もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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After 12月 後編

§

 

 

 

 

 

 1人夜空の下、煙草に口を付ける。それを吸う度、白い筒の先はチリチリと音を立て、肺に煙が充填されていく。放出すると、その気体は呆気なく黒い空へと消えていく。

 

 再度息を吸い、そのついでと言わんばかりに切っ先はまた音を立てる。すぐには吐き出さずに空を見上げると、星の1つも見えない真っ黒な空は俺を見て嗤っているような気がした。それを塗り替えるかのように紫炎をくゆらせるが、いや、絵の具にしては自由が利きすぎている。紫と表現するには烏滸がましいような、むしろそれ以外には言葉を用いるなと戒められているような“白”は、元々黒であったかのように数秒で暗闇のキャンパスへと溶けていった。 

 

 えも言えぬ虚無感に急かされたのか、俺はすぐに火を消す。遅れてやって来る目の回る錯覚が俺を襲い、しかし慣れた感覚にどことなく幸福も覚える。『幸福“も”』と言うように俺は確かに他のものも感じていた。それが良いものでないことは明白であり、視線を空から吸殻へと移す。

 

 “それ”は先の方で歪に折れ曲がっており、燃焼で起きる発光は一切無い。星が全くない空を背景にこれだと少し物悲しいと感じたのか、俺は意味もなく贈り物のライターで火をつけた。手は動いていないのに揺らめく炎。これを星と言うには些か動きが多すぎるか。夜景を星と表現するのだって、その光が動かないのが前提にある。そのことに鑑みればライターの火が星になり得ないのは自明であり、議論する価値もないというものだ。

 

 先の方で少しだけ角度を変える小さな円柱。何を模しているのか。片方だけ取れたY? もしくは六角レンチか? 様々な想像の風呂敷を広げ、それが男性器に見えた時、俺は1人呟いた。

 

 

「……これが、卒業してから初の賢者タイムか……」

 

 

 初めてのその時間は、煙草の脳クラのように遅れてやって来たのだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 頂上から降り、元の大きな鳥居のあるところへと戻ってきた。雲一つない綺麗な蒼天が心を洗うが、それ以上の人混みに溜め息が込み上げてくる。音が途切れることなく常にざわざわする場所は純粋に好きではなく、この後に予定していた出店などを回るのは早まった決断だったかなと思い億劫になる。

 

 

「ヒキオ。プラン通りじゃなくて悪いんだけど、ちょっと奥の普通の道に行かない?」

 

 

 そんなことを考えていると、三浦がまるで俺のためにあつらえたような申し出をしてきた。

 

 

「別に気を遣わなくて良いぞ?」

 

 

「何勘違いしてるし。あーしもこういう人だらけなのは嫌なだけだから」

 

 

 邪推かもしれないが、今三浦はあーし“も”と言った。それに元々三浦自身人混みが嫌な性格だとは記憶していない。わかりやすい三浦の優しさは恩を着せるためにしては些かお粗末であり、それ以上突っ込む気も失せた。どっちにしろ俺にとってありがたい話だしな。

 

 

 少し歩くと観光客の数はぐっと減り、木造の低い建物が舗装された道路で軒を連ねていた。建物自体は年季を伺わせるものなのに、隣接する綺麗なアスファルトはどことなく調和が取れていないように思える。だがそのアンバランスさえその場の人の心には溶け込んでいる。観光地というのは、つくづく不思議なものだな。来ている場所は普段の生活とは似ても似つかないところなのに、想起されるのは自分の過去である。

 

 

(まあ過去というよりかはどちらかというと経験だろうがな)

 

 

 それを咄嗟に過去と表現したのは、やはりここが京都だからだろう。京都の町並みは勿論のこと、俺にとって京都とは苦い過去を思い出させるところであり、同時にぐちゃぐちゃだったあの頃の気分になれる場所でもある。

 

 さながら今の俺の表情は初めてコーヒーをブラックで飲んだ中学生のようだろう。あれから時間が経ち、これほど鮮明に思い出したのはいつぶりだろうか。忘れかけていた忸怩たる思いは容赦なく俺を(むしば)み──

 

 

「ヒキオ」

 

 

「っ」

 

 

「どしたし。変な顔して」

 

 

 意識の外に出た三浦から無理やり起こされる。指摘されるほどとは、よっぽど考え込んでいたのだろうか。

 

 

「いや」

 

 

 対して俺は拙い返事しか出来ず、それしか言葉を紡げなかった。

 

 

「ほら」

 

 

「なんだ?」

 

 

「手!」

 

 

 突き出された手。意味を考える間もなく繋ぎ、こちらを不審に思う目で見ていた三浦の表情を横目で盗み見る。濃い時間を過ごすと相手の思っていることが大体はわかるようになり、今の場合だと『何をそんなに悩んでるんだろう』あたりだろうか。自分でも何故こんなに意味のわからない思考に陥っているかわからない。

 

 

「すまん」

 

 

 俺は一体誰に、何に謝っているのだろうか。本人がわからないのに三浦が理解出来るはずもなく、三浦はその不信感を直接伝えるかのように握る手を強めた。

 

 

 

 

 それからの時間は早かった。伏見稲荷大社を出ると世間から持たれているような京都のイメージは殆どなく、強いて言うなら建物の高さの規制くらいしか普段と異なる要素はなかった。何をするでもなくぶらぶらと歩き、一乗寺ではやたらとドロドロしたラーメンを食べ(行列が出来るだけあり、美味さはなかなかのものだった)、京都駅に戻ってロフトの方へ行く。やはりと言うか、そこはカップル御用達のような場所で男女ペアがそこらを占めていた。

 

 気付けばもう日も暮れている。夕食にラーメンを食べたのだから当然の時間ではあるが、来る前のような時間の過ぎ方ではなかった。楽しいから時間が早く過ぎるというよりも、いつもと同じことをしていたから早く過ぎてしまったような、いつものルーティーンをこなしただけのような、そんな何も生み出さない無為な時間。

 

 俺はロフトへ通じる長い階段の踊り場に立っていた。三浦は少し後ろで1段目の階段に座っている。とてつもない数の人間が視界の奥で流れ、少し手前には階段に座るカップルが点在する。俺も三浦とカップルのはずだが、今は距離があるためそう見られないだろう。独りで階段に座る女と、独りで踊り場に立つ男。俺なんかは風貌も相まっておかしなやつに思われるかもな。不自然な立ち位置であり、俺の背後の階段に座るやつからすれば嫌でも視界に入るオブジェクト。邪魔な、という形容動詞が付くのも補足しておく。

 

 

「こっち座んないの?」

 

 

 三浦がそう問いかける。俺は三浦の方へ振り向こうとしたが、中途半端な位置で顔を向けるのをやめた。眼球を動かせば見ることが出来るが、直視することはせずんん、とどっちともとれる音を出すだけだった。

 

 

「……しゃーないなあ」

 

 

 不意に俺の腕が熱を帯びる。確認せずとも三浦が腕を組んだのだとわかった。というか逆にこの状況でそうじゃなかったら異常事態だ。

 

 

「折角の旅行なのにどしたし。ホームシック?」

 

 

「んなわけあるか。……と言いたいところだが、今日の俺が変なのは流石に俺でもわかる」

 

 

「ほら、もう帰るよ」

 

 

「え」

 

 

「ホテルね? あーしの目が黒いうちはそんな勿体ないことさせないし」

 

 

 使い時が意味わからんぞ。普段ならそう突っ込んだのだろうが、その時の俺はまた黙り込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 時刻は21時くらいだろうか。風呂に入ったりゴロゴロしてるうちに時間はあっという間に過ぎ、俺はまた独りで部屋に備え付けられている椅子に座っていた。右手には京都の街が広がっており、それを尻目に煙草に火をつけた。三浦は下の売店に行くと言って備え付けの浴衣のまま部屋を出た。俺も俺で浴衣を身に纏いながら、紫煙を燻らせる。

 

 意味もなくセンチメンタルな気分になり、しかしブルーにもなりたくないので口を開かずに煙を出す。鼻から漏れでる煙はいつものものとは違い、なんというか、臭かった。

 煙草を左手に持ち替え、右手の人差し指を嗅いでみる。それは先程の鼻から出た煙と同じ匂いがし、少し顔を(しか)めて指を離す。急に現実に引き戻された感覚に陥り、そうなるともう煙草の醸す空気には浸れずに火元を灰皿へ押し付けた。白のフィルターの真ん中には汚い黄土色が付着している。それを隠すかのように俺はフィルター自体をちぎって灰皿へ置き直した。先っぽが真っ黒であり、また真ん中の方で折れている煙草は痛々しく、それから目を背けて窓の外へ目をやった。

 

 

「ただいまー」

 

 

 ガチャリとドアが音を立てる。三浦はビニール袋に缶を4つほど詰めて戻ってきた。

 

 

「何買ったんだ?」

 

 

「ビール2本とカシオレ2本」

 

 

「わけのわからん組み合わせだな」

 

 

「とか言いつつあんたそんなの気にしない方じゃん」

 

 

 言いながら三浦は俺の座る椅子の前の机に袋を置き、対面に三浦も座った。

 

 

「煙草……はカバンか。1本貰うよ」

 

 

 俺の確認も取らずにピースの箱から1本取り出す。

 

 

「うわ、久々のロングピースはやっぱキツイね」

 

 

 三浦は俺と付き合うようになってから銘柄を変えた。曰くパッケージがダサいらしく、ロングピースからピースライトに変えた。前よりも吸いやすいと吸い始めはよく言っており、それからはずっとライトのままである。

 

 本当にそれだけが理由なのか、俺の知るところではないが少しだけ寂しく思ったのは事実だ。

 

 

「ね、今日マジでどうしたの? なんかあった?」

 

 

 灰皿の方を見ながら訊いてくる。俺は俺で三浦と窓の外の間あたりに目をやっていたので、互いに視線の交錯はない。

 

 

「いや、なんだろうな」

 

 

 本当に自分でもわからない。机の上のビニール袋からカシスオレンジを取り出し、プルタブを開けて口をつける。殆ど味のしないアルコールを探すように舌で転がし、温度が体温によって上がってくる前に喉へ流し込む。

 

 

「…………」

 

 

「ここはなんでもいいから適当に例えでも出すとこじゃないの? 本当にヒキオっぽくないし」

 

 

「語弊を恐れずに言うとだな。いやこれもただの推測に過ぎないんだが」

 

 

「言ってみ」

 

 

 三浦もカシスオレンジを開け、1度に結構な量を飲む。つられて俺もまた口をつけ、再び口を開く。

 

 

「マンネリってか……、俺らってちゃんと彼氏彼女出来てんのかなというか、そんな感じか?」

 

 

「……ならキスでもしてみる?」

 

 

 手に持っていた缶を机に置き、俺の目を見据える。三浦の顔がほんのり赤いのは先程酒を煽ったからか、それとも。

 急な申し出に俺は目を見開き、同じように持っていた缶を置く。紅潮した頬に見える少しの恥じらいは窓の外の町並みも相まって扇情的に映り、目を細めて机の上あたりに顔を移動させていく。三浦は俺が何をするのか察したようで、目を瞑って少し唇を突き出す。身を乗り出した俺は机を支えに、三浦と口付けを交わす。

 

 

「んっ……」

 

 

 漏れる吐息に劣情を催し、薄目を開けてみる。長いまつ毛は閉じられたまぶたの先から伸びており、端正な顔立ちはノーメイクでも綺麗だと思わせた。

 少し角度を変えると、三浦は驚いたのか片目を薄く開いた。ぶつかる視線に互いに羞恥心を覚え、三浦も俺も別々の方向へと逸らした。

 

 

「んぅっ、んんっ!」

 

 

 三浦が苦しそうな声を出す。唐突な違和感に意図せず出たのか、今度は両の目を半分ほど開いて俺の顔を睨んだ。

 舌を入れたのはまずかったのだろうか。そんな俺の逡巡は杞憂だったようで、三浦は目を閉じて俺の舌に口内を委ねた。初めてのディープキスで本当にこれであっているのか不安になったが、ここで確認する手段はない。

 

 

 その後も俺は、支えにしていた左腕がつりそうになるまで三浦とキスをしていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 消灯してから30分。おやすみと言ってからも俺は全く寝れずにいた。背中に感じる熱が嫌に意識を覚醒させ、寝る前よりも目が覚めたような感覚を覚える。

 

 

(誰だよダブルベッドにしたやつは。てか背中離れてるくせに温かいとか意味わからん)

 

 

 付き合う前はシングルベッドで寝ても平気だったのに、付き合ってからの方が意識してしまう。三浦の呼吸音が寝息か平時のものかわからないほど俺はテンパっており、同時に全く動けなくなっていた。

 恐らく先程のキスのせいだろう。付き合う前と後で違うことなんて、どれだけ相手を異性として意識しているかにほかならない。

 

 

「……ね、ヒキオ」

 

 

「なっなんだ?! てか起きてたのかよ」

 

 

 予期せぬ三浦の呼び掛けに盛大に狼狽える。こちらを向いているのか背を向けているのか、俺にはそれすらわからなかった。

 

 

「今日って何日?」

 

 

「24……いや25か? 12時回ってるかわからねえけど、少なくともどっちかだ」

 

 

「……今スマホで確認したら11時半だった。だから24、クリスマスイブだね」

 

 

 まだ12時にもなっていなかったのか。考えてみれば確かに歩き通しだったので、疲れてすぐにベッドに入るのは当然ではある。

 

 

「で、それがどうした?」

 

 

「クリスマスプレゼントなんだけどね」

 

 

「あ」

 

 

 やべ。完全に忘れてた。途端に吹き出す冷や汗は俺の背中を湿らせていく。しかしその前に背中の服を引っ張られた。まだ湿ってはないはずだ。多分。

 

 振り返ると、三浦はこちらを向いていた。上目遣いになった三浦の顔はいつもより魅力的に見えた。

 

 

「ヒキオ、あんたもしかして忘れてた?」

 

 

「……すまん。明日何か買いに行くか」

 

 

「ん、まあそれはお願いするとして」

 

 

 ふと目が合う。暗くてはっきりとは分からないが、三浦の顔は少し朱に染まっているような気がした。

 

 

「あーしからのプレゼントなんだけど」

 

 

「おう」

 

 

「……その、えと」

 

 

 歯切れの悪い物言い。三浦にしては珍しいその光景に、俺は口を挟まず言葉を待った。

 

 

「……“性の6時間”って知ってる?」

 

 

「あ? あー、確か今がそうなんだっけか」

 

 

 別名ヤリマクリスマス。12月24日の午後9時から翌日25日の午前3時までのことを指し、その名の通りカップルはこの時間にヤることが多いことからそう言われる。

 

 

「……え、いやそうだよな?」

 

 

 ん? あれ? この流れ……え?

 

 

「確か、ね。あーしも友達に聞いただけだからあんま詳しく知らないけどさ……」

 

 

 ぎこちない間がこの場の空気を支配する。生唾が溜まり、バレないように飲み込んだ。

 

 

「プレゼントにさ……、その……」

 

 

 ここまで来ればどれだけ鈍感なやつでもわかる。まして他人の気持ちに敏感な俺のことだ、わからないはずもないだろう。

 

 

 ここで俺のPCの中にいるモテ男共なら何と言った? このまま三浦に言わせるのか? そんな女任せで無責任なこと、あいつらはさせたか?

 

 

「三浦」

 

 

 気付けば俺の口からは三浦の名前が出ていた。まさか止められるとは思っていなかったのか、三浦はわかりやすく狼狽していた。

 

 

「クリスマスプレゼント、俺からねだっていいか?」

 

 

「え……、……うん」

 

 

 三浦の顔色から落胆が文字通り目に見える。そんな安易な答え合わせをし、俺は。

 

 

「今から午前3時まで、お前を好きに出来る権利をくれ」

 

 

「……それって」

 

 

「良いな?」

 

 

「……ふふっ、ヒキオのくせに」

 

 

 寝かしていた体を起こすと、三浦も同じようにベッドの上に座った。お姉さん座りで、俺は膝をついた中腰のような体勢である。

 

 

 

 

 ──その後は誰でも予想がつくだろう。どちらからともなく、俺達は口付けを交わして聖夜に紛れていった。

 

 

 

 

 

 





先日男性でヒールを履いてる人を見かけました。確かに身長はなるべく高く見せたいですし、実際その気持ちもわかります。
でもそしたら今度は女性がもっと高いヒールを履くのでは?と思ったんですよね。男高すぎィ!ヒール履かな届かへん!的な。
そしたらもう後は大変なことが起こりますよね。

そうです、ハイヒールインフレです。

このことから実は天狗は未来人説を推します。クールジャパンと現代のファッションを踏襲した未来文化の可能性、なきにしもあらずじゃないですか?(すっとぼけ)

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