二日後、青年達は上層部の命令によって、部隊に配属される。配属された部隊は105小隊。
部隊名を見れば、普通の部隊に見えるが、その部隊は青年達訓練兵が形だけ名称を与えられ、小隊長となる下士官も居ない、実戦経験もない訓練兵だけの部隊。
……有り体に言えば捨て駒だった。
この部隊の唯一の救いは訓練を共にしたラキや他の訓練兵達という気心が知れた者達だけで組まれている事だけだろう。
皆が、戸惑っていた。無理もない。訓練はして来ているが、軍に入るのは初めてなのだ。何をしていいのかわからず、皆が立ち尽くしていた。
そんな状況で、動いたのは、ラキと青年だった。ラキはアメリカに留学する為にアメリカの事を勉強していてその中で米軍の事も多少調べていた。
青年は日本のサブカルチャーの知識とあの世界で一応、軍を指揮していた経験があった。二人は与えられた今にも崩れそうな隊宿舎で小隊の編成に頭を悩ませる。
翌日、集められた小隊員に二人が徹夜で考えた部隊編成を発表していく。五十人の小隊を五つの分隊に分けてそれぞれに分隊長を割り振る。
ラキが全体を纏める小隊長、青年が第一分隊分隊長という事になった。初め、ラキは青年に小隊長を譲ろうとしたが、青年はそれを断っていた。いくら、親しくなったとは言え、外国人の自分が一番上に立つ事を良く思わない者がいるだろう。
それを、ラキに伝えると、渋々、自分が小隊長になる事を納得してくれた。
部隊編成を終え、一息つけたのも、束の間、上から命令が105小隊に届く。
命令は戦線を下げる為に退却する友軍の撤退支援。それが105小隊の初陣だった。
戦地に向かう車の中、青年の顔は強張っていた。銃を持つ手は震えが止まらず、渡されたレーションも喉を通らない。
戦場に出るのは初めてではない。あの世界では何度も戦場に立つ事はあった。でもそれは殆ど安全が確保された場所で、唯一危険だったのは、華琳を関羽と呂布から助けた時ぐらいのものだ。
今、思えば良くあの二人の前に飛び出せたなと昔の自分に感心する。下手をすればあの時に自分は死んでいた。
あの時より、自分は比べ物にならない位に強くなったが、その分、相手の危険度も桁違いに上がっている。
あの世界では、剣や槍、弓が相手で、今は銃や戦車が相手だった。はっきり言って一部の武将を相手にするのを除けば向こうの戦場が温く思えてしまう。
逃げられるなら逃げたい。けれどそれは無理で、自分には戦う道しか残されていなかった。
戦地に到着し、小隊はそれぞれ、決められた配置に就く。青年も分隊長として退却してくる友軍を待っていた。
恐怖と緊張で早鐘を打つ心臓、待っている時間が耐え難い苦痛だった。いっその事、早く戦いを始めてほしいとさえ願う。そして早く終わってほしいと……
その時、一発の銃声が鳴り響く。それが青年にとっての本当の戦争の始まりだった。
青年は撤退して行く敵を呆然と見送っていた。自分がどう戦ったのすら覚えていない。覚えているのは、鳴り止まない銃声と砲撃音、敵味方から挙がる喚声と悲鳴、そして
……自らがナイフで止めを刺した負傷した敵兵の最後の表情だけだった。
帰りの車の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。皆、一言も話そうとはしない。そんな気力もないのだろう。それは青年も同じだ。
あの後、正気に戻った青年は自分が人殺しになった事を理解し、その場で吐いた。
自分は悪くないとはわかっている。戦争だったのだ。やらなければ自分がやられていた。それがわかっていても
湧き上がる罪悪感を抑える事が出来なかった。そしてその罪悪感よりも生き残った事を喜んでいる自分に反吐が出そうだった。
隊宿舎に戻った青年は与えられた自分の部屋のベッドに倒れ込む。これからも自分は人を殺す事になるだろう。その覚悟は今日の戦争で出来た。けれど今だけは何も考えずにゆっくり眠りたかった。
その日から、本格的に青年の兵士としての生活が始まった。それは地獄とも言っていい生活。
昨日、語り合った戦友が今日、自分の隣で銃弾に倒れ、昨日、笑っていた町の子供が今日、戦いに巻き込まれ、躯を晒す。
そんな惨状を見て、狂いそうになる自分を誤魔化す為にコカの葉を噛んで眠る毎日。
共に訓練を潜り抜け、共に戦ってきた同期も青年とラキを除いて、皆死んでいた……
戦友が死んでも、青年の戦いが終わる事はない。硝煙の匂いが漂い、銃声が鳴り響き、業火燃えさかる戦場で青年は戦い続ける。そして……
ある時、青年の中のナニカがキレた。
死ぬ事に恐怖を感じなくなったのだ。始めは青年自身も錯覚かと思ったが、次の戦場でそうではない事を思い知る。
戦場に出ても死ぬ事に恐怖を感じない。それ所か人を殺す罪悪感も感じなくなっていた。無表情で淡々と敵を殺す青年を補充されて来た小隊員は気味悪そうに見つめ、ラキは心配そうに見つめていた。
その日から青年は変わった。正確には壊れていた。
表向きの青年は何も変わった様には見えない。小隊員に気軽に話し掛け、ラキとは頻繁に飲み明かす。身内には今までと同じく優しい、いや、今まで以上に優しかった。
だが、戦場に出ると、誰よりも危険な死地に赴き、誰よりも敵を殺して帰って来る。自分の命を度外視した戦い。確実に青年は人として壊れていた。
青年としては、別に死にたいと思っている訳ではない。死ぬ時は何処で何をしていても死ぬ。死んだらその時はその時だった。
生きる事に未練がない訳ではない。あの世界の彼女達に再び会いたいという想いは今も色褪せてはいない。
けれど、どんな想いを持っていても平等に死が訪れるのが人間だった。
ある戦場で自分の分隊員が全滅した日、青年は自分の戦い方を変える事を決意する。
このままでは犠牲ばかりが増えて戦争が終わらないと思ったからだ。
青年が考えた方法は暗殺。自分一人で敵の勢力内に侵入して政府高官や軍司令官を暗殺するという狂気染みた方法だった。
青年がラキにその事を話すと顔色を変えて反対された。自殺以外の何物でもないと……
青年自身もそれはわかっていたが、止めようとは思わない。このまま、だらだら戦争していたら、遅かれ早かれ、どっちにしても死ぬ。
だったら、自分が鍛え上げた身体と技を駆使して自分の道を切り開く方が自分には合っていた。
青年の決意がわかったのか、ラキはそれ以上は反対はしなかったが、悲しげ目で青年を見つめていた。
次の日から、青年の暗殺劇が始まった。青年が予想してたより上手くいくのである。
流石に大統領や軍司令官は警戒が厳しくて無理だったが、中級幹部や佐官クラスなら楽にとは言えないが、何とか成功させる事が出来た。レオナルドからワイヤーのサイレントキリングを習っていなかったら、こう上手くはいかなかったと思う。
無傷とはいかない。見付かって銃弾を受けて、ボロボロになって戻り、死の淵をさ迷う事なんてざらにあった。その度に生還し、再び死地に飛び込んで行く。
そして死地に飛び込む度に青年の感覚が研ぎ澄まされ、新たな技術を身に付ける事になる。
――先読み。
青年はその技術をそう呼んでいた。この技術は未来予知みたいな超常現象ではなく、普通の人間なら二桁の数は死ぬ様な死線を駆けた青年の経験による予測技術。
勿論、外れる事もあるが、それでもかなり精度を誇っていた。
そしてその技術を使い、敵幹部を殺し尽くす青年の存在はいつしか政府軍、反政府軍の双方に知れ渡り
……政府軍からは
その事は、青年の周りの環境を変えた。宿舎に戻っても一人を除いて、誰も青年に近づかないのだ。
……強さ故の孤高。異端故の孤独。
青年は周りの者の自分を見る目が変わった事には、気付いていたが、気にしなかった。
慕われているよりも、怖れられている方が、もし、自分が死んだとしても悲しまれなくて済むという思いしかない。それに一人は本当の自分をわかってくれていた。それだけで青年は良かった。
……青年が兵になってから三年後。
火に包まれ、崩壊を始めている大統領府を青年は無感情で見つめていた。やっと終わったという思いしか今はない。周りでは反政府軍の兵が歓声を挙げていた。
その兵達の前で、演説を始める反政府軍大将にして新たな大統領ラキ。そして青年の肩書きは反政府軍大将補佐官に変わっていた。
こうなった理由は何の事はない。青年が旧上層部を全て始末したからだ。旧上層部ははっきり言って無能だった。
青年が政府軍を弱体化させても、戦局をある程度優勢にしたくらいでそれ以上の事は出来なかった。
このままでは、戦争が終わらないと考えた青年とラキはクーデターの軍である反政府軍の中で更にクーデターを起こす事を決意する。
青年が旧上層部を始末、その混乱に乗じてラキが軍を掌握。反発した者は青年が暗殺した。
このやり方はラキにとっても、青年にとっても不本意だったが、手段を選べる立場ではなかった。
手段を選ばずに手にした軍権だが、後ろめたい気持ちはその後のラキの手腕で消え失せた。
クーデター成功後のラキは交渉で各地の反政府の組織を自分の手元に取り込んだのだ。ラキが優秀なのは今までの付き合いで知っていた。それでも見事な手腕としか言い様がない。
ラキが軍権を手に入れてから一年、つまりは今日。とうとう、現政府を打倒する事に成功したのだった。
ラキが新たな大統領になってから数日後、青年は荷物を纏めて新たに建設されるまでの仮の大統領府となっている建物から外に出る。
外には、自分の行動がわかっていた様に、ラキが待っていた。
「……行くのか?カズ」
「あぁ、海外で行方不明になって三年半、多分、家族にも死んだと思われているだろうが、帰らん訳にはいかんよ」
「……そうか、カズ、これを受け取ってくれ」
そう言ってラキが一枚カードを青年に手渡す。
「……これは?」
「キャッシュカードだ。お前に対する今までの褒賞金を振り込んである。日本政府にもお前の名前と共に伝えているから日本で問題なく使える」
「いいのか?これからこの国は復興の金が掛かるんだろ?」
「いいんだ、俺にはお前の働きに報いる方法がこれぐらいしかないんだ。遠慮なく受け取ってくれ」
「……わかった。お前の気持ち、確かに受け取った」
「……なぁ、カズ、お前はどうして逃げなかったんだ?訓練兵や任官した辺りでは無理でも、敵地に乗り込んで生還出来るお前なら逃げようと思えば逃げられただろ。元々、お前はこの国の争いとは関係ない。お前が逃げるなら俺は黙って行かせる積もりだった」
「……俺も初めは逃げようと思っていた。訳もわからず、この地に来て、クソみたいな戦争に巻き込まれ、クソみたいな地獄を味わって、良い思い出なんて殆どない」
「……」
「それでも、この地には兄弟が居た。俺は知ってる、その兄弟がいつも俺を心配していてくれた事、敵地に一人乗り込む俺の生存率を上げる為に寝る間も惜しんで計画を考えてくれた事、俺が周りから距離を置かれてもその兄弟は変わらない態度で俺と接し本当の俺を見ていてくれた事。……そんな兄弟を置いて逃げるなんて死んでも出来ないさ」
「……バカやろう!」
ラキの瞳から雫が零れ落ちる。
「カズ!俺はいつでも、いつまでもこの地でお前を待ってる!……だから、また会おう兄弟!」
「あぁ、またな。兄弟!」
青年はラキに背を向け、歩き始める。男の別れだ。振り返る事はない。それでも
……瞳から溢れ出る涙を堪える事は出来なかった。
『当機はまもなく羽田空港に……』
日本への到着を告げるアナウンスで青年の意識は今に戻る。
青年は到着した旅客機から出て、荷物を受け取り外に向かう。その時、懐かしい日本の匂いを感じた。
青年……北郷一刀二十一歳。三年半ぶりの日本への帰国だった。
今回でプロローグは終わりです。