に何度も精を放つ。

 

自分は夢を見てるのではないかと思ったが、全身が感じる快楽がそれを否定する。気が付けば華琳と二人、荒い息を吐きながら、寝台に横たわっていた。

 

このまま眠ってしまいたい、そんな気分に襲われたが、自分と華琳の結婚は魏の重臣達に良くは思われていない、わざわざ火種を作るのもどうかと考え、気怠い身体を何とか起こして自室に帰る。

 

 

 

それから間もなく、八雲は華北に戻って行った。

 

 

都督という任は八雲が想像していたよりも大変だった。やる事が王の職務とあまり変わらないのだ。

 

執務室に積み上げられた書簡を片付けて兵の調練を行い

、治安維持に努め、何とか時間を作り洛陽へ行って華琳と肌を重ねる。

 

忙しくはあるが、充実はしていた。華琳の自分に対する態度も柔らかくなって来ている。

 

八雲は満足していた。自分が求めていた物は手に入ったのだ、と思っていた。

 

 

 

 

 

……だが、それが幻だと気付くまでそれほど時は掛からなかった。

 

 

 

 

 

肌を重ねている時の華琳が自分を見てない事がわかったからだ。

 

寝台の上で抱かれながら八雲を見上げる華琳。

 

その瞳に映るのは自分の姿。……そう自分の姿のはずなのに、華琳は八雲でない誰かを見ていた。

 

それが誰であるかなんてわかりきっている。

 

 

 

 

 

……北郷一刀。

 

 

 

 

 

どこまでも自分の邪魔をする人間だった。八雲の中で北郷一刀に対する憎しみが募る。

 

それが逆恨みである事はわかっている。それでも憎まずにはいられなかった。

 

だが、余裕もあった。北郷一刀はもう居ない。今は無理でもいずれその影を華琳の中から消してやる。

 

そんな事を考えていた八雲に追い討ちをかける様な情報が洛陽から飛び込んで来た。その情報は

 

 

 

 

 

 

……北郷一刀の帰還。

 

 

 

 

 

それを聞いた時、八雲は自分の足下が崩れていく様な感覚を味わっていた。

 

 

 

 

 

……華琳が奪われる。

 

 

 

 

八雲はその事しか考えられない。焦っていた。自分と北郷一刀、どちらを選ぶと聞かれたら、民も、魏の重臣も、そして華琳も間違いなく北郷一刀を選ぶ。

 

 

……八雲に勝ち目はなかった。

 

 

だからと言って華琳を諦めたくはない。自分にとって人生で一度きりの本気の恋なのだ。

 

三日三晩、考えぬいて八雲が出した決断は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲様、準備は全て整いました」

 

六花の自分を呼ぶ声に八雲の意識は過去から戻り、ゆっくりと目を開ける。

 

八雲が居るの南皮の城壁の上、そこから自分の兵を見下ろしていた。

 

八雲の下した決断は魏に対する反逆。

 

今までの八雲には与えられた物しかなかった。都督の地位も華琳の婿も華琳から与えられた物。

 

与えられた故に取り上げられる事を恐れる。ならばどうする?

 

 

……勝ち取れば良い。

 

 

 

八雲は自分の力で魏を倒し、いや、大陸を平定し華琳を勝ち取る事を決めた。

 

大陸を平定しても華琳の心は手に入らない事はわかっている。自分の行動は意味のない物なのかも知れない。

 

それでもこのまま黙って諦めるなんて真似だけは出来はしない。八雲は北郷一刀の影で終わるつもりはなかった。

 

「六花、私の我が儘でお前には苦労を掛けてしまうな」

 

「八雲様は八雲様のなさりたい様になせば宜しいかと、私は八雲様をお支えするだけなので」

 

「……ありがとう」

 

一言だけ礼を言う。その一言にどれだけの想いを込めたかは六花は全て察してくれるだろう。

 

「さぁ、始めるか…」

 

 

 

晋国の建国宣言。八雲はその事を兵達に熱く語りながら、自分の心中が華琳の事以外どうでも良く、思ったより冷めているのを感じていた。

 




文章を簡潔にしてるからR-15でいけるはず(震え声)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。