もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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4話

 時刻はそろそろ10時を回る頃。秋の夜は着込んでる俺でも寒いと感じるほどで、汗に濡れた三浦ならば一際寒いだろう。

 

 

「寒くないか?」

 

 

 言ってから気付いた。分かりきったことを聞いてしまうあたり、俺も寒さにやられているな。本当に俺でこれなら三浦はどれほどなんだ。

 

 

 ──この頃の俺は、それが“心配”なのだとは知る由もなく。

 

 

「寒くない……っしょん!」

 

 

 おおよそ女らしくない豪快なくしゃみ。個人的には聞こえよがしな可愛らしいくしゃみよりも好感が持てる。

 

 

「わけのわからん嘘はつくな」

 

 

「だって……」

 

 

 と言いつつ、どうするかを思案する。俺の服を着せてやるか、とっとと送り返して早く風呂に入ってもらうか。

 

 ただ服を着せるのは根本的な解決にはなっていない。それに汗をかいているから遠慮する(三浦の場合は嫌がるという方が似合いそうな気がするが)可能性もあるため、良い案とは言えないだろう。

 

 

「ここからお前ん家までどれくらいある?」

 

 

「さあ」

 

 

「『さあ』ってお前」

 

 

「だってここどこか知らないし」

 

 

 あんたを探すので精一杯だったから、と小さく呟くのを俺は聞き逃さなかった。あえて言及するのも墓穴を掘りそうで何も言わないが、少し照れくさい。

 

 

「…ここからさっきの居酒屋の最寄り駅まで10分てとこだ」

 

 

「なら30分弱?うちそんなに駅と近くないからねー」

 

 

 ……30分。その間濡れ鼠状態で過ごすのは、身体的にも衛生的にも悪い。

 

 

 仕方ない。

 

 

「嫌なら断ってくれてもいいしな?」

 

 

 唐突な俺の発言に三浦は何?と訝しむ。

 

 

「俺ん家すぐそこだから、とりあえず風呂入れ。そのままじゃ風邪引くだろ」

 

 

「…え、もしかしてヒキオあーしを落とそうとしてる?」

 

 

「アホか。風邪引かれると俺にも罪悪感が残るだけだ」

 

 

「あっそ」

 

 

 何とも思わなさげな態度で答える。実際何とも思っていないのだろう。あくまで罪悪感に対する罪滅ぼし。あくまで衛生的な配慮。そう思えば先程まで悩んでいたのも馬鹿らしくなった。

 

 

「……なら、お願いしようかな」

 

 

 ん、と俺が歩くのを促す三浦。口を挟むでもなく俺は帰路を辿った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ヒキオの家は割と新しめではあるが普通のアパートで、1DKといかにも学生らしい部屋だった。

 

 

「…何これ、天井?」

 

 

 玄関を抜けると天井が一気に高くなった。というか玄関の天井が低いのかな。何にせよ玄関と部屋の天井の高さが違うというのは私にとって異質に写った。

 

 

「ロフト。若干値は高めだけどカッコイイだろ?むしろこれを見て決めたまである」

 

 

 確かに男が好きそうなデザインではあり、これなら実質2DKのようなもので良いかもしれない。

 

 

「とりあえず風呂が出来るまでは適当にしててくれ」

 

 

 ヒキオがキッチンの方に行くと、私は特に遠慮もすることなく座布団の上に座り込んだ。

 

 一人暮らしなのに律儀に2つ置かれている座布団に少し笑いを覚え、しかもどうせぼっちなんだから使わないじゃんと考えると笑いを止められずにはいられなかった。

 

 

 少ししてヒキオがお茶を持ってきてくれ、対面に座った。向かい合うのは少しだけ気恥ずかしくも感じた。

 

 

 暖かい。お茶を手に取った時、最初に抱いた感想はこれだった。温かいとは違う、ふわっとしたあたたかみ。今の私にこの感覚を形容できる言葉はないけれど、多分ヒキオなら何食わぬ顔で言葉に変えることができそうな気がする。

 

 

「これほうじ茶?ホント何から何までカッコつけてるよねあんた」

 

 

「うるせ。美味いからいいんだよ」

 

 

「それにしても、ヒキオ部屋めっちゃ綺麗じゃん。男の部屋って汚いもんだと思ってた」

 

 

「まあこの部屋はな。ロフトとかは本だらけだ」

 

 

 へえ、あとで見に行こうかな。心の中でだけ呟きながらお茶を飲む。うちのは麦茶で済ませているため、少し新鮮である。

 

 

 ヒキオがスマホを触り出してからは会話は途切れた。後を追うように私も滞っているメールなりLINEなりを返していく。

 

 

 もう無言が気にならないんだな。私達は互いにそう気付きながらも口にすることは無かった。

 

 

 

 

 お風呂が沸きました、と流れる。立ち上がると、ヒキオが

 

 

「服とか下着はどうする?もしあれなら出しておくが」

 

 

と言ってきた。これは新手のセクハラか…?

 

 

「てかヒキオ、なんであんた女物の服持ってんの。キモ」

 

 

「待て待て、妹だ妹。勝手に犯罪者に仕立て上げるな」

 

 

 ああ、妹か。なるほどと納得したが、冗談半分にもう一度だけ疑惑の視線を送る。はぁ、とため息をつく姿はなぜか様になっていた。

 

 

「借りれるんなら借りたいけど、ヒキオの妹とあーしってサイズ合う?」

 

 

「………まあ、大丈夫だ。うん、大丈夫」

 

 

「そ。なら借りんね。どちらの意味でも」

 

 

 まるでヒキオのような言葉遊びをしてから、風呂場へ向かう。ヒキオはあいよと返事して残っていたお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 洗面所で服と下着を脱ぎ、洗濯機に放り込む。人の家で裸になるのはやはり少しだけ抵抗があるが、それも脱いでしまえばなくなる。万が一にも扉が開かれたら目潰しだな、と身構えるが来る様子はない。

 

 

 風呂場も例に漏れず綺麗にしており、シャワーを浴びてからシャンプーなりどうしようか悩む。人んちのやつを勝手に借りるのは人としてどうなの?とも思うけど汗の気持ち悪さにはあがなえず借りさせてもらう。ヒキオには事後報告でいいだろう。

 

 

 一通り体も洗い終えると、やっと湯船に浸かる。

 

 

「っはぁぁ…」

 

 

 思わず息がこぼれた。冷えた体が芯から温まるのがわかる。この時間だけは何も気にせずに体を自然に委ねることが出来る。

 

 

 ……このまま帰るのめんどいなあ。お風呂に入っているとどうしても眠たくなってしまい、どうにも動く気力が削がれる。

 

 ヒキオに泊めてつったら泊めてくれるかなあ。それは流石に許してくれないとは思うけど、ホント帰るのが面倒臭い。

 

 

 まあ、私達は年頃の男女だ。いくら互いにその気がないとはいえ、その辺はモラルの問題だね。

 

 

(ヒキオがあーしん家に泊めてくれって言ったら断るのかな)

 

 

 その自問にはとっさに答えられず、体をお湯の中へ押しやるのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「お風呂ありがと。…てかヒキオ、あんたまだ飲むの?」

 

 

 お風呂から上がり、置かれていた服に腕を通してから元いた部屋に戻ると、ヒキオは缶ビールを1本開けていた。

 

 

「思ったよりも美味く飲めなかったからな」

 

 

「まあわからなくもないけどね。あーしもああいう場で飲むアルコールはそんなに好きじゃないし」

 

 

「いい経験だった。もう2度と合コンは行かねえな」

 

 

「あーしと飲むのは?」

 

 

「…別に不味くはなかった」

 

 

「素直に」

 

 

「普通に飲めたよ。美味かった美味かった」

 

 

「そ。ならビール1本貰うね。なんせあーしとだと美味しく飲めるらしいし」

 

 

「てめえそれが狙いか…」

 

 

 言質を取ってキッチンに向かい、残っていた3本のうち1本を手に取る。戻って対面に座りヒキオの顔を覗くと、すでに赤くなっていた。

 

 

「この銘柄あーしの好きなやつじゃん。わかってんねヒキオ」

 

 

「これくらいの甘さが丁度いいからな。たまにマジで沖縄に住みたくなる」

 

 

「別にどこだろうと味は一緒っしょ…」

 

 

 種類は豊富らしいけどね。そう思うと私も行きたくなる。

 

 

「あ、そうそう。ヒキオの妹さん胸めっちゃでかくない?あーしも割とおっきい方だと思ってたけど、この服ちょっとだぼついてるし。結衣といい勝負しそう」

 

 

「…」

 

 

 あ、胸見た。すぐに視線をそらしていかにも興味無さげに振舞っているけど、男の、それも1対1での視線に気付かない女はいない。別に気にしないんだけども。

 

 

「まあ、でかいんじゃないか?…うん、でかい。でかい」

 

 

「何それ、なんか自分に言い聞かせてない?」

 

 

「んなことねえよ。この場には俺とお前しかいないだろ?んで小町のことを知ってんのは俺1人だけだ。つまり知ってる俺がそうだといえばそれが証拠になるわけだから、小町は…、俺の妹は巨乳だ」

 

 

「急に饒舌だし。なんかあんの?」

 

 

「いや、まあ別に」

 

 

「あ、そうそう。あーし今日泊まっていい?」

 

 

「…なら俺がロフトで寝るから、隣の部屋のベッド使え」

 

 

「……意外。断るもんだと思ってた」

 

 

「俺がお前の立場なら帰んの絶対面倒臭がるからな。大方そんなとこだろ?」

 

 

 ぐい、とビールを傾ける。ヒキオに見透かされたのはなんか癪だけど、泊まれるのならお言葉に甘えよう。幸い明日は授業はないし、早く起きてすぐに家に帰らなければならないといったこともない。

 

 

 ……ただ、初めて男の家に泊まるというのは、ちょっとだけ緊張する。

 

 

「あーしのことわかってんじゃん。じゃあ…」

 

 

 メイク落としてくるね。言おうとしたが固まってしまった。

 

 寝るにはメイクを落とさなければならない。肌のことを考えると当たり前のことだけど、ヒキオの前ですっぴんをさらけ出すのは、ちょっとだけ恥ずかしい。

 

 

「なんだ?ビールならあと……3本くらいか?飲むなら付き合うけど」

 

 

 悩んでいても仕方がない。もしここで落とさない選択をするなら帰らなければならない。それは面倒臭い。いやマジで、他意とかなく。

 

 

「メイク落としてくる」

 

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 2本目を開け、もう1本を三浦の座っていた場所の前に置く。いらない世話かもしれないが、何となくあいつは飲みそうな気がした。

 

 

 落としてくると言ってからちょっとすると、三浦が戻ってきた。いつものギャルっぽい雰囲気はなくなり、代わりにどこか清楚なイメージを持った。元が金髪なので本来の意味とは多少異なるかもしれないが、少なくともいつもよりは純粋な風に見えた。

 

 

「ど、どう…?」

 

 

「は?」

 

 

 何が、という前に三浦は答えた。

 

 

「だから、あーしのすっぴん。別に変じゃないよね?」

 

 

 何を聞くんだコイツは。これを答えさせて俺に一体何を期待してるというのか。ここで変だと言えば拳が飛ぶこと間違いなしで、変じゃないと言えばそれこそ変に勘ぐられるかもしれない。

 

 正直な感想は、“すっぴんでも綺麗だと思う”だ。しかしこれを言うわけが、言えるわけがない。

 

 

 ましてこれから家に泊まるやつに対してなんて。

 

 

 どうやらこの質問がまずいものだと気付いたのか、三浦はごめん忘れてと流れる速さで言ってきたので、言葉通りにする。一安心だな。

 

 

 

 

 それからお互い2本目を飲み干すまでは前の2人飲みと変わらないような会話をしていた。

 

 途中三浦が感謝と謝罪をしてきたのには驚いたな。こいつもちゃんと成長しているんだな、とお前何様だよレベルの感想を抱きながら気にすんなとだけ返しておいた。今ので三浦との縁も切れただろうな。確かあの時はそんな漠然とした考えを持っていた。慣れたこととはいえ、若干寂しくも感じたのは果たして当たり前なのか。答えは出るはずもない。

 

 

 三浦が眠そうにしていたので、俺は新しい歯ブラシの場所を教えてからロフトへ上がった。まだ読みかけの本があったので、俺はそれを終わらせてから寝る。上からそれだけを伝えて栞のページを開いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 短編だったので思いのほか早く終わったため、もう1冊短編を読んでから洗面所へ向かった。歯ブラシはコップに入れているのだが、俺の青の隣に三浦のピンクが立てられているのを見て手に取ろうとした。

 

 

 ……いやいやいや。落ち着けよ俺。何勝手に人が使った歯ブラシ取ろうとしてんだよ。変態か。こういう時は明日のことを考えて心を落ち着かせるんだ。

 

 朝起きて三浦と飯食ってから送る。んで家に帰ってから洗濯なり掃除なりして、スマホいじってから昼飯。昼からは寝て夜飯を食べて寝る。うん、いい感じだ。

 

 

 今度はちゃんと青いの(俺の歯ブラシ)を取り、歯磨き粉を付けて歯を磨く。なんか先に水をつけてやるのは間違いらしいな。前になんかのテレビで見た。

 

 

 それと、さっき読んだカフカの『変身』はやっぱえげつねえな…。有名だけあっていつかは読もうと思っていたが、あんな結末なら読まない方が良かった気さえしてくる。

 

 何とも言えぬ後味の悪さを残した後に生まれるのは、気落ちと少しの後悔だけだった。だがああいったものにも触れてこそ、初めて喜劇を喜劇たるものだと思えるのだろう。

 

 

 やっぱり妹は正義。半ば辺りまではそう思っていたんだけどな…。

 

 

 ああ、妹で思い出した。三浦に小町は巨乳だと言ってしまっていたな。一応万が一のことを考えて、明日は来るなと連絡しておこう。嘘だと思われると(まあ嘘なわけではあるが)後々面倒だからな。元々そんな高い頻度で来ることはないが、たまにふらっと来るそのタイミングは不規則なので可能性が0ではない。念には念を入れて、だ。

 

 

 口をゆすいで歯磨きを終える。ロフトに戻る前俺の部屋の音を聞こうと静かにすると、小さな寝息が聞こえてきた。どうやら寝られたようで俺は安心し、電気を消してから俺も布団に入った。

 

 

 おやすみ。久しく言っていない言葉を心の中で唱え、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、三浦の声と朝飯の匂いで目が覚めた。その前にインターホンの音が聞こえた気もし、寝ぼけた頭で情報を整理すると三浦が出てくれるようだった。

 

 

 ……昨日ちゃんと小町には来るなつったし、小町ではないだろう。いや、嫌がらせのためにくることはあるかもしれないがそういったことをあまりする方ではない。

 

 と、信じたい。

 

 

「今行きまーす。あとヒキオは顔洗ってな」

 

 

 三浦がぱたぱたと足音を鳴らして玄関の方へ移動する。言われた通りロフトから降りて洗面所へ向かおうとした時、俺は気付いた。

 

 

「あ、待て三浦!やっぱお前は出るな!」

 

 

 時すでに遅し。気付いたのは三浦が鍵を開けてからだった。

 

 

「おはよ、ヒッキー!朝ごはんは……って、これどういうこと?」

 

 

「ヒキオ。あんた彼女いんのにあーし泊めたん?ちゃんと説明しなよ」

 

 

 ……やっぱこうなるんだよな。小町と同じくらいの頻度で来る由比ヶ浜をすっかり忘れていた。

 

 

 そして、針のむしろとはこういうものかとどこか他人事のようにも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あーしさんの胸の大きさを確認するために俺ガイル妄言録3巻を読み直すと、最後のページにエプロンを着たお嫁さんルミルミがいました。お嫁さんにしたくなりました(小並感)


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