振り下ろされた刀の先で首が三つ飛ぶ。
それが荊州江陵が陥落した瞬間だった。
一刀は今しがた首を斬り、殺した三人の男の亡骸に目をやる。
蔡瑁、蔡和、蔡中。荊州を好き放題にしていた蔡一族の主だった人間と言っていいだろう。
三国志を知っている一刀は三人の事を当然知っていた。もし、使える人間ならば使ってもいい。そんな風にも考えていた。
だが、その気持ちは実物を目の当たりにした瞬間に失せた。こいつらは死んだ方がいい。そうとしか思えないほどに愚物だったからだ。
「隊長、江陵の制圧、完了致しました」
城内に残っていた敵兵の掃討を任せていた凪が報告にやって来る。
「あぁ、お疲れ。何か変わった事はなかったか?」
「はい、特に問題はありません。隊長が持ってきた物資を城内の民に施すと思いの外、速やかに混乱は鎮まりました」
「そうか、ならばいい」
凪の報告を聞いて、改めて思うのは、民にとって支配者は自分達を保護してくれるなら誰でもいいのだ。
上に立つ者はそれぞれ、信念や理想を掲げているが、民からすればそんな物はどうでも良いのだろう。
一刀はそんな民を分かりやすくて良いと考えていた。自分が善政を敷けば、足を引っ張る事はないのだから。
と言うより一刀からすれば、悪政を敷く方が馬鹿だと思っていた。それは為政者として遠回しな自殺と変わりない。一刀の前にある三つの首のない死骸もその結果だった。
「凪、後は任せていいか?」
一刀は思考を中断し、後始末を凪に頼む。
「了解致しました。隊長はどちらへ?」
「ちょっと、野暮用だ」
それだけ言い残し、一刀はその場を後にする。そう、自分にはまだやるべき事があった。
「那由多」
周りに誰も居ない事を確認して、那由多を呼び出す。
「お呼びでしょうか?」
「お前に命じていた事の首尾はどうだ?」
「はい、蔡一族は一族全てとそれに連なる者達も捕らえております」
「わかった、ならば殺しておけ」
「女、子供も居りますが……」
「那由多、俺は殺せと言ったぞ」
「ぎょ、御意」
一刀の命令に狼狽しながらもそれを実行する為に那由多は動きだす。
蔡瑁達が死んだ今、蔡一族は生かしておいても99%何も出来やしない。しかし、100%ではない。
1%でも自分にとって不都合な事態が生じる可能性があるなら殺しておくべきだろう。
一刀は平清盛の愚を犯すつもりはない。生かしておけば頼朝、義経兄弟になる可能性もあるのだ。
「まぁ、あり得ないだろうがな」
一言、呟いた言葉は虚空に消える。その言葉を最後に一刀が蔡一族の事を頭から追いやった。
それから、数日の時が過ぎた。
一刀は江陵で政務に追われていた。一刀だけではない。一刀の配下で暇な人間など一人も居ない状態だった。
凪と晶は荊州で新たに加えた兵の調練、風は政務、陸は交州の統括で江陵に居ない。
皆が忙しい日々を送っているが、その中でも群を抜いて忙しいのは叡理だろう。
何せ、取ったばかりの荊南四郡を全て任せているのだ。大都市とは言え、江陵だけの政務をこなしている一刀とは比にならない程の激務だと思う。
因みに祭は一刀の秘書の役目を与えていた。一刀としては師団長にして軍を任せたかったが、祭が生きていて一刀の部下になった事を知った凪と風から裏切りの可能性があるからと待ったがかかったのだ。
一刀は祭が裏切るとは思ってない。しかし、魏の臣であった凪と風には祭が記憶を失っていると言っても、赤壁の時の偽の投降の事が頭にある。
一刀もそんな二人の心中がわかったから、必要以上にごり押しせず、自分の秘書の様に扱っていた。扱っていたのだが……
当の本人は一刀の隣で酒をかっ喰らっていた。
「祭、お前に与えていた仕事はどうした?」
「おう、あれか、あれはのう……」
「終わったなら俺の元へ持って来い」
「いや、その……」
煮え切らない様子の祭に、
「やるべき事をやらないで、酒を飲むだけの女など俺には必要ないぞ」
一刀は辛辣に突っ込む。
初めはやんわりと
「うぐっ!」
祭は酒を飲むのを一旦止め、ばつの悪そうな顔をする。その様子を見ても一刀の舌鋒は止まらない。
「お前が飲んでいる酒は民の税から出ている。そんな酒を仕事をせずに飲むお前は税を着服する悪徳役人と変わりはしない。もし、お前に言い分があるなら聞いてやるから言ってみろ」
「…………じゃ」
「今、何と言った?」
「つまらんのじゃ!来る日も来る日も書簡に追われて鬱憤が溜まる一方、酒でも飲まんとやっておれんわ!儂も楽進や華雄の様に軍を指揮したいのじゃ!」
その言葉に一刀は暫し、沈黙する。記憶がないのは心配だが、感性まで失っては居ない事は以前の手合わせでわかっている。祭の将器を考えれば、確かに現状では才を腐らせている様な物だろう。それに一刀は祭に好感を持っているが、毎日、注意するのにもうんざりしていた。
……しょうがない、やらせるか。今のままではニートと変わらんしな。
そこまで考えて一刀は決断する。
「祭、軍務なら真面目にやるんだな?」
一刀の言葉に祭が頷く。
「わかった。再編中の荊州兵が居るから、その兵で弓兵を主としたお前の軍を新設しろ」
「本当に良いのか!?」
「あぁ、代わりに調練は手を抜くなよ。それと俺と俺の腹心以外には黄蓋という名は隠せ。人前に出る時には布で覆うなりして顔を見せるな」
「何故、そんな事をせねばならん?」
「お前が思っている以上にお前の存在は大きい物なんだよ。無論、一生隠せとは言わん。お前が再び上がる舞台は俺が用意してやる」
死んだはずの名将。それを明かす効果的な使い所はあると一刀は思っていた。
そこまで言って、一刀は紙に筆を走らせ、印を押す。そしてそれを祭に手渡した。
「ほら、これでお前は高長恭軍、第四師団師団長だ。励めよ」
「応!お主の黒鬼隊にも負けぬ軍を作って見せるぞ!」
「それは無理だ」
「うっ!そ、そんな事言われんでもわかっておるわ!二千の兵、全てが将の武を持つあんな狂った軍を作れるのはお主くらいのもんじゃ!儂はあくまで意気込みで言うておる!」
「わかったから、早く行け。近い内に蜀とぶつかるだろう。その時に調練が終わってないでは話にならないぞ」
「そう急かすではないわ。間に合わせて見せるから、お主は儂を信じて待っておれ」
それだけ、言い残して祭は意気揚々と執務室を出て行く。一刀はそんな祭の背を見ながらため息を吐く。
……凪達に対する言い訳を考えておかないといけないな。
凪はともかく、風は地味に五月蝿い。自分の事を心配してくれているとわかっているから一刀も邪険に出来ないのだ。
なる様にしかならない。一刀は二人への言い訳を考える事を直ぐ様放棄して思考を切り替えた。
祭が出て行って先ほどまで騒がしかった室内が静寂で包まれる。そんな中で、一刀は案件を処理しながら、これから先の事を考える。
本音を言えば、襄陽まで取ってしまいたかった。江陵と襄陽、この二大都市を抑えれば、荊州は取ったも同然と言える。では何故、それをしなかったのか?
決まっている。人が足りないからだ。武官は祭が使える様になったからまだましだが、文官は今はギリギリで回している。
二線級、三線級の人材は増えて来ている。しかし、それに指示を出す一線級、風、叡理クラスの人材が他に居ないのだ。
そんな状態で襄陽を取っても維持出来ない。一刀の勢力は統治という意味で攻勢限界点に達していた。
「桂花辺りが居ればな……」
おもむろに呟くが、言っても詮なき事、彼女が華琳を裏切る事はありえない。
「さて、やるか!」
一度気合いを入れ直し、一刀は机の上に積み上がった書簡を片付けるべく奮闘するのだった。
読んで下さっている方お待たせしました。次回蜀軍襲来です。
最近、自分でこの作品を読み直して思う事。
これ、恋姫じゃないな……(なお、この先数々の胸糞展開が待ち受けてる模様)