季節が夏から秋に変わる頃、一刀は黒鬼隊、凪が率いる第一師団、晶が率いる第二師団を引き連れ交州から出撃する。留守居は陸と陸が率いる第三師団に任せた。
本音を言えば陸を連れて行きたかったが、蜀は南蛮を制圧している。そこから交州に侵攻される可能性があった。
陸自身も一刀に着いて行きたがったが、晶は壊滅的なまでに守りに向いてない。凪は万能だが、どちらかと言えば攻めの人間。守りに向いていて手堅い陸しか任せられる人材がいなかったのだ。
人材の少なさがこういう所で響いて来ている。兵は育てているが小隊長や中隊長クラスは出て来ても師団長クラスはこの三人しかいない。那由多も師団長クラスの実力は持っているが屍鬼隊からは動かせない。結局は三人でやりくりするしかなかった。
ちなみに黒鬼隊は全員が中隊長クラスの指揮は取れる。かといって分散させるつもりは一刀には毛頭ないが。
そうして一刀が頭を悩ませて編制し、交州を出撃したその数は総勢七万。それが今の一刀に出せる限界だった。
荊州を制圧し、蜀と全面戦争するには、頼りない兵数。それでも一刀は負けるとは微塵も思っていない。
そもそも一刀と他の国では前提条件が違う。他の国は自国を第一に考えるが、一刀が第一に考えるのは仲間の命。
最悪、交州を捨てる事も頭に入れて行動している。元々、自分は土地に縛られず戦うゲリラだ。領地なんかない方がよっぽどやりやすい。陸にも何かあれば無理せず交州を捨てていいと伝えていた。
はっきり言ってしまえば、相手が蜀であろうと、呉であろうと、魏であろうと、晋であろうと、勝つだけなら容易く勝てる。
手段を選ばなければ良いのだ。実際にやろうとした手段はある。仲間の事を考えて自重はしたが、必要ならば一刀はその手段を取るつもりだった。
その手段の一つが一刀が元の世界から持ってきたケシの種を栽培し、精製して阿片として屍鬼隊を通して四国にばらまく事。
それで数百万から数千万の阿片中毒者の出来上がり。そして阿片中毒者が阿片を求めて大陸中で血みどろの争いを繰り広げる。……その阿鼻叫喚を思うと胸が熱くなる。元の世界で汚い戦に染まったからか、罪悪感も湧いて来ない。
もちろん自分の領地では阿片は徹底的に取り締まる。他の四国も取り締まりに走るだろう。しかし、屍鬼隊の特殊工作の能力は他国の間者とは一線を画す。取り締まり切れはしない。後は四国がボロボロになるのを眺めていれば良い。
なんなら、その間に五湖征伐に乗り出すなんて事も出来る。時間は自分の味方なのだから。
一刀は自分一人なら迷わずそれを実行した。正直言って、自分の大事な仲間以外が死のうがヤク中になろうが、一刀からすれば知った事ではない。
むしろ幸せな
そんな発想する時点で自分は既に壊れているのだろう。別にそれを恥じるつもりない。だが、
……到底、仲間に見せられる自分の姿ではなかった。
一刀は仲間の為に戦っているが、仲間の存在は良く言えばストッパー、悪く言えば足枷になっている。
極論を言えば、それすらも気にしなくなった時が自分が人間でありながら人間を辞める時だろう。
そう言った意味で一刀にとって仲間の存在はありがたいものだった。
一刀は今は一人で自分の黒馬に跨がり荒野を駆けていた。黒鬼隊は野営の準備、そして凪と晶には先行させて荊南四郡の攻略を命じていた。
自分が出張れば早く終わるのだが、自分におんぶに抱っこはこの先を考えれば決して良い事ではない。
一刀は二人に荊南攻略を任せた事を後悔はしていない。あれでも二人は歴戦の猛者だ。言い方は悪いが雑魚では相手にならないだろう。
念の為に参謀に凪には叡理、晶には風を付けている。万が一もないと思っていい。
叡理は実戦経験はないものの兵法は良く学んでいる。実戦経験が豊富な凪との組み合わせは良い経験になると思っていた。
風に関しては言う事はない。晶の暴走を止める為に付けただけだからだ。晶はこの数年で落ち着いたとは言え、反董卓連合での事を見ている一刀からすれば一抹の心配はある。だから二人には指揮は晶がとっていいが、風が危険だと感じたら指揮権は風に変えるようにと言ってあった。
そんな事まで考えながら、人を動かす事に一刀は最近気疲れを感じている。元の世界の中東ではその辺りの事は全てラキがやってくれていたのだ。
ラキの事を思い出し、一刀は乗っている黒馬の
この黒馬の名前もラキにした。自分の相棒ならその名前しかないと思ったからだ。
ラキは賢く勇敢な馬だった。恐れを知らない。演習の時も自分から相手に身体をぶつけに行く、それなのに相手の攻撃はきちんとかわす。地を這うように駆けて一刀が足で腹を絞めるだけで一刀がどうして欲しいか理解してくれる。
一刀はこの世界に戻って来てから馬術を徹底的に鍛え上げたが、人馬一体という物がどういう物なのかを理解したのはラキに乗り始めてからだった。
「お前は本当に良い馬、いや、相棒だな」
一刀はラキに語り掛ける。乗っている時だけではなく、暇さえあれば厩舎に行き、ラキの世話をしながら語り掛けるのは、一刀の日課になっていた。一刀はラキの世話を他人に任せる事はしない。自分の命を預ける相棒なのだ。自分が世話をしないでどうする。その考えが常に頭にあるからだ。時折、そのままラキと共に厩舎で眠る事すらある。
その考えから黒鬼隊では自分の馬は自分で世話をするのが当たり前になっている。始めは不満そうな顔をする者もいたが、馬と心を通じ合わせる事の大事さが賊討伐や演習で自分自身の生存率を分けるとわかったのだろう。今では黒鬼隊全員が喜んで自分の馬の世話をしていた。
一刀が語り掛けるとラキは首を振ってそれに応える。ラキには自分が言っている事がわかるのだと一刀は確信していた。
一刀とラキは駆ける。広い荒野でさえ狭く感じる程の速さで。そんな一刀の前方で土煙と喚声が上がっていた。
一刀が目を凝らすと数人の民らしき人間に二十人程の男達が襲いかかっている。
「……賊か」
呟いた一刀は手綱を引き、方向を変えようとした。此処は交州ではなく既に荊州、自分の領地になっていない場所の人間を助ける義理は一刀にはなかった。
そう思ったから引き返そうとしたのだが、ラキが動かない。
「ラキ、お前は助けろと言っているのか?」
そうだと言わんばかりに一刀の言葉でラキは首を振る。
「人嫌いなお前が珍しいな。普段なら見捨てるだろう?……まぁ、いい。お前の気まぐれに付き合うとするか」
一刀はラキの腹を軽く蹴り、その集団に向かって猛然と駆けて行くのだった。