「桃香!」
兵達が呼びに行ったのであろう、その場に居なかった蜀の臣が次々と駆け付けてくる。
「白蓮ちゃん!」
「何だこれ?一体、何がどうなったらこんな事になるんだ?……っ!焔耶!!」
玉座の間の惨状を見て、公孫瓚が驚愕していた。
「ちっ!面倒だな。鳳統!ここで何があったか、そいつらに説明してやれ!」
「あわ、あわわっ!は、はい、わかりました!」
一刀はその場に居なかった蜀の臣への説明を鳳統に任せて、董卓の元への向かう。
「董卓殿、嫌な物を見せてしまった。申し訳ない」
「いえ……」
それだけを言って、董卓は魏延の亡骸を悲しげに見つめていた。
「月、そいつを庇う訳じゃないけど、そいつに一切の非はないわ。悪いのは焔耶と愛紗よ。……まぁ、一番悪いのは桃香だけどね」
その声音は平常ではあったが、明らかに劉備を見限った響きだった。
「……わかってるよ、詠ちゃん」
「いや、直接、手を下したのは俺だ。恨むなら俺を恨んでくれてもいい。ただ、俺は俺のやった事を間違っているとは思わないし、後悔もしていない」
「それもわかっています。だから私は貴方を恨みません」
董卓の瞳には悲哀と強い意志が籠もっていた。それはその言葉が口だけではない証。
……やはり劉備とは違うな。
一刀は強くそう思った。元々、情の深い性格なのだと思う。悲しみは見せていたが、現実もしっかり認識していた。
今まで人の汚い部分も見てきたのだろう。その揺るぎない瞳の光から自分を見失っていない事がはっきりとわかる。
「……ありがとう」
董卓の瞳に一瞬、圧倒されそうになった一刀はその一言を返す事しか出来なかった。
その時、玉座の間に乾いた音が響き渡る。
「ぱい……れん……ちゃん」
どうやら、公孫瓚が劉備を頬を張ったらしい。那由多もそれを止めなかった様だ。
「……何でだ?何でお前は彼に謝罪しなかった!?」
「だってあの人は焔耶ちゃんを斬れって!」
「外交の使者で王である自分に刃を向けたんだぞ!!向こうの立場ならそう言うしかないだろう!!」
「それは……」
「桃香、お前は焔耶の何だ?主君じゃないのか!?……ひょっとしたら許されないかも知れない。それでも家臣が不始末をしたなら頭を下げ庇うのが主君であるお前の役目だろうが!!」
「……」
劉備と公孫瓚のやり取りを見て一刀は思う。
……あれっ?公孫瓚って有能じゃね?
一刀からすれば先の乱世では知らない内に、袁紹に負けて劉備の所に落ち延びた印象しか公孫瓚にはなかった。
一刀の中で公孫瓚の評価が急上昇していく。
公孫瓚の言っている事は正しい。部下の責めを負うのは、上に立つ者の務めだ。あの華琳でさえ、春蘭がやらかした時は自ら相手に謝罪していた。
「白蓮!お前、桃香様に向かって!」
「愛紗!お前もお前だ!!お前が一番、桃香を止めなきゃいけない立場だろうが!そのお前が焔耶に便乗して何をやっているんだ!!」
「い、いや、私は……」
「公孫瓚、そこまでにしておけ」
一刀は感情的になっている公孫瓚を止める為に口を挟む。
「劉備、公孫瓚の言っている事は何も間違っていない。お前が頭を地に付けて非礼を詫びるなら、多少の賠償金は取ったが俺はお前を許した。正確には許さざるをえなかった」
「えっ……?」
「お前にとっても今回の事は好機でもあった。少なくとも利点は三つある。……諸葛亮、教えてやれ」
「はい。まずは桃香様が地に頭を付けて謝る事で風評を得られました。家臣の為に自らそこまでする事で慈悲深いという風評を……」
「そんな事をすれば桃香様を侮る者が出てくるのではないか?」
「関羽、お前はもう少し物を考えてから話せ」
「なっ!」
「確かにお前の言う事は間違ってはいないが、それは曹操や孫策の様な覇道や力を前面に出す人間に対してだ。だが、劉備は違う。劉備は人徳や理想を前面に出している。侮る人間も多少は出てくるだろうが、それ以上に家臣の為にそこまでする優しさに感服する人間の方が遥かに多い。お前は劉備の筆頭家臣だろう。そのお前が劉備の持ち味を理解してないでどうする」
「あっ……」
言われて初めて理解したらしい。関羽の口から情けない短音が溢れる。
「桃香様にそうされたら、高長恭様は間違いなく桃香様を許します。これも風評の為に」
「そうだな、俺が死ぬなり、怪我するなりした場合は別だが、あの時、俺は無傷だった。相手の王がそこまでするのに許さないと俺の器が小さいと言われかねない。また、ここで寛容さを見せておかないと、これから俺に降伏する人間が少なくなる」
「そうすれば焔耶さんも死なずに助かりました。これが二つ目の利点です」
諸葛亮が布を掛けられた魏延の亡骸を見つめながらそう語る。
「最後は私達、蜀の家臣の引き締めです」
「引き締め?」
今度は公孫瓚が疑問を漏らす。
「白蓮さんは元々、上に立つ人でしたから意識は薄いかも知れません。……愛紗さん、もし愛紗さんが何か失敗して桃香様が愛紗さんの代わりに地に頭を付け謝罪します。そんな桃香様の姿を見て愛紗さんはどう思いますか?」
「桃香様に対して申し訳なく思うし、また、桃香様にそんな事をさせた自分に対して怒りが沸くだろう。……あっ!」
「そう、その気持ちは焔耶さんも同じです。そして自分の行動を見直すきっかけになるでしょう。焔耶さんだけではなく、桃香様のその姿を見た皆に波及する事になります」
「完璧な回答だ諸葛亮。……劉備、これでわかっただろう。お前が最悪な選択肢を選んだ事が。俺はお前に最後の機会を与えてやったのに。これでいいのかってな」
「あ……あ……いやぁ……」
劉備の全身が震え始める。それに構わず一刀はトドメの言葉を放つ。
『劉備、お前が魏延を殺したんだ』
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
劉備は自分の失敗を理解したのだろう。涙を流しながら悲鳴を上げる。
「桃香様!!朱里!わかっていたなら何故、桃香様にその事を助言しなかった!!」
「馬鹿かお前。誰かに助言されてその通りにして謝罪しても意味がない。誠意がないからな。そんな事されたら俺は周りに何を言われようが謝罪を突っぱねた」
「ぐっ!それは……」
「こういう所で本来の人格と品性が表に出てくる。すぐに謝罪をする事を選ぶ公孫瓚、皆が笑顔で暮らせる国を作るなんて言いながら自分の意にそぐわないなら排除しようとした劉備、どちらが本当に王に向いているんだろうなぁ?」
そう言って、一刀は劉備に歩み寄り、泣き続ける劉備の顎を掴み、自分の方へと視線を向かせる。そして最後の毒を流し込んだ。
『お前向いてないよ。やめたら?王様』
一刀のその一言で劉備はその場に崩れ落ちた。