一刀は司馬懿の行動に何処か、昔の自分を思い出してしまっていた。
「司馬懿に会ってみたいな」
それは、偽らざる気持ち。向こうは自分に敵意しか抱いていないだろうが、一刀からすれば、そういう理由で行動できる骨っぽい馬鹿は嫌いじゃなかった。
「……風には、今のお兄さんを計りきれないのですよー。何故、そんな結論に達するのでしょうかー?」
風のその言葉に口元を僅かに吊り上げる。風にはわからないだろうな、と一刀は思ったからだ。
「風は、司馬懿の行動の理由を推測してどう思った?」
「……愚かだとしか言えませんねー。司馬懿さんの行動で多くの人が死ぬ事になります。気持ちはわからなくはないですが、やはり愚かだと……」
「なら、俺も愚かだと言う事になるな」
「……何故でしょうか?」
「俺と司馬懿は同類だからだよ。……俺は己の存在を懸けて華琳に大陸平定を成し遂げさせた。そして、司馬懿も己の存在を懸けて華琳の心を手に入れようとしている。そんな事をしなくても華琳の夫という立ち位置に居るのにも関わらずだ。向かう方向は違うが行動原理は昔の俺と変わりはしない」
「隊長、それは違います!……隊長は華琳様の為に行動されましたが、司馬懿様はご自分の為に行動されています!」
「何も違わないさ。凪、今お前は俺は華琳の為に行動したと言ったが、俺は俺自身の為に行動したよ。華琳に天下を取らせたいという俺の欲の為にな」
「ですが!司馬懿様の行動は多くの人々を犠牲に……」
「俺が赤壁の結果をひっくり返した事で何万の蜀と呉の兵が死んだんだろうな?」
「っ!……それは」
「お兄さん、それは詭弁ですねー」
言葉に詰まる凪を庇う様に、風が口を挟む。
「風、何が詭弁なんだ?」
「赤壁は国と国の戦いでした。お兄さんが何もしなければ、魏の人達が多く死んだでしょう」
「だから、俺は悪くないとでも?……風、その言葉をあの戦いで死んだ蜀と呉の兵の家族の前で言えるのか?」
「……言えますよー」
「お前も俺や司馬懿と同類だな。……風、お前は今まで、お前の策で何人の人を殺して来た?」
「……」
一刀のその言葉に風が黙り込む。
「あぁ、勘違いするな。別に責めている訳じゃないし、司馬懿を擁護している訳でもない。そして平和主義を気取るつもりもない」
「では、何故?」
「気に食わないだけさ、華琳にしても、劉備にしても、孫策にしても、覇道や大義、皆の笑顔の為になんてお題目を掲げているが、やった事と言えば、大量殺人でしかない。自分が天下を差配したいという欲の為のな」
一刀の言葉が玉座の間を支配する。重苦しい沈黙が漂う中で、一刀はさらに言葉を続けた。
「結局の所は皆、同類なんだよ。だから俺は司馬懿の行動理由を馬鹿だとは思うが、愚かだとは思わん。俺から言わせれば、大きな目標を掲げていれば、大量殺人もやむ無しと考えるこの大陸の価値観の方が愚かだ」
「……」
「俺は戦いを否定しない。戦う事でしか手に入らない物もあるからな。只、俺がお前達に言いたいのは建前を楯に自分を正当化するな。一度、血に染まった以上、どこまでいっても俺達は悪でしかないのさ」
「……」
「戦う理由なんざ、人それぞれだ。けど、どんな小さい理由であろうと、そこに意地や誇り、想いがあるなら人は戦える。俺が司馬懿を嫌いになれないのは、司馬懿の戦う理由が一人の女の心を得るという、わかりやすく、純粋な物だからだ。……俺が言うのもなんだが、司馬懿の立場になって考えると、何処か切なくなるよ。結婚までして片想いなんてな……」
一刀は本気でそう思っていた。もし、自分が司馬懿の立場なら同じ事をしたかも知れないとも……
「……お兄さんの考えはわかりました。ですが、司馬懿さんはお兄さんを狙ってきます。それはどうするつもりですかー?」
風のその問いは一刀にとって愚問だった。
「叩き潰すに決まってるだろ。司馬懿に戦う理由がある様に、俺にも戦う理由がある。司馬懿の現状には同情すべき点はあるが、そんな物は俺は知らん。俺の立場からすれば、八つ当たりされている様な物だしな」
「……本当に今のお兄さんは揺るがないですねー。けれど、その言葉を聞いて安心しましたー」
司馬懿の話が終わったと同時に玉座の間の空気が少し弛緩する。だが、一刀が次に放った言葉で玉座の間は凍り付いた。
「風、お前にもう一つ聞きたいのは……」
『華琳は本当に俺の知っている華琳なのか?』
「……お兄さん、それはどういう事でしょうかー?」
「どうもこうもない、言葉通りの意味だ。はっきり言って切れ味が鈍り過ぎてる。俺が本当にあの華琳なのかと疑うほどにな」
「司馬懿さんの一件は失態ですが、それまでは華琳様は三国を上手く纏めていました。お兄さんがそこまで言う様な状態には思えないのですが……」
「風、お前は俺を試しているのか?……俺も魏については調べたが、確かに為政者としては優秀だ。それこそ俺が魏にいた頃よりな。だが、俺が言っているのは、そんな事じゃない。昔の他者を圧倒する様な存在感をまるで感じないんだよ」
一刀はリュックから屍鬼隊の調べた書簡を取り出し、その中身を眺めながら言い放つ。
「今の華琳は只、優秀なだけ。普通の王ならそれで十分だが、昔の魏の覇王、曹孟徳を知る俺からすれば、今回の司馬懿の一件、あまりにも事が起こった後の動きが悪過ぎる。俺の知っている華琳なら今頃、華北で戦っているはずなのに、洛陽に兵を集めた後、動きがない。司馬懿が単身で洛陽に現れたという情報があるから、その時に何かがあったのかも知れないが、それでも釈然としない」
「……お兄さんはその情報を何処で?風もまだ知らない情報なのですが……」
「そんな事はどうでもいい。……それでどうなんだ?」
一刀の問いかけに風は大きくため息を吐いた。
「それを、お兄さんが聞くのですか……」
「やはり、俺の所為か……」
「はい、お兄さんが天の世界に帰られた後、華琳様は変わられました。その変化に気付いたのは、風を含めて数人ほどでしょうが、華琳様は覇王ではなく、とびきり優秀ではありますが、普通の女性になってしまいました」
風の言葉に、一刀は元の世界に戻る直前に華琳に放った言葉を思い出した。
……寂しがりやの女の子
自分の言葉が華琳をそうしてしまった事を一刀は悟った。
こういう状況にする為に言った言葉ではなかった。けれど結果としてこの有り様……
こんな事になるなんて、あの時に予測出来る訳がない。それでも自分の言葉から始まった今の大陸の混乱。
……ならば、自分が何とかするべきだろう。それが華琳に天下を取らせた天の御遣い、北郷一刀の最後の責任だった。
一刀は自分の中でこれから自分が歩む道がはっきりと定まった事を感じていた。
評定は次でラストです。