もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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19話

「優美子ってさ」

 

 

 梅雨の雨雲は晴れ、初夏の足音が鳴り響く。日付で言うと7月の頭辺り、ようやく終わった長い梅雨に私は気持ちを昂らせていた。

 

 大学の食堂で私を含む女4人組はご飯を食べており、机を挟んで2対2で座っていた。丁度私の向かい側に座っていた子が不意に呟き、私は食べる手を止めた。

 

 

「なんか最近綺麗になったよね」

 

 

 頬杖をつきながらそう言う。唐突に繰り出された賛辞に、私は礼よりもまず訝しさが勝った。

 

 

「急にどしたし。てかあーしが綺麗とか知ってるし」

 

 

「相変わらず自意識過剰〜。でもなんか綺麗になったよ。思わない?」

 

 

 周りの子に同意を求めると、2人は確かにとなんの反対意見もなく肯定した。別にメイク変えたとかはないんだけど。

 

 

「何?もしかしてあーしが恋してるとか……」

 

 

 途端、顔が熱を帯びる。あの時自覚した恋心に進展はなく、ただ想いを募らせていた。雨雲が晴れた後もバーに行ったり遊びに行ったりもしたけど、依然伝えられてはいない。

 

 

「……そんなん、別にないし」

 

 

「「「きゃー!優美子ちょー可愛い!」」」

 

 

「は、ちょ、声でかいし!てか3人ともハモんな!」

 

 

 周りの生徒があまりの大声にギョッとしてこちらを見る。私は視線で3人に合図を送り、お辞儀をさせてから机に置かれたお茶を飲む。

 

 

「で、お相手はやっぱり比企谷君?」

 

 

「いや、だからそんなんじゃ」

 

 

「あれでしょ?看病に向かってもらった時でしょ?」

 

 

「……」

 

 

 寸分の狂いもない的確な言葉に、私は口を半開きにしてつい閉口してしまう。それは肯定と同じであり、再び3人が沸き上がるのだった。恋バナで盛り上がる中学生かよ。言ってやりたかったがそれよりも早く話を振られた。

 

 

「あ、じゃあさ。優美子海誘えば?」

 

 

「海?」

 

 

「そ。落とすには定番の場所でしょ?なにより優美子ってスタイルめっちゃいいし」

 

 

 海か。確かに男女の仲を男女として深めるにはよくあるシチュエーション、というかロケーションだろう。実際私のスタイルも魅力的なものだと自負できるレベルであり、海は良い手かもしれない。

 

 

「…んじゃ帰り水着買ってく。あんたらも来る?」

 

 

「私ら今日合コンだからパス」

 

 

「え、あーしそれ聞いてない」

 

 

「言ってないからね。別に来ても楽しくないでしょ?好きな人いるわけだし」

 

 

 三度図星をつかれ、確かにと納得してしまう。今合コンへ行っても空気を悪くするだけだろうし、そのことを責めるのはお門違いも良いところだ。むしろ英断である。

 

 

「まああーしが行ったら男全員奪っちゃうからね〜」

 

 

「片思いのくせに」

 

 

「実はうぶな乙女のくせに」

 

 

「処女のくせに」

 

 

「あんたら別々にあーしのこと中傷すんなし!!てか最後のは別にいいじゃん!!」

 

 

 立ち上がって捲し立てる私にまたも周囲の視線は集まってしまい、一礼して座り直す。3人はケラケラと笑っており、本気で怒ってはいないが毒気を抜かれた。

 

 

「ま、頑張んなよ!優美子!」

 

 

「…ん」

 

 

 お礼を言うのが照れくさくなり、口を閉じながら返事をする。この友達も、あの時ヒキオが助けてくれなかったらいなかった。そう考えると本当にヒキオには足を向けて寝れないな、なんて感じる。

 

 まあガンガン向けるけどね!だってヒキオのベッドからだと足の向きは思いっきりロフト方面だし。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 時間は夕方前。日も高くなりまだ日没には遠い。大学からモールへ行くには徒歩で20分位であり、私はその道中をゆっくりと歩いていた。

 

 人通りの少ないこの道は散歩コースにはもってこいであり、舗装された道路の両脇には綺麗な白いガードレールが設置されている。綺麗な、と形容するものではないだろうが、ペンキを塗ってから時間があまり経っていないのか傷はほとんど見られない。この辺りは行政はそれほど金をかけていないらしく、この車道だって止まれの文字も半分消えかかっている。それなのに場違いなほど新しいガードレールはきっちりと車道と歩道を線引きしており、梅雨前、いや梅雨の間でさえ気付かなかったのだから恐らくそのあたりに塗装が行われたのだろう。

 

 

 往来の少ない車に気を良くしながら歩いていると、7月だというのにアスファルトの隙間からたんぽぽが咲いていることに気がついた。春先に見るような綿毛のたんぽぽで、立ち止まりしゃがんでじっと見つめる。微細な風にそよそよと揺られるが、綿毛は飛ばさない。ふっと軽く息を吹きかけてみると、なんてことはなくいくつかは飛ばされてしまった。そのうちの数個はすぐ地面に着地したが、残りは高く舞い上がる。その様子を目で追うが次第にそれらは姿を眩ませ、落ちてくる頃には見えなくなっていた。

 

 

 なんとなくこれ以上たんぽぽを飛ばす気にはなれず、立ち上がって歩を進める。季節外れの春の象徴は、果たして意味があったのだろうか。自分が主人公ならあれに意味はあったのか。そんなくだらない妄想話を展開していた。

 

 

 

 

 

「うっわ、やっぱ人多っ」

 

 

 モールに着き中へ入ると、辺りは人だらけ、とりわけカップルが多く目に付いた。別に男女が一緒にいるだけでカップルな訳では無いだろうが、とりあえず男女の組がそこら中に散見された。

 

 

(…てかそれだったらあーしとヒキオもカップルに見られるわけだしね。見られたことないけど)

 

 

 ……いや、結衣には何回か疑われたっけ。そう思い出した時、私は嫌なことに気付いた。

 

 

 

 

 ヒキオのことを好きになるということは、すなわち結衣と戦うことになるということだ。それも年単位で片思いし続けている結衣と。

 

 

 

 

 そこまで考え、打ち切るように溜め息をつく。煙草に火をつけた後はじめに煙を吐く時のような速さで、次の息をすぐにしたくなるような溜め息。はあ、というよりはふうといった音に聞こえるその溜め息は、今日の間はこれ以上出てこなかった。

 

 

 少し歩くと、件の水着売り場に着いた。店頭には水着を着たマネキンのカップルが腕を組んでいた。女の方は普通に可愛らしい感じの水着なのに、なぜか男の方はブーメランを着ている。

 

 

(こんなんヒキオが着たらどうなるんだろ。外出れんのかな)

 

 

 ていうか絶対着てくれないし。ブーメランを履いてる人なんてよく考えたら見たことがない。やっぱ寒いのか、それとも性癖的な意味で暑くなるのか。どちらにせよ考えるのが嫌になり即座に思考を切り捨てた。

 

 

「水着をお探しですか?」

 

 

 私と同い年くらいの女性が歩み寄ってくる。こういう店特有のラフな格好で、メイクもナチュラルなものだ。私はとりあえずはいとだけ答えた。

 

 

「どのようなものが良いとかありますか?」

 

 

「うーん…、なんかこう、男を落とせる的な…、なんというか……」

 

 

「お、男ですか…」

 

 

「あ、あれ。闘争心を煽る的なやつ」

 

 

「そ、そうですか。でしたら…、はい。こちらなんかはいかがでしょうか?」

 

 

 店員さんが持ってきたのは全体的にヒラヒラした見た目のビキニで、白地に赤や青などの水玉模様のものだった。パッと見は子どもっぽいデザインに思え、私は受け取ったものの難色を示していた。

 

 

「ヒラヒラは男性の闘争心を煽るそうですよ」

 

 

 水着について補足をし、私は頭を悩ませる。別に変ではないだろうけど、私が思っているのとはなあ…。

 

 

「他は何かありますか?ヒラヒラとかじゃなくて、なんか大人っぽいやつ」

 

 

 大人っぽいやつ…、と独り言を呟きながら店員さんは探してくれる。その間私も色々見たりはしているが、いまいちしっくりくるものはない。

 

 店員さんの手が止まり、連動して私も手を止める。差し出してきたのはオーソドックスな黒のビキニにデニムショーツ。

 

 

「デニム系って大人っぽいとはなんか違いません?」

 

 

「私もそう思ってたんですけど、男の方曰くズボンみたいなのにブラを隠さないで見せつけてるみたいでエッチに映るらしいんですよ。そういう意味では大人っぽいと思います!」

 

 

 それに黒のビキニなんてエッチの定番です!と息巻いて説明する店員さんに頷きながら、それを着てみた時の自分を想像してみる。

 

 

 てか想像しなくていいじゃん。

 

 

「すみません、試着って大丈夫ですか?」

 

 

「それなら奥に行ったところです!では私はこれで」

 

 

 そう言って離れていった店員さんを目で見送り、私は試着室へと向かった。

 

 

 

 いざ着てみるとなかなか様になるもので、ほとんど何もしていないが均整に保たれているスタイルは水着の良さを遺憾無く発揮していた。

 

 

(自分で言うのもどうかと思うけどね)

 

 

 しかし似合っているものはしょうがない。これにしようと決め、水着を脱いでいく。一応周りからは見えないとはいえ、公共の場で脱ぐのは慣れない。多少羞恥心を覚えながら、気持ち早めに着替えを済ませた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 水着の支払いを終えた私はあてもなくモール内を歩いていた。目に付くカップルは皆一様に楽しそうで、私も誰かと来たら良かったのにと1人愚痴る。

 

 

(このままここにいても何もすることないし。帰ろっかな)

 

 

 それともヒキオんちにでも行ってみようか。時刻はもう5時前であり、この時間なら家にいるだろう。最悪いなくても合鍵で開ければ良いだけであり、ヒキオもすでにそのことには慣れている。まだヒキオがうちにいるという逆パターンはないが、帰るのが面倒臭くかつ私の家の方が近ければありえるかもしれない。

 

 

 大方ヒキオの家に行くことが私の中で決まってきたその時、私は不意に立ち止まってしまった。原因は目の前。未だにギクシャクしてしまう相手。

 

 

「やあ優美子。久しぶり」

 

 

「…久しぶり。1人なんだ」

 

 

「さっきまでは友達といたんだけどね」

 

 

 いつもと変わらない爽やかなスマイルを浮かべ、柔らかく話す。その友達が男か女かは訊かなかった。その問いに意味があるとは思えず、またそれが私に何も関係しないからである。

 

 そんな折、隼人は突然おかしなことを言った。

 

 

「ちょっとだけ2人になれない?」

 

 

「あーしと?信じられないんだけど」

 

 

「いやいや、本当に2人だよ。話したいことがあってさ」

 

 

「……わかった。けど早くするし」

 

 

「じゃあ外で話そっか。ここの2階から踊り場に出れたよね」

 

 

 そう言いつつも答えは待っている様子ではなく、隼人はエスカレーターの方へと歩き出した。遅れてついていく私に、わかりやすく隼人は歩く速度を落とした。10人中10人が気遣いだとわかるその行いに、私は過去の自分に酷い羞恥を覚えた。

 

 

 自分だけは特別だと感じていたあの時。卒業式の日に後輩を振ったのと全く同じ振られ方をして目が覚めたあの日。何よりも辛かったのは、あの後ずっと友達でいてくれと念押しされたこと。その時初めて私は女避けに使われていたこと、そしてスクールカーストを保つための便利な女として扱われていたことに気付いてしまった。

 

 

 被害妄想が入っているのは否めない。そうかもしれないが、1度そう考えてしまえば払拭するのは難しい。あれ以来私は隼人にあの頃の憧れを抱けなくなっていた。

 

 

 2階のベランダのような踊り場に出た時は、すでに日が傾きかけていた。西の空はは紅く染まり、東の空の端の方はすでに紺色へと表情を変えていた。綺麗なコントラストに思わず声が出そうになるが、同じタイミングで隼人は口を開いた。

 

 

「比企谷とは仲が良いんだね。全然知らなかった」

 

 

「…去年の秋頃かな、あーしが居酒屋行ったら相席になってさ。その時からちょくちょく会うようになった」

 

 

 どこかぶっきらぼうに答えてしまう私に、隼人は気を悪くする素振りもなく滔々と語り出した。

 

 

「比企谷は凄いやつなんだよ。高校の頃は大っぴらには言えなかったけどさ、誰よりも人のために動いていたのは間違いなくあいつだ。覚えてるかな、相模さんの時」

 

 

「文化祭?」

 

 

「そうそう。あれも比企谷がいなかったら今頃イジメ問題とかで総武高が取り上げられていたかもね」

 

 

「……まああれは相模が悪いし。虐められても当然かもしんないじゃん」

 

 

「イジメに良いも悪いもないよ。……優美子も体験したらわかると思う」

 

 

 自嘲気味に呟く隼人はやはりどこまでいっても格好がつく。日暮れも相まって幻想的にさえ映る。

 

 

「あーしはいじめられないし。てかいじめてんの見たら黙らせるし」

 

 

「優美子ならできるかもね。…いや、俺もそうすれば良かったのかな。ただ嫌われる覚悟が出来ていなかっただけか」

 

 

 はは、と自身を嘲笑う。何の話かイマイチ掴めないではいるが、これが隼人の行動原理のような感じなのはなんとなく伝わった。

 

 隼人は頭を2、3度掻き、遠くを見ながら言葉を紡いだ。

 

 

「比企谷は良いやつだ。俺なんかよりよっぽどね。高校生の頃はあいつと話したいことが山ほどあった」

 

 

 独白とも言える隼人の吐露は、言葉を選んでいる様子もなくただ思っていることを素直に出しているようだった。

 

 

「…ま、だから最近はたまにバーとか一緒に行ったりするんだけどね」

 

 

「え、マジ?」

 

 

「その時話していてわかったんだけど、比企谷は多分奉仕部と同じくらい優美子のことを大切に思っているよ」

 

 

 隼人の思いがけない言葉に私は言葉をなくし、視線だけで本当かと質問する。隼人は微笑し本当だよと答えた。

 

 

「聞くところによると、合鍵も交換してるんだってね」

 

 

「まあ…、あれはそういうんじゃないけど」

 

 

「同じことだよ。あの比企谷が信頼出来ない相手に鍵なんて渡すわけがない」

 

 

 隼人はいつでも同意を求めるような言葉、もしくは意見の1つとして考えを述べることが多々ある。むしろそれが殆どだが、それだけに今の断言には力が篭っていた。

 

 

「……眩しいな」

 

 

「ああ、夕陽?なら戻る?」

 

 

 暮れはしないが左へ顔を向けると目が眩む。2人とも前を向きながら話していたため気にならなかったが、時間が経つにつれて顔を照らすようになってきた。

 

 

「いや、これで終わるから大丈夫だよ。最後に覚えておいてほしいんだけどね」

 

 

 私の左側へ立っていた隼人は私の方へ体を向ける。条件反射で隼人の方を見るが、後ろの夕陽が私の目を襲った。反射的に目を細める。

 

 

「結衣に遠慮するのはやめておきなよ。別に優美子のためじゃなくて、飽くまで比企谷に対する誠実さ……って、これも俺の意見だから鵜呑みにはしないでいいけどね」

 

 

 見透かされているような物言い。恐ろしく的確な意見に私は言葉を返すのも忘れ、隼人の続きを待った。

 

 

「譲られた結衣もそれはそれで可哀想だしね。結衣の性格上。…じゃあ帰るよ。比企谷によろしく伝えておいてくれ」

 

 

 そう言って2階の踊り場からモール内へ戻っていく。私はさようならも言わず、振り返って夕陽を眺めた。その時になって初めて私は隼人がヒキオのことを“ヒキタニ君”ではなく“比企谷”と呼んでいることに気付いた。その真意は汲み取れなかったが、単に呼び間違いが直っただけではないだろう。

 

 

 コントラストは紺の割合が多くなっており、暖かい風が身体を包む。うっすら聞こえる蝉の声を耳朶に響かせながら、私は日没までそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アプリ麻雀あるある

2位俺 (オーラスで1位を捲る手が完成!ここはダマでしっかりアガらせてもらお!)

4位人 「ロン!ノミ手1300点!」

2位俺 「は?」


いやまあ自由やけどさあ…。折角の手やったのにさあ…。

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