もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら 作:しゃけ式
そのせいで自分はラニーニャは『クーデレ猫っ子の女の子』というイメージがあります。エルニーニョはドレッド頭の黒人男。
1月と半ばを過ぎ、辺りは極寒と言うに相応しい寒さだった。大学の講義を受けているため今は寒くなく、むしろ暖かすぎるとも言えるが、道中はマジで凍死するんじゃないかと思うくらいである。窓の外に広がる寒さを尻目に、私は話半分に板書を取っていた。
「最近比企谷君とはどうなの?」
友人が小声で話しかけてくる。彼女は前に合コンへ一緒に行った子であり、ヒキオを狙った子でもある。
「は?まあ普通に遊んだりとか宅飲みしたりだけど」
「へえ〜」
にやにやと含みのある笑いで返事をする。片肘をついて煽る姿に少々イラッとしたが、口には出さない。
「いやいや、別にあいつとはなんもないから。マジで」
「でも宅飲みばっかかー。色気ないね」
「何回かは飲み屋とか行くけど」
それも高くつくからあんま行かないけどね。私もヒキオも自炊は出来る方であり、わざわざつまみのために飲み屋に行くのは馬鹿らしいとお互い感じるのだ。
「それも色気ないじゃん。もっとほら、バー的なところとか?」
「…え、バー?行ったことあんの?てかあーしらが行くような場所なの?」
「今どきみんな行ってるよ?インスタ映えするし…、そういえば優美子インスタやってなかったっけ。じゃあ行ったことないのも無理ないか」
嘘、マジで?そもそも飲むのにバーでなんてという選択肢はないし、てか1年以上一緒なのに誘われない私ってどうなの?なんか無性に負けた気分になってきた。
「…それってさ、行ったこと無かったりしたらやっぱ遅れてる?」
「まあ、一般的な女子大生からしたら?」
「そっか。じゃあ今日行ってくるわ。一緒に来ない?」
「やだよ、今日彼氏と既に予定あるし。こういう時こそ比企谷君じゃない?…っと」
先生の終わりの合図で半数以上が席を立ち始める。どうやら最初にとった板書以外は全て口頭で説明したようだ。一般教養なんか適当にしたらいいと思う反面、ちょっと勿体ないことをしたなと感じる。
「てか、普通に考えてヒキオはないっしょ。絶対そんなとこ行ったことないって」
あのヒキオに限ってバーなんて…、いや、もしかしたらあるかも。なんか変なとこで格好付けるし。
「じゃあ今から電話で聞いてみて、行ったことあったらその場で誘うことね?その代わりなかったら私がバーについていってあげるからさ。デートもぶちるし」
「…わかった。つっても賭けにすらなんないと思うんだけどね」
スマホを操作してヒキオに発信する。ヒキオにメールはよくするのに電話はあまりしたことがなく、若干緊張しながらコール音を聞く。丁度4回目のコール音が止んだところで、ヒキオは電話に出た。
『もしもし』
「あ、ヒキオ?いきなりなんだけどさ、ヒキオってバーとか行ったことある?」
『まあ、何回かは』
「…え?」
『だから何回かはある。バーだろ?』
……え?マジで?ちょっと予想はしてたけど、ホントに?私ヒキオにすら負けてんの?
「ね、ね、どうなの?やっぱりあるんでしょ?ああいう系の男子って、意外とそういうの知ってると思うんだよね〜」
「……ヒキオ」
『なんだ?』
「今日あーしバー行くから、夜予定空けときなよ。いつも行ってるとこ連れてって」
『…藪から棒だな。何時がいい?』
「じゃあ7時に駅で」
『ん』
そこで電話は切れ、スマホを机に置き一度ため息をつく。流石に白い息は出ないか、室内だし。
「誘ったってことはやっぱり行ったことあったか〜。だよねぇ、比企谷君てモテそうだもん」
「モテるかどうかは関係ないし」
ヒキオがモテることを一概に否定出来ないのが腹立たしいけどね。出していた筆箱を乱暴に鞄へ詰めた。
「ま、ともかくデート誘えて良かったじゃん。私は比企谷君の性格ガチで無理だけど、優美子なら合いそうだし?」
「表面で判断すんなし。てかデートじゃないっつの」
コートを持って立ち上がると、私達2人は教室を後にした。
◇◇◇
電車を降りた私は、上りのエスカレーターに乗りながらそんなことを思っていた。
この時間は帰宅やら外食やらで人が多くなる。都心でないだけマシだとは思うが、それでも近郊だけ合ってやはり人は多い。移動時間を鑑みると定時の人たちは今が丁度ピークなのだろう。前後を見るとスーツを着た人が10人はいた。
改札を出て真っ直ぐ行った先の左。いつもヒキオはそこの柱にもたれかかっている。大体1人でぼーっとしてるか、スマホを触っているかの二択だ。今日は何もせず流れる雑踏を見ては軽く息を吐いていた。
「ヒキオ」
私が軽く肩を叩くと、ヒキオはをオーバーとも取れる勢いで肩を上下させた。
「って、三浦かよ。いきなり叩かれてクソビビったわ」
「ヒキオが敏感すぎるだけだし」
「なんせ触られた経験があまりないからな。菌扱いされたことならあるが」
「あれ何が楽しいんだろうね。あーしんとこもあったよそれ」
「小規模なシンクロニシティなのかもな」
歩き出すヒキオに遅れてついていく。同時にヒキオは歩く速度を少し落とし、私と隣になるように調節する。いつの間にか歩道側も歩かされており、ヒキオのこの対女スキルは一体どこで磨かれたのだろうかと不思議に思う。
……ま、多分妹さんだろうね。後は後輩生徒会長。後者に至ってはあの頃の結衣も嘆いてたし。
「ここだな」
「なんか思ってたのと違う」
眼前に見えるビルは想像するような大きなものではなく、5、6階位の小ぶりなビルだった。
「高層ビルは俺もほとんど行ったことねえよ。てかそんな高そうなとこ俺が好んで行くと思うか?」
「…ないね」
「心配しなくても、中に入れば思ってたところになる」
開けたビルの正面に入り、左手にあるエレベーターに乗る。ゴウンゴウンと音を立てる様は年季を感じ、不自然なまでに明るい中も合わさってどこか胡散臭く感じる。すっごい失礼だけど。
これは一人じゃ来れないな。去来した考えは4階で止まったエレベーターが開いてから改めさせられた。
「すっごヒキオ、これマジでバーじゃん!こっちは想像通りだし!」
「だろうな。俺が知ってる中だとここが1番バーっぽい」
明るいエレベーター内とは一転、どこか薄暗いそこはいかにもといったところだった。入って右にカウンターとバーテンダーがおり、左にはテーブル席が2つある小さな店構え。アンティークなライトと全体的にシックな雰囲気は想像のものとぴったり重なる。
バーテンダーの人がこちらに気付くと、何も言わず笑顔でカウンター席を手で示した。
「ヒキオ、あれヤバいし!今のめっちゃカッコイイじゃん!」
「だな。てかあんま騒ぐなよ、恥ずかしい」
ヒキオに窘められても私の勢いは衰えず、浮ついた状態で席に着いた。バーテンダーの人は見た限りでは壮年の男性であり、長身でいてガッチリとした風貌はおよそバーには似つかわないように感じた。ただひとえに強そうだな、なんて稚拙な感想しか出てこない。
「何にします?」
「あ、えーっと……」
……あれ、こういう時何頼めばいいんだろ。メニュー表ないしわからないじゃん。とりあえず酒の名前言えばいいの?ビール…はおかしいし…、なんだろ、ハイボール?
「は、ハイボール!ハイボールは?!」
「ハイボールってまた身もふたもない言い方だな…。ハイボールってウイスキーか?」
「ああ、バーボンの方。バーボンソーダ?1つお願いします」
「俺はカルアミルクで」
「かしこまりました」
バーテンダーさんは軽く会釈すると大きな冷蔵庫の方へと向かった。中から取り出したのは氷の入ったグラスだった。あの丸い氷ってどうやって作るんだろ。私が削ってもああなる自信は全くない。
てかそれより。
「カルアミルク頼むとか可愛いね、あんた」
「度数は低くねえからトイトイだろ。いや何がトイトイか知らんが」
「よく考えたらカルアミルクって去年1回飲んだだけじゃん、あーし」
「去年はまだ19だろうが…」
「ヒキオだってそれくらいあんじゃないの」
「そういや煙草は19か。てかお前もよくハイボールなんか頼むな」
「あーしは別に何でも飲めるから」
「はい、こちらバーボンソーダです。こちらはカルアミルク」
会話に割って注文した品を出してくる。このままフェードアウトするかと思いきや、バーテンダーさんはヒキオに話しかけた。
「そういえば今日はお連れ様が違うようですね」
「連れって前回の時すか。あれはたまたま下で会っただけで…」
「何、誰と行ったん?」
「葉山だよ。……俺は1人飲みのつもりだったのに、あいつは」
「…へえ、隼人ね」
まさかヒキオからその名前を聞くとは思わなく、私はそれだけしか返せなかった。
その異変をヒキオは目敏く見つけたようで。
「前から思ってたんだが、お前らってなんかあったのか?」
一切の遠慮なく直球で訊いてくる。気の置けない仲を喜ぶべきか、デリカシーの無さに怒るべきか。それすら判断もできず、ハイボールを一杯煽ってからすげなく答えた。
「……別に」
「まあ、言いたくなかったらいい」
それほど聞きたいわけじゃないしな、と付け加える。
「そんな重い話じゃないけどね。あーしが勝手に避けてるだけ」
「そうか」
そういうと、ヒキオはカルアミルクを一気に半分ほど飲んだ。決して低くはない度数なので少しの間顔をしかめたが、それも終わるとポケットから煙草を取り出した。
「…ああ、バーで煙草ってよく見るもんね」
想像の世界で、だけど。
「他に客がいたら控えるけどな」
「まあそれはそうかもね。今は嫌煙家も多いらしいし」
胸のペンダントを咥えた煙草に近付け、火のついた煙草から吸った煙をゆっくりと吹いた。徐々に広がる煙草の香りは瞬く間に辺りの雰囲気を変え、時間がゆっくりになった気さえした。
「なんか煙草の匂い嗅いだらあーしも吸いたくなってきたんだけど」
「吸えばいいだろ」
「それ頂戴。一吸いだけでいいから」
「ん。てか一吸いって単語初めて聞いたわ」
受け取った煙草を口にやり、吸える分だけ吸ってため息のように吐く。まどろみのようにも感じるこの時は、喫煙特有の感覚だ。
「はい、返すね」
「お前口紅付けんじゃねえよ…。なんか汚いな」
「は?あーしの唇が汚いって言うの?」
「こええよ」
言いながら、ヒキオは再び煙を吐く。その顔には一切の躊躇は見られず、良くも悪くも私達はお互いを男女と意識していないようである。所々を切り取れば意識しているところだってあるが、総括してみると男女というよりは友人と言った方が馴染む。ざっくりいうと飲み仲間なんて表現もできる。
半分ほどになった煙草を灰皿の上に置き、火を消さずにヒキオはそれを見ていた。
「何一人で煙見てるし。キモ」
「キモくはないだろ」
そう返すが、ヒキオはそれでも消そうとしない。副流煙でも吸ってるのかな。それなら両切り買えばいいのに。
「ほら、紫煙をくゆらせるって表現あるだろ?」
「煙草の煙を表す時のやつ?」
「おう。なんか煙草置いたらたまに紫に見えるらしいんだが、見えたことなくてな。灰皿がある時は毎回やってんだよ」
「あれは光の屈折が原因らしいですよ」
バーテンダーさんがそっと教えてくれる。光の屈折って言葉聞くの、中学の頃やった以来かな。文系だと聞く機会が全くないし。
「…あ、見えた」
「え、マジで?こっちからは普通に白なんだけど」
「こっち来い、ほら」
ヒキオは席を立とうとする。しかしそれよりも私がヒキオに寄る速度の方が早かったため、何時ぞやの証明写真のように0距離になってしまった。
……やったのは自分だけど、ここまで来ると流石に意識してしまう。自業自得の典型、なんか少し恥ずかしい。
「あ、マジじゃん。若干紫に見えるし」
「わかったから離れろよ。重い」
「根性焼き何ダース作りたい?選ばせてあげる」
「単位がおかしすぎるだろうが。いやそもそも根性焼きがおかしいわ」
冗談をかましながら、バーにいた2人の男女はそれからもゆっくりと飲んでいた。
卑金属「いやっ、やめて!」
貴金属「卑しい分際で何を言う!大人しく俺にやられろ!」
卑金属「いやあああ!!!」
???「そこまでだ!」
卑&貴「あ、あなたは王水!!」
王水「貴金属の蛮行、目に余るものなり!消えろ!」ドパァ
貴金属「うわああああああ!!!!」ジュウウウ
卑金属「か、カッコイイ…」ジュン
今回の話はクッソ難産だったのにしょうもない話はポンポコ思いつくという。ただプロットはなぜか8話分くらいできました。今話が書けないからといって現実逃避した結果ですね。