真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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陥落の中の策謀

霞が寿春城が見える小高い丘陵地に到着した時、寿春を巡る戦いは既に大詰めに差し掛かっていた。

 

城門の前には衝車、城壁には雲悌。呉軍は必死に晋軍の侵入を阻もうとしているが、いかんせん兵力が違い過ぎる。

 

霞の予想通り、晋の勝利で戦いは終わろうとしていた。

 

「満寵、アンタが呉の指揮官なら晋を防げたか?」

 

霞は今にも落ちる寸前の寿春城を眺めながら、自身の隣に居る副官に尋ねる。

 

「……無理とは言いたくないですが、恐らく無理ですね。はっきり言って条件が悪すぎます。合肥に居るのが我らではなく、呉軍ならば防ぐ事は可能でしたが……」

 

満寵の意見は霞の考えとほぼ同じであった。合肥に自分達が居るから呉は建業から援軍を送れない。

 

送ったとしても霞が合肥で止める。いくら同盟国と言っても他国には違いなく、自国の領地に他国の軍を入れる訳にはいかない。それに魏は晋と不戦の盟約を結んでいた。呉の援軍を通す事は間接的に盟約を破る事になる。稟が独断で行っている合肥を通しての物資の援助も盟約に触れるかどうかの際どい範囲で晋も良くは思っていないだろう。

 

「結局は司馬懿の手玉に取られた華琳が悪いとしか言いようがないわ」

 

「張遼将軍、言葉をお慎み下さい。誰が聞いているかわかりません」

 

「言いたくもなるちゅーねん。いくら司馬懿が華北を取った言うても、魏が東進、呉が北進して華北を攻めれば、ここまで大きな問題ならんかったやろ」

 

「それでもです」

 

霞を(たしな)める満寵の目は真剣だった。

 

「今、将軍の魏での立場は決して良いものではありません。洛陽には将軍の事を讒言(ざんげん)する者が少なからず居ます」

 

「雀がぴーちくぱーちく鳴いとるだけやろ。そんなもん信じる程、華琳は馬鹿やない」

 

「……張遼将軍が魏を出奔して天の御遣い様の元へ参るという讒言があってもですか?」

 

「っ!……なんでアンタが一刀が帰って来た事を知っとるんや!?」

 

一刀の帰還は魏の上層部と司馬懿達しか知らない話であったはずだ。

 

「将軍、人の口に戸は建てられない物です。知る人間が多くなればなるほど秘密は露見します」

 

「……」

 

霞は何も言えなかった。確かにいつまでも隠し通せる事ではない。

 

「将軍の立場が悪くなったのは、天の御遣い様の事で曹操様と言い合いになったのが原因です。天の御遣い様がこの大陸に帰って来られた以上、そういう讒言が出ても疑いを完全に晴らす事は不可能でしょう」

 

「……」

 

その事に対しても霞は何も言えない。華琳に対する恩がなければ讒言の通り、魏を飛び出しているからだ。

 

「将軍の思惑がどうであれ、周りに誤解を与える様な言葉を口に出すのは止めておくべきです。……少なくとも今は」

 

心中を見透かした様な満寵の言葉に霞の目が鋭くなる。

 

「満寵、アンタはウチが魏を抜けると思ってるんか?」

 

「……それは口にするべきではないでしょう」

 

「今、此処におるのはウチの子飼いの兵だけや、遠慮せんと言い」

 

「抜けると思っています。ですが、それは誰もが納得出来る形で抜けるのであって、露骨な裏切りは間違いなくなさらないとも思っています」

 

満寵の言葉に霞は微かに笑みを浮かべる。

 

「……やっぱりアンタはウチの副官なんかしとって良い男やないで」

 

「私は今の立場が気に入っているんですけどね」

 

「よう言うわ」

 

二人はお互いに顔を見合せて笑う。本当に自分にはもったいない副官だと霞は思っていた。

 

「どうやら勝負がついた様やな」

 

霞が寿春城を見ると、晋軍が城内に雪崩れ込んでいる。それと同時に呉軍が城を脱け出し敗走している姿が見えた。その中に民の姿が混じっているのが、少し気になったが、霞の気がかりは

 

「将軍、そろそろ合肥に引き上げましょう」

 

満寵の言葉で打ち消される。

 

「そやな……」

 

霞が撤退の合図を出そうとしたその時、寿春城から轟音が響き渡った。

 

その音に驚き、霞は寿春城に目をやると、城門のある辺りの城壁が崩れていた。……東西南北全ての門がある城壁がだ。

 

「……ずいぶん派手な事をするやっちゃな」

 

「将軍、これは!」

 

「空城の計や!」

 

霞がそう言ったと同時に敗走していた呉軍から火矢が人が少なくなった雲悌と城内に射ち込まれ火の手が上がる。

 

実に見事な手際だった。あの様子だと先んじて城に入った兵は全滅だろう。何せ出入りする城門が全て崩されているのだ。

 

「私の目から見て、呉軍に何か策がある様には見えませんでした」

 

満寵の言った事に霞も同意だった。何か策があるなら、策の為の挙動という物がある。だが、呉軍にはその挙動が一切感じられなかった。皆が必死に寿春を守ろうとしていた。……ならば考えられる答えは一つ。

 

「……知らんかったんやろ」

 

「知らなかった……まさか!」

 

「そうや、戦ってる呉の兵や城内の民はこんな計略がある事を知らんかった。恐らく知っとったのは極一部の人間だけで、ギリギリまで他の兵や民には知らせへんかった。それしか考えようがないわ」

 

「呉の指揮官は無茶をしますね。少しでも失敗すれば自分の兵や民を巻き込む事になるというのに……」

 

「せやな。博打ちゅーてもええ、けど、結果的に呉の計略は成功しとる。ただでは負けんって言う呉の指揮官の気迫が伝わって来るわ」

 

霞は素直に感心していた。武人の自分とは違う、策を扱う人間の意地という物が肌で感じられたからだ。

 

……良い物を見せてもらった。わざわざ来た甲斐があった。

 

策を成した呉軍は城内に入ってなかった晋軍に追われている。無事に逃げ切れれば良いな。と思っていた霞に満寵の鋭い声が突き刺さる。

 

「将軍!敗走した呉軍が此方に向かって来ております!」

 

「なんやて!?」

 

霞が呉軍に目を凝らすと、確かに一直線に此方に向かって呉軍が突き進んでいた。

 

「満寵!撤収すんで!はよしい!」

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちになってもらって宜しいですか?」

 

 

 

 

 

 

それは聞き覚えのない女性の声、霞がその声がした方向に顔を向けると、そこにはまだ若い、少女と言っていい女が立っていた。

 

「なんや、アンタは?」

 

霞は警戒心を隠さずに少女に問いかける。少女はそんな霞の態度を気にする様子もなく、悠然と微笑んでいた。

 

「お初にお目にかかります張遼将軍、私は孫呉の寿春総司令官陸幼節と申します」

 

その名を聞いて、霞は僅かに驚きの表情を浮かべる。つい先ほどまで自分は目の前の少女の事を考えていたのだ。

 

「……アンタが呉の指揮官かいな。なんでウチが此処におる事がわかったんや?」

 

「貴女が張遼将軍だからですよ。私が調べた限り、張遼という将軍は戦においては部下に任せず、自分で動く傾向が強い。そんな人間が自分達のすぐ近くで行われている大戦で何もしないはずがない。並の将なら間者を飛ばして情報を集めるでしょう。ですが張遼という将軍なら自分の目で確認したいと考えるはず、そして我ら呉や晋に気付かれずに戦を観戦出来る場はこの地がもっとも適しています」

 

陸抗の口から語られる言葉に、霞は心中で苦い物を感じていた。自分の行動がここまで正確に読まれている。それも先の乱世の時の自分より年下と言える少女にだ。

 

「で、ウチの行動を読んだアンタは一体、何のつもりで此処に来たんや?」

 

霞は若干の苛立ちを顔に出す事はせずに陸抗に尋ねる。

 

「私から張遼将軍にお願いがございまして……」

 

「お願い?」

 

「はい。……張遼将軍、私達を保護して下さいませんか?」

 

……保護?

 

突然の言葉に、霞は自分が何を言われているのかわからなくなった。

 

「……そういう事ですか」

 

自分よりも先に何かに気付いた満寵がそう吐き捨てる。

 

「満寵、どういう事や?」

 

「将軍、この者は我らを呉軍や民を追撃してくる晋軍に対する盾にしようとしているのですよ」

 

「なんやて!?」

 

「我らがこの者達を保護すれば晋は迂闊に手を出せません。不戦の盟約を破る事になりますから」

 

ならば保護を断ればと霞は思ったが、

 

「まさか、断るなんて致しませんよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『同盟国である私達の孫呉の頼みを』

 

 

 

 

 

 

 

 

陸抗のその言葉で霞は保護を断るという選択肢を潰された。そう、断る訳にはいかないのだ。助けを求める同盟国の見捨てれば、三国同盟盟主である華琳の名誉を失墜させる事になる。

 

「保護するしかないですね」

 

霞と同様の考えに至ったのか、満寵が呟く。

 

それしか選択肢がなかった。保護して呉に送り届けるだけならば、同盟国としての面目も立つし、晋に対しても不戦の盟約を破った事にはならない。魏が晋に被害を与える訳ではないからだ。

 

「満寵、アンタは寿春に行って、郭淮に事情を説明してきい。ウチはコイツらを濡須江まで送る」

 

「わかりました」

 

満寵はそう言って寿春に向かって駆け出す。霞はその背を見送りながら

 

「……いつからや?」

 

と陸抗に問いかける。

 

「さて、何の事でしょうか?」

 

「惚けんでええ、いつからこの絵面を描いとったんや?」

 

「あぁ、その事ですか、決まってます」

 

 

 

 

 

 

 

 

『私が寿春の総司令官として着任したその日からですよ』

 

 

 

 

 

 

 

霞が陸抗の言葉に驚愕し、思わず陸抗に対して顔を向けると、そこには、先程までとは変わらず悠然と微笑んでいる陸抗の姿。

 

 

 

 

……ただ、目の光だけは異様な輝きを宿していた。

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