もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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最終話です。




Last 後編

 式はつつがなく終わり、やがて披露宴に移る。会社の上司の俺に対する評価(別名創作話とも言う。あんたいつもそんなに俺の事褒めてなかっただろう)を聞き流していた。我が物顔で話す上司は止めることを知らないのかドンドン話を続けていく。

 

 

「……ねえ八幡」

 

 

「言うな」

 

 

「いや、あんたの上司じゃなくて」

 

 

「わかってる。それを言うなって言ってんだよ」

 

 

 十数個ある円卓の内1つから、とんでもない怨嗟が漂ってくる。結婚式には場違いもいいところだ。

 

 

 ……平塚先生、何もそんな人を殺すような目で見なくても。こうなる気はしてたから一瞬呼ぶの躊躇ったんだよ。ただ呼ばなかったら呼ばなかったで「生徒の分際で教師に気を遣うのか?」とか言いそうだしな。

 

 まあでも、一応恩師ではあるのだ。躊躇っただけで呼ばないなんて選択肢は端からない。

 

 

「ありがとうございました! いや、流石比企谷ですね!」

 

 

 拍手に包まれる上司はペコペコと頭を下げながら自分の席へ戻る。

 それにしても、葉山の司会進行ぶりはやはり流石だ。さっきから一切のミス無く、そして優美子の友達であろう女共は目を輝かせながら葉山を見つめている。下手したら多分新郎の俺よりも目立ってるぞ。

 

 

「では続いて、新郎の友人代表である戸塚彩加さんによるスピーチです」

 

 

「うっ……」

 

 

「ちょ、あんた泣くの早いし」

 

 

 だって戸塚が俺の友達代表なんて……なんて……、もう感無量だわマジで……。

 

 

 何故かドレスじゃなく黒のタキシードを着用していた戸塚は立ち上がってスタンドマイクの方へ歩く。あっおい葉山、お前何戸塚とハイタッチなんかしてんだよ。あとは任せたよ、とかそんなノリで戸塚の手に触れてんじゃねえ殴られたいのか。

 

 

 負の感情は、しかし戸塚の咳払いによって霧散する。そう、これだよこれ。平塚先生には一生かかっても出せないような天使オーラ。心做しか会場が明るくなった気がする。

 

 

「え、えと。ただ今ご紹介に預かりました、戸塚彩加です」

 

 

「っ……、っ……!」

 

 

「マジ泣きすんのやめろし。恥ずかしいって」

 

 

 優美子が呆れた顔で窘める。でもしょうがないだろう。あの戸塚が俺の友人を代表してくれてるんだぞ。俺じゃなくても泣くに決まってる。

 

 

「僕と八幡は高校生の時に出会いました。初めは僕が教室で八幡を見つけただけなんだけど、その時八幡は僕のことを知らなくて」

 

 

 ……あったな、そんな頃も。なんせ初対面の時は性別すら間違えたのだ。今も若干疑ってるけど。実は貧乳系ボクっ娘とかじゃねえかな。そしたらすぐにでもプロポーズしに行くのに。

 

 

「……ヒキオ?」

 

 

 うおっどんだけ低い声出してるんだよ。てか呼び方戻ってるし。こいつの読心術は本当にどこで得たものなんだ。遺伝か?

 

 

「知り合ったのはそれから1ヶ月くらい経った後だったかな。テニスの自主練後に出会って、そこで女の子と間違われちゃって。あ、僕男ですからね?」

 

 

 戸塚のその一言で会場がどっと沸く。戸塚のことを知らない一部からは喉千切れるんじゃないかってくらいの掠れた声が出ていたが。タキシード着てるのにな。もしかしたら仮装とか思われてんのかもしれん。

 

 

「そのちょっと後にテニスコートを巡っての騒動があったんですけど、それも八幡が助けてくれて」

 

 

「……」

 

 

 ふいっ。

 

 

「何顔背けてんだよ」

 

 

「いや……まあ、その」

 

 

「あの頃のお前に俺と結婚するとか言ったらどうなるんだろうな」

 

 

「昔はむしろ嫌いだったし」

 

 

「そういう正直なところ好きだわ。俺もどちらかと言うと苦手だった」

 

 

 今は好きだが。お互いそれは言わなかった。言わずもがなってやつである。

 

 

「それはほんの一端で、八幡はいつでも僕を助けてくれるんです。こういう大きなことから、些細なことまで。だからまずは、おめでとうよりも先にありがとうを言いたいです。……ごめんなさい、個人的なことで。それでも」

 

 

 うっ。ダメだまた涙が。

 

 

「ありがとう、八幡」

 

 

「……こちらこそ」

 

 

 結婚しよう。後に続いた言葉は、拍手喝采によって掻き消される。……まあ良いか。結婚もしたいが、それよりも恩を感じている。

 

 俺なんかの友達になってくれて、本当にありがとう。面と向かって言うと怒られそうなセリフだけど、それでも。

 

 

「……何か良い感じに浸ってるとこ悪いけど、あーし聞こえてたからね。よく自分の新婦の前でほかのおん……、いや男に結婚申し込めるし」

 

 

「男だからノーカンだ。戸塚は女かもしれないが」

 

 

「ならなおさらダメだから」

 

 

 それから戸塚は俺との思い出をつぶさに語っては、随所に笑いどころを交えるといった見事なスピーチを行った。自分のことを語られるのはむず痒くも嬉しいもので、気付けば戸塚の話は終盤に入っていた。

 

 

「……と、ちょっと長く話しすぎちゃったかな。とりあえずまとめると、僕は八幡のことが大好きです。末永くお幸せにね!」

 

 

 戸塚は俺達の方を一瞥し、微笑みかけてから一礼した。

 辺りの拍手はまるで雨のようだ。それほどまでに、戸塚のスピーチはよく出来たもので、俺への想いが込められていたように思う。これは別に思い上がりや冗談ではなく、本心で伝えてくれたのだと実感出来た。

 

 

「ありがとうございました。……本音を言えば、俺が比企谷の友人代表を務めたかったところはあるんだけどね」

 

 

 あいつまた言ってんのか。まあ客席沸いてるから良いんだけども。

 

 

「続きまして、新婦の友人代表である由比ヶ浜結衣さんと海老名姫菜さんです」

 

 

 呼ばれるなり、隣同士に座っていた2人は同時に立ち上がった。ゆっくりとマイクへ向かう姿はなぜか寄り添うような、支え合うものを想起した。

 

 

「じゃああたしが代表して。ただ今ご紹介に預かりました、由比ヶ浜結衣と海老名姫菜です」

 

 

 ペコリ。顔を上げた時、客席の男共が一様に声を漏らした。どちらも美人と言って差し支えない容姿。無理もない。

 

 

「まずあたしが優美子とどういう関係かをお伝えしようと思います」

 

 

 由比ヶ浜には似合わない丁寧な言葉。緊張も伺える。

 

 

「あたし達はクラスメイトでした。高校2年の頃なんて、あたしと優美子と姫菜は勿論、さっきの彩ちゃん……えと、戸塚くんや司会の隼人くん、後は新郎のヒッキーも一緒でした。だから、正直なところこの結婚式は一種の同窓会みたいにも感じています」

 

 

 俺達の関係を知らなかった客からはへ〜などと間抜けな声が上がっていた。でも確かに同窓会とは、言い得て妙だ。

 

 

「だから、今日はこうしてみんなでお祝い出来ることに感謝しています。優美子もヒッキーも、大切な友達だから。2人とも、おめでとうございます」

 

 

 客席から俺達の方へ視線を向け、祝福してくれる。俺と優美子は揃って頭を下げた。

 

 

「……ここからは、2人に向けた言葉」

 

 

 口調が一変する。語調さえ和らいだように感じた。

 

 

「あたしね、今でも思い出すんだ。4年前のこと」

 

 

「……ああ」

 

 

 聞こえないだろう。しかし言葉が口から勝手に飛び出していた。

 にしても由比ヶ浜。周りのやつらなんて、4年前が何のことか全くわからないだろうに。

 

 

「あたしはあの時、ヒッキーの背中を押すことが出来て本当に良かったと思ってるよ。……ふふっ、あの頃のヒッキーはホントに見てられなかったしね」

 

 

「結衣……」

 

 

 優美子からも知らないうちに声が漏れているようだ。横目で表情を覗くと、薄ら罪悪感が浮かんでいた。

 

 

「優美子も、ずっとヒッキーと一緒にいたからってヒッキーみたいなことしなくて良いのに。むしろあれが2人の絆……というか、運命の象徴に思えたしね。後になってちゃんと感じたの」

 

 

 由比ヶ浜の独白とも言えるそれは、確かに胸を締め付ける。伝える相手はいる。なのに独白だと感じた理由は、文字通り由比ヶ浜独りで告白しているような気がしたからだ。

 

 

「優美子。本当はこんなこと結婚式で言うのはダメなんだろうけど、あたしの分まで幸せになってね。それが1番嬉しい」

 

 

「……うん……っ」

 

 

 優美子の小さな頷きは、震えを伴ったものだった。左手を目尻に当てるところは、今の感情の答え。

 

 

「ヒッキー」

 

 

「……ん」

 

 

「あたしらしさを教えてくれてありがとう」

 

 

 それはお前が勝手に得たものだ。俺は何もしていない。

 

 

「親友をありがとう」

 

 

 それは雪ノ下だ。勝手に俺の手柄にするな。

 

 

「本物をありがとう」

 

 

 それはむしろ俺が言いたい。お前の、お前達のおかげで俺は渇望したものを見つけられたんだ。

 

 

「……ヒッキー」

 

 

 再び名前を呼ぶ。微かに、由比ヶ浜の声は揺れていた。

 

 

 

 

「あたしに初恋を教えてくれて、本当にありがとっ!」

 

 

 

 

 

 言うと同時に、一筋の涙が由比ヶ浜の頬を伝う。なのに笑顔でいる由比ヶ浜は、今まで見てきた中で最も綺麗だった。

 

 

「……ごめん、姫菜。後はお願い……」

 

 

「……うん。よく頑張ったね」

 

 

 海老名さんまでもが目を潤ませている。感情をあらわにした海老名さんは珍しい。

 

 

「蛇足になりかねないから、私からは1つだけ。優美子にヒキ……がやくん! ずっと幸せに!」

 

 

 本当にそれだけ言って、由比ヶ浜と共に一礼する。円卓に戻るかと思えば、2人は静かにこの大部屋から出て行った。

 

 誰も引き止めるものはいない。それがどれだけ無粋なことか、皆承知している。

 

 葉山は先程の余韻を感じさせつつ、披露宴の進行を続ける。

 俺はそれ以降の出し物やら何やらはしっかりと覚えていなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 一通り進行が終わり、休憩時間みたいな()

 

 

「煙草吸ってくるけど、お前も来るか?」

 

 

「お前じゃなくて」

 

 

「……優美子も来るか?」

 

 

「行かない」

 

 

「なら何で呼び直させたんだよ」

 

 

 てかそういやウエディングドレスってポケットとかあんのかな。煙草どこに持ってるんだこいつ。

 

 

「……あーし、ちょっと禁煙してみよっかなって」

 

 

「ん、まあ健康には良いけど」

 

 

 そんな殊勝な考え方……いや、そう言えば再会した居酒屋では煙草を注意されたっけな。今ではこいつも立派な喫煙者だが。

 

 

「……その、子どもが出来た時さ。禁煙出来なかったら……ほら。やばいっしょ?」

 

 

「……煙草吸ってくるわ」

 

 

「あっ、照れた。まあそういうわけだから、八幡は1人で吸ってきて」

 

 

「ん」

 

 

 俺は雑に答え、会場の外に出る。

 少し歩いたが喫煙所が見当たらないので適当なところに腰掛ける。これは噴水の囲いか。仮に水が上がっても大きな囲いのため濡れる位置ではない。安心してポケットからピースを取り出し、4年前優美子に貰ったライターで火を点ける。

 

 

「私にも火を点けてくれないか?」

 

 

 聞き覚えのある女性の声。顔を上げると、そこには平塚先生が立っていた。

 俺は無言で立ち上がり、平塚先生の咥える煙草にライターを近付けた。

 

 

「っ、ふぅ……」

 

 

 再び腰掛けると、隣に平塚先生も座ってくる。暫くはお互いの煙の吐く音しか耳に届かなかった。

 

 

「……比企谷」

 

 

「はい」

 

 

「私より先に結婚したな」

 

 

「……はい」

 

 

「覚えてるな? 私より先に結婚したら裏拳(バックナックル)→頭突き→エルボー→人間ヌンチャク→エア夜食だと」

 

 

「前半反則のオンパレードだし後半マンガ変わってるしそもそも前と変わってます」

 

 

 この人マジでやりそうだから怖えんだよ。煙草が爆弾(平塚先生の怒り)の導線だったとかありえそうで煙吸えない。

 

 

「まあ冗談だ」

 

 

「じょ、冗談ですか!! そそそ、そうですよね!」

 

 

「冗談じゃなくすことも出来る」

 

 

「あー冗談で良かったー! 俺ジョーク大好き!」

 

 

「比企谷君……流石に気持ち悪いわ」

 

 

 グサッと的確に俺の深いところを刺してくる。思い当たるやつなんて1人しか居ない。

 

 

「雪ノ下」

 

 

「今日話すのは初めてね。結婚おめでとう」

 

 

「おう」

 

 

「……私はもう行く。比企谷、幸せにな。ブーケトスは私方面に投げるよう三浦に言っておいてくれ」

 

 

 いつの間にか煙草を消していた平塚先生は、そう言い残してこの場を去っていった。

 短くなった煙草を、俺はもう1度だけ吸ってから消す。

 

 

「……そういやお前由比ヶ浜と付き合ってるってマジ?」

 

 

「そんなわけないでしょう」

 

 

「あっ間違えた。同棲してるってマジ?」

 

 

「どうやったらそんな間違いを犯すのよ……。……まあ、一緒に住んでいることは正しいわ。同棲という定義からは外れるけれど」

 

 

 優美子から聞いた時は耳を疑ったが、やっぱりマジなのか……。何時ぞやのエイプリルフールを彷彿とさせるな。

 

 

「あまり新婦以外の女と一緒に居るのは感心しないわね」

 

 

「現在進行形でお前が加担してるんだよ」

 

 

「ええ。だから手短に」

 

 

 何だ、勿体つけた言い方をして。俺は自然と雪ノ下の目を見た。

 

 

 

 

 

「幸せにならないと許さないわ」

 

 

 

 

 

 雪ノ下は踵を返す。歩いていく姿は凛としていて、以前のような脆さは感じられない。俺の知らないところで成長していたのだろう。

 

 

「言われなくとも」

 

 

 雪ノ下には届かない応答。だがわざわざ口にしなくとも伝わる。それが本物のはずだ。そんな醜い理想論でも、しかしお互い共有出来ているんだと何故か確信を持てた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「結局二次会三次会まで付き合っちゃって。八幡も人が良いし」

 

 

「単に断る暇がなかっただけだ」

 

 

 披露宴は何事もなく終わり、二次会三次会もドンチャン騒ぎではあったが無事終えることが出来た。俺と優美子はそこで抜け出して、かねてから予定していた婚姻届を提出しに役所まで歩いていた。

 日は既に落ち、午後8時。夜の歩道を街灯が照らしていた。

 

 

「あとどれくらいだ?」

 

 

「んー、多分10分くらい?」

 

 

「あやふやなら調べるぞ」

 

 

「大丈夫っしょ。どうせなるようになるし」

 

 

 まあ俺も嫌とは言っていない。こんなしっとりと落ち着いた時間は、結婚前も結婚後も変わらないんだな。厳密にはまだ結婚していないが。

 

 

「八幡」

 

 

「何だ」

 

 

「好き」

 

 

「……」

 

 

 急に何を言ってくるんだこいつは。思わず何も言えなかったぞ。いや別に照れた訳ではなく。マジで。

 

 

「俺も好きだ」

 

 

「だから結婚したんだもんね」

 

 

 コツ、コツと。2人の足音が徐々に積み重なっていく。

 

 

「ちょっとセンチなこと言うぞ」

 

 

「おっ珍し。どしたし」

 

 

「そういう気分なんだよ」

 

 

 ふぅ、と軽く息をついて。

 

 

「優美子」

 

 

「っ」

 

 

「結婚してくれてありがとう」

 

 

 改めて言葉にする。羞恥心は確かにあるが、それ以上に感謝を伝えたかった。

 

 

「……ずるくない? あーし今めっちゃときめいちゃった」

 

 

「思ってたことを言っただけだ」

 

 

「……ほらまたそんなこと言う」

 

 

 少し歩く速度が落ちた優美子に歩幅を合わせる。慣れたものだ。

 

 

 

 俺と優美子が出会ってから8年。これからもっと長い年月を過ごすのだろう。その中で喧嘩がないとは言いきれない。後悔しないとも限らない。

 

 

 だが、今のこの気持ちは本物だ。やがて色褪せるかもしれないが、ここにあったというのは紛れもない事実。

 

 

 

 叶うことなら、一生この想いを抱えて生きていきたいものだ。

 

 俺は口には出さずに、無言のまま優美子の手を握った。

 

 

 握り返された手は温かかった。

 

 






まずはここまで読んで頂き本当にありがとうございます。拙作『もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら』はこれで完結になります。

連載しだした当初はこれ程の評価や感想をいただけるとは全く考えておらず、今も感謝でいっぱいです。感想を見る度にニヤニヤ、高評価を頂ける度にニヤニヤ、日間ランキングに入る度にニヤニヤと顔の筋肉が引き攣りっぱなしでした(笑)

今度はもう未練がましくアフターを書くことはないと思います。恐らく、多分、きっと(←オイ)

2度目になりますが、ありがとうございました。

くぅ疲これ完!


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