真・恋姫†無双 鬼龍伝   作:三十路のおっさん

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人の夢

黙り込む諸葛亮と未だに座り込み、母親への懺悔の言葉を繰り返す馬超を置いて、一刀は星を伴って客間を出る。

 

「主!庇って頂いた事には感謝致しますがいくら何でもあれは!!」

 

「俺を軽蔑するか?」

 

「……」

 

「まぁいい。星、この後の仕事はいいから、俺と一杯付き合え」

 

一刀は星の顔を見ないまま、それだけを言って歩き出す。後ろから自分に着いてくる星の気配を感じながら、ふと、外の景色を眺める。

 

木々の葉は枯れて落ち、風は身に染みる冷たさとなって身を襲う。

 

この世界に戻ってから三度目の冬。

 

一刀は冬が好きだった。

 

昔は春や夏を好んでいたが、元の世界での戦争を乗り越えてからは世界の静寂を感じる冬を好む様になった。静寂の中で元の世界の仲間を思い出す。そして思う。

 

……自分はこうして後何回、この冬を迎える事が出来るのだろうか?

 

一刀は二十五でまだまだ若い。けれど自分は寿命を全うする事はないと一刀は何故か確信していた。

 

それならそれでいい。一刀にとって死は古い友の様な物だ。自分に会いに来たなら、その時は死んでやればいい。

 

「……主?」

 

突然、立ち止まった一刀に様子を伺う様な表情で声を掛けてくる。そんな星に対して一刀は軽く笑って

 

「何でもない」

 

それだけを言って、再び歩き出す。

 

自分の自室に着いた一刀は部屋付きの侍女に酒と軽く摘む物を頼み、部屋に入る。

 

「好きな所で寛いでいいぞ」

 

「ふむ、では遠慮なく」

 

席を取る星を眺めながら、一刀は被っていた仮面を取る。そしてまもなくやってきた酒とつまみと二人分の盃。その片方を一刀は星に渡し酒を注ぐ。

 

「では一献ってな」

 

「これはこれはありがたく。……では私からも」

 

星に酒を注がれた盃を一刀は一息で飲み干す。

 

「良い呑みっぷりですな主よ」

 

「別に大した事はない。俺が居た所の酒に比べると酒精は薄いしな」

 

「ういすきやぶらんで、わいんと言いましたか、主が作らせている酒は酒精が強い上に味が良く高値で取引されているとか……私も一度呑んでみたいものですな」

 

一刀がこの世界に戻って来て作り始めた故にまだ蒸留具合が足りていないが、それでも今までにない酒という事で飛ぶように売れていた。

 

「買えば良いじゃないか、富裕層向けに作ってはあるが、お前の給金なら十分に手が届くだろう?」

 

「良い女は色々と物入りなのですよ」

 

「メンマを買うのが良い女か……」

 

「うぐぅ!」

 

言葉に詰まる星を見て、一刀は思わず笑ってしまう。

 

「まぁ、機会があるなら一度買ってみるがいい」

 

「今、出してくれても良いのでは?」

 

「あれ等の酒は真剣な話をする時に呑む酒じゃない。一人の時に呑む酒さ」

 

「それはどういう?」

 

「呑む酒にも種類がある。宴会で皆で呑む酒、大事な人と呑む酒……この場合は結婚した相手や恋人だな。後は一人で呑む酒」

 

「……」

 

「で、一人で強い酒を呑むって時は大体、気を紛らわしたい時や嫌な事を忘れたい時と相場が決まっている。……が俺は違う」

 

「違うとは?」

 

「大事な事を忘れたくない……忘れちゃいけない時に強い酒を呑むんだよ。しいて言うなら懺悔だな」

 

「懺悔……」

 

「俺が今まで犯してきた罪、守れなかった仲間に対する後悔、普通の人間は僧や信頼出来る相手に聞いてもらうんだろうが、俺は誰にも言えない。だから酒瓶の中に吐き出す。その行為で忘れちゃいけない事を再び自分の心に刻み込むのさ」

 

「何故、誰にも言えぬのですか?」

 

「楽になりたくないからだ。誰かに話を聞いて貰えば楽になるだろ?俺はそれが嫌なんだよ」

 

一刀も一度だけ誰か……自分が帰って来るのを信じて全てを捨ててくれた凪に語った事がある。確かに楽にはなった。そして楽になった自分を一刀は恥じた。自分の罪や戦友の死はそんな事で楽になっていい事ではない。それ以来、一刀は誰かに自分の過去の傷を話す事はしないと決めた。

 

「……難儀な生き方をしておりますな」

 

「だが、俺はそんな自分が嫌いじゃない。だからこれでいいんだ」

 

そう、精々自分は苦しんで生きていけばいい。死んだ戦友はもう苦しむ事すら出来ないのだから……

 

「さて、お前が話したいのは馬超の件だな?」

 

一刀は本来話すべき本題に話題を移した。

 

「ええ、あんなに追い詰めなくても良かったのでは?それも亡くなった母親を利用する様な形で……」

 

「星、人が一生で関わり合える人間とは何人くらいだと思う?」

 

「主!今は翠の事では「まぁ、最後まで話を聞け」」

 

「……」

 

一刀がそう言うと星は黙した。そんな星を見て一刀は話を続ける。

 

「普通の村人なら数十人から数百人、俺達の立場なら数十万人から数百万人に膨れ上がる」

 

「それが何か?」

 

「では、その中でコイツの為なら死んでやってもいいと思える人間は何人居る?」

 

「それは……」

 

「精々、数える程度だろ?俺にとってお前はその中に入っている。そして馬超は入っていない。むしろ俺がそう思う人間を殺す可能性のある人間だ。だから俺は馬超にやった事を後悔していないし、必要とあらば同じ事をするだろう」

 

「……」

 

どこか難しい顔をしている星、一刀はそんな星に向かって呟く。

 

「皆が笑顔でいれる国」

 

「それは桃香様の……」

 

「あぁ、劉備の理想だ。だが、劉備は曹操との一騎打ちの時にこうも言った。自分の周りの人が笑っていてくれればいいと。ただあの乱世の時はそれすらも難しかった。だから劉備は立った。皆が笑顔をいれる国を作ると、そこにある矛盾を考えないままに」

 

「矛盾……」

 

「そうだ、矛盾だ。前に言っただろう。劉備の言う皆はどこまでが皆なんだ?食い詰めて賊になった者や五湖の者は入らないのか?」

 

「……」

 

「俺はさっき、諸葛亮に劉備の理想に俺が近いとは言ったが、俺は劉備の理想なんか目指す気はない。何故ならその理想は不可能だからだ」

 

星は納得いかなそうな顔をしているが、構わず一刀は話を続ける。

 

「だってそうだろ?人は一人一人違う。大事している物も違えば求めている物も違う。そしてそんな人間がこの大陸には数千万人居る。それだけの人間が同じ理想を掲げるなんて無理に決まっている。星、お前もそうだ、お前も劉備の理想の下に戦い、一応、三国同盟で大陸は平和になった。だが、こう思わなかったか?物足りないと」

 

「……思いましたな」

 

「それはお前が趙子龍という人間だからだ。槍の鍛錬に励み得た己の力を使う機会がなくなった。だから物足りなさを感じたんだろ?」

 

「否定は出来ませぬ」

 

「けれど普通に暮らしている大多数の民は戦が無くなって良かったと思ったはずだ。……ほら、この時点でお前と民が求めている物は違う」

 

「主、私は」

 

「お前が無闇な戦を求めている事ではないのはわかっている。俺が話したのはあくまで例だ。劉備が理想が不可能だというな」

 

「では主の理想とは?」

 

「俺にとって大事な者達、俺に着いて来る者達に出来る限りの幸福を与える事だ。その中で敵となる者を苦しめる事もあるだろうが、俺はそれを是とする。そうしてでも俺はお前達に笑っていて欲しいからな」

 

「……」

 

「そしてその理想により、幸福に出来る人間を少しずつでも増やしていき、最終的にこの大陸全土、いや五湖やその先へ拡げていけたらいいと思っている」

 

「それは桃香様の理想に近いのでは?」

 

「それは違う。俺には劉備と違って皆という意識はなく、あくまで自分の手の届く範囲でと決めている。俺は俺にとって大事な人間や俺に着いて来る人間が幸福ならそれでいいからな。正直言ってそれ以外の人間は知らんしどうでもいい。だから馬超を追い詰めた様な事も出来る。まぁ、それでも俺の手は劉備のそれより遥かに長く幸福に出来る人間も多いだろうが」

 

そう、言ってしまえば一刀はエゴイストなのだ。それは一刀だけではなく、華琳も司馬懿も孫策や孫権もそうだろう。劉備は認めないだろうが、エゴイストである事は間違いない。理想に酔ってそれを自身で認めないから一刀は劉備を認める事が出来ないのだ。

 

そして争いが互いを傷つける物とわかっていながら理想という名のエゴを掲げ争い合う。それが人という種の業だった。

 

「納得は出来たか?」

 

「いえ、全部は納得出来ませぬ。ですが主の言っている事は理解は出来ます」  

 

「それでいい。全部を納得する必要はない。俺とお前は違う人間なのだから全ての意見が一致する事はまずあり得ない事だ。お前も言いたい事があるならこれからも今回みたいに遠慮なく言え。そうしないと伝わる物も伝わらないからな」

 

必要な事を話し終えた一刀は盃に酒を注ぎ、唇に湿らす様に呑みながら呟く。

 

「それにしても皆が争いもなく笑顔でいれる国か……まさに人の夢だな」

 

一刀が居た西暦二千年代でも人間がなし得ていない劉備の理想。もし、それをなし得たなら人という種は次の段階に足を踏み入れる事が出来るのではないか?

 

「人の夢……」

 

「そうさ、故に儚い」

 

だが、劉備の理想に辿り着く前に、人という種が滅びる方が早い。一刀はそう思っていた。

 

 

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