目覚めると、そこは荒野だった。辺り一面、同じ景色が続く荒野。何故、この世界は何もない所からスタートさせたがるのだろうか……
自分の現在地さえわからない。一刀はこれからどうすべきか悩むが、それでも心は高揚していた。
四年間、足掻いた末にようやくこの世界に戻って来れた。今居る場所の空気、匂い、景色が何もかも懐かしい。暫し感慨に浸る一刀。
そんな一刀に五人の男が近付いてくる。身なりは汚れ、顔には下卑た笑みが張り付けられていた。どうやら、この世界に来たらすぐに賊に絡まれるのはお約束らしい。只、前回とは違い、賊の数が二人増えていた。
「……ボーナスかな?」
冗談めかして、自分にツッコミを入れる一刀。その様子は恐怖を感じている訳ではなく、油断や慢心がある訳でもない。
……余裕。その一言に尽きた。
一刀は軍用リュックをその場に降ろして、男達を待ち受ける。十中八九、賊だろうが万が一の事もあった。確認だけはしておくべきだろう。
そんな一刀の心中を知るはずもない男達は数に恃んで威圧的に一刀に話し掛けてくる。
「よう、兄ちゃん、随分と大荷物を持っているな。殺され……」
賊確定。それが確認出来た一刀は抜刀。話していた男とその隣に居た男の首を纏めて撥ね飛ばす。……賊のテンプレを最後まで聞くつもりはなかった。
返す刀で更に二人、首を撥ねる。……残りは一人。この男はまだ殺すつもりはない。聞きたい事があるからだ。
「ヒィッ!!助けてくれ!!」
「……何言ってんだお前。賊になったって事は殺す覚悟も殺される覚悟も出来ている事だろう。……まさか、自分だけは死なないなんて都合の良い事を考えていたんじゃないだろうな?」
一刀は殺気を放ちながら、男に詰め寄った。男はその殺気で身体が震え、まともに話す事も出来ない様子。
「……まぁ、いい。それよりお前に聞きたい事がある。正直に答えれば助けてやってもいいぞ」
一刀は殺気を抑え、先程とは打って変わって穏やかな声音で話し掛ける。
「……ほ、本当か!?」
「それはお前次第だ」
一刀は明言はしないでどちらとも取れる返答を返した。
「わかった!何でも聞いてくれ!俺の知っている事なら話すから、命だけは助けて下さい!」
「素直なのは良い事だ。……じゃあ、まず、此処は何処だ?」
「何処って、此処は荊州の新野ですが……」
新野か……三国志では劉備が劉表の客将として七年間過ごした地だな。……前にこの世界に来た時は陳留近辺だったから思ったより場所がずれていた。
「そうか、なら、此処から一番近い街は何処だ?」
「へい、此処から十里(五㎞)、西に向かった所にあります」
「では、最後の質問だ。曹孟徳が大陸を平定してから、何年の時が経っている?後、曹孟徳の所在の場所はわかるか?」
「三国同盟が始まってから四年経っていて、曹操は三国同盟が出来てから洛陽に居るようです」
自分の世界と此方の世界の時間のズレはなし、華琳の居場所もわかった。
「なるほどな、知りたい事は聞けた」
「で、では!」
「あぁ、死んでいいぞ」
その言葉と同時に一刀はその男の首も撥ね飛ばす。最初から生かしておくつもりはなかった。どうせ、また、何処かで賊になって一般の民を不幸にするだろう。ならば、此処で殺しておいた方がいい。
「……爺さん、何がそこそこだよ。滅茶苦茶斬れるじゃねえか」
一刀は五人の男の首を撥ね飛ばした刀をそう呟きながら見詰める。血に濡れた刀身は妖しく輝いている様に見えた。
一刀は暫くの間、その刀身を眺めた後、血振りを行い、鞘に納める。いつまでも此処に居る訳にはいかなかった。
一刀はリュックを再び背負い、最寄りの街へ向かう。貴金属類は持って来ているのだが、食糧は余り持って来ていなく、何より荷物を積める馬が欲しかった。
……翌日、前日に街に到着した一刀は洛陽に向かう準備を整えていた。昨日、街で持って来た貴金属類を売り払った事で路銀は潤沢過ぎる位にある。
何より、驚いたのが筆記用具が驚く程、高く売れたのだ。特にボールペンとメモ帳が一番人気で、一刀自身、筆と竹簡がメインのこの世界では間違いなく売れると思い、両方、束で用意していたのだが、まさか貴金属よりコスパが良いとは思わなかった。
路銀は十分な位にあるのだが、こんな事なら貴金属類を減らしてでも筆記用具を持ち込むべきだったと苦笑いを浮かべながら思う。何か損した気分になるのは、根が小市民だからだろう。
街の入り口、予定では食糧と馬だけを買うつもりだったのが、路銀が多過ぎて持ち切れなくなってしまった為に、馬一頭が二頭立ての馬車にチェンジしていた。
一刀にとって予定外の出来事であったが、雨風を凌げる分、結果的には良い事だと思う事にする。
新野から洛陽まで、およそ、十日の道のり。久しぶりの野営生活になるが、もう少しで彼女達に会えると思うと苦にはならない。一刀は意気揚々と洛陽に出発するのだった。
新野を出てから数日後、一刀は日課の鍛練の途中、ある事に気付く。始めは違和感だった。だが、注意深くその感覚を探ってわかったのは
……一刀は気を使える様になっていた。
何故、急に気が使える様になったのかはわからないが、推測する事は出来た。恐らく、この世界に来たからだろう。ならば、前回来た時に使えなかったのは何故か?それは一刀自身の練度が足りなかったからだと思う。
だが、これはあくまで一刀の推測だ。当たっているとは限らない。それでも大きくは間違っているとは思えない。
それに気を使えると言っても、凪の様に気弾を飛ばせる訳ではない。色々と試した結果、自分に出来るのは、身体強化と武器に気を纏わせて切れ味と耐久力を上げる二種類の使い方だけ。賊を斬った時も無意識に使っていたのだと思う。そう考えれば、あの時の切れ味も納得出来る。
身体強化については荒野にある岩を蹴ったら砕けたり、気を脚に集中して走ったら、一瞬で数十mの距離を駆けた時は自分が人間を辞めてしまった気がした。
いや、今更かと言う思いもある。今までさんざん、鬼や龍などと呼ばれて来たのだ。自分の手札が増えた事を素直に喜べばいい。
気を取り直した一刀は再び洛陽に向けて歩みを進める。そして、新野を出てから十日後、とうとう一刀は洛陽にたどり着いた。
流石に後漢の都にして華琳のお膝元。一刀は反董卓連合で荒れた洛陽しか知らないが、今の洛陽は一刀が旅の途中で寄ったどの街とも比べ物にならない程に賑わっていた。
馬車を入り口の兵に預け、洛陽の街中を歩く一刀。その中で気になった事があった
。賑わっているのはいいのだが、何処か民が浮き足立っている。それに本来、街を巡回しているはずの警備隊の姿もない。
気になった一刀は近くに居た中年の男に話を聞いてみる。
「なぁ、俺は旅の者だが、街がえらく賑わっているな。今日は祭りか何かか?」
「おう、兄ちゃん、いい時に来たな!今日は二ヶ月前に結婚した曹操様の俺たちに対するお披露目が城の方であるんだ!目出度い事だからな。街中お祭り騒ぎだ!」
男のその言葉で一刀の表情は凍り付く。
……イマコノオトコハナンテイッタ?
「……曹操様が……結婚?」
「あぁ、何処かの名家の次男坊らしい。地道に功績を挙げて曹操様に婿になる事を認められた様だ」
「……そうか。……それは目出度いな」
「後、新しい警備隊長の紹介もあるんだとよ。天の御遣い様が天に帰られてから四年、名前と隊長は天の御遣い様のままだったが、これを期に新しい隊長を任命するらしい」
「……その隊長の名前は?」
一刀はせめて自分の後を継ぐ隊長は凪達の誰かであって欲しかった。だが、その願いは叶わない。
「えっと、何て言ったっけな……あぁ、そうだ、朱霊と言う名前だった」
……朱霊。一刀はその男の事は良く知っている。警備隊に入隊した時は素質はあるが傲慢な性格で周りと上手くやれなかったが、沙和の下でしごかれた後はすっかり人が変わり、周りや民への気遣いも良く出来る優秀な男となっていた。
一刀は朱霊に対し思う所はない。それでも何処かやりきれなさを感じていた。
「……色々、教えてくれてありがとな。じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
一刀は男の返事も聞かないままに駆け出す。客観的に見れば華琳のしている事は正しい。華琳は王だ。後継ぎも必要となる。いつまでも勝手に消えた男を待っている訳にもいかない。警備隊も居ない人間を隊長にして置くのは不都合もあるだろう。
だが、北郷一刀個人としては言いたい事はある。華琳にぶつけたい想いもある。今だって叫びたい位に心の中で激情が渦巻いている。
それでも……それでも一刀はその全てを飲み込んだ。理不尽なんか元の世界に帰ってから腐る程味わってきた。苦しみも腐る程味わってきた。それが一つ増えるだけだ。
自分にそう言い聞かせた時、既に一刀の表情は普段の物に戻っていた。そして一言呟く。
「……最後に顔くらい見ていくか」
一刀はわかっていた。もはやこの魏に自分の居場所がない事を……
そして最後に華琳の顔を見ていくのは、この魏という国、そして華琳という女の子に対する一刀なりの決別の儀式だった。
城門前、そこは民が溢れ返っている。一刀はそんな民の中に紛れ、城壁を見上げていた。居ない人間もいるが、そこに並ぶのは魏の重臣達。その姿を見て、一刀はこみ上げてきそうな涙を必死に堪える。四年経った彼女達はかつて面影を残したままに女性らしくなっていた。
そして、満を持して出てくるのは、二人の男女。一刀はその内の女性、更に美しくなった華琳を見て、堪えていた涙が頬を伝う。自分の知らない男の隣で笑顔の華琳。
……満足だった。一刀は華琳の笑顔が見れただけ満足だった。
そして
「……さよなら。愛していたよ、華琳」
その言葉は民の歓声に紛れ、空へと消えた。
華琳様ファンの方、ごめんなさい。