一刀が向かったのは、魏延の亡骸の下だった。そしてその亡骸を肩に担ぎ上げる。
「お主、焔耶をどうするつもりじゃ!」
一刀の行動を咎めたてる様に怒声を発するが、それを気にする事もなく、一刀は淡々と答える。
「決まってんだろ、晒すんだよ」
「晒す……じゃと?」
「あぁ、成都の民に見せ付ける様にな」
「何故、そんな事をする!?武人の亡骸を辱めて楽しいのか!?」
傷の手当てを終えた関羽が一刀に問い詰める。
「はぁ?そんなつまらん理由でこんな面倒な事する訳ないだろ」
「では何故!?」
「そんなの今回の一件、どちらに非があるか、はっきりさせる為に決まってる」
「あわわっ!それは!」
「何だ、鳳統?何か不都合な事でもあるのか?」
「それは……」
「大方、宮城内で起こった事だから、此処に居る者達に箝口令を敷いて今回の事をなかった事にしようとでも目論んだか?魏延は病にでも倒れた事にして、しばらくした後に病で亡くなったとでも民に伝えるつもりだったんだろ?」
一刀の言葉に鳳統の顔が青ざめる。その顔色が答えだった。
「まぁ、捕虜返還に来た外交の使者である他国の王を相手に非がないのに、なぶり殺ししようとしたなんて、民に知られたら、劉備の風評はがた落ちだもんな。そりゃ、隠しておきたいわな」
「あわわっ……」
「でもさ、させねえよ、そんな真似。……那由多!」
「はっ!既に手の者に今回の件を大陸中に広める様に命令を下しています」
「……俺はまだ何も言ってないが?」
「言われた事だけしかやらない者が貴方様に必要なのですか?」
口調は丁寧ながらも、何処かふてぶてしい那由多の言い様。才気走り過ぎだと思うが、その言い様は一刀にとって好ましい物だった。
一刀の下に来て、一番成長したのは、この那由多だ。本人もそれは自覚している。那由多はプライドが高い。故にこの言葉なのだろう。
頭を抑えようとは思わなかった。那由多はまだ二十歳を過ぎたばかりだ。若さ故の過ちは一刀がフォローしてやればいい。それよりも頭を抑えて、この成長を阻害する方が大きな損失だ。
「いや、流石だ。お前は俺の自慢の懐刀だよ」
「勿体無いお言葉です」
少し顔を赤らめながら、そう応える那由多に一刀は大きく一度頷いた。
「まぁ、そういう事だ。今回の一件を隠すのは諦めろ」
「えぇ、今回の事を隠すのは無理だと理解したわ。でも何で焰耶ちゃんを晒す必要があるの?貴方はもう大陸中に人を送ったのでしょう?」
これまで傷の手当てを受けながら黙って話を聞いていた黄忠が一刀に問い掛けた。
「それは信頼性の問題だな。他の国ならともかく、この国では余所者の俺の言葉より、劉備が否定すれば、劉備の言葉が信じられるだろう。魏延の亡骸は俺の言葉が正しいと証明する為の証拠だ。魏延の亡骸に剣を突き付けられた劉備が姿を現わせば、この国の民も俺を信じるだろうな」
「……」
一刀の言葉に黄忠は再び黙り込む。
「……もういいか?なら俺は帰らせてもらうぞ。劉備は益州と荊州の州境で返してやる」
「お前の言葉など信用出来るか!!」
「なら、関羽、お前が着いてくれば良い。他にも着いて来たい者がいるなら数名なら許可しよう。……ただし恋は駄目だ。何かあった時に天下の飛将軍を抑えるのは流石に俺も骨が折れる」
そう言って一刀は魏延の亡骸を抱えて、宮城の外に向かって歩き出すが、一度、立ち止まり、蜀の人間の方向に振り返る。
「あー、そうそう、これは忠告だ。俺が帰った後、落ちた風評を取り戻す為に努力するんだろうが、そう簡単に上手くいくとは思わない方がいい。お前達は『信用』を失ったんだ。その事実はお前達の背に重くのしかかる」
「あわわっ、それはどういう……」
「わからないか?諸葛亮、お前は?」
「……外交上、国に信用が大事なのはわかりますが、具体的には……」
「お前も鳳統もそれなりに良い所の生まれだったな。なら、わからないか。教えてやっても良いんだが、お前達が身を持って味わった方が良いだろう」
「それは……」
「諸葛亮、お前に免じて一つだけ教えてやる。お前達は民を笑顔にする為に頑張ってきたんだろうが、これからはその民から、地を這って生きている者達の怖さを知る事になる」
「!?」
「俺が言いたいのはそれだけだ。諸葛亮、また会おう」
一刀が諸葛亮に別れを告げたその時だった。今のこの場に似つかわしくない高笑いが聞こえて来たのは……
「おーっほっほっほっほっ!!」
その高笑いを聞いた瞬間、一刀は思わず額に手を当て、天を仰いだ。
そう言えば蜀にはコイツが居たんだった……
「あらあら、皆さん集まってどうかなさいまして?」
「姫ぇ、今、城下では桃香達が荊州の使者を襲ったって大騒ぎになってるじゃないですかー」
「そうですよ、だから急いで戻ってきたのに」
「そうでしたわね、ところで何故、劉備さんは剣を突き付けられているのでしょう?」
「それは襲ったけど、返り討ちにあったって、定食屋の親父が言ってましたよ。姫ぇ、ちゃんと話聞いてました?」
「猪々子!私に向かって生意気な口を利くのは、この口でして!?この口でして!?」
「ひはぁい!ひはぁい!」
「姫、文ちゃんの頬を引っ張っている場合じゃないですよ。私達、明らかに空気読めてません」
先程までの空気を全てぶち壊しにして、宮城に入って来たのは、かつて、華北四州の覇者として一刀と華琳の前に立ちはだかった袁本初その人だった。