春先の日本。一刀は実家へと続く道を懐かしさを感じながら歩いていた。三年半という期間では街並みに大した変化はないのに。それでも何処か違和感を感じるのは自分が変わってしまったからだろう。
一刀は実家に帰る前に銀行に立ち寄る事にする。財布の中の金が空っぽに近かった事を思い出したからだった。ATMに自分のキャッシュカードを入れようとしたが、ふと、思い直し、自分のキャッシュカードを財布にしまい、別のカード、ラキのキャッシュカードを取り出す。ラキから渡されたカードにいくら入っているか気になったからだ。
そしてラキのキャッシュカードをATMに挿入して、カードに貼り付けていた紙に書かれた暗証番号を打ち込み、表示された残高を確認した時、一刀の目が思わず見開く。
「……ラキ、これはひょっとしてギャグでやっているのか?」
信じ難い物を目にした一刀の呟き、ATMに表示されていた残高は
……三十億円
それがラキから一刀に渡された金額である。
「いくら何でも、これは多過ぎるぞ兄弟……」
人生を二、三回は遊んで暮らせそうな金額だった。
少し間、呆然とした一刀だったが、ラキの一刀に対する想いを感じて、素直に感謝する事にした。とりあえずは当座を凌ぐ為、数万円だけ下ろし、再び、実家に向けて歩き始める。だが、実家に近づけば近づく程、一刀の表情が硬くなっていく。
一刀は両親や祖父に会うのが、憂鬱だった。行方不明になっていた三年半の説明をどうしたらいいのかがわからないのだ。
歩きながら、言い訳を考えるが、外国で行方不明という状況。どんな言い訳をしても嘘にしか聞こえないかも知れない。
あれこれと考えたが、結局、妙案が浮かぶ事はなく、気付けば、一刀の目の前に佇む一軒家。自分の実家に到着して、一刀は家族に本当の事を話す事を決める。
正直言って、本当の事が一番嘘臭い話なのだが、それでも他に案がある訳ではない。信じて貰えなければ、それはそれで良かった。息子が人殺しなんて信じない方が精神衛生上良いだろう。
一刀はそう開き直り、実家のドアノブに手を掛ける。
「……ただいま」
一刀のその声が玄関に響くと、バタバタと足音が聞こえ、両親が顔を出す。
「「一刀!!」」
「……久しぶりだな、親父、お袋」
三年半ぶりに会う両親は一刀の記憶にある両親より、髪に白い物が増えて、自分の事で心配を掛けたのか、少し老けて見えた。
「一刀!あんた、いったい、今まで何処で何をやっていたのよ!」
「あー、お袋、それも含めて説明するから、とりあえず家に上がらせてくれ」
「そうだな。居間で話をしよう。母さん、一刀にお茶を出してやってくれ」
「えぇ、一刀、荷物はそこに置いておいていいから、居間に行ってなさい」
その一刀は、その言葉に頷き、居間に向かう。久しぶりの実家。懐かしい気持ちはあるが、なぜか此処は自分の居場所ではないと考えてしまう。平穏で落ち着く雰囲気なのだが、逆に一刀にとってその雰囲気が落ち着かない。
此処は硝煙や血の匂いもしないし、銃声も聞こえない。それが違和感にしか感じなくなっている。一刀は心の底まで戦場の人間になっていた。
居間の畳に腰掛けた一刀に母親がお茶を差し出し、一刀の向かい側に父親と並んで腰掛ける。
「父さん、そう言えば一葉は?」
一葉は一刀の妹の事だった。
「一葉はフランチェスカの寮に入っている。落ち着いたら会いに行ってやりなさい。お前の事をずいぶんと心配していた」
「……そうか、一葉ももうそんな年なんだな」
自分がまだ日本を離れた時、一葉はまだ幼さが残る少女であった。それが今は自分と同じフランチェスカに通っている。三年半という時が思ったより長い時だという事を思い知らされた。
「一葉の事は一先ず置いておこう。一刀、お前はこの三年半、一体、何処で何をしていたんだ?」
「まぁ、一言で言うと、……戦争をしていた」
「「はっ?」」
両親が一刀の言葉で呆気に取られる。
「だから、戦争をしていた」
「一刀!あんたふざけてるんじゃないわよ!」
「母さん落ち着いて。一刀、私達としては、海外で行方不明になって三年半ぶりに帰って来た息子がいきなり戦争をしてきたと言われても、流石に信じられないぞ。何か証明する物はあるのかい?」
「別に信じなくていいぞ。そっちの方が俺も気が楽だ。……まぁ、一応、証拠もある事にはあるが、見ない事を俺としてはオススメする」
「……一刀、証明する物があるのなら私達に見せてくれ。お前の親として息子が何をやってきたか知っておきたい」
「……本当に見るのか?」
「あぁ」
一刀はため息を付き、おもむろに上半身の服を脱ぎ捨てる。そこに現れたのは、極限まで鍛え上げられた肉体に刻まれた無数の銃創や刺し傷、父親はそれを見て顔面蒼白に母親は目を見開いた後、気絶した。
「……もういいか?」
「……あぁ、もういい」
一刀は服を着た後、気絶した母親に目をやり
「だから、見ない方がいいって言ったんだがな」
と呟く。
「で、親父は納得したか?」
「……お前が嘘を言ってない事はわかった。でも、一体、何でそんな事になったんだい?」
「それも今から説明するが、その前にお袋を寝かせてくる」
そう言って、一刀は母親を寝室に運び寝かせる。居間に戻った時、父親が神妙な顔をして一刀を待っていた。一刀は出されたお茶を一口すすり、おもむろに自分にあった事を語り始めた。
「簡潔に言うと、中国から日本に帰る前日に旅費が尽きて、野宿したんだよ。その時に人身売買組織に拉致されて、売られた先が中東の独裁政治を敷いている国の反政府軍でな。半年の訓練の後、戦場に出て三年間兵隊やってた。……こっちでも中東の国でクーデターが成功したニュースが流れていなかったか?」
「そういえば、数日前にやっていたな」
「……まぁ、それでお役ご免になったから日本に帰って来れたのさ」
一刀はラキの事や自分が反政府軍のNo.2だった事なんかは説明しなかった。そこまでする事はないと判断したからだ。
「そうだったのか……」
父親はその一言だけ呟くと黙り込む。暫しの間、沈黙した空間の中で、先に沈黙を破ったのは、一刀だった。
「今日は疲れたから、風呂に入って寝るわ。明日は爺さんに顔を出したいからな」
そう言って立ち上がり、居間を出ようとする一刀の背中に父親が話し掛ける。
「一刀、俺はお前に何を言ってやればいいのかわからない。……只、お前が無事に帰って来てくれた事は父親として心の底から喜んでいる。それだけは忘れないでくれ」
「あぁ、ありがとよ、親父」
その言葉と共に一刀は居間を出て行くのだった。
次の話か、その次の話で外史入りです。