真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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陸の拠点話みたいな物です。


死の領域

陸は嘔吐していた。

 

うずくまりながら、陸は自分が何をされたのか、わからないでいた。

 

何とか視線を上に向けると、眼前に自分の主君であり、兄と慕う一刀が悠然と立っている。

 

「どうした陸、もう終わりか?」

 

陸に向けて、一刀は凍える様な冷たい目をやりながら、少し落胆した声で話し掛けてくる。

 

陸は脚に力を込めて立ち上がる。意地があった。そんな風に言われたまま終われるはずがない。

 

自分は高長恭軍第三師団師団長羅令則だ。その肩書きは陸とって誇りでもある。

 

陸は再び、一刀に飛び掛かる。一刀の身体がゆらりと動く。

 

気が付けば、また陸は地面に倒れ伏し、今日、二度目の嘔吐をしていた。視界が歪む。だが、今度は自分が何をされたかわかった。

 

一刀は陸の槍による攻撃を掻い潜り、肘を陸のこめかみに打ち込んだのだ。

 

……殺しても良い。そんな打ち方だった。

 

「ほう、生きていたか。打たれる直前に僅かに身体をずらしたのが良かったな」

 

一刀のその言葉に陸の身体が恐怖で震える。下手をすれば自分は今、死んでいたのだ……

 

そして、自分の軽はずみな発言を陸は後悔していた。何故、黒鬼隊の調練に参加したいなんて言ってしまったのか……

 

 

 

 

 

黒鬼隊……それは一刀直属の精鋭騎馬部隊。いや、精鋭なんて言葉すら生温く感じる狂気の部隊。

 

一刀が交州全土を手中に収めてから、半年が経っていた。抱える兵力は十万に増えている。

 

黒鬼隊はその中から選りすぐった五千名の部隊。だが、現在、黒鬼隊は二千しか居ない。

 

……三千は調練中に死んでいた。

 

一刀の調練は容赦という物が微塵もなかった。

 

「着いて来れなければ死ね」

 

そう言い放ちながら、酷薄な笑みを浮かべていた一刀の顔が今も陸の脳裏に焼き付いて離れない。

 

その言葉通り、着いて来れない兵を一刀は打ち殺していた。

 

陸を含め、皆が、一刀の調練を止めようとするが、鬼気迫る形相で兵をしごき上げる一刀に声を掛ける事すら出来ない。

 

兵達の反発を陸達は心配したが、それはなかった。

 

……誰もが一刀を怖れていた。それ以上に心酔していた。

 

一刀は兵達に文字通り、命懸けの調練を課すが、自分自身には兵達の倍以上の調練を課すからだ。

 

一刀に欠点がない訳ではない。陸から見ても、馬術と弓術はお世辞にも上手い物とは言えない物だった。

 

一刀自身もわかっていたのだろう。故に一刀は調練が終わって兵達が休んだ後、一人、ひたすらに二つの技術を磨いていた。

 

その後、休む事なんてせず、政務を行い、兵達の調練を始めるのだ。眠る時間なんて僅かな物。

 

 

 

……自分なら間違いなく死んでいる。

 

 

陸は一刀の常軌を逸した日々を信じられない物を見る様な気持ちで見ていた。

 

……この人は本当に人間なのか?

 

陸の頭の中で常にそんな事を考える。だが、それと同時に眩しかった。

 

陸から見た一刀は孤高で雄々しいのだ。自分が理想とする男の姿。まさにそのままだった。

 

自分の職務をこなしながら、陸は一刀を見続けた。いつしか、一刀に馬術でも弓術でも敵う人間は交州には居なくなっている。

 

それでも一刀は鍛練を辞めようとはしない。陸はその事が気になって一刀に直接聞いてみた。

 

「馬術は霞、弓術は秋蘭に並んだ自負はあるが、まだ二人を超えていない。少なくとも二人を超えるまでは辞めるつもりはないな」

 

それが答えだった。張遼と夏候淵、誰もが知る二人の名将を超えると簡単に言い切る一刀に陸の心は飲まれる。そしてこの人なら必ずやってのけると確信もした。

 

兵達の調練が始まって五ヶ月、生き残り、黒鬼隊と名乗る事を許された兵達のお披露目と言っていい模擬戦が行われた。

 

相手は凪が率いる二万の兵。およそ十倍の兵力差である。

 

陸は絶対に黒鬼隊は勝てないと思っていた。相手の兵より多くの兵を用意する。孫子の兵法ではまずその事が記されている。それだけ戦場では兵力という要因は大きい。

 

どれだけ善戦出来るか、それがこの模擬戦における見学者の見所であった。

 

 

 

 

 

 

 

……数刻後、凪の率いる二万の軍は全滅していた。

 

 

 

 

 

黒鬼隊で戦死判定を受けた者は数名程度、その現実に誰も言葉を発する事が出来なかった。軍師である風も目の前の光景が信じられないのか、飴を地面に落とし呆然としていた。

 

黒鬼隊の練度が尋常ではないのだ。兵の一人一人が武将と言ってもおかしくない程の武を備えている。

 

一人が相手なら自分は勝てる。二人なら危ないだろうが、まだ何とかなる。三人を相手にすれば死ぬ未来しか陸には見えなかった。

 

そんな兵が二千の集団となって一塊で襲いかかって来る。凪は悪夢を見ている気持ちだっただろう。

 

少なくとも陸は絶対に相手にしたくなかった。兵の練度もそうだが、一刀の指揮が凄すぎる。的確に弱点となる隙を突いて来るのだ。

 

万を超える兵を指揮すると、どうしても指示と実際に動くまでに誤差が生じる。凪は歴戦の軍人だけあってその誤差は小さな物で陸からすれば見事な指揮だと思えた。

 

だが、一刀はその小さな誤差すら逃さない。黒鬼隊の圧倒的な機動力を生かしてそこを断ち割る。凪に立て直す時を与えない。立て直そうとして緩みが出た所をさらに断ち割る。それを繰り返されて二万の軍は分断されて各個撃破されたのだった。

 

先に戻って来た凪は打ちのめされた表情をしている。こんな結果になるなんて思いもしていなかったのだろう。

 

陸はそんな凪を横目で見ながら、戻って来る黒鬼隊に視線を向けた。

 

一刀を先頭に黒の軍装で統一され、左目だけを覆う黒き鬼の面が装備された黒鬼隊。漆黒の高旗の下、歩を進める彼らの顔には十倍の軍を打ち破ったというのに、満足感はない。

 

やるべき事をやっただけ、そんな風にも感じられる彼らの態度が陸には格好良く見える。

 

……自分も黒鬼隊に入れないだろうか?

 

陸はふと思ったが、到底無理な話だった。師団長の地位に居る自分が一兵卒に戻れる訳がない。

 

ならばせめて、黒鬼隊の調練に参加出来ないか?

 

そう思った結果が今の現状だった。

 

 

 

 

 

「辞めたければ辞めてもいいぞ?お前は兵ではなく将だ。個人の武よりも大事な物が他にもある」

 

一刀のその言葉に陸はすがりついてしまいそうになった。陸が辞めたいと言えば、一刀は辞めさせてくれる。……そして失望されるだろう。

 

陸にはそれが耐えられなかった。自分の目標であり、兄と慕う一刀に失望される位なら死んだ方がマシだった。

 

「……辞めません」

 

「……そうか、なら、かかって来い」

 

陸は一刀に打ち込む。そしてその度に打ちのめされる。

 

 

一体、何度、打たれただろうか?自分が今もまだ生きている事が陸には不思議だった。

 

自分は得手である槍を使っているのに、無手の一刀に歯が立たない。

 

……悔しかった。悔しくて仕方ない。

 

だが、そんな陸の気持ちも自分の身体に叩き込まれる一刀の拳の前には何の意味も持たなかった。

 

……自分はこのまま死ぬのか?

 

陸が明確に死を意識した時、自分の中で何かが弾けた。

 

身体が自分の物ではない様に速く力強く動く。つい先程まで見えなかった一刀の動きがはっきり見える。

 

「死域に入ったか」

 

呟く一刀の声。それに構わず陸は攻め込む。

 

互角に打ち合えていた。自分があの一刀と対等に戦っている。それは陸にとって大きな喜びだった。

 

……兄さんに勝てるかも知れない。

 

その言葉が頭を過った瞬間、

 

「陸、調子に乗りすぎだ」

 

一刀が消えていた。延髄に奔る衝撃。陸は崩れ落ちる自分の身体を支える事が出来ず、そのまま気を失った。

 

 

 

 

 

目覚めた時、一刀は自分の隣に座っていた。

 

「目が覚めたか?」

 

「……兄さん」

 

陸は横たわる自分の身体を起こそうとする。

 

「もう少し寝てろ。死域に入ったんだ。身体の負担は軽い物じゃない」

 

「兄さん、死域って何?」

 

「文字通り、限りなく死に近い領域の事だ。まぁ、俺の居た世界ではゾーンとも言うが、俺の祖父が死域と言っていたから俺もそう呼んでいる。……陸、お前、最後に俺と打ち合った時、感覚が鋭くなり、身体が軽くなった様に感じただろ?」

 

「はい」

 

「あれはな、極限まで追い込まれた人間が己の限界を超えた領域に踏み込んだ時に発揮される力だ。例えるなら蝋燭の火だな。蝋燭の火は蝋が溶け切る直前に大きくなるだろ?あれを想像すると分かりやすい」

 

「……蝋燭の火」

 

「行き着く先も同じだ。蝋燭の火は蝋が溶け切れば消える。お前もあのまま動き続けていたら、死と生の狭間から死の領域に入っていた」

 

「兄さん、それは……」

 

「死んでいたって事さ」

 

一刀にそう言われても陸は冷静だった。まだ実感が湧いてないのかも知れない。

 

「陸、お前には晶ほどの武の才はない。それどころか凪にも劣る。……はっきり言って武に関して言えば凡人だ」

 

一刀の非情な宣告。……非情な宣告であるはずなのに、陸は動揺していなかった。最初に出て来た感想は

 

やっぱりか……

 

薄々は気付いてはいた。それでも見ない振りをしてきたこの大陸の現実。

 

男は優れた素質を持つ女には勝てない。この大陸を動かしているのは女ばかりで、陸にとって唯一の例外は、今、目の前に居る一刀だけだった。

 

「陸、今のお前の力は凡人が単純な努力で辿り着ける限界に近い物だ。そこまで己を鍛え上げたお前を褒めてやりたいぐらいさ」

 

「でもこれ以上強くなる事は出来ないんですよね……」

 

「普通のやり方ではな。俺が何の為にお前をあそこまで追い込んだと思ってる」

 

陸は一刀が何を言いたいのかわからなかった。

 

「死域に入ったお前は凡人ではなかった。間違いなく、才という壁を越えていたよ。それは実際に体験したお前が一番良くわかっているんじゃないのか?」

 

確かにあの時の自分は自分じゃない位に感覚が研ぎ澄まされ、身体が動いていた。

 

「お前が死域に入れるかどうかは賭けだった。入れずにそのまま死ぬならそれはそれで仕方ないと思っていた。お前が晶達……いや、女に劣等感を感じていた事はわかってる」

 

「……兄さん」

 

「だから俺はお前に可能性を見せた。自分の意志で死域をある程度、切り替えが出来る様になったならお前はまだまだ強くなれる」

 

一刀はそう言った後、大きく咳払いをし、

 

「まぁ、なんだ、僅かな時間とは言え、俺に本気を出させたんだ。…………良くやったな」

 

照れ臭そうに言って、陸の頭を撫でる。その時の一刀の陸を見る眼差しは先程までとは正反対の優しい物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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