真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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ユメノオワリ

一刀は一度、大きく溜息を吐いた。

 

「……俺が魏で過ごした日々は夢の様な物だったな。そして夢から覚めないまま、元の世界に戻った。元の世界に戻った俺は足掻いたよ。もう一度この世界に帰って来る為、夢の続きを見る為に……」

 

そう言う一刀の目は何処か虚ろで過去に想いを馳せていた。

 

「けれど、戻って来た俺に夢の続きを見る事は許されなかった。そりゃそうだ、夢はあくまで夢でしかない。いつかは覚める。……多分、今が夢の終わりなんだろう。俺に残っているのは冷たい現実だけだ」

 

自嘲気味に嗤いながら一刀は呟く。

 

「隊長……」

 

「お兄さん……」

 

「何故だろうな?そんな冷たい現実を目の前にしても俺の心が動かないのは…………変わっていないつもりだった。どんな死地に居ても想いは華琳の下に、いや、魏の皆の下にあると思っていた」

 

「……」

 

一刀の独白に誰も口を挟む事が出来ない。それが出来る空気ではなかった。

 

「だけど、はっきりと気付いたよ。俺の魏に対する想いは色褪せて、いかなる熱も持っていない事に……」

 

「……お兄さんは魏という国を憎んでいるのですか?」

 

かろうじて放たれた風のその言葉に一刀は薄く笑って首を横に振る。

 

「憎いとか憎くないという問題じゃない。……確かに魏の俺に対する扱いには思う所がない訳ではないが、それすらも最早些細な事だ」

 

一刀が天を仰ぐ。その視線の先に映る物が何なのかは凪達はおろか一刀自身にもわからない。

 

「何故、俺が再びこの世界に戻って来れたのか、変わってしまったこの世界で俺は何をするべきなのか、もし、お前達の言う天という物が存在しているならば俺に何をさせたいのか、答えなんてないのかも知れない。だが、それを知る為に俺は戦うと決めた。理由はそれだけでいいし、それ以外はいらない」

 

そう、それでいい。華琳と戦うのだ。余計な感情を持つべきではない。これからの自分に必要なのは客観的な判断と迅速な行動。

 

心を凍てつかせろ。戦うのは魏の皆ではなく、只の敵だ。

 

天を見上げていた顔を下ろす。一刀の目が冷たく光る。その目はかつて、数多の敵から鬼と畏怖された男の目だった。

 

「っ!!!」

 

一刀の目を見て凪達の顔が強張る。それに構わず、一刀はこの先の方針を話し始めた。

 

「俺達は手始めに荊州を奪う。風、策を述べろ」

 

「……風達の現状では荊州全土を取るには、兵力、資金、兵糧、全てが不足していて荊北を取ると蜀呉二国とぶつかる可能性があります。まずは荊南四郡を取るべきかと……」

 

確かに現在の交州の国力を考えると妥当な判断と言っていいだろう。

 

風の言う事に間違いなどない。それ故に一刀は不満だった。

 

「……それで勝てるのか?」

 

「えっ?」

 

「確かにお前の言う事に誤りはない。当然の判断と言っていい。だが、当然の判断で勝てるのかと聞いている」

 

「……それは」

 

「現時点で他の四国より劣っている俺達が当たり前の事をやってどうする?」

 

「ですが、現実的に風達には荊州全土を治める力はありませんよー」

「足りないのは、兵力、資金、兵糧の三つだな?」

 

「そうですねー」

 

「なら、その内の資金と兵糧は俺が用意しよう」

 

一刀がそう言った直後だった。

 

「高長恭様、ご命令の物をお持ち致しました」

 

現れたのは調理場を受け持つ侍女。その手には一刀が玉座の間に来る前に渡した物が皿の上に乗せられていた。

 

一刀はその皿を侍女から受けとり、凪達に声を掛ける。

 

「お前達、ちょっとこっちに来い」

 

一刀の元に集まる凪達。その顔には疑問の表情が浮かんでいる。

 

「隊長、これは一体、何なのですか?」

 

「これは、俺が元の世界から持って来た食物でじゃがいもとさつまいもと言う物さ」

 

そう言って、一刀はさつまいもを一つ、手に取り、口に運ぶ。

 

「お前達も食ってみろ」

 

一刀の言葉に皆が恐る恐る二つの芋を口にする。

 

「ほう!このさつまいもというのは中々、甘味があって美味で御座いますな!」

 

「こっちのじゃがいもは塩を付けて食べると合うと思います」

 

そう言う晶と叡理の顔には笑みが浮かんでいる。

 

「この二つは荒れ地でも栽培可能の事から俺の居た国でも戦時中、主食として用いられていた」

 

「……お兄さん、まさか?」

 

「あぁ、もう既に栽培を始めているぞ。そろそろ収穫出来る頃合いだ。交州は土地だけは広いからな、作る場所には事欠かなかった」

 

「何故、今までこの二つを出さなかったのですか?」

 

……決まっている。防諜体制が整ってなかったからだ。

 

はっきり言ってじゃがいもとさつまいもは食物として万能過ぎる。荒れ地で栽培出来て、保存が効き、栄養価も高く、色んな料理に転用出来る。

 

一刀はこの二つを他国に流すつもりは一切ない。これは自分達だけのアドバンテージ。それ故に屍鬼隊が出来るまで下手に表に出せなかった。

 

因みにこの二つを作っているのは、屍鬼隊と黒鬼隊の身内の人間だけだ。

 

残された家族に生きる術を与える事で、屍鬼隊と黒鬼隊の者達は心置き無く死ねる。忠誠心を買う事にも役に立っていた。

 

黙り込んだ一刀を見て、風は溜息をつく。

 

「お兄さんには秘密が多過ぎるのですよー。そんなに風達の事が信用出来ませんかー?」

 

「そんな事はない。ないが、謀は秘するのが当たり前だろう。知る人間が多ければ多いほど漏洩する可能性があがる。そんな事はお前が一番良くわかっているはずだ」

 

一刀は皆を信じていない訳ではない。だが、それとは別で自分の器量の底を他人には見せない様にしていた。

 

自分の底を見透かされた人間は早く死ぬ。他人に侮られるからだ。人は自分が理解出来ない事を怖れる。だから他人に甘く見られない為には自分という人間をさらけ出すのは駄目なのだ。

 

風は賢い。そして人を見る目もある。今は自分を好いているから共に居るが、いつまでもその感情が続くとは限らない。だからこそ、一刀は風の心に楔を打っている。決して自分を侮れない様な楔を……

 

一刀の言葉が軍師として正しいのがわかっているのか、僅かに不満そうな顔をしているが、風はそれ以上は言わなかった。

 

「とりあえず、兵糧はこの二つと備蓄の物で何とかなるな。後は資金か」

 

そう言って一刀は自分のリュックに手を入れる。そこから出て来たのは、数本の純金のインゴット。

 

「に、兄さんこれは!?」

 

「見たらわかるだろう。金の塊さ。不純物が一切入ってないな」

 

「いや、こんな物をどうして!?」

 

「あぁ、お前達は知らなかったか、俺は元の世界ではそれなりに金持ちなんだよ。こっちの世界に来る以上、元の世界のお金は必要ないから全部、これに替えて来た」

 

ラキが一刀に渡した三十億の内の二十億分の純金。後の十億は最後の親孝行だと思い家族の所に置いてきた。

 

「これで資金も大丈夫だな。兵力に関しては力と知恵で何とかするさ」

 

そう言って一刀はニヤリと笑う。

 

「……確かにこれで荊州全土を攻める最低限の状態にはなりましたが、蜀呉の二国を同時に相手にするのは風は軍師として反対させて頂きたいのですよー」

 

「呉は動かない。いや、動けないと言った方が正しいか。司馬懿が寿春に攻めこんでいるらしいからな」

 

一刀の言葉に玉座の間がどよめく。そのどよめきをかき消したのも、また一刀の言葉だった。

 

「俺達はこれより荊州に攻め込む。間違いなく蜀軍とは戦う事になる。だが、四国の内で一番国力で劣る蜀に勝てない様では話にならない。天下を目指す俺達にとって遅かれ早かれ戦う事になる相手だ。……風、お前はどの辺りで蜀軍とぶつかる事になると思う?」

 

「……そうですねー」

 

風が暫し考え込む。そんな風に一刀は声を掛ける。

 

「俺にも恐らく此処だろうと思う場所がある。お前の答えと同じか、手のひらに書いて一斉に見せ合うか?」

 

一刀の試す様な言葉に風が笑みを浮かべる。

 

「面白そうですねー。記録官さん筆を」

 

会議の様子を記録する記録官から筆を受け取った一刀と風は手のひらに筆を走らせる。

 

「風、書けたか?」

 

「はい、書けましたー」

 

「それじゃ、見せ合うぞ」

 

一刀と風が一斉に手を前に出す。手のひらに記された文字は二人共に同じで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『長坂』

 

 

 

 

 

 

という二文字が記されていた。

 

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