もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら 作:しゃけ式
「今年も後少しだねー」
「ねー」
12月31日、大晦日の19時半。私は家族でおばあちゃんの家に来ていた。元々お正月くらいは家に帰ろうと思っていたのだが、せっかくだから今年は親戚揃って年を過ごそうとなり今に至った。親戚と言っても母方のおばあちゃんという性質上、集まっているのは私のところと優ちゃんの家族だけである。そんなわけで今私と優ちゃんは居間でくつろいでいた。
ここはゆうに築70年を超えており、今のようなコンクリート造りのものではなくて、構成されている殆どが木で出来ている。普通の家屋にしてはかなり広く、こうして優ちゃんと2人で床に座り込んでもまだまだスペースが余るほどだ。恐らく今いる7人(私の家族と優ちゃんの家族、それにおばあちゃんを合わせての数。おじいちゃんはすでに他界している)が集まっても圧迫感を感じないだろう。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんはいないの?」
「ヒキオは…、お兄ちゃんは来ないね。来て欲しかった?」
「うん。だってあれから1回も会ってないもん」
視線を落とし、少しもじもじしながら呟く。それにしても、ホント優ちゃんはヒキオのどこがそんなに気に入ったんだろう。確かに年下相手だとヒキオは無条件で優しくなる。それはあの後輩生徒会長を見ると顕著にあらわれているし、度々会話に出てくる妹の影響もあるのだろう。ただそうだとしてもたった1日で私と同じくらい、ともすると私より懐いているようにも見える。
…やっぱロリコンの成せる技なのかな。これ言ったらヒキオ怒りそうだな、なんて考えながら優ちゃんの頭を撫でていた。
「んっ、何?」
「会いたい?」
「誰に?」
「お兄ちゃん」
何を思ったのか、私はふとそんなことを提案していた。優ちゃんはすぐに処理できなかったのか大きな目をまん丸にしていた。
「うん!」
「だよねぇ」
今からは現実的に不可能だ。ヒキオの住んでいるアパートからここまでは割と骨が折れる距離であり、そもそも優ちゃんが起きていられる時間までに到着できるとも思えない。
「今日は無理だけど、またすぐに会えるようにしとくね」
結局私はお茶を濁した。いらない期待を持たせちゃったかな、なんて反省していると優ちゃんはすぐに返答した。
「じゃあ明日!明日の神社!」
「ああ、初詣。それなら…」
どうなんだろう。尻すぼみに声のボリュームが小さくなり、無意識のうちにスマホを手に取る。この時間に寝ているなんてことはないだろうし、今から連絡すればもしかするといけるかもしれない。ただそんな勝手なことをお願いするのはなんというか、気が引けた。
……実際はそんなことより我儘なお願いもしてるんだけどね。要は合理化してる、私がヒキオに連絡しない理由を。
「クリスマスん時はいけたんだけどなあ…」
「??」
私の呟きはすぐに消え、興味を失った優ちゃんはカーペットの上にごろんと寝転がった。
◇◇◇
夜も深くなり、経つこと2時間。優ちゃんが起きていられるギリギリの時間だ。私とお父さん、それに優ちゃんと優ちゃんのお父さんは大きなテーブルの前に各々が座っていた。おばあちゃん達母娘3人は年越しそばを用意していた。実は私も手伝うと申し出たのだが、子どもは座っていなさいと軽くあしらわれた結果がこうである。
もうアルコールも飲める歳なんだけどね、心の中でそう思ったが口には出さなかった。母娘での積もる話もあるのかもしれない。それに優ちゃんと遊ばせておくという理由もあるのかもしれない。色々勘案した結果手を出さないのが正しい選択だと考えたのだ。
(にしても、今年も終わりねえ)
なんか高校の頃より一年が早くなってる気がする。確かルーティーン化される行動が多くなるとかなんとかだったっけ。よく覚えてないけど。
てかヒキオと再会したのもつい3ヶ月前のことなんだよね。初めは居酒屋の相席で、その次は合コン。それから宅飲みとかしたり優ちゃんの面倒を見たり、なんて。思い返すとやはり時間相応にしていることは少ないけど、一緒にいた時間は1年よりも長く感じる。友達とだってそんな感覚は覚えたことがないし、あの頃の隼人にだってそんなことは思いもしなかった。
ならヒキオとは一体どんな関係なんだろうか。友達はなんか違和感があるし、無論好きな相手でもない。じゃあ他人と言われるとそれも違う。多分これはヒキオに聞いても、私と同じような答えしか返ってこなさそう。お互いに同じ疑問を持つけどお互いに答えを持っていない。本来持つはずなのにね。
無理に理由を探すなら、それは私たちの関係が中庸だからかな。こんなこと認めたくはないけど、友達と恋愛の真ん中にすっぽり収まってるからだと思う。いくらヒキオに恋愛感情はないと言えど、たまにする異性を感じさせる振舞いにドキッとさせられることもある。でもそこにはやはり恋愛感情がないからそれだけで終わるし、気まずくなったりもしない。
……なんか色々考えてたらごちゃごちゃしてきた。要は不思議な関係、それだけ。
「年越しそばできたわよ〜」
母娘3人が呼びかける。座っていた私含め4人は立ち上がり、そばを取りに行く。お父さんはおばあちゃんの分も持ち、後はみんな1つずつ運んでいった。優ちゃんのは小さなお椀に入っていたので子どもでも楽々持つことができていた。
みんな机の周りに座ると、全員がおばあちゃんの方へ視線を向けた。おばあちゃんの家で年を越す時は、いつもこの年越しそばの時間におばあちゃんが一年を締めくくるという恒例行事があるからだ。
「今年もお疲れ様でした。来年も頑張っていきましょうね。それでは、いただきます」
「「「いただきます」」」
来年はどんな年になるのだろうか。まだ見ぬ時間に思いを馳せながら、私は年越しそばを啜った。
◇◇◇
空気も澄み雲もまばら。肌寒さは感じるが我慢出来ない程でもない。神社に集まる人たちの服装もそれほど過度な防寒具は見えず、気持ちのいい朝に皆気分を昂らせていた。
「人多いね、お姉ちゃん」
「だね。まあここ割と大きい神社だし」
私は優ちゃんと手を繋ぎながら神社を歩いていた。お母さん達もおり、私達は親族7人で初詣に来ていた。
「着物動きづらい〜」
「あーしも着る必要あったのかな…」
優ちゃんは全体的に白とピンクで構成されたもので、花模様が散りばめられているその柄はお正月にふさわしい縁起の良さそうな雰囲気を醸していた。
対して私のは黒がベースで袖と足のところに沢山の花があしらわれていた。優ちゃんは髪が短いからそのままだけど、私は三つ編みでハーフアップをつくり後ろで纏めている。そこに
「あ、甘酒。優ちゃんもいる?」
「あったかい?」
「うん。ぽかぽかしてるよ」
「じゃあ飲みたい!」
「おっけ」
優ちゃんの歩幅に合わせながら、甘酒を配っているところへ歩いていき2つもらう。どうやら父親2人はすでにもらっていたようで、2人して舌鼓を打っていた。
「はい、優ちゃん」
「ありがとう!」
優ちゃんは私の手を離し、甘酒を両手で持つ。あったかーい、と1人喜ぶ姿は微笑ましかった。
……甘酒って子どもでも飲めたよね?一抹の不安を覚えながら、甘酒を煽った。
「…おお、なかなかおいしいじゃん」
甘酒といっても私がもらったこれは言うほど甘くなく、むしろお酒の印象が強かった。口に広がるほのかなアルコール臭は程よい心地よさを覚えさせ、これなら父親2人が喜ぶ理由もわかるなと勝手に理解していた。
「優ちゃん、大丈夫だった?」
ふと気付いて優ちゃんに声をかける。大人の舌で美味しいと感じるのなら、優ちゃんの舌だとやばいんじゃ?という心配のもと訊いてみたが、優ちゃんは存外に大丈夫な様子だった。
「これ美味しいね!しかもあったかい!」
「そっか、よかった。それ美味しいって感じるのは大人の証拠だよ?すごいじゃん」
「ホント?優ちゃん大人!すごい!」
破顔しながら見上げる。ある種の癖にもなっているが、優ちゃんの頭を撫でるといじらしい様子で甘酒から暖をとっていた。この子めっちゃ可愛いね、ホントマジで。甘酒を持っていなかったら抱きしめてたレベル。
時間を潰していた甲斐もあり、参拝するところは少し人数が減っていた。昼になるにつれて人数も多くなるのが普通だが、ここは少し経つと色んな催しが開かれる。甘酒もその一部で、みんながそれに釣られる時間帯だけは若干人数が減るのだ。私は優ちゃんと2人で列の後ろへ並んだ。
「お姉ちゃんは何をお願いしたの?」
「あーしは特に…。あ、そうだ優ちゃん。こういうとこでのお願いは人に言ったらダメなんだよ?叶わなくなっちゃうからね」
「え、ほんとに?」
「うん。ところで優ちゃんは何をお願いした?」
「えっと、優ちゃんはね〜…、って言っちゃダメだよ!」
あはは、そんな笑い声が私たち2人を幸福感で包む。和やかな雰囲気につい顔も綻んでしまう。辺りを見るとやはりというか、徐々に人が増えてきた。さっき並んだ列も私が最後尾だった時の2倍ほどになってるし、そろそろ帰り時かなあなんて思っていると。
「…あ、あれもしかして」
よく目を凝らすと、見慣れた黒いコートにたまに付けている黒縁のメガネ。ぴょこんと立ったアホ毛でもわかる通り、ヒキオが遠くに立っていた。恐らく参拝の列に並ぼうとしたがあまりの人の多さに躊躇しているのだろう。
ちょうど良かった、優ちゃんにも言ってあげよう。昨日も会いたがってたしね。そう思えたのはヒキオの右隣にいる2人を見るまでだった。
(結衣と雪ノ下さんか…。奉仕部で、ってことね)
結衣はヒキオの袖を引っ張って列へ進もうとするが、ヒキオは長蛇の列を見て辟易とする。その時ばかりは雪ノ下さんも同調している様子であり、2人の間にたってやれやれと言わんばかりの顔だった。
まあ、それ以上に。
(…あそこには入れないなあ。似た顔なら知ってるのに、あーしに見せたことない顔してるし)
ふう、と軽いため息をつく。優ちゃんに帰ろうかと伝えようとするが、急に優ちゃんは手を離した。
「ねえねえあそこ!お兄ちゃんがいる!」
そう言って優ちゃんはまるでスカートを上に持ち上げて走るお姫様のように走り出した。またこけるから危ないよ!そう言おうとした時にはすでにヒキオのもとへ辿り着いていた。
「お兄ちゃん!」
ばふっ、という擬音が聞こえてくるような飛びつきっぷりにヒキオも含め周囲の人は瞠目していた。
「え、あ、なんだこれ。おい由比ヶ浜、軽蔑した目で見んな!雪ノ下もスマホ下ろせ!」
大きな声はここまで届き、ふと笑みがこぼれた私はヒキオの方へ歩いていった。
「ほら、ヒキオ困ってるよ?」
「あ、ごめんなさい…」
「優ちゃんだったのかよ…」
「「優ちゃん!?」」
結衣と雪ノ下さんが一斉に驚く。どっかで優ちゃんのこと知ってたのかな?
「ちょ、ちょっとヒッキー!何そのあだ名!!あたしそれ聞いてないし!!」
「そうよ比企谷君。いくらあなたと言えどやっていいことと悪いことがあるわ。というかあなたがやることなら殆どのことが許されないまであるわね」
「?………、ああ。そういうことか」
「どういうことだし」
持ち前のヒキオの察しの良さにより早くも合点がいったようだ。私は意味がわからずヒキオが話し出すのを待っていた。
「“優ちゃん”は三浦じゃなくてこの子だ。誰が三浦のことを優ちゃんなんか呼ぶかよ気色悪い」
「……ヒッキーのバカ」
「おま、ちょ、マジで気色悪い真似してんじゃねえよ三浦。鳥肌立ったぞ」
「ちょっとそれどういうことだし!てか優美子もだからね!」
ワイワイ話していると、今度は後ろから父親2人が私達を見つけたのか歩いてきた。
「ん?君もしかして優美子ちゃんの彼氏の?あの時はお世話になったね」
「おい待て優美子、お前彼氏いたのか!?」
「ヒッキーが彼氏!?!?優美子どういうこと!?」
「ストップストップ!!全部誤解は解くからちょっと黙るし!」
優ちゃんのお父さんの爆弾発言に周りが一層ざわめき立つ。全部説明し終わる頃には、すでに参拝の列の人々は一新されていた。
◇◆◇◆
ある日の宅飲みにて。
「ヒキオ、初詣のこと覚えてる?つってもそんな前じゃないけど」
「阿鼻叫喚ってあのことを言うんだろうな。お前の親父さんがクソ怖かったことは覚えてる」
「それじゃなくて。あーしが声かける前、ヒキオすっごい良い顔してたよ。やっぱ奉仕部って良いね」
「……ま、否定はしない」
棟方愛海ちゃんに声帯が与えられましたね!デレ劇見た時自分でもどんだけでかい声出すんだよと驚きました。驚き声に驚く。これ永久機関じゃね?
自分はありす担当で、キュートだと師匠担当です。3週間連続で担当の子の話が来てご満悦のしゃけ式です。