真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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朱家の忌み子

少女は自分の生まれが嫌いだった。

 

けして地位が低い訳ではない。いや、かなりの良家で生まれたと言って良いだろう。

 

少女が生まれた家は呉の豪族だった。それも朱一族という国政にそれなりに口を出せる家。

 

貧農の生まれの人間なら少女を羨む事を多々あるかも知れない。だが、少女にとって自分の一族は憎悪の対象でしかなかった。

 

何故なら少女はその家の正室から生まれた訳ではない。それどころか側室や妾から生まれた訳でもない。

 

少女の母は娼婦だった。父の気紛れでしばらくの期間、買われていた時に身籠ったのが自分だったのだ。

 

少女の母が少女を身籠った事を気付いてたのは、父に買われる期間を終えてからで、少女をおろすにはもう遅く母は自分を産むしか選択肢がない状態だった。

 

少女の母は少女の事を父に言う事はしなかった。少女の母自身が娼婦だという負い目があり、それ故に言っても、他の男の子供を私の子供にしようとしているのか、と父に責められるのを怖れていた。

 

少女の母は自分一人で少女を育てる事を決意する。だが、漢の国が荒れ始めている御時世で、女が子供一人を育てるには厳しい時代だった。

 

少女の生活は貧しく、その日を生きる食べ物を確保するのが、やっとの生活。

 

空腹を我慢し、隣の部屋から響く少女の母の喘ぎ声を聞きながら眠る毎日。それが少女の日常になっていた。

 

そんな生活でも少女は自分の母が嫌いではなかった。かと言って好きでもなかったが……少女の母も少女に対してあまり関心がなかった。いや、関心を持てる余裕がなかったんだと成長した今となって良くわかる。それだけこの国は貧しい者には厳しかったのだ。

 

男をとりながら少女を養っていた少女の母は少女が八歳の時に死んだ。

 

……梅毒だった。

 

残されたのは、まだ身体を売る事も出来ない八歳の少女。幼いながらも自分は死ぬんだろうな、と少女はどこか他人事の様に考えていた。

 

それならそれで良かった。少女には生きたい理由もないし、生きる気力もなかった。

 

少女は腐って(うじ)が湧き出した母の亡骸をぼんやりと見つめながら、自分の最後の時を待つ。

 

それほど長く待つ事はなかった。二日程で意識が段々と薄れていく。その時の少女の脳裏に浮かんだのは

 

 

 

 

……やっと楽になれる。

 

 

 

 

それだけだった。

 

 

 

不意に目が覚めた。その時、始めに思ったのは、

 

……自分は死ねなかったのか。

 

その結果に心の中でどこか虚ろな物が漂っていた。

 

「やっと、目を覚ましおったか」

 

そんな少女に向けて掛けられる声。少女がその声の方へ顔を動かすとそこには一人の女性が居た。

 

少女はその女性に見覚えがあった。この地を治める孫堅という太守に仕える将軍。街で他の子供に囲まれている姿をたまに見る。……確か、黄蓋という名前だった。

 

「……ここは?」

 

「ここは儂の家じゃ。お主、自分がどういう状態だったか覚えているかのう?」

 

「……死ぬのを待っていた」

 

少女がそう言うと、黄蓋は顔をしかめながら少女を見つめる。その目には憐れみの光が宿っていた。

 

そんな目で見られたくはなかった。少女は自分に落ち度があるなんて思ってもいない。今の自分には死ぬ以外の選択肢なんて始めからなかったのだ。

 

「……そうか、お主の居た部屋にあったあの亡骸は?」

 

「母さん」

 

その言葉でさらに黄蓋の少女に向ける憐れみが強くなっていく。心配してくれているのはわかる。だが、少女にとって不愉快以外何物でもない視線。

 

そんな視線を向けるなら何故、もっと前に、母が死ぬ前に助けてくれなかった。八つ当たりだとわかっていてもそう思ってしまう。

 

少女がそんな事を考えているなんて、黄蓋は露程にも思っていないのだろう。少女を助けた経緯を語り始める。

 

何の事はない。腐った母の亡骸から放たれる異臭が周辺に住む民の苦情となった様で、それを見に来た黄蓋が少女を発見しただけだった。

 

「ところで、お主の名は?」

 

「朱桓」

 

「朱?お主、もしかして朱一族の者か?」

 

少女……朱桓が一度頷く。

 

「何故、朱一族の者があんな貧しい生活をしているのじゃ!?」

 

「……母さんは娼婦だった」

 

「……」

 

その一言である程度の事情を察したのであろう、黄蓋は黙り込む。そして意を決した様に朱桓に告げた。

 

「お主の事は、儂から殿を通して朱家に伝えておく。これからの事は気にしなくて良い」

 

善意からの言葉である事はわかった。しかし、朱桓にとっては大きなお世話だという感想しかない。

 

それを言う事はしなかった。言っても意味のない事だからだ。

 

父が自分を迎えに来たのは、その三日後の事だった。

 

朱家に着いた自分に向けられる視線は冷たい物で扱いは下女と何も変わらない。いや、下女と違って虐げられる分、酷い物だった。

 

父としても自分を引き取りたくはなかったのであろう。それでも引き取ったのは孫堅を通して引き取りの要請が来たからだ。

 

朱家がいくら力がある家といってもあくまで豪族の一つ。太守である孫堅の機嫌を損ねるくらいならば子供一人引き取る方がマシと考えたに違いない。

 

朱家での生活は辛い物で、確かに以前に比べれば残飯とは言え、食事を取る事は出来る。だが、朱桓にとって耐え難い苦痛だったのは家族の視線、特に異母兄弟の視線だった。

 

明らかに自分を見下していた。それはまだ耐えられる。だが、戯れで自分に構おうとするのが、腹立たしい。

 

卑しい母を持つ朱桓に構う事で寛容な自分に浸る異母兄弟の自慰行為に付き合う度に朱桓の心の中で朱家に対しての憎悪が増していく。

 

 

 

 

 

……高々、母が違うだけで、私の神にでもなったつもりか!?

 

 

 

 

 

渦巻く激情。その激情が一度生きる気力を失った朱桓に再び気力を与える。

 

自分の立場に甘えているだけのお前らに私は負けない。

 

朱桓の心には常にその気持ちがあった。そしてこのままでは終われない。そう考えた朱桓は行動に出る。

 

その行動は自分という人間を磨き上げる事だった。今は乱世。能力があれば上を目指せる時代。

 

朱桓は家にあった金を家族に悟られない様に盗み、その金を自分の投資に当てた。

 

武芸者を雇って武芸を学び、寺に食糧を持って行って僧に書を学ぶ。

 

そうした朱桓の行動に家族は薄々、気付いていたが、何も言われはしなかった。それは朱桓の予想通りの反応だった。

 

朱桓が朱家の名を落とす様な事をしていたのならば、叱責とともに体罰が飛んだであろうが、朱桓がやっている事は傍目から見て、責められる所か褒められる事で、家族としては一々関心を払う事ではなかった。

 

朱桓が自分の為の行動を始めてから二年の時が過ぎ、朱桓は十歳になっていた。

 

いつもと変わらず、家族と話す事もなく、武芸の鍛練に向かう。そして、鍛練を終えて家に帰ってきた朱桓は普段の家の空気と違う事に気付いた。

 

父が慌てている。何故か気になった朱桓は父の様子を伺う事にした。その結果、わかったのは、この街の太守であった孫堅の戦死。

 

朱家にとっては一大事であろう。だが、朱桓にとってはどうでもいい事であった。

 

自分の部屋に戻る朱桓。……その時、一瞬、自分を助けた女将軍、黄蓋の顔が頭に過ったが、すぐにそれを打ち消した。




那由多の過去話前編です。後編からそのまま荊州戦に入ります。
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