その日、江陵の玉座の間はどことなく重い雰囲気に包まれていた。
凪は困った顔をし、風は自分は関係ないという顔で飴を舐めていて、晶は不満はあるのだろうが、それを顔に出さない様にしていた。
一刀はコイツら本当に面倒臭いわと思いつつ、自分達は不満一杯ですという顔をしている祭と星に声を掛ける。
「お前ら、本当にいい加減しろよ」
「主よ!そうは言ってもですな、私が主の下で初めての武勲を立てる機会を奪われたのですぞ!!」
「そうじゃ!そうじゃ!せっかくの戦じゃと言うのに行軍しかしておらんのじゃ!!」
「あーわかったわかった」
「いや、主はわかっておられぬ!」
「そうじゃ!一刀は何もわかっておらん!」
「だからと言ってここで不平不満を言っても仕方ないだろ」
「「……」」
二人がここまで不満を露わにしている荊北攻めの事だ。
喜び勇んで江陵を出発した祭達だったが、荊南で大体の豪族を討伐したのが功を奏したのか荊北の重要地の襄陽を含めて、全ての城がまさかの無血開城。結局、祭が言った様に行軍をしただけで荊北攻めは終わってしまったのだ。
「こちらに被害が出る事なく、荊州全土を手中に収めるが出来た。最高の結果じゃないか」
一刀からすれば本当に最高の結果だった。覚悟はしていたが、やはり戦後復興をするとしないでは政務の負担が違う。この二人は政務をする事がないからそんな事を考えもしないのだろうが……
「まぁ、一応、お疲れ様って事で後で旨い酒とツマミを届けてやるから今回は我慢しろ」
「ほう、旨い酒とな!」
「いや、主は話のわかるお方だ!出来れば新しく出来た松林園の最高級メンマを所望したいのですが……」
「なら儂は江陵酒造の最高級紹興酒じゃ!」
「わかったわかった、二つとも用意してやる。だから機嫌を直せ」
「ふむ、仕方ないですな」
「そうじゃな」
言葉では渋々という感じではあるが、二人の顔は満面の笑みだった。
戦キチガイの機嫌が直った所で、一刀は風と晶にも労を労う言葉を掛ける。
「風も晶もご苦労だったな。お前達も何か欲しい物があれば言えよ」
「いえ、私は今回は何もしておりません。ですので恩賞は結構です」
「そうか……」
「お兄さんお兄さん、風は休み……」
「ダメ」
「ですから風は休みを……」
「ダメ」
「もう!最後まで聞いて欲しいのですよー!」
「逆に聞くが、武官連中はともかく、お前は本当に休みを貰えると思っているのか?」
「……」
「現時点で十日に一日の休みはやってるだろ」
因みに武官は七日に一日の休みである。
「お前さ、俺が荊州に来てから最後に休みに取ったの何時かわかるか?」
「さぁ、何時ですかねー?」
「一日も休んでねーよ!!一日もだぞ!!」
古代中国?のワ○ミ。それが高長恭軍だった。
「本当に魏の警備隊長時代が懐かしいよ。夜はちゃんと寝れたしな」
そう呟く一刀の顔には哀愁が漂っていた。
「隊長はもう少し休息して下さい。お身体を壊します」
「凪、そう言ってくれるのはお前だけだよ」
一刀との付き合いが一番深い凪の言葉は身に染みた。付き合いの長さで言えば風も一緒なのだが、凪は魏で上官と部下として同じ仕事をして苦楽を共にしてきたのだ。
「風もお兄さんの事は心配してますよー」
「こ!こ!ろ!が!籠もってねえんだよ!!」
「そうは言っても夜の空いた時間に風達を抱きに来るじゃないですかー。次の日の仕事、身体が辛くて大変なんですよー」
「ばっ!それを言ったらおしまいだろ……」
風の爆弾発言に一刀の語尾が小さくなる。
「風様!」「風!」「お主らはまだマシじゃ。儂の時は手加減なしで抱くからのう」
身に覚えのある凪や晶は顔を赤らめ、祭はさらに余計な事を言う。そんな皆を見てニヤニヤする星。
「ほう、魏の種馬の話は耳にした事はあるが、主はそれほど凄いのか、私も近い内に主の部屋にお邪魔せねばなるまいな」
「星、ややこしくなるから少し黙ってろ」
「なんと!主にとって私は褥を共にする魅力はないと!?」
「誰もそんな事言ってないだろうが!!」
「では私も主の部屋を訪ねても良いのですな?」
「あー!もう!好きにしろ!」
「主よ、言質は頂きましたぞ」
「おぉ!とうとう星ちゃんもお兄さんの餌食になるのですねー」
盛り上がっている女性陣を見て、一刀はため息をつく。どうして女は数が集まるとこうも姦しいのだ。
「……とりあえず話を戻すぞ。風、臨時の休みは今は無理だ。これから取ったばかりの荊北の立て直しがあるからな。だからお前にしてやれるのは給金を上げる事ぐらいだ」
「正直、給金はもういいんですが、魏に居た時の倍は頂いていますし」
「私も蜀に居た頃より三倍は貰っているな」
「星ちゃん、蜀は給金が安いんですねー」
「まぁ、かつての三国で一番小さい国であるからな」
高長恭軍は金満な軍だ。故に給金は他の国より抜群に高い。だから断じてブラック企業ではないと一刀は自分に言い聞かせていた。
「給金はともかくとして、襄陽には陸と叡理も呼ぶから一人頭の政務の量は確実に減るだろう」
「隊長、二人を呼んでも大丈夫なのですか?」
「交州は問題ない。呉は晋との戦いで動けんし、蜀は俺が荊州全土を抑えたから南蛮を通過しないと交州には手を出せん、流石にそんな遠回りして攻め込んで来たら、こちらが援軍を送る方が早い。適当な将に任せれば大丈夫だろう。荊南は昨日、叡理から書状が届いた。どうやら立て直しが終わったらしい。後はこの江陵だが、万一蜀が攻めて来ても襄陽からならば強行軍で二日もあれば戻って来れる」
「では拠点を襄陽に移すのですねー」
「まぁ、とりあえずはそうだが、蜀と戦う時は江陵が拠点になるだろう。襄陽は魏と戦う時の拠点だな。後、俺は荊北に新たな城を築きたい」
「城、ですか?」
「そうだ風、場所は新野の辺り、そこに俺達の都となる城を築く。当然、今の新野城は取り壊す事になる」
正直言えば、都は規模を考えれば今の襄陽城でいいのだが、襄陽城は守りが弱い。そして何より一刀自身が自分の知識を総動員した魔改造した城を建ててみたいのだ。
当然、政務の量は増える事になるが、自分で設計する城という男のロマンには抗えなかった。
「我らの都ですか……」
「あぁそうだ晶、俺達の都だ。その城が完成次第、正式に国号を決めて国を立ち上げる。その国に華雄という名を残すといい」
「はっ!」
ここに居る面子で一人だけ建国未経験者(祭は建国の記憶がないが)の晶は自分の国と聞いて興奮していた。
「それでは二ヶ月後に襄陽に本格的に拠点を移す。凪、風、祭は先に襄陽に向かい受け入れの準備をしてくれ」
「はい!」「はい」「おう!」
「晶と星は襄陽に連れていく兵の選別だ」
「はっ!」「うむ」
「それでは皆、手抜かりなき様にな」
一刀の言葉で皆がそれぞれの持ち場に向かう。一刀はその中の星を呼び止めた。
「星、お前は少し残ってくれ」
「主よ何ですかな?」
「お前に客が来ている」
「客……ですか?」
「あぁ、諸葛亮と馬超だ」
その二人の名を聞いた星の表情は微かに歪んだ。