もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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◇◇◇・・・時間経過

◆◆◆・・・視点変更&時間経過



Main
1話


 

 葉は赤く色づき、心地よい風が吹く。落ちる葉を見る度に季節の流れを感じる。そろそろ服装も見直さなければ、と考えるくらいには気温は下がっていた。

 

 

 三浦優美子──私は大学の後にあるバイトからの帰り道に、特にやることもなく街を歩いていた。バイト仲間は用事があると言ってすぐに帰り、他の大学の友達に当たっても時間が面倒臭いと言われ1人きり。

 

 時刻は午後7時頃、夜ご飯を食べるには丁度良い時間。一人暮らしの私はバイト終わりはいつも自炊していたが、面倒な時は惣菜や外食で済ますこともある。つまるところ適当にしているということだ。

 

 どうしようかと考えていると、これまた丁度おあつらえ向きに居酒屋が目に入った。この際だ、もうここに入っちゃえと思うのに長くはかからなかった。

 

 花の女子大生が1人で居酒屋なんてめっちゃもっさくね?とも思ったけど、どうでもいいやと考え直して入ることを決める。

 

 

 中に入ると、思っていた居酒屋とはイメージが違って驚く。もっと汚いかと思っていたら、案外綺麗じゃん。

 

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」

 

 

「1人です」

 

 

「生憎満席でして、相席ならばすぐにご用意させて頂きますが」

 

 

 相席……、正直あまり良いイメージはない。というか知らない人と飲むとか面倒臭いし。

 

 

「待つって、どのくらい?あと相席の人は何人ですか?」

 

 

「恐らく30分くらいかと…、相席の方は御一人様です」

 

 

「………んじゃ、相席で」

 

 

 嫌な顔をしながらもそう決める。別に待っても良かったとは思うが、この時はなぜか待たない方が良い気がした。

 

 

 

 ──それが、赤い糸を手繰り寄せた初めの一歩だったんだけど。

 

 

 

 案内されたところはふすまで仕切られた場所で、丁度2人ほどが入れるような狭いところだった。相席とは言ってたけど、よもや対面式だとは。本格的に二人飲みになりそうで、だが確かに友人ないしは恋人と来る分にはなかなか良いスペースである。

 

 これがおっさん相手だったら、てか男が相手だったらやだなあ…。

 

 

 恐る恐るふすまを開けると、残念なことに男が座っていた。見た感じは地味目で眼鏡を掛けており、顔は良く見えないが不細工ではないと思う。白が基調である黒のボーダーのTシャツに1枚羽織り、下はジーンズ。街ですれ違ってもほとんど気づかないような感じだ。あと多分同い年くらい。

 

 

「それではメニューが決まり次第お呼びください」

 

 

 案内した後は我関せず。店員は私が何かを言う前にそそくさと部屋を後にした。多分私が出ていくとか言うのを恐れたのかな。そんなことしないのに。

 

 

「あー、どうも。あーしのことは気にせず飲んでいてください」

 

 

 一応一言だけはかけておく。相手の男は声も出さずに首肯で答えた。別に話したいわけじゃないけど、ちょっと癪に障る。

 

 ここで嫌がらせのように話しかけるのは、私の悪い癖なんだろう。

 

 

「同い年くらいっすよね?あーしハタチなんすけど、何歳くらいですか?」

 

 

「…同じだ」

 

「ならタメで良いや。てかあんまり喋んない方が良い?」

 

 

 何気なく話しただけ。そこに他意は存在せず、至って普通の会話。ただここからは急速にその意味を変えていく。

 

 

 

 

「……お前、気付いてないのか。三浦」

 

 

 

 

「え?………もしかして、あんたヒキオ?」

 

 

 

 

 赤い糸の繋がる相手はヒキオ。これは運命を信じた2人の物語。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「何年ぶりくらいだっけ。2年くらい?」

 

 

「そりゃ卒業したのが2年前だからな。少なくとも俺はお前と会った覚えがない」

 

 

 気だるそうな話し方に回りくどい言い回し。私は高校生の頃からこの話し方が嫌いだった。

 

 

「てかあんたなんで1人で飲んでんの?まだ友達いないとか?」

 

 

「それはブーメランか?まあ友達はいねえけど」

 

 

「あーしは人が捕まらなかっただけだしセーフ」

 

 

 何がセーフなんだ……、と呟いてから水を飲む。今気付いたけど、ヒキオまだアルコール頼んでないじゃん。テーブルにはコップに入った水と砂肝しか置かれていない。

 

 

「とりあえずあーし頼むけどヒキオも生でいい?」

 

 

「ああ。あと言っとくが俺の手持ちは少ないからな」

 

 

「別に奢ってもらうとか考えてないし」

 

 

 言い方にイラついてつい棘のある言い方をしてしまった。しかしヒキオは気にした素振りを見せず、砂肝に舌鼓を打っていた。

 

 

 思えば私とヒキオはいつもこんな風な距離感だった。私が強い言い方で責めても、萎縮せずに自然体で答える。たまにキョドってたのはキモかったけど、知り合い以上友達未満というなんとも言い難い関係。

 

 ……あとなぜか隼人と仲が良かった。隼人は時折私には見せない顔をヒキオに見せていたし、2人の間に何か特別なものがあったのは言うまでもないだろう。気にならないかと言えば嘘になるけど、わざわざ聞く程でもない。

 

 そもそも、今では隼人とほとんど会っていないのだから。

 

 

 店員を呼び、生を2つとつまみを適当に頼む。本当は牛乳でもあれば良いのにな、と考えたが口には出さなかった。私はそんなに酒に強いというわけでもないので、用心することに越したことはないからね。

 

 

「なあ、お前(けむり)って大丈夫か?」

 

 

「へ?…ああ、煙草?別に大丈夫だけど」

 

 

 反射的に答えると、ヒキオはそうかと短く答えておもむろにカバンから煙草を取り出した。一本手に挟んでから、付けていたペンダントを煙草に近づけて火をつけた。

 

 

「なんか洒落てるもの使ってんじゃん」

 

 

「平塚先生いただろ?あの人が誕生日にくれたんだよ」

 

 

 まるで土星を模したようなそのペンダントは、およそ地味目な服装をしたヒキオには不釣り合いで、かえってそれがペンダントを一際目立たせていた。

 

 

 煙を肺に入れてから一気にはき出す。ヒキオは私に気を遣ってか上を向いて出していた。

 

 

「てかその煙草の匂い甘っ。そんなんあるんだ。なんかアイス?というかカステラっぽい」

 

 

 私の想像していた煙草はもっとタバコタバコしたものだったため、つい口にしてしまった。

 

 

「人生が苦いもんなんだ。煙草くらい甘くさせてくれ」

 

 

「それコーヒーの時にも言ってたっしょ?」

 

 

「なんで知ってんだよ…」

 

 

 ふう、とため息をつきながら煙草を灰皿の上に置く。机に投げ出されている煙草の箱を見ると、シックな色に白でPeaceと書かれていた。直訳で平和。かつて1度だけ隼人から聞いたヒキオの行動原理には、悲しいほど合致している気がした。Peace(平和)を吸い自らの体を滅ぼす。どこまでも皮肉が効いている。

 

 あの時は半信半疑で、正直今も疑いがないわけではないが、パズルのピースがはまった感覚が残った。

 

 

「あ、そうそう。別に煙がかかることくらい気にしんくていいしね」

 

 

「そりゃありがたい」

 

 

 とは言いつつも少し横にずれてから前にはく。これ以上言うのは野暮だと思ったので何も言わなかったが、一つだけは言っておくことにする。

 

 

「煙草はマジで体に悪いから気付けな」

 

 

「ああ……。そういやお前オカン属性あったな」

 

 

「誰がオカンだし」

 

 

 店員が入ってきて、さっき頼んだものを置いていった。ようやくアルコールにありつけるかと思うと、意外とヒキオと話していたんだななんて感じた。高校生の頃ならこれほど話が続くとも思えないし、その意味ではお互い大人になったってことなのかな。

 

 

 私が生の入ったジョッキをかざすと、ヒキオはそれを不思議そうな目で見ていた。

 

「え?乾杯しないの?」

 

 

「むしろなんでするんだ。別にめでたくないだろ」

 

 

「こういうのはノリだから!はやく!」

 

 

 なみなみ入ったジョッキはなかなか重く、ずっと掲げているには辛いものがある。

 

 

「お、おお…。これが“ノリ”な。なるほど」

 

 

 じゃあ、と言いヒキオもジョッキを掲げる。私の乾杯!の音頭でお互いのジョッキがぶつかり合い、キン、と綺麗な音を立てた。

 

 私は普通に飲んだが、ヒキオはいい飲みっぷりで半分以上はなくなっていた。

 

 

「あれ、こういうのって一気にいける所まで飲むのが礼儀なんじゃねえの?」

 

 

「もしそんなのが礼儀ならアル中で死ぬ人が倍増するし」

 

 

「なるほど。他には何かないか?」

 

 

「他?」

 

 

「ノリのことだよ。知ってて損は無いだろ」

 

 

 ヒキオがノリについて勉強…?コイツのことだし、覚えたところで意味無いとは思うんだけどなあ。この調子なら友達なんてできそうにないし。

 

 

「…ま、強いて言うなら勧められた酒は断らないことかな。断られるとなんか盛り下がるし」

 

 

「なるほどな」

 

 

「どしたん、別にあんたが覚えたところで使う機会ないっしょ」

 

 

「………」

 

 

「?」

 

 

 どこか言いにくそうな、微妙な顔付きをしてヒキオは閉口していた。

 

 

「実はな、なんか飲みに誘われた」

 

 

 それだけ言うと残っていたビールを飲み干し、そっぽを向く。

 

 でも何で飲みに誘われたことがばつが悪いのだろうか。別に恥じらうことではないし、まして嫌がることでもない。それ自体に行くのが面倒臭いというのはあるだろうが、だからと言って伝えるのまで嫌にはならない。

 

 ……そのタイミングでヒキオは1人呑みをしていた。ああ、なるほどね。

 

 

「練習してたんだ。可愛いとこあんじゃん」

 

 

「飲みなんてほとんど行かないからな。てか可愛いとか言うな気色悪い」

 

 

「あんたがね」

 

 

「……ごもっともで」

 

 

 そこで会話は途切れ、ヒキオは2杯目を頼もうと店員を呼んだ。ついでに私の分も頼んでもらった。

 

 

「ねえ、話戻るんだけどそのペンダントマジでカッコいいね。ちょい見せてみ?」

 

 

 ヒキオは嫌がりもせず首から外し、私に手渡した。やはり見ただけでも高級なものだとわかるような、少なくとも私ら学生には手が出ないようなものなのは確かだ。これを生徒にあげるっていいのか先生……。

 

 試しに付けてみると、女の私にはあまり似合わないように感じた。アクセントとしてはいいかもしれないが、別段自分から付けていこうとは思わないレベル。

 

 

 けど、なんとなくこの重さはしっくり来た。

 

 

 ヒキオに返そうとペンダントに手を掛けると、丁度同じタイミングでちょいトイレ、なんて言ってから部屋を出ていってしまった。私は外すタイミングを失い、戻ってきてから渡せばいいかと手を戻した。

 

 

 あーしもなんか付けよかな。そう思うくらい、この重さのフィットする具合は良いものだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「でさぁヒキオ、そん時その男がさ!!」

 

 

「お、おお。というかその前に。お前、時間大丈夫か?そろそろ10時回るぞ」

 

 

「え、嘘!?マジじゃん!」

 

 

 あれから2時間は話しただろうか。ほとんどは私の愚痴で、あとはお互いの近況くらいを飲みながら話し続けていた。

 

 アルコールも相まって、いつもより饒舌に語っていた気がする。あんまし覚えてもないけど。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

 

「…わかった。はい、あーしの分」

 

 

 適当に3000円程机に置くが、ヒキオはそれを受け取ろうとせずに顎を触っていた。

 

 

「やっぱいいわ。ここは俺が払う」

 

 

「へ?まあ奢ってくれるんならありがたいけどさ。あんた持ち金少ないんじゃなかったの?」

 

 

「こんくらいならなんとかなる」

 

 

「……もしかして、これもノリを意識してる?」

 

 

「うるせえ」

 

 

 図星。得意になった私は笑みを浮かべそうかそうかとヒキオの肩を叩いていた。

 

 

 

 支払いが終わり外に出ると、刺すような冷たさが身体を襲った。思わず身震いし、ヒキオが風上に行くように隠れた。

 

 

「なんだよ急に。…うぅ寒ぃ」

 

 

「風よけ。こっちもクッソ寒いし」

 

 

「そうか。それとお前も電車か?」

 

 

「うん」

 

 

 それだけ聞くとヒキオは歩き出した。しきりに手を擦り合わせながら歩く姿は滑稽に映り、見るに耐えなかった私は何かカイロなり適当なものを渡せるかカバンを探す。

 

 

 ……手袋。でもワンセットだと遠慮しそうだなあ。

 

 

「ヒキオ」

 

 

 そこで思いついた一つの案を提案するあたり、私も多少は酔っていたのだろう。

 

 

「手袋片っぽだけ貸すから、はい」

 

 

 左手用の手袋を渡し、その後左手を差し出す。既に私の右手には右手用の手袋をしてある。

 

 

「片方だけ…?…と、この手はなんだよ。金でもとんのか?」

 

 

「アホかっつーの。あーしは左手が寒いし、ヒキオは右手が寒いっしょ?なら手、繋げばいいじゃん。ん!」

 

 

 再度左手を突き出す。ヒキオは手持ち無沙汰な右手を虚空で動かしたが、観念したかのように私の手をとった。

 

 

 ……意外と暖かい。月並みだけどゴツゴツもしてるし、やっぱり男の手って感じがする。

 

 

 手袋をシェアして手を繋ぐ。傍から見れば完全に恋人同士であり、それを意識した途端少し顔が熱を帯びた。条件反射のごとくヒキオの顔を見上げると、彼も少しだけ赤くなっていた。酔いのせいなのか、はたまたは別の理由があるのか。

 

 駅への道中、気恥しさのせいで私は最後まで聞くことができなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 無事家に辿り着き、ベッドへ服も脱がずにダイブする。

 

 

「痛っつ!なに!?」

 

 

 胸の辺りに何か打ち付けられたような痛みを感じ、飛び上がって確認する。そこにはあまりの自然さにより今の今まで気付かなかったものがあった。

 

 

「あーしヒキオのライター持って帰ってきてんじゃん…、てか連絡先も聞いてないから返せないし。……まあいいや、どうせどっかで会うでしょ。寝よ」

 

 

──またどこかで会う。そんな根拠もないただの直感を、その時の私はなぜかまるでそれが必然かのように感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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