諸葛亮と馬超の待つ客間に向かう一刀と星。だが、その足取りは何処か重い。
「……やっぱり、会い辛いか?」
「えぇ、彼女達にとって私は裏切り者でしょうから……」
「正直言えば、お前に会わせずに蜀に追い返す事は出来た。けどそうはしなかった。何故かわかるか?」
「私の忠誠を試す為ですかな?かつての仲間と決別出来るか……」
「その答えは間違いではないが正しくもない。俺は元よりお前の忠誠を疑ってはいないからな。ただ、仲間との決別は必要だ。お前には辛い事かもしれんが、これから殺し合う相手だ」
一刀のその言葉で星の表情に暗い影を落とす。
「あ、主はどうして私をそこまで信じられるのですか?私は苦楽を共にした仲間を裏切る女なのですぞ」
「何故、信じられるのか……決まっている、俺は俺を信じているからな。そして俺はお前を見込み、お前を欲しいと思った。故にもしお前が俺に反旗を翻すなら、それはお前が俺を裏切ったのではなく、俺が俺を裏切ったという事にしかならん」
「私が主に刃を向けたら?」
「その時は……」
「その時は?」
「俺が死ぬだけだな」
そう言って一刀は笑う。その笑顔はどこまでも自然で何処か儚い笑顔だった
「……主はずるい。そんな顔でそんな事を言われたら主を裏切れぬではありませぬか」
「そうさ、俺はずるい男なんだ。……星、お前が本当に辛いなら蜀との戦でお前を外してもいいんだぞ」
「いえ、そこまで主に甘える訳にはいきませぬ。それに主も魏と戦うのでしょう?」
「あぁ」
「魏の者が主の眼前に立った時、その剣でその者を斬れるのですか?」
「斬るさ。敵が敵である限り」
一刀は既に割り切っている。今、自分が守らなければいけないのは、今、居る自分の仲間であって、かつて情を交わし、肌を重ねた相手であろうと、今の仲間に危害が及ぶ可能性があるなら斬るだけだった。
「まぁ、何にしてもお前はもう俺の身内だ。諸葛亮や馬超はお前を責めるだろうが、俺が何とかしてやる」
一刀はそう言って星の頭を軽く撫でる。
「ただ……」
「ただ?」
「お前のかつての仲間の心に大きな傷を負わせる事になるだろうな。それは許してくれ」
「それはどういう……」
「星、行くぞ」
星との会話を無理矢理中断して、一刀は仮面を被る。そして諸葛亮と馬超の居る客間に訪いを入れる。
「高長恭だ。星を連れて来た。入ってもいいか?」
「……どうぞ」
諸葛亮の応答、それを聞いた一刀は扉を開ける。扉を開けた先に待っていたのは悲しげな諸葛亮と怒りを前面に出している馬超。
「……星さん」
「星!!お前!!」
「朱里……翠……」
「この裏切り者!!」
「翠さん待って下さい!……星さん、星さんが高長恭さんに降ったというのは本当何ですか?」
諸葛亮の問いかけに星は一度大きく頷く。
「……どうして!?どうして何ですか!?」
「言い訳はしない。私がお主達を裏切ったのは真だ」
「こんのぉ!!お前がそんな奴だとは思わなかった!!飄々として良く皆をからかう奴だけど汚い真似はしないと信じてたのに!!」
「……」
部屋に鳴り響く糾弾の声、その声に悲痛な顔をする星。そんな星の顔を見て、一刀の中のナニカのスイッチが入る。
……さて、そろそろペラ回すか。
「裏切り者裏切り者と五月蝿い奴らだなお前らは」
「っ!」
その声で部屋は静寂に包まれる。
「お前らは星を裏切り者と言うが、別に星は何も裏切ってなんぞいない」
「「「!?」」」
一刀の言葉に糾弾していた諸葛亮と馬超、糾弾されていた星、双方が疑問符を浮かべていた。
「まずは星、お前に聞こう。お前は何故、劉備に仕えようと思ったんだ?」
「それは……桃香様の理想に共感したからですな」
「皆が笑顔で暮らせる国という奴か。……諸葛亮よ、お前が劉備に仕えた理由は?」
「……星さんと同じです」
「なるほどな、ではお前達は劉備が理想を持たぬただの村娘なら劉備に仕えたか?」
「仕えませぬ」
「……仕えていません」
「と言う事は、お前達は劉備に仕えたのではなく、劉備の理想に仕えたと言う事になるな」
「「……」」
一刀の言葉に黙り込む二人、馬超はそんな二人の成り行きを見守っていた。
「さて、諸葛亮、次はお前に先に聞こう。お前が見てきた中で蜀とこの荊州、どちらが栄えていた?」
「……荊州です」
「どちらの民が笑顔で暮らしていた?」
「……それも荊州です」
その答えを聞いて一刀は薄く笑う。
「劉備の理想は皆が笑顔で暮らせる国ではなかったか?なのに現状はどうだ?」
「っ!それは!!」
「では次は星に聞こう。星、今年の俺の領地での餓死者の数は?」
「一人もいませぬ」
「「!!」」
星の答えに二人は驚愕の表情を浮かべる。そう、この時代、餓死者を出さないというのはそれだけ難しい事なのだ。
「俺の領地から流民になった者は?」
「それも一人も」
「では蜀から俺の領地に流れ込んだ民の数は?」
「数万を数えましょう」
「……」
俺と星の問答に諸葛亮の顔に苦渋の感情が浮き出る。一刀はそんな諸葛亮にさらに追い打ちをかける。
「諸葛亮、皆が笑顔で暮らせる国という理想を掲げる劉備の国から笑顔どころか、飢餓で苦しむ民が俺の所へやって来る。これは一体、どういう事なんだろうなぁ?」
「……」
「お得意の弁舌で何とか言ったらどうだ?はっ!何も言えないよな。何故なら何を言った所でこういう結果が出ている以上、口先だけの言葉にしかならないしな。……なぁ、お前らは星を裏切り者と言った。だが、星にしろ、諸葛亮、お前にしろ、お前達が仕えたのは劉備の理想だ。そしてその理想に俺と劉備、どちらが近いと思う?」
「……」
「どうして何も答えない?劉備の政が俺の政を上回っているなら胸を張って劉備だと答えられるはずだ」
「それは……」
「だから断言してやる。俺の政の方が劉備の理想に近い。故に言える。星が劉備を裏切ったんじゃない。劉備の理想に魅せられ劉備に従ってきた星を劉備が裏切ったんだ!だから星は俺の下に来た。劉備の理想に近い俺の下へな」
「それは詭弁です!!」
「ほう、詭弁と言うか、ならば納得出来る言葉を言ってみるがいい。言っておくが、俺が納得出来る言葉じゃない。飢餓に苦しみ生まれた地を離れなくてはいけなくなった元はお前達の民が納得出来る言葉をな!!」
糾弾していた立場から逆に糾弾され、諸葛亮の顔が青ざめる。そんな諸葛亮を宥める様に一刀は声を掛けた。
「なぁ、諸葛亮、お前は本当に今のままで良いと思っているのか?」
「どういう事でしょうか?」
「はっきり言って劉備ではお前を使いこなせない」
「お前!!桃香様を馬鹿にするのか!?」
一刀の言葉に馬超が激昂するが、
「馬超、お前も後で話をするから今は黙ってろ」
即座に切り捨てる。
「諸葛亮、お前は多くを学び、それを生かす為に励んできたんだろ?でも自分の能力を活かし切れていない、そう思う事はないか?」
「……」
一刀の言葉に思い当たる事があるのか、諸葛亮が黙り込む。
「勘違いしないで欲しいのは、別に俺は劉備を見下しているわけじゃない。夢見がちな所が行き過ぎている部分もあるが人格という面では文句はないし、器もある。……ただ、本人の能力が足りてない。例えば、こういう事はなかったか?お前がある政策を考える。その政策を行えば国にとって良い効果が得られる政策だ。お前自身もそう考えて劉備に提案するが、劉備にはその政策がどう良いのか理解出来ず、または周りの関羽辺りに反対され結局廃案になるといった事だ」
「……あります」
「だろうな、それが俺が劉備の能力が足りないと言った理由だ。いくら良い政策だろうと上に立つ者がその政策の良さを理解出来なければ机上の空論になり果てる。それに劉備の周りには劉備を妄信する人間が多すぎるしそういう人間は勝手に劉備の意を汲もうとするだろう。諸葛亮、お前が本当に自身の才を思う存分振るいたいのなら、先の乱世なら主君は劉備ではなく曹操を選ぶべきだった。曹操なら器もあり中身も伴っている。お前の才を限界まで絞り尽くしてくれただろう」
「……では今なら?」
「俺だな」
一刀はそう断言する。
「曹操は切れ味が鈍っているし、孫権は排他的で派閥争いが激しい、司馬懿は器も能力もあるだろうが、お前とは致命的に合わんだろう」
「そうですか……」
「諸葛亮、俺の下へ来い!お前もこの荊州を見ただろう。俺ならお前がどんな政策を出して来ても理解してやれるし、その政策が良い物なら金も労力も惜しまん。俺はお前ほどの者がこのまま腐っていくのを見たくない」
一刀の突然の誘いに諸葛亮本人のみならず、星も馬超も驚きの顔を浮かべていた。
「……それは出来ません」
「そうか……だが、気が変わったならいつでも来い。俺は丞相の地位を空けてお前を待っている」
正直、丞相は風にやらせてもいいんだが、風は絶対やりたがらないし、風が向いているのは内政より謀略だと一刀は思っていた。
「お誘いをお受けする事は叶いませんが、過分な評価して頂いた事は感謝致します」
諸葛亮が丁寧な言葉遣いで一刀に頭を下げる。
……これでいい。
一刀も元より、諸葛亮がすぐにこちらに寝返るとは思っていない。だが、諸葛亮の心に楔を打ち込めた。その楔は後々に効いてくる。……だから今はこれでいい。
「さて、次は馬超お前だな」
一刀は諸葛亮との会話を切り上げ、馬超を正面から見据える。
「馬超、お前は散々、星を裏切り者と罵っていたが、俺からすれば本当の裏切り者はお前だと思うぞ」
「わ、私は裏切りなんて!」
「馬超、お前は何で劉備に仕えたんだ?」
「私も桃香様の理想に「違うな」」
「!!」
「確かに劉備に仕えてからは劉備の理想に魅せられたかもしれないが、劉備の下へ向かった時はそうではなかったはずだ」
「それはどういう……」
「馬寿成」
「!!」
その一言で馬超の身体が一瞬震える。
「お前が劉備の下へ向かった理由は馬騰、お前の母親の仇を取る為だ。違うか?」
「それはそうだけど……」
「ならば、お前は一体、今、何をやっている?」
「何をって」
「仇討ちはどうした?まさか、劉備の理想にどっぷり浸かって諦めたとでも言うつもりか?」
「やろうとしたさ!!でも私達は曹操に負けたんだ!!」
「だからどうした?確かにお前達は曹操に負けた。けれどお前は生きているじゃないか。生きているのに仇討ちを諦め、劉備の理想という免罪符にしがみつき、のうのうと生き恥を晒すんだな」
「違う!母様は……母様は復讐なんて望んでいない!!」
「かもしれない。お前の母親は傑物だと評判だったからな。恐らく最後の時まで娘のお前や涼州の民の事を安じただろう。では聞くが、その時に曹操に対する恨みがなかったと言えるのか?」
「それは……言えない」
「なぁ、馬超、お前は不公平だとは思わないか?劉備や孫策は戦に負けても誰も喪わず、そのまま国を任せてもらえた。袁紹は国は失ったが生命は長らえた。けれどお前の母親だけは曹操に殺された。どう考えても不公平だよな」
「母様は病で先は長くなかった……」
「そうだとしても、曹操が攻めて来なければ、お前や馬岱と最後の時を家族で過ごせたはずだ。決してあんな非業の死を遂げていい人物ではなかった」
「お前が母様の何を知っている!!」
「知らんよ、だがなお前の母親の最後は知っている。……俺はあの時、あの場に居たからな」
「!!」
「星は知っているが、俺は先の乱世の時、曹操の下に居た。だからお前の母親の最後の姿を見ている。毒を飲んで苦悶の表情で死んでいたよ」
「かあ……さま……」
呟く馬超の声が震えていた。実際は一刀はあの時、華琳に追い出された為、馬騰の亡骸は見ていないのだが、そんな真実はどうでもいい。この場合、大事なのは俺から聞かされた馬騰の最後を馬超がどう考えるかだ。
「どうせ曹操の事だから馬騰は誇り高く死んだと伝えられたんだろう?俺にはとてもそうは見えなかったがな」
「かあさま……かあさま……」
「俺にはお前の後ろで馬騰が佇んでいる姿がはっきりと視える」
馬超がその言葉に反応して後ろを振り向き驚愕したままその場に座り込む。
「母様!!」
「翠さん!」
「翠!」
そんな馬超に諸葛亮と星が声を掛けるが、一刀はそれを無視して馬超に近づき、耳元で語り掛ける。
「馬超、お前が視える馬騰はどんな顔をしている?笑っているか?それとも憎悪の表情を浮かべているか?」
勿論、一刀には馬騰の姿など視えていない。だが、馬超にその姿が視えているなら、それは馬超の罪の意識が見せている幻だった。だから一刀はその罪悪感をさらに煽る。
「馬超よ、お前はいつまでぬるま湯に浸かり、自分を……そして母親を裏切り続けるつもりだ?」
「母様ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
人には触れられたくない心の傷がある。一刀は自分のそれに人が触れる事は許さない。けれど必要とあれば自分は相手のそれをさらに踏みにじる。その相手が敵であるならばなおさらだ。
それを外道と呼ぶなら好きに呼べばいい。
馬超の幻の母親に赦しを乞う声を聞きながら一刀は冷たく嘲笑うのだった。