ある決意を固めた一刀は風に尋ねる。
「風、華琳と司馬懿、二人を知っているお前に聞きたい」
「はい、何でしょうかー?」
「もし、現時点で二人が戦えば、どちらが勝つと思う?」
一刀の問いかけに風は暫し黙り込み、
「……華琳様の勝つ可能性は三割と言った所でしょう。華北、特に冀州を取られたのが痛いですねー」
冀州は華北でも、いや、大陸でも特に裕福な州だった。
「追加情報だ。司馬懿は既に徐州を陥落させている」
「っ!……勝率は二割まで落ちますねー」
風は一瞬、驚きと何か聞きたそうな表情を見せたが、聞いても無駄だと思ったのか、口に出す事はなかった。
「……やはり、その程度しかないか。軍縮もしている様だしな」
一刀は屍鬼隊が集めた情報が記されている書簡を眺めながら風に相槌を打つ。天和達が居れば兵は集まるだろうが、彼女達は今は魏には居ない。そもそも華琳が大陸を平定した事で彼女達の契約は終わっている。魏に協力する義理は彼女達にはもうないのだ。
そして一刀も天和達に協力を求めようとは思っていない。彼女達には彼女達の夢の舞台がある。そこから降ろして血に染まった舞台に引っ張り上げる事なんて彼女達の努力を誰よりも近くで見てきた一刀には出来はしなかった。
縁があれば、また会えるだろう。一刀はそう割り切っていた。
「けれどお兄さん、これはあくまで魏と晋の二国だけが争った場合の予測で此処に蜀と呉の動きが加わればどうなるかは風にはわかりません」
「まぁ、そうだろうな。……じゃあ、もう一つ質問だ。魏が晋に勝ったとして、天下は治まると思うか?」
一刀からすれば、こちらの質問の答えの方が大事な事だった。
「……治まるとは思います。ですが火種は残るでしょう。今回の一件は皆、華琳様の失態と見ますからねー」
その返答は一刀の予測と同じ、元来、王には無用な汚れは必要ない。現実的には汚れのない王など居ないだろう。だが、その汚れを民に見せてはいけないのだ。
綺麗な王だからこそ、民は期待し、信じ、敬い、慕い、着いて行く。
けれど今回の一件で華琳は民の目にはっきりと映る汚点を残してしまった。
例え、華琳が司馬懿を打ち倒したとしても、その汚点は消える事はない。民はもう、全面的に華琳を信じる事は出来ないだろう。
そこまで考えて、一刀は一度、大きく息を吐いた。そして凪達を見据え、
「結論から言う。……俺は魏を潰す」
一刀の発言で玉座の間の空気が凍り付く。そんな空気の中で一刀はさらに言葉を続ける。
「魏だけではない。蜀も呉も晋も潰し、俺は天下の覇者となろう」
「……隊長」
「……お兄さん、本気ですか?」
「あぁ、勿論本気だ。正直言って、もう三国同盟は駄目だろ。魏は反乱で国内が混乱しているし、蜀は虎視眈々と荊州と俺達の交州を狙っている。それは呉もそうだが、多分、それ所じゃなくなるだろうしな」
一刀は既に晋が呉に軍を差し向けている情報を掴んでいた。
「三国同盟成立から約六年、短い平和だったな」
一刀のその言葉に皆が黙り込む。それぞれが戦乱の再来を理解していた。
「こう言ってしまえば、傲慢に聞こえるかも知れないが、華琳に天下を取らせたのは俺だ。華琳の天下が駄目になったなら、それに幕を引くのも俺であるべきだろう。それが、かつて天の御遣いなどと呼ばれた北郷一刀であった俺の最後の役目だと思っている」
「……お兄さんの考えはわかりました。ですが、宜しいのですか?華琳様だけではなく、魏の皆さんと戦う事になりますが……」
「風、俺は魏を潰すと言ったんだ。それくらいの事、覚悟してないとでも思っているのか?」
「いえ……」
「俺から言わせれば、お前と凪の方が心配だ。風は稟、凪は真桜と沙和を殺す事になるかも知れない。……今ならばまだ俺から離れる事を許すがどうする?」
一刀の鋭い眼差しが二人を貫く。
「只、俺に着いて来るならば、半端は許さない!怯懦も許さない!俺はこれより大陸を血に染め上げる修羅へと参る!それに着いて来る覚悟がないならば此処で去れ!これは、凪と風だけじゃなく、晶、陸、叡理、お前達にも聞こう」
それは余りに峻烈な言葉だった。その言葉を表す様に一刀の身体から凪達を圧倒する様な覇気が発せられている。
静寂が漂う玉座の間、それを打ち破ったのは……
「隊長、今さら自分に覚悟を問うのですか?」
凪だった。
一刀に逆に問い返す凪の言葉は心底心外そうである。
「自分は主君を捨て、国を捨て、友を捨ててまで隊長と共に在る事を決めました。隊長の今の言葉は自分に対する侮辱です。……それに約束しましたから」
凪はそう言って、左手の薬指に嵌められている指輪を右手で撫でる。
「そうですねー。風も覚悟を決めて魏を去りました。それにお兄さんが華琳様に天下を取らせた事の責任を取ると言うなら、風もお兄さんを担ぎ上げた事の責任を取るのが道理と言う物でしょう。……凪ちゃんの指輪の事は後で聞かせて下さいねー」
凪に引き続き、風も普段通りの飄々とした態度で一刀に自分の決意を述べる。そこに、かつての自分の国や仲間と戦う事に対する躊躇いはなかった。
「私にとって一刀様の決断は望む所です。やはり私はどこまでいっても武人である事は辞められません。そして一刀様と共に戦場を駆けるのは私にとって誉れでもあります。……ですが一つ願いを聞いて頂けないでしょうか?」
晶の願いは一刀にはわかっていた。
「董卓の事だろう。心配しなくても戦いを望まずに戦場に出ない人間を斬る刃は俺は持っていない。もし、蜀を打ち倒したなら董卓の保護を最優先にしよう」
「それでしたら、これ以上言う事はありません。一刀様の前に立ち塞がる者共をこの武を持って打ち倒してご覧に入れましょう!」
晶の堂々たる宣言。一刀はその宣言に清々しささえ感じていた。
「僕も晶さんと同じです。先の戦乱では何も出来ませんでしたからね。今の自分がどこまでやれるのか試してみたい気持ちが大きいですよ」
ふてぶてしい態度の陸。その目に怖れはない。一刀が叩きのめしたあの日から陸は度胸を据えれる様になっていた。
「私は戦の事はわかりません。私に出来るのは、民が少しでもより良い生活を送れる様に力を尽くす事だけです。それで良いのでしたら、私も一刀様と共に行きたいと思います」
真摯な瞳でそう応える叡理。……叡理も変わった。出会った頃は学のない人間を見下す癖があったが、恐らく風と共に政務に励む様になってからその癖がなくなっていた。自分と同じ分野で自分より明確に優れた風という人間が自分を見つめ直すきっかけになった様だ。
それぞれの決意を聞いた一刀は嬉しいと同時に悲しくもあった。
自分はこの者達を修羅場に送る事になる。それは交州を奪った時とは比べ物にならない修羅場。
此処で自分から離れてくれれば、そこに送らずに済んだ。
けれど、皆はもう自分と共に行く事を決めてしまっている。
決めてしまった人間の心を変える言葉を一刀は持っていなかった。
遅くなってしまい申し訳ありません。今回は難産でした。後、評定が終わらなかった。次で終わらせる様に頑張ります。