もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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今日はいい夫婦の日です!



Last
Last 前編


『お姉ちゃんのねぼすけ』

 

 

 リビングに置かれた40インチのテレビから、そんなセリフが聞こえてくる。その声は甘く柔らかくふわふわで、少なくとも言葉の羅列だけでは表せないほどの可愛さだ。

 そしてこのお姉ちゃんの声が割とというかかなり一色と似ているが、今はそんなこと関係ない。

 

 

「はぁ〜〜〜チノちゃん可愛い〜〜〜!!!」

 

 

 俺はソファで身悶えしながら、そう叫んだ。絶叫だ絶叫。だって考えてもみろ、今まで『ココアさん』だったのが本人が寝てる前では『お姉ちゃん』だぞ?! 素直になれないけど本当はお姉ちゃんって思ってるとかそれなんていう神妹!!!!! 略してかみいも!!!!!

 

 

 一色もといココアがうんたらかんたらやって、一期最後のエンディングテーマが流れ出す。ぽっぴんジャンプ♪……、名残惜しさをその可愛さで紛らわすが、それもサビまで。

 

 

「『せーのでぽっぴんジャンプ!』」

 

 

「ヒキオ……、あんた25歳の社会人にもなって何やってるし。晩ご飯食べた後だからってテンション上げすぎ」

 

 

「いやでも見てみろよクソ可愛いだろ。……ん? 一色はともかくチマメ隊に“クソ”なんて汚らわしい言葉使っていいのか? いやダメだな(反語)」

 

 

「何そのめっちゃ痛そうな名前。血豆って」

 

 

 何一つ理解していない三浦にやれやれとため息をつく。これだから三浦は三浦なんだ。

 そして再生が終わり、俺は最後に。

 

 

「あぁ^〜心がぴょんぴょんするんじゃぁ^〜」

 

 

「キモッ、ヒキオマジキモッ」

 

 

「チノちゃんの半分にも満たない可愛さしか持ってねえお前に言われても何とも思わん」

 

 

 丁寧に、まるで爆薬を扱うかのごとく、一切の傷をつけないよう注意してBDを取り出す。これで割れでもした日には真剣に発狂するだろうな。保存用と予備がまだあるが。

 

 横目に三浦を盗み見る。何が悔しかったのか知らないがぐぬぬと唸っていた。お前こそ25歳の女がぐぬぬって。もうそろそろいい歳だぞ。

 

 

「あ”?」

 

 

 ほらもう怖い。迫力も女王様時代より数段ヤバい。何でこいつ俺の彼女なのか不思議になるくらい怖い。

 

 

「……えと、それなんだっけ。ひ、ひつじ?」

 

 

「ん? 羊?」

 

 

「だからその、なんかいろはみたいな声のお姉ちゃんが出てるやつ」

 

 

「うさぎだ。羊てお前」

 

 

 ご注文はひつじですか? だったらただのジンギスカンが出てきそうだ。

 

 

「あの、ヒキオ……?」

 

 

「何だよ」

 

 

 若干の緊張を含んだ声。このタイミングで何を緊張している? わけがわからず三浦の方へ顔を向ける。

 

 

 

 

 ──瞬間、俺は弾け飛ぶ錯覚に陥った。

 

 

 

 

 

「ぴ、ぴょん! お、お兄ちゃん……これで良い……?」

 

 

 開いた手をうさぎの耳のようにして、甘えるような声を出す。照れた顔は赤く染まり、薄い生地に透けた肌は愛らしい仕草とは対照的に扇情的だ。

 

 

「……結婚するか」

 

 

「え、嘘。マジ? ホント?」

 

 

「今のはそれくらい可愛かった」

 

 

 今も心臓がバクバクいっている。気を抜いたら抱きしめてしまいそうな可愛さだ。

 

 

「あ、ありがと……」

 

 

 三浦は手を頭から下ろし、胸の前で両指を合わせる。視線は流れていた。わかりやすい照れの証拠で、俺は思わず笑いそうになった。

 

 

「にしても、あーし今ちょっと焦ったし」

 

 

「?」

 

 

「ヒキオがプロポーズしてくれたかと思った」

 

 

「ああ……」

 

 

 確かに言ったな。プロポーズ。

 

 

 

 ……ん? あれ? そういやプロポーズってどのタイミングですんの?

 ロマンチックな雰囲気か? 喧嘩の後? それとも2人で難関を乗り越えた時?

 

 いやそもそもそんなもん俺らにあるのか? もう2人で住んで早3年。一緒にいることが当たり前になっている。

 

 

 

 

 ……ん? それってもう結婚してるのか?(錯乱)

 

 

「結婚な」

 

 

「うん」

 

 

「よし、するか」

 

 

「はあっ!? いやちょっ、早すぎ!! 決めんの早すぎじゃない?!」

 

 

 三浦が慌てて静止する。そんなに焦ることか?

 

 

「結婚したくないのか?」

 

 

「い、いや別にそういうわけじゃ……。……あーしも、したいけどさ」

 

 

「じゃあ明後日の土曜日に三浦のご両親に挨拶行くか。一応俺のことも知ってくれてたよな」

 

 

「だからヒキオ早いし! ……ほら、心の準備とかさ……」

 

 

 心の準備ねえ。

 俺はおもむろに三浦のもとへ移動し、すっと手を広げる。

 

 

「結婚してくれるなら来い」

 

 

「来い!? なんかヒキオいつもよりテンション高くない?!」

 

 

「そりゃ今は心がぴょんぴょんしてるからな」

 

 

「結局それだし!!!」

 

 

 ゲシッ、と俺の胸をグーで殴る。手加減されてあったので痛くない。

 

 

 

 

 と、その直後。ふわっとした柔らかさが身体の全面を包んだ。

 

 

「……でも結婚したい」

 

 

 俺に抱き着き、小さな声でそう呟く。

 

 

 ……これはチノちゃんよりも可愛いわ。いやマジで。

 

 

「あ、そういや指輪買ってねえな。明日仕事終わりにでも買いに行くか」

 

 

「今日のヒキオはなんか格好良いけど、こういうとこはいつものヒキオ」

 

 

 最後の最後で締まらない。だがそれが俺で、それが俺達だってことは誰よりも俺達が知っているのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……で? 小僧。お前が優美子と結婚すると?」

 

 

「え、えぇ…………まぁ……」

 

 

「ハッキリせんかァ!!!」

 

 

 ビクゥ!!!

 

 

「ちょ、お父さんウザいしそれ」

 

 

「ウザい!? お前、俺が誰のことを考えてやって」

 

 

「はいはい、お父さんは静かにねー」

 

 

 土曜日、昼下がりの三浦家にて。俺は「まあ認めてくれるだろ」なんて適当なことを考えながら挨拶に来たのだが、考えが角砂糖よりも甘かった。そう言えばいつかの初詣の時クソ怖かったじゃねえか。何で忘れてたし俺。

 

 

「ありがと、お母さん」

 

 

「良いのよ。だって優美子が結婚したいって思ったんでしょ? それなら文句はないわよ」

 

 

「まあプロポーズはヒキオからだったけどね」

 

 

「……ふん」

 

 

 三浦家の会話を俺は黙って聞いていた。どうやらお義母さんが上手いこと纏めてくれているようで、俺は内心ホッとしていた。あのお義父さん相手に緊張せず立ち回れる自信はなかったからな。

 

 

「誰がお義父さんだ!!」

 

 

 何で三浦家はさも当然のように心を読んでくるの? 怖いの通り越して逆に感心してくるわ。

 

 

「私のことはママでいいわよ?」

 

 

「……お義母さんと呼ばせていただきます」

 

 

「あら。遠慮なくしなくていいのに」

 

 

「お母さん、ヒキオ困ってるし」

 

 

「そう? あ、というか優美子比企谷さんのことヒキオって呼んでるのね」

 

 

「まあ高校の頃からだし、今更変えるのもねー。ヒキオもあーしのことはまだ三浦って呼ぶよ」

 

 

 あっ、オイそれは。

 

 

「なんだとォ!? お前ら結婚するくせになんで苗字呼びなんだ!!! それで本当に結婚する気か貴様ァ!!!」

 

 

 ビックゥゥウ!!!!!

 

 

「……でも、確かにそれはそうかも」

 

 

「おい三浦……」

 

 

「だから貴様優美子と呼べ!!!」

 

 

「すみませんお義父さん!!」

 

 

「優美子はお義父さんじゃなくて優美子だ!!!」

 

 

 もうわけわかんねえよこの人!? 一々怒鳴るわ変な勘違いするわでマジで意味わかんねえ!

 

 

「ヒ、……えっと。八幡?」

 

 

 そう呼ばれた瞬間、背筋に何かムカデみたいなものが走る。

 

 

「ちょ、何て顔してんの」

 

 

「優美子」

 

 

「っっっ!!」

 

 

「……それだよ」

 

 

「まだ名前呼びは遠そうねえ。結婚式までには呼べるようにしておくのよ?」

 

 

「「はっ??」」

 

 

 お義母さんがいきなり飛躍したことを言い出す。結婚式?

 

 

「え? しないつもりだったの?」

 

 

「いえ……、ただ今すぐとは思っていなかったもので」

 

 

「うちに遠慮してるなら良いわよ。お父さん、これでも意外と稼いでるんだから」

 

 

 いや、だからと言って甘えるわけには……。

 

 

「結婚式をせんなら優美子との結婚は認めんぞォ!!!」

 

 

「ッ!? と、とりあえず実家に連絡してみます!!」

 

 

 勢いに圧され、直ぐにスマホを取り出し家の電話に繋ぐ。2、3度コールが続いたが割と早く電話に出た。

 

 

『もしもし?』

 

 

「お、おお親父か。丁度良い。結婚したいんだが式の費用出してくんね?」

 

 

『……ん? お前彼女いたのか?』

 

 

 この父親マジで俺のこと何も知らねえな!!

 

 

『彼女の実家は何て言っておられるんだ?』

 

 

「今すぐにでもしてほしい。費用の心配なら構わない、ってとこだ」

 

 

『ぬ……、それはつまり俺に甲斐性を見せろって言ってるのか。お前にしてはデカい喧嘩を売ってきたな』

 

 

「普通に結婚する報告をしただけだ。何でそれが喧嘩なんだよ」

 

 

『……わかった。別に余裕がないわけじゃない。どうせ小町の結婚も後だろうし、出してやらんこともない』

 

 

 父親が息子の結婚式費用を『出してやらんこともない』ってどうなんだ。俺もしかして本当に橋の下の捨て子なのか?

 あと多分小町の結婚が遅れるってのは十中八九お前のせいだろ。男連れてきても叩き出すまである。後の十のうち一や二はブラコンだから。これは譲らない。

 

 

『ただし式までには結婚相手をうちに連れてこい』

 

 

「わかった」

 

 

『……ハッピーバースデー』

 

 

「いやちげえよ」

 

 

 プッ。最後に意味のわからない捨て台詞を残して通話を切る。我が親ながら変なやつだ。この親にしてこの子ありとかは微塵も思わないが。

 

 

「うちも大丈夫だそうです」

 

 

「そう? 良かったわね、優美子」

 

 

「……うん」

 

 

 三浦は恥じらいながらも静かに頷いた。その様子に思わず俺まで照れてしまう。

 

 

「ハンッ!!! 用が済んだらとっとと帰れ!」

 

 

「……うす。じゃ、これで失礼します」

 

 

「あれ、もう帰んの? んじゃね」

 

 

「もっとゆっくりしていってもいいのに。それじゃあね?」

 

 

 お義母さんは少し申し訳なさそうにそう言ってくれる。ちなみにお義父さんの方は何食わぬ顔でふんぞり返っている。まあ何でもいいが。俺だって小町をどこぞの男に取られそうになったらこうなる、いやこれ以上に嫌な態度を取ってしまいそうだ。

 

 一応、この人は口ではそう言いながら認めてくれている。理由はわからないが、そういうのもあって憎むに憎めない。

 

 そしてそれ以上会話はなく、俺と三浦は荷物を纏めて玄関へと向かった。

 

 

 

 

 三浦の実家からの帰り道、その道中にある喫煙所で俺と三浦は煙草を吸っていた。俺はロングピース、三浦はピースライト。パッケージは違うが書かれているPeaceという文字は同じだ。

 

 火をつけ、不味い煙をさっさと吐いてから次の煙を丁寧に吸う。吸い込む速度はゆっくりに、煙草本体の温度を上げないよう落ち着いて。

 

 

「ふぅー……」

 

 

「クールスモーキング? だっけ? ヒキオそれ覚えてから煙ゆっくり吐くようになったよね。味わってんの?」

 

 

「そんなところだ。それより、その、……三浦」

 

 

「ん? あっごめ、……いやヒキオも三浦って呼んでんじゃん」

 

 

 名前呼び。高校の頃からも含めると既に合計8年間も“三浦”、“ヒキオ”と呼びあっている。今更呼び名を変えるのは本当に照れ臭い。

 

 

「……まあ、式までには呼べるようにしておこうぜ」

 

 

「……そうだね。あーしも今すぐは無理っぽい」

 

 

 妥当だろうな。式と言っても金があるからすぐやるとはならない。大体3ヶ月、俺としては半年くらい欲しいところだ。

 

 ……いや別に友達がいないから式の準備が楽になるとかはねえから。戸塚とか戸塚とか、あと戸塚とかいるから。

 あとそれに俺と違って三浦は友達が多い。俺と違って(大事なことだから(ry

 

 脱線したが、とりあえず名前呼びまでの猶予は結構あるということだ。

 

 

「あっ、そうだはち……、んん……、ヒキオ!!!」

 

 

「理不尽もいいところの怒りだなおい」

 

 

「うるさいし! あの、あれ! どうすんの?!」

 

 

「それだけでわかるか」

 

 

 ……ん? いや、わかるか。

 

 

「あれか、婚約届け」

 

 

「う、……そ、そうだけど?」

 

 

「……何でそんな照れてるんだ」

 

 

「いやだって何か生々しくない?! ……あとは、実感湧いたって言うか」

 

 

 ……。俺は煙草を金属の火消し場所へ簡単に押し付け、中へ落とす。消しが甘かったのかジュッと音が鳴った。三浦もいつの間にか煙草を消していた。

 

 

「まあ、結婚するしな」

 

 

 俺は左手の薬指に嵌められたシルバーのリングに目をやる。それが何よりの証拠だ。

 

 

「んで、婚姻届けはいつ出す。何なら今から書いて持っていくか?」

 

 

「別に拘りはない感じ?」

 

 

「まあ、結婚するのには変わらないからな」

 

 

「……いちいち結婚言うなし」

 

 

 頬を薄く染める。顔によく出るやつだ。

 

 

「別にいつでも良いならさ、結婚式挙げたその日にしない? その方が思い出に残りそう」

 

 

「ならそうするか」

 

 

「それにヒキオ二次会三次会とか苦手っしょ? そういう理由あった方が抜け出しやすいじゃん」

 

 

「……理解者ってか。よく分かってるな、俺のこと」

 

 

「そりゃヒキオの奥さんになるわけだしね」

 

 

 三浦は顔を見せないようにか、先んじて喫煙所を出る。俺には背中しか見えていない。

 

 すぐに追いつき、隣に並んだ。道すがら、三浦の左手が俺の右手に当たる。何も言わず手を繋ぐと、三浦はふふっと笑みを零した。

 絡んだ指の中に、冷たくて硬い感触がある。それが婚約指輪だと気付いた時、俺はその無機質に温かさと、そして柔らかさを感じたのだった。

 

 

 

 

 





気付いた方おられますかね? あーしさんのうさぎのポーズは昨日神であらせられるぽんかん様がツイートした例のアレです。


次回! 平塚静死す!!


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