もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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19話を投稿し終えて2日目くらいでしょうか。お気に入り件数が2000を超えたので「20話投稿で2000突破、これまた運命的ですね(笑)」と前書きだけ思いつていたのに中々話が完成せず、いざ出来たときには2100を超えていました(笑)

本当に嬉しい限りです。感想や評価も励みにさせていただいております。




20話

 冷房の効いた部屋に1人座りながらスマホとにらめっこ。その画面は発信履歴のところであり、電話のマークを押せばヒキオに繋がる。夏休み真っ只中、私はヒキオを海に誘おうと電話をかける直前だった。

 

 

「何であーしこんな緊張してんの?」

 

 

 一人暮らしが続くと独り言が増える。例に漏れず私も家ではよく1人で話しており、少しでも緊張を紛らわせようと緊張を声に出す。しかし紛れることはなく、画面の2cm手前で硬直した親指を動かせずにいた。

 

 

 閉めきっているため音は小さいが、外からはセミの鳴き声が聞こえる。アブラゼミだろうか。けたたましく鳴くセミは早くしろと催促しているように感じた。

 

 

「…うっさいなあ、かければ良いんでしょかければ!」

 

 

 セミにぶつくさ文句を言いながら、意を決して電話のマークを押した。

 

 そもそもなぜこんなに緊張しているかというと、今回のようにヒキオを“男”として誘うのは、言い換えるとヒキオを落とすために誘うのは初めてなのだ。去年のクリスマスは単に一緒にいたら楽しそうだと思ったからで、普段の酒盛りだって別段男として意識して誘った訳では無い。

 

 コール音が4度ほど鳴った後、ヒキオは電話に出た。

 

 

『もしもし』

 

 

「ヒキオ?あんた水着持ってる?」

 

 

『一応』

 

 

「じゃあ海行くよ。」

 

 

『…それ今日の話か?』

 

 

 一気に声のトーンが下がる。私が誘ってめちゃくちゃ乗り気だったことなど1度もないが、いつにも増してだるそうなのは目的地が海だからだろう。インドア派を自称しているヒキオにとっては嫌なのかもしれない。

 

 

「別にいつでもいいけど、今日でいいじゃん。予定あった?」

 

 

『いや。まあ今日行くんならそれでもいいが』

 

 

 しかし結局来てくれるあたり、やはりヒキオはどこまでも人に甘い。その優しさに甘える私が1番甘いのは言わずもがなだけどね。

 

 

「じゃあ場所は後で送るし。あーしがヒキオん家向かうからヒキオはレンタカーでも借りといて。じゃ」

 

 

『あ、おい!』

 

 

 最後に何かを言いかけていたが、切ってしまったものはしょうがない。私は前に買った水着を取りにタンスへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 用意を持ってヒキオの家へ向かうと、ヒキオはすでに外で待っていた。白の英字Tシャツにデニムと見た目よりも楽さを重視した格好がヒキオらしい。隣には古びた軽自動車があり、すでにレンタカーを借りて持ってきていたようだ。

 

 

「お待たせ」

 

 

「ん」

 

 

「なんかその車ボロくない?普通レンタカーって綺麗なもんじゃないの?」

 

 

 外観は普通の白の軽自動車だが、白だからか汚れや傷が目立つ。ボディには横に広がった傷が目を引き、他にも塗装の剥げたところや凹んだところなど、良い風に言えば年季が入っているのがわかる。

 

 

「個人経営んとこならこんなもんだろ」

 

 

「ふーん。まあいいし。どっちが運転する?」

 

 

「お前に任せんのは怖い」

 

 

 そう言ってヒキオは私の返答も待たずに運転席に乗る。運転してくれるのはありがたいけど、癪に障る言い方に何かを言い返そうかと考える。しかしこれもヒキオの優しさかと思うとそんな考えは一気に霧散し、私も遅れて助手席に乗り込んだ。

 

 

 どこか慣れた手つきでキーを回してエンジンをかけようとする。しかしキュキュキュキュッと音を立てるだけでエンジンはかからず、何度か試すとやっとかかった。

 

 

「…これ本当に大丈夫?あーし死にたくないんだけど」

 

 

「よくあることだろ。まあ値段相応だってことだな」

 

 

「ああ、それ聞くの忘れてた。お金いくら?後で払う」

 

 

「5000円」

 

 

「…ん?それ12時間?」

 

 

「とりあえず車出すぞ。送られたとこでいいんだよな」

 

 

 訊いている形ではあるが返事は待たずに車を出す。急に動いた車に身体を揺さぶられた。

 

 

「24時間で5000円って破格だろ?」

 

 

「え、それ安すぎない?てか勝手に車出すなし!事故ったらマジ死刑だかんね?!」

 

 

 大丈夫大丈夫、と軽く手を振るヒキオに私はひやひやしながらシートベルトをしっかりと締めた。

 

 

 ……エンジンめっちゃガタガタなってるけど大丈夫だよね?なんかめっちゃ怖くなってきた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 目的地に着いた私達は車を駐車場に置き、少し歩くと水平線が見えるほどの海へ出た。控えめな人の喧騒に時折聞こえる波の音。ざざ、と海特有の効果音によりやっと海へ来たんだと実感が湧く。

 

 

「おお、すげえな」

 

 

「ね。あーしも海来たの久しぶりだから結構感動してるし」

 

 

「あれだな、人がそんなにいないのがいい」

 

 

 控えめな喧騒、と言ったように来ている人はまばらである。家族連れであったり友人同士であったり、はたまたはカップルであったりと多種多様ではあるが、見える限りでもそれらの絶対数は少ない。

 

 

「んじゃ着替えてこよっか」

 

 

「俺は下に着てるからいい」

 

 

 そう言うなりヒキオは下に着ていたデニムを脱ぎ、英字Tシャツも脱いだ。脱いだ服は大雑把に畳んだ後持っていた鞄に詰め、一瞬で着替えが完了した。

 

 

「……ヒキオのそれマジ子どものすることだし」

 

 

「早いからいいんだよ。場所とってくるからお前は早く着替えに行け」

 

 

「あーしのプロポーションにやられないように座禅でもしときなよ」

 

 

 その言葉にヒキオは私に背を向けたまま手をヒラヒラと振り、場所取りへと向かっていた。ヒキオの海パンは無地の紺色であり、いつかに見たトランクスの形とよく似ている。

 ……いや、マジで偶然だから。大体お風呂に隣接してる洗濯機にパンツをそのまま置いとく方が悪いし。多分未使用だったけど。

 

 

 

 備え付けられた更衣室で水着に着替え、そこを出てヒキオを探す。パラソルなんて重そうかつ、かさばりそうなものは持ってきていないため、長方形のビーチマットを頼りに辺りを見渡す。少しすると簡単に見つかり、マットを敷いて1人で座っていた。隣には膨らませた浮き輪が1つ置かれている。

 

 

「お待たせ」

 

 

「おお」

 

 

 こちらを一瞥した後、すぐに海の方へ顔を向ける。その横顔からはなにも読み取れなかった。

 

 

「感想は?」

 

 

 仁王立ちでヒキオに問う。

 

 

「お前あれだな、なんかでかい」

 

 

「胸見んなし」

 

 

「ちげえよ立ち方とか色々鑑みてのことだ」

 

 

 それは遠回しに態度がでかいって言ってんの?とりあえずヒキオの背中を足で押しといた。

 

 

「まあでも、似合ってるんじゃないか。高校の頃に見たやつより大人っぽくなってると思う」

 

 

「……なんかストレートに誉められると恥ずいし」

 

 

「どうしたらよかったんだよ」

 

 

 また憎まれ口を叩いてしまう。しかし夏が理由と言うには暑すぎる顔の熱に、私はバレないようにヒキオからは見えない方向を向いた。

 

 

「なあ三浦」

 

 

「何?」

 

 

「海って何をすればいいんだ」

 

 

「何って……、体焼いたりビーチバレーやったり?あ、あと海に入ってゆったりするとか」

 

 

 とりあえず思い付いたことを羅列していく。立ったままだったので私はヒキオの隣に座り込み、お互い海を見ながら話す。

 

 

「んじゃそれやるか。流石にビーチバレーは無理だが」

 

 

 ヒキオは立ち上がり隣の浮き輪を持って海へ歩きだした。足の指とかかとを器用に使い足裏と砂場との接地面積を減らそうと歩く姿はどこか滑稽に映り、私もついていく。

 海へ足を踏み入れると、それまでとは異なる温度に顔をしかめた。一方ヒキオはまだ海に入っておらず、押し寄せた波の後の黒くなっている砂のところでもたもたしていた。

 

 

「……早く入ってくるし。熱湯風呂じゃないんだから」

 

 

「人に冷たくされるのは慣れてるが水に冷たくされるのは慣れてねえんだよ」

 

 

「じれったい。そらっ!」

 

 

 バシャッ!と蹴りあげた水がヒキオを襲う。狙い通り以上の出来で、縦に伸びた海水は余すところなく体を濡らした。

 

 

「……意外と冷たくねえな」

 

 

 そこからのヒキオの行動は早く、気付いたら肩まで浸かっていた。手に持っていた浮き輪の中に入り、本格的にくつろぎだす。愉悦といった表情は温泉に浸かっているようにも錯覚するほどだ。

 

 

「てかそれあーしの!!何勝手に取ってるし!!」

 

 

「泳げない訳じゃないだろ?今は貸しといてくれよ。……あぁぁ、極楽だな。後温泉いきたくなってきた」

 

 

「どうでもいいし!ほら、返す返す!」

 

 

 すぐさまヒキオの方へ水の抵抗を受けながらも歩き、浮き輪を上から脱がせるように引っ張る。ぐいぐいと引く私にバランスを保つのが必死なのか、しきりにやめろと言いながら両手で浮き輪のサイドを押さえつける。

 

 

「ちょ、危ねえから!!ひっくり返……、うおっ!?」

 

 

「わぷっ!?」

 

 

 バランスを崩し180度回転するヒキオにつられ、私も巻き込まれる。2人揃って海へダイブし、目を開けられなくなる。

 

 

「ぷはっ!」

 

 

 私が次に水面から顔を出したときにはすでにヒキオも体勢を建て直しており、耳に水が入ったのか右耳を下に向けて頭を左から叩いていた。

 上がってきた私に気付いたヒキオは一旦水抜作業をやめ、こちらに顔を向けた。

 

 

「お前なあ……、……。……?……ありがとうございます」

 

 

「は?何が……って、うわ、嘘?!!あーしの水着!!!ヒキオはこっち見んな!!!」

 

 

 やけにヒキオが胸を見るなと思ったら、なんと私のビキニはいつの間にか外れて海を漂っていた。私は揺れる胸を押さえながら一瞬で水着を掴み取り、ヒキオの見えない方向でつけ直す。幸い他の人には見られなかっただろうが、ヒキオには、あまつさえまじまじと見られてしまったことは確定している。

 

 私は再度ヒキオの方へ向き、口を開いた。

 

 

「正座」

 

 

「待て今ここ肩まで浸かるレベルの深さだぞ」

 

 

「正座」

 

 

「……マジかよ」

 

 

 観念したのか本当にヒキオは潜って正座をしようとする。しかし浮力によって(しかも海水であるため)すぐに浮いてきてしまう。何回か試したが駄目なようで、諦めて顔を出した。

 

 

「まあ正座はいいし。……感想は?」

 

 

 予想だにしない言葉だったのか無言で目を丸くし、その後小さな声で。

 

 

「……意外とピンク」

 

 

「はっ、ちょ、やだそういうのマジでやめるし!!!」

 

 

 純粋に恥ずかしくなった私は、ヒキオから浮き輪をぶんどって沖の方へ逃げた。きつく結び直された水着はもうほどける心配はなさそうだが、最後にもう1度だけ確認しておいた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 日が傾いて夕日を海が反射し出した頃。俺こと比企谷八幡は重大な危機に直面していた。

 

 

「パンツ持ってくんの忘れてた……」

 

 

 更衣室のなかで独り呟く。こういう役回りって普通女がするもんじゃねえの?別に俺スカートじゃないからラッキースケベなんざ起きようがないぞ?

 なんて軽口を叩くが、ポケットからパンツが出てくるわけでもない。仕方なく海パンを脱いでからタオルで下半身を拭いた後ズボンを直に穿く。いつもとは全然違う感覚になぜか愚息が反応してしまいそうになるが、深呼吸を2度ほどして落ち着く。

 

 

 その後着替え終わった俺は(無論ノーパンだが)出てこない三浦を待っていた。ちょっとでも風が吹くと股間がダイレクトに風を受け、シバリングが起きる。せめてもの抵抗で股間をさりげなく右手で隠し、左手は尻にやる。これで風が吹いても寒くない、完全のフォーメーションの完成だ。夏に言うとは思わなかったが、暖かいってやっぱりいいよなあ。

 そんなことをしているうちに三浦は着替えを終えていたようで、荷物を持って俺の目の前に来ていた。

 

 

「……なに股間とお尻押さえてんの。気持ち悪いし」

 

 

「そうか。ほら、行くぞ」

 

 

 何事もなかったかのように駐車場へ向かう。ほら、こうやってクレバーに対処すれば何もかも解決だ。三浦だっていぶかしみながらも後をついてくるしな。流石に歩く時は手を離したが、別段三浦がそこを突っ込んでくる様子はない。ほっとしながら駐車場へ歩を進めた。

 

 

 

「荷物全部持ったか?」

 

 

「大丈夫。全部後ろに積んでる」

 

 

「そうか」

 

 

 エンジンをかける前に最後の確認をし、車を起こす。朝と同様鍵を捻ってもキュキュキュキュッと音をたてる。初めはかからないが何度かすればエンジンもかかるはずなので、それから2、3度鍵を捻る。しかしエンジンは一向にかかる様子がなく、6度目も不発だったため一旦手を止めた。

 

 

「……これエンジンかかんねえんだけど」

 

 

「え、マジ?あーしに代わってよ」

 

 

 席を入れ換え、三浦も挑戦するがかかりはしない。3度もすると三浦は車から外へ出て、一服と言って煙草を取り出した。

 

 

「とりあえず電話かけてみる」

 

 

「お願い」

 

 

 レンタカーをネットで検索し、記された電話番号にかける。朝もだったが2コールもしないうちに電話に出る当たり、殆んど仕事がないのだろうか。

 

 

「すみません、お宅で借りたレンタカーが動かないんですけど」

 

 

『エンジンがかからないってことですかい?』

 

 

 電話に出た方はこれまた朝と同様気の良さそうな人で、声から判断するに恐らく60そこらのお爺さんだろう。定年後に始めたってのが最もしっくり来るか。

 

 

「そうですね。朝に借りたものなのですが」

 

 

『ああー、あれか!あれたまに動かなくなるんだよな!すみません、迷惑かけちゃって!』

 

 

 あっけらかんとそう答える。……つまりなんだ、俺らはここから帰れないのか?よしんば車が動いたとしても、途中で止まる可能性もあるってことだよな?

 

 

『すみません、今車を見れるやつが出張中でして。悪いけど今日は宿とってそこで一晩明かしてくんねえかな?……あ、予定がお有りなら夜半にでも向かわせますけど』

 

 

「……少し待ってください」

 

 

 スマホのミュートボタンを押し、ことのあらましを三浦に伝える。こいつのことだからてっきり騒ぎ出すかと思えば、存外に落ち着いた様子だった。

 

 

「あーしは明日授業ないからいいけど。ヒキオは?」

 

 

「俺はあるけど、まあパンキョーだパンキョー。だから休んでいい」

 

 

 別名一般教養。俺の後ろの席にいた若いやつ(つっても2年とかだろうが)が言っていたのを真似してみた。最近はこういう略し方が流行っているのか、周りのやつはしきりに「パンキョーマジメンディー」と意味のわからない呪文を唱えていた。切れ目どこだよ。マジ+メンディーかマジメン+ディーか、もしくはデイの活用形か?パンキョーしかまともにわからなかったためこれしか使えない。

 

 

「なにそれ、最近その略し方知ったの?てか一般教養なんか3年になるまでにとっとくでしょ普通」

 

 

「……後に回してたらいつの間にか3年になってたんだよ。一般教養影薄すぎだろ」

 

 

 まるで俺みたいなやつだ。俺が一般教養を嫌いなのはもしかしたら同族嫌悪かもしれない。

 

 

「じゃあとりあえず宿借りるって伝えるからな」

 

 

「おっけ」

 

 

 吸い終わった煙草を携帯灰皿に突っ込む三浦。その仕草にたどたどしさがなくなったのはいつだったか。親は一緒にいると子どもの成長に気付かないらしいが、これもそういう類か。

 ミュートを解除してその旨を伝えると、お爺さんは何度もありがとうと言ってから電話を切った。到着は明日の午前8時頃で、当たり前の話だが駐車場代と宿代は向こうが持ってくれるらしい。それなら多少は高いところを借りて小旅行の気分でも味わってみようかと考えるが、この時期にアポなしで行けるところなんて限られているかと思い直す。

 

 

 丁度スマホをいじっていた三浦に宿を調べてもらったが中々見つからず、やっと宿が見つかったのは西の空が暗くなりかけていた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 




マジでラッキースケベに遭遇してもその場ではStand upしないと思うんですよね。今回の八幡のあのシーンでその描写がないのはそのためです。


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