真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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譲れぬ生き方

「お前の過去を話す前に聞いておきたい事がある」

 

「なんじゃ?」

 

「お前は先の戦乱の事をどの程度知っている?」

 

「数年前の事じゃからな。国の内部でしかわからぬ事はともかく、一般の民が知れる事は村人から聞いたぞ」

 

「各国の主な将の事は?」

 

「名前だけなら知っておる」

 

「そうか、まぁ、それだけわかっていればいいさ」

 

そう言って一刀は水を一口飲み込む。慧もいつの間にか居住まいを正しているが、一刀が引き裂いた服からは肌が見えていた。

 

一刀はその肌から昨夜の事を思い出し僅かに目を逸らす。そんな自分を誤魔化す様に本題を話し始めた。

 

「……先の戦乱の終盤、この大陸にあった勢力はほとんど淘汰され、残ったのは三つの勢力になっていた」

 

「……」

 

「益州一帯を治める蜀、揚州一帯を治める呉、そして大陸の北半分を制した魏」

 

先の戦乱の事を語る一刀。語りながら自分が天の御遣いとして歩んだ足跡を思い出す。

 

「大陸がその三つの勢力で収束した頃、魏の覇王曹操は己の覇道、天下統一の為に大陸南部に出陣した。攻められた呉は強大な魏と戦う為に同じく魏と敵対していた蜀と手を組んだ」

 

「……」

 

「二国が手を組んだとしても、魏との戦力の差は隔絶している。誰もが魏の勝利を疑いはしなかった。だが、そんな絶望的な状況の中でも強大な魏を倒す為の策を考えついた者が居た」

 

「……」

 

「呉の軍師周瑜。彼女が考えついたのは長江で魏の船団を鎖で繋ぎ、火計で焼き払うという物」

 

一刀の話が核心に近づいていくが、慧の表情に変化はない。

 

「成功すれば魏との戦力の差がひっくり返る周瑜の乾坤一擲の策、成功する見込みもあった。いや、本来であれば成功していた策だった」

 

「……」

 

「周瑜がその策の実行役に選んだのは呉の宿将黄蓋。何故、周瑜が黄蓋を実行役にしたかと言うと黄蓋もまた周瑜と同じ策を考えついていたからだ」

 

「……」

 

「周瑜と黄蓋は蜀呉の諸将の前で仲違いする。勿論これは演技だ。そして黄蓋は呉の陣営を脱け出し、魏に投降した」

 

「……何故、黄蓋は魏に投降したのじゃ?」

 

「わからないか?」

 

「ちょっと待て。……そうか、火付けの為か」

 

「そうだ、周瑜の策には敵陣に入り込み、火を付ける人間が必要。だが、そんな重要な役目を並の将に任せる事は出来ない。それにこの策は決して表に露呈する訳にはいかない。だから周瑜はこの策を味方にすら隠した。そして唯一人、自分の策に気付いた黄蓋に策の成否を託した。魏を信用させる為に黄蓋に鞭打ちまでしてな」

 

「じゃが、策は成功しなかったのじゃろう?」

 

「あぁ、成功しなかった。魏にその策に気付いた、いや、その策を知っていた男が居たからだ」

 

「……その男とは?」

 

「……天の御遣い」

 

「天の御遣い。……聞いた事があるのう。天より遣われし曹操の覇道の立役者」

 

「それぐらいは知っていたか。……天の御遣い、それは六年前の俺だ」

 

「なっ!……じゃが、天の御遣いは天の世界に帰ったと聞いたぞ!?」

 

「あぁ、帰って、またこの世界に戻ってきたのさ」

 

「何の為に?」

 

「何の為か……戻って来た理由なんざ今の俺には何の意味もない物になっている」

 

そう言いながら一刀は自嘲気味に笑う。この世界に戻る為に努力した日々、華琳に対する狂おしい程の想いをはっきり思い出せなくなっていた。

 

「俺の事はいい。二度と天の御遣いを名乗るつもりもないしな」

 

「そうか……」

 

自分の事を聞かれたくないという一刀の気持ちを察したのであろう。慧はそれ以上、何かを言う事はなかった。

 

「話を戻すぞ。……過去の俺の進言により策は逆手にとられ、周瑜の策は失敗し、呉は大敗した。そして策の実行役だった黄蓋は魏の将夏候淵の矢を受け業火渦巻く長江に消えた」

 

「……」

 

「後の事はお前も知っているだろ。呉の敗残兵は蜀に逃げ、蜀も魏に敗れ、三国同盟が出来た」

 

戦乱の事を語り終えた一刀は杯に残っていた水を飲み干す。

 

「……何故、儂にそんな話を話した?」

 

「此処まで言ってもわからないか?」

 

「……わからぬ」

 

「わかりたくないだけじゃないのか?」

 

「……」

 

「俺は昨日、お前を見た時驚いたよ。何せ、死人が、俺の目の前で長江に消えた黄蓋が居たんだからな」

 

「……儂が……黄蓋」

 

「性は黄、名は蓋、字は公覆。それがお前の本当の名前だ」

 

「……」

 

一刀が語った真実に慧……黄蓋の顔色は青ざめさせて黙り込む。暫し後、やっとの事で吐き出した言葉は……

 

「お主は……儂の真名を知っておるのか?」

 

「知っている。だが、それを呼ぶ資格が俺にはない」

 

「ならば儂が許す。教えてくれ」

 

「……祭だ。祭りと書いて祭」

 

「……祭……祭」

 

黄蓋は自分の真名を何度も確める様に呟く。そして一刀に向かい礼を言った。

 

「小僧、感謝するぞ」

 

「……一刀だ」

 

「何?」

 

「一刀、俺の真名だ。これからそう呼べ」

 

「良いのか?」

 

「構わん。俺もお前の真名を呼んだからな」

 

「そうか、では改めて感謝するぞ、一刀」

 

一刀に向かって笑顔を浮かべる祭。その笑顔が一刀には眩しく見え直視出来なかった。そんな自分を誤魔化す様に一刀は話を切り出す。

 

「ここからが本題だ。お前は先ほど俺に着いて来ると言ったが、本当に着いて来る気か?」

 

「何故、そんな事を聞く?」

 

「話を聞いてわかっただろ?お前は俺に感謝していたが、お前の記憶が無くなる原因になったのは俺だ。そして俺はその事を謝罪するつもりはない」

 

「何を言うかと思えばそんな事か。儂は別にお主を恨んでおらんぞ。儂は戦いの結果でウジウジ言う様な器の小さい女ではないわ」

 

「……そうか、なら、お前は呉と戦えるのか?」

 

「……どういう事じゃ?」

 

「今のこの大陸は晋の反乱により三国同盟が破綻し、再び、戦乱の時代を迎えようとしている」

 

「あぁ、確か村に来る商人がそんな事を言っておったな。じゃが、それが何故、儂が呉と戦う事に繋がる?」

 

「俺の部下が今、荊南に攻め込んでいる。そこを奪ったら、俺はそのまま荊北に攻め込み、天下統一を目指すつもりだ」

 

「なんじゃと!」

 

驚愕の表情を浮かべる祭。それに構わず、一刀は話を続ける。

 

「天下統一を目指す俺に着いて来ると言う事は呉とも当然戦う。それがお前に出来るのか?」

 

「ちょっと待て!お主は魏の天の御遣いではないのか?お主の言葉からすると魏とも……」

 

「当然戦う」

 

断言する一刀。今さら迷いなどなかった。

 

「何故じゃ!?」

 

「俺が天の御遣いだったからだよ。俺は華琳に……曹操に天下を取らせた。だが、今、その曹操自身の失態の所為で大陸が混乱している。晋の王が曹操の夫である事は知っているだろ?」

 

「だからと言って!」

 

「自分で言うのもおこがましいが、曹操の天下に俺が為した働きは大きい。さっき話した戦い、赤壁では俺が居なければ魏は負けていた。そして天下を取る事など不可能だっただろう。……俺には責任がある。曹操に天下を取らせた責任が。曹操の天下が駄目になったならその幕を引くのが天の御遣いであった俺の最後の役目だ」

 

「……」

 

「その為ならかつての仲間と戦う覚悟も俺は出来ている」

 

一刀は祭の目を見据えて、はっきりと言い放った。

 

「俺がお前に問うているのは覚悟だ。かつての仲間と戦う覚悟。今のお前なら戦えるかもしれない。だが、記憶が戻った時、お前はかつての仲間と戦えるのか?」

 

一刀の問いかけに祭は返答出来ない。それでいいと一刀は思う。祭は優しい女だ。その事を先ほどの会話で良くわかった。一刀は祭という人間を好きになり始めている。そんな人間を自分の修羅道に巻き込みたくはなかった。

 

「明日の朝まで時間をやる。それまでに結論を出すといい。俺も今日、もう一日、この村に泊まる事にした。……今夜も来てくれそうな気がするしな」

 

一刀の最後の一言。その一言に祭は反応する。

 

「お主、また死者と語らうつもりか!?」

 

「そうだ」

 

「止めよ!そんな事をしてもろくな事にならんぞ!」

 

「死者に引きずられるか?」

 

「そうじゃ!」

 

「慧、いや、これからは祭と呼ぶが、俺は忘れたくないだけなんだ」

 

「その者達の事をか?」

 

一刀は首を横に振り、

 

「違う。夜に語り合う事なんかしなくても俺は絶対にアイツらの事を忘れたりはしない。……忘れたくないのは俺の想い」

 

「……お主の想い?」

 

「あぁ、アイツらを死なせてしまった時の俺の想い。怒り、悲しみ、絶望、無力感、その全てを自身に刻み付け、常に自分の心に痛みを与えていたいんだよ。夜のあれはその為の儀式みたいな物さ」

 

「余計悪いわ!一刀、そんな事を続けていたら、本当に死ぬぞ!身体ではなく、心が死ぬ!」

 

「かもな、だがそれが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺の生き方だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿者が!」

 

瞳を潤ませながら、怒鳴る祭に一刀は薄く笑みを浮かべて応じる。

 

「わかってる。しかし、俺は自分の生き方を変えるつもりはない」

 

「っ!勝手にせい!」

 

そう吐き捨て、一刀が借りている家から飛び出す祭。一刀はその背を見送りながら

 

「ありがとな、祭」

 

一言、そう呟いた。

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