もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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After 5月 後編

 擬似同棲生活4日目。今日は俺も三浦も休みだ。とりたてて何もすることがなく、こうやって昼の今になってもぐだぐだと過ごしている。時間はもう1時半だ。

 

 三浦は居間でだらしなく寝転がっている。Tシャツが捲れて背中が半分ほど見えている。

 

 

「服捲れてんぞ」

 

 

「んー」

 

 

 寝転がったまま服を直す。……恥じらいは全くない。言った俺も興奮は覚えなかったんだが。

 

 

 折角の重なった休日に何もしない。擬似同棲生活という点から見るとこういうのも勉強のうちなのかもしれないが、

 

 

 なんて言ったかな、こういうの。

 

 

「……ああ、マンネリか」

 

 

「ちょ、ヒキオ今何て言った? あーしに飽きたってこと?」

 

 

「落ち着け」

 

 

 ガバッと起き上がって俺を睨みつける。そんなつもりないけど捨てられる時の目じゃないぞそれ。まずは三浦を安心させる言葉だ。話はそこからである。

 

 

「ヤれって言われたらヤれる」

 

 

「去勢」

 

 

「いや待て待て、そうじゃなくてだな」

 

 

 言葉の選択ミスったっぽいな。

 

 

「……いやまあわかってるし。流石にあーしもヒキオと付き合ってんだから言いたいことはわかるんだけど。あ、風俗とか行くのは無しね」

 

 

「お前としかヤりたいと思わねえよ」

 

 

「……あっそ」

 

 

 三浦はふい、と目を背ける。我ながら臭い発言だと思うが、照れてくれたのなら何よりだ。

 

 

「でもこういうのばっか言っててもいずれ飽きそうだよな」

 

 

「まああーしは嬉しかったけど」

 

 

「……」

 

 

「だんだんあーしもヒキオが恥ずかしがることわかってきたし」

 

 

 何の茶番だよ。口にはしないが。今度は俺が目を背けそうになるが、そこで視線を外してしまえば負けを認めた気分になる。少しの照れ臭さは感じつつも、俺はそのまま続けた。

 

 

「で、だ。どうやったらマンネリって解消出来るんだろうな」

 

 

「とりあえず彼女本人に向かって言うことではないし」

 

 

「……どうしたらいいんだろうなあ」

 

 

 俺に聞けそうな相手なんていない。ネットで検索してみるかとスマホをいじろうとするが、それよりも早く三浦が何か思いついたようだ。

 

 

「あ」

 

 

「どうした」

 

 

「いろはに訊くのは? あの子こういうのめっちゃ詳しいでしょ」

 

 

「……俺はいいけど、いいのか?」

 

 

「なにが……って、なるほど」

 

 

 かつて一度振った身だ。そんな相手のマンネリ相談なんて、受けたくないとは思えど受けたいなんて全く思わないはず。烏滸がましい悩みではあるが、考えなければならない問題だ。

 

 

「まあいいでしょ」

 

 

「お前ホント女王様だな」

 

 

 静止も束の間、プルルという音が聞こえる。メールじゃなくて電話のあたり、本格的に思いやりが欠けているように思えるな。

 

 まあ見ようによっちゃそれも友情なのかもしれないが。気にされるのが一番嫌な可能性だってあるわけで、むしろ一色はそう考えてそうだ。

 ……てか三浦って一色の連絡先知ってんのな。いつの間に仲良くなってたのだろうか。

 

 

『はい?』

 

 

 高い声がスマホから聞こえてくる。俺にも聞こえるようにスピーカーにしているようだ。

 いつものあざとい声色。……こいつの怖いところは女相手でも気を抜かないとこだよな。歴戦の猛者かよ。

 

 

「いろは? 今大丈夫?」

 

 

『大丈夫ですよー。』

 

 

 外にいるのか雑音が混じっている。少し聞き取り辛い。

 

 

「単刀直入に訊くんだけど、マンネリってどうしたらいいの?」

 

 

『先輩とそうなんですか? もしそうならわたしにかかればちょちょいのちょいですよ!』

 

 

「……ちなみに何する気だし」

 

 

『そりゃあ先輩とデー……、ゴホン。カウンセリングとウォーターセラピーを少し』

 

 

「ウォーターセラピー?」

 

 

『別名いろはすセラピーですねー。どうです? 任せてみます?』

 

 

 堪らず俺は吹き出しそうになる。ちょっとだけ想像にて、微かなエロを感じたところで三浦のかかとがすねにヒットする。痛ってえな……! 今のは不可抗力だろうが……!

 

 

「エロい。却下」

 

 

『じゃあダブルデートとか? 初々しいカップルと行くのは当初の気持ちを思い出せて良いって聞きますよ?』

 

 

「結衣と雪ノ下さんカップルしか周りにカップルいないしなあ」

 

 

『え』

 

 

 おいそれエイプリルフールのやつだろ。呼吸するレベルで嘘つくなよ。

 

 

「まあそれは置いといて。なんかない?」

 

 

『……むぅ』

 

 

 あざといあざとい。ちょっとドキッとしちゃっただろ。ていうか彼女の前でドキッとさせんなよそれの方がドキッとするわ。怖いし。

 

 

『露出プレイとかすると良いらしいですよ?』

 

 

「「ぶっ」」

 

 

『えっ、今音二つ聞こえましたよ!? もしかして先輩も聞いてるんですか!?』

 

 

「……まあマンネリで悩んでるのは二人ともだし」

 

 

『や、やだもっと早く言ってくださいよ! せ、先輩〜? ……えと、漏出プレイスのことですからね……?』

 

 

「いやそれもなんかエロいだろ」

 

 

『先輩のばか!!!』

 

 

 理不尽だなおい。

 

 

『もういいです! 先輩方は仲良く露出プレイで青姦でもしておいたらいいんですよ! さよなら!』

 

 

 プッ、と通話が切れる。残された俺と三浦はどちらも口を開かないまま、時間だけが流れる。

 

 ……無音が耳に痛い。もしかして「露出プレイ……、まああーしは別に……ありだけど」とか言うのか? 言うつもりだけど恥ずかしいから黙ってるのか? ちょっと緊張してきたから煙草でも飲んどくか? いや飲むじゃなくて吸うもん──

 

 

「──ヒキオ?」

 

 

「んん!? ああいや、その、あれだな……」

 

 

「……ヒキオは、その。露出プレイしてみたい?」

 

 

 ほぉぉぉらな?!!! 来ると思ったんだよ!!! てか俺なんて答えれば良いんだ!?

 

 

「あーしは嫌だけど」

 

 

「…………」

 

 

「ヒキオが出す方なら止めはしないけど」

 

 

「どこに需要あるんだよそれ」

 

 

 自分が嫌がることは人にさせてはいけない。はっきりわかんだね。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 結局マンネリの話は進展せず、グダグダと時間が進みもう五時だ。そろそろ晩飯のことを考えなければならない時間で、明日のことが憂鬱にもなってくる頃である。

 

 

「ヒキオー」

 

 

「どうした」

 

 

「お好み焼き食べたい」

 

 

 脈絡もなく唐突に言う。こういうの多いんだよな、こいつ。

 

 真面目な話、材料ないんだよな。今日は適当に麻婆豆腐とかにしようと思ってたんだが。

 

 

「豚肉ねえから」

 

 

「じゃあ買いに行くし」

 

 

「……」

 

 

 こいつ俺が料理当番の日に面倒臭そうなもんを頼みやがって……。まあどっちにせよ買い物には行くつもりだったが。

 俺は何も言わず立ち上がり、着替え出す。室内なのでTシャツ1枚だった上服をとりあえず脱ぐ。背中と襟首の間あたりを掴んで、そのまま上裸になった。

 

 それを見ていた三浦は、なぜだか少し顔を赤らめていた。

 

 

「……ヒキオのその脱ぎ方、ちょっとエロいし」

 

 

「あ? ああ、そういや男と女で脱ぎ方違うな」

 

 

 女はシャツの前部分を両手でクロスして持ち上げる。胸が強調される、なんとなくエロい脱ぎ方。たしか花山薫ちゃんもやってたよな。

 

 

「……まあなんでもいいや。はよ着替えて」

 

 

「お前も……ってなんでそんな着替えんの早えの。普通逆だろ」

 

 

「あーし着替えてから言ったしね。お好み焼き」

 

 

 つまり買いに行く気は満々で、もっと言えばお好み焼きは食べる気満々だったわけだ。軽い敗北感に苛まれた俺はそれ以上何も言わず、残りの着替えを急いだ。

 

 

 

 

 

 豚肉やキャベツ、その他色々買った後の帰り道。夕日に照らされる歩道の先には疲れたサラリーマンが歩いていた。哀愁漂う背中からは確かな未来が見えた気がする。

 

 

「俺も来年はああなるのか……」

 

 

「リーマン? でもあーしのためって考えたら働けるっしょ?」

 

 

「雪ノ下さんあたりでも養ってくれねえかな……。玩具にされる代わりにヒモになれるなら真剣に悩むわ」

 

 

「雪ノ下さんはどうせ結衣とよろしくあんあんヤってるし」

 

 

「そっちじゃねえよ。いやそっちもねえよ」

 

 

 はあ、と溜め息をついたタイミングが前のサラリーマンと重なった気がした。本当に、働きたくねえなぁ……。

 

 

「あ、カップル」

 

 

 三浦の視線の先を追うと、丁度サラリーマンの向かい側の歩道を歩いている男女の2人組がいた。仲睦まじそうに手を繋いでいる。少し男の方の足取りがぎこちなく見えたのは、恐らく歩幅を合わせているためだろう。

 

 

「俺らも手繋ぐか?」

 

 

 俺の左手はスーパーの袋で埋まっているが、もう片方はフリーだ。三浦も両手が空いている。

 

 

「良いけど」

 

 

 すっと左手を出す三浦。俺はその手を右手で包み、指を絡めた。常人よりも少し高い三浦の体温が直に伝わってくる。

 

 

「……なんか久々?」

 

 

「かもな。最近はなかったか」

 

 

 きゅっと握り返してくる。思わず頬が緩みそうになった。

 

 

「結局さ」

 

 

 三浦は遠くのカップルを見ながら。

 

 

「同棲してようがしてまいが、あーしらは変わらないんだろうね」

 

 

 どこか懐かしそうな目をする。俺がさっきのサラリーマンに見た哀愁とは異なる、何かを思い起こさせるしんみりさ。俺は同意も否定もせず、三浦の続きを待った。

 

 

「ほら、同棲生活とか言ってる割におっきい違いとかないし。一緒に寝たことくらい?」

 

 

「まあそれを確認出来たってだけでも、意味はあったんじゃねえの」

 

 

 無駄って思えることも思い返せばそうではないことだらけだ。三浦と初めて出会った飲み屋での思考は明らかに無駄を容認するものだったしな。相手が気付いてないなら知らない相手の(てい)でいく。その頃の普通の俺ならそうしていたはずであり、それがなければ今こうして手を繋いで歩いていない。

 

 

「かもね」

 

 

 ふふ、と三浦は笑みをこぼす。もしかすると三浦も同じことを考えていたのかもしれない。確かめるつもりはないが。

 

 

 

 視線の先にいるような初々しいカップルなら、手を繋いでいる時の鼓動が答えになるのだろう。だが生憎今の心拍数は平常そのものだ。

 

 まあ、異性と手を繋いで平常ってのも答えになるだろ。それはマンネリとかじゃなく、もっと別の何か。

 

 

「あーしら、多分マンネリじゃないし」

 

 

「だろうな」

 

 

 握る手の強さは変わらない。きっとこれからもそんな風に付き合っていくのだろう。

 

 

 

 


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