真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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先の展望……そして

臣従の誓い。一刀は自分の眼前で膝を付く星を真っ直ぐに見据え、今一度問いただす。

 

「それでいいんだな?」

 

「主は武人の誓いを疑われるのですかな?」

 

「そうではないが、お前の誓いの先にある物の覚悟が出来ているのかと聞いている」

 

「ふむ、確かに桃香様達からすれば、私は裏切り者になるのでしょうな。だが、それは仕方ありますまい。私は甘んじてその汚名を受け入れましょう」

 

「そうか……」

 

「それに愛紗や鈴々を相手取って戦う事もまた一興」

 

そう言った時に浮かべた星の笑みに迷いなどどこにもなかった。

 

「……ならば、俺が言う事はもうないな」

 

一刀が仮面を外す。

 

「俺の真名は一刀だ。星、お前に預けよう」

 

一刀の素顔を見た星は暫し、怪訝な顔をしていたが、何かを思い出した様に声を上げた。

 

「……!!風の真名を呼んだ無礼な貴族!!」

 

何と言う覚えられ方だ。と一刀は一瞬、顔をしかめそうになるが、星からすればその印象が強いのは仕方ない。

 

「あの時は世話になったな」

 

「主が言っていた借りというのは……」

 

「あの時に賊から命を助けてもらった借りだ」

 

「そうですか……それにしてもあの無礼な貴族が……失礼、あの青年がこうも変わるとは。主は先の戦乱の時はどちらに?」

 

「魏だ。曹操の臣をしていた」

 

「魏ですか?しかし、私は主の姿を見た事は……」

 

「ないだろうな。先の戦乱の時の俺は表に出る事はほとんどなかったし、今みたいな武も持っていなかった。精々、並の一兵卒と言った所だろう。一応、夏候姉妹の次に古参で曹操の側近ではあったがな」

 

「夏候姉妹の次の古参の臣……まさか!」

 

「星、答え合わせは後だ。お前に会わせなければならない者達が居る。……ついて来い」

 

一刀はそれだけを告げて、江陵に歩みを進める。

 

 

「主、一つ聞いても宜しいか?」

 

江陵へ向かう道中、星が一刀に問いかける。

 

「どうした?」

 

「何があれば、六年と少しの期間でそれほどの武を身に付ける事が出来るのですかな?」

 

星の問いに一刀は遠くを見つめて微かに笑う。

 

「……大事なモノを失えば、いや、違うな」

 

 

 

 

 

 

『失ってからそれがどれ程大事なモノだったかと気付ければ……だな』

 

 

 

 

 

一刀はそう言って、後ろに振り返り、星の目を見つめ、口を開く。

 

「星、俺を目標にはするな。此処に居るのは色々なモノを失い続けた男に過ぎない。そんな男、目標にする価値などないさ。お前はお前だ。お前のまま上を目指せ」

 

 

「……金言ありがたく受け取りましょう」

 

星はそれ以上、何も言わなかった。そのまま無言のまま二人は江陵に到着する。

 

 

「お帰りなさいませ、高長恭様!!」

 

一刀はそれに片手を上げる事で応え、さらに前に進むと、そこには覆面を被った一人の人間。

 

「お兄さん、もういいですかねー?」

 

「あぁ、もういい」

 

一刀の許可を得て、その人間はゆっくりと覆面を外していく。そしてそこから現れた顔を見て、星が驚きの声を上げた。

 

「風!!」

 

「星ちゃん、久しぶりですねー」

 

「……そうか、風が此処に居るという事はやはり主は……」

 

「あぁ、俺は先の戦乱の時、天の御遣いと呼ばれていた。二度と名乗る気はないがな」

 

「さようですか、聞きたい事は色々とありますが……」

 

「わかっている。それも含めて説明してやるからついて来い。まだ会わせなければならない人間もいるしな」

 

一刀は他の仲間を紹介するついでに自分が何故挙兵したのか、自分が何を目指すのか、など必要な事を星に説明していく。

 

仲間との顔合わせはそれほど大きな問題は起きなかった。ただ一つ、祭を見た時の星の顔は見物だったと言っておこう。

 

 

 

 

玉座の間、そこには今、交州に居る陸と荊南に居る叡理以外の仲間が集まっている。

 

叡理はもうすぐ荊南を纏め終えるから呼べるが、陸は蜀の事を考えれば交州からまだ動かせない。

 

……陸には貧乏くじを引かせているな。

 

一刀は内心で陸に詫びつつ、集まった仲間達を見渡す。

 

「さて、本人の居る前で言うのも何だが、蜀の先鋒は壊滅させた。これを踏まえてこれから我らがどうすべきか意見を出してくれ」

 

「隊長、自分は荊州全土を取るべきかと思います」

 

最初に発言したのは凪でその意見は一理ある意見だった。蜀の動きにもよるが、一刀としても荊州は全て手中に入れておきたい。ただ問題もある。

 

「文官不足をどうするかですねー。でも大丈夫じゃないでしょうか。叡理ちゃんが荊南を纏め終えるので、荊南には適当な文官を送り、叡理ちゃんには江陵を任せましょう」

 

叡理をデスマーチの後にデスマーチに送る風の鬼畜な発言。一刀は内心ドン引きしていた。

 

 

「いや、風、流石に叡理が過労死するぞ」

 

「ですが、その方法しかないですよー。風が残る訳にはいきませんし」

 

確かに軍師を兼ねている風を残す訳にはいかなかった。

 

「では蜀を攻めるのはどうだ?」

 

そう言ったのは晶。晶の言葉もまた一理ある。蜀を落としてしまえばその後、荊北を攻める時、後背を突かれる心配がなくなる。何より陸を自由に動かせる様になるのは大きい。

 

暫し、考え込む一刀に次は祭が声を上げた。

 

「一刀よ、お主はどうしたいのじゃ?儂はその二つの内のどちらかしかないと思うが……」

 

祭の言う様にどちらかしかないと一刀は思っている。半刻ほど考えた後、決断した。

 

「荊北を抑えよう。抑えるだけなら蜀を攻めるより遥かに短い時間で済む。人材についてはあの辺りには水鏡女学院がある。水鏡先生には俺から頭を下げ、良い人材を紹介してもらう」

 

自分でも言うのもあれだがガバガバな案である。良い人材が居るならほとんどが諸葛亮と鳳統が居る蜀に行くだろう。だが、実際にそれぐらいしか案がないのだ。

 

「人が居ないというのは辛いですねー」

 

文官不足の深刻さを知っている風がポツリと洩らす。

 

一刀も戦々恐々としていた。何故なら荊北を取れば、自分のデスマーチがまた始まる。

 

玉座の間に沈黙が漂う。文官ほどではないが、武官もまた忙しくなるからだ。その空気を断ち切る様に一刀は声を張り上げる。

 

「では荊北攻めの人員を発表する。大将は祭、副将に晶と星、軍師に風だ。出陣は二週間後、基本的には風の立てた策通りに事を進めてくれ」

 

「おお!腕が鳴るわい!」

 

「我が武を持って一刀様に勝利を捧げましょう」

 

「新参の私にいきなり手柄を立てる機会を頂けるとは、主の期待に応えねばなりませぬな」

 

戦闘狂達が喜ぶ姿を見て、一刀は誰にも見られない様にため息をつく。

 

……まぁ、喜んでいるならいいか。

 

一刀はそんな三人を尻目に風に話し掛ける。

 

「風、東と西、どっちが先に来ると思う?」

 

「……その問いなら東の方でしょうねー。西の方はまだ情報を集める時間がありますが、東の方は今、お兄さんに陸路から背後を攻められる訳にはいきませんから」

 

「だろうな」

 

「申し上げます!!只今、呉より使者が参りました!!」

 

玉座の間に響く衛兵の声。

 

「噂をすれば何とやらか。とりあえず祭と風だけ残して他は下がれ。祭と風は顔を隠しておけよ」

 

祭を残したのは、ひょっとしたら記憶を取り戻すきっかけになるかも知れないと考えての事である。もし、記憶が戻り、呉へ帰ろうとするならその時はその時だった。

 

 

 

 

一刻後、玉座の間に現れた呉の使者の姿を見て、一刀は思わず眉を潜めた。

 

 

 

 

 

 

……おいおい、お前が来るのかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方が高長恭ね。多分知っているだろうと思うけど、一応名乗らせてもらうわ」

 

そこに現れたのは……

 

 

 

 

 

 

「私は孫伯符よ」

 

先の呉王、孫策その人だった。


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