カタカタカタ、とキーボードを叩く音が響くこの場所は、言わずと知れた学園都市治安維持の砦である風紀委員の支部である。都市外の方々に馴染みある言い方で言うと、警察署もしくは交番みたいなもんだ。そして俺の前の職場だ。
因みにカタカタ音の原因はフシギバナ。あいつインテリ系だったのか。エスパータイプかよ。何でも凄腕のハッカーらしい。見た目で判断するなの極致だな。
高速でキーボードを叩く指、普段とは全くもって真逆だな。のんびりしてるやつに見えて、やる時はやるらしい。オレと同じだな。
視線を少し上に向ける。
代わる代わる様々なウィンドウを写し出す画面。オレはそれを退屈そうに眺める。今現在、オレは暴行事件とやらの予習中。どこどこで起きたとか、何時に起きたとか、そういう情報を見ている。というか見させられている。
「一番近い時間帯ですと、今から一時間くらい後に、この辺りで良く起きていますね 」
「なら、その時間帯に・・・ 」
真面目な顔をした白井が、真面目な話を真面目にしてやがる。てっきり悪態をねちねちつかれるかと思っていたが、仕事とプライベートは分けるタチらしい。オレと同じだな。あれ、デジャブが。
二人の女子中学生の会話に年長者であり、男であるオレが入り込める余地は無く、その会話をBGMに机に置いてある湯呑みを手にオレは茶を飲み始めた。これで話しをしないで済む大義名分を得た。
ずずず、とお茶を啜る。横で話す二人を尻目にティータイムを満喫。たまに画面に目を写す。オレと白井に挟まれて座っているフシギバナ、もとい初春。初春の向こう側にいる白井は視界に入れない。
あー、暇だ・・・
やることが無い。暇だ。お茶は美味い。それだけだ。
昔からパトロールは好きだったが、こういう捜査前の会議とか話し合いはマジで苦手だった。デスクワークには向いてないなと改め実感。居心地悪いな若干。二人の会話は圧巻。そんなオレはアカン。オウイエー!
暇すぎて脳内でラッパーになってしまったな。全く。綿密に計画なんざ立てなくても、しらみつぶしに悪そうなやつを即殺すればいいだろ。だってこの都市の不良は大体ロリコンだし。全員涙子ちゃんの敵だ。
身体を反らし、背凭れに凭れる。凭れるというレベルじゃないくらい、後ろに体重をかけた。視界が逆さまになる。固法さんが仕事してるのが見えた。
「ちょっと、ちゃんと聞いてますの? 」
視線を横にスライドすると、じっとりとした目でオレを見ている白井が見えた。
「ますの 」
「ブチ殺しますわよ 」
「あはは・・・ 」
ひでぇ、罵倒が返ってきたぜ。初春も先輩にそんなこと言っちゃ駄目ですよ、とか擁護してくれよ。何つー模範的な苦笑いしてやがる。
「聞いてるっつーの、聞きまくってら。アレだろ、アレ。ロダンの有名な彫刻である考える人は、実は考えてない人らしいな。アレは見てる人らしいぞ 」
「何の話ですかそれ・・・ 」
「初春、その猿から離れてくださいまし。わたくしがブチ殺しますわ 」
白井の目が本気と書いてマジ。わよ、じゃなくて、わ、になってるし。あのチョークみたいな矢に指掛けてやがる。つかそれ装着する位置ミスってんだろ。見たくもないパンツがあわや見えそうだし。
しゃあねぇな、無為にバトるのは面倒だから真面目モードになりますか。あと、血がのぼって頭が回らなくなりそうだし。
そう考え、オレは姿勢を正した。そして二人の方を向く。
「ジョークだよ、ジョーク。JJK 」
「じぇーじぇーけー? 」
「ジャッジメント・ジョーク。おいおい研修期間で習わなかったのか? 風紀委員にゃユーモアも必要なんだぜ 」
「ほへぇ・・・白井さん、そうなんですか? 」
「そんな男の話は、ばか正直に聞かなくていいですわ初春 」
おーこえぇ。男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、女子月日経てば反抗期に入るとも言うべきだろ。オレへの当たりが強い。せっかく固い空気を緩和させる役割を演じてやったっつーに。
「冗談はさておき・・・決まったか? やりかた 」
「えぇ、どこぞの誰かが静かにしていてくれたお陰で、すんなりと決まりましたわ 」
「よせやい。そんな褒められると照れちまうよ。オレのお陰じゃない・・・他でもないお前らの功績さ 」
「やっぱりブチ殺しますわ! 」
「し、白井さんっ! 落ち着いてください!!」
葉巻でもありゃハードボイルドに決められたのに、湯呑みじゃしまらねぇな。白井はわんわんうるせぇし。
「ハーッ・・・ハーッ・・・ 」
「うぅ・・・板挟みにされてる中間管理職の人の気持ちが分かりました・・・」
さすがにふざけすぎたか。反省。この事件は涙子ちゃんの身の安全にも関わるし・・・真面目にいこう。えーっと、これがプリントした書類か。えっと? ふむふむ。
「・・・もういいですわ。真面目に対応するだけ無駄ですの。わたくしはもう要点しか言いませんわ。いいですの? 方法は─── 」
「今から約一時間十分後、この路地・・・だろ? 」
「わわっ、ちゃんと聞いてくれてたんですか? 」
書類を見る限り、一連の事件とは無関係に見える地点を指で示す。初春は驚いたような顔でオレを見た。白井は言わずもがな、渋柿を干さずに生で食べた顔だ。
「まぁオレはこう見えて、風紀委員トップの業績を上げたスーパーメントだからな 」
「それジャッジ省略する必要ありますか? 」
「佐天くん、その言い方だと会社員みたいになってるわよ 」
「あ、いつの間に」
不意に聞こえてきた声に振り向く、そこには何を隠そう固法さんが立っていた。
「・・・で、何でそこになると思ったんですの? 」
「そりゃ、こういうことさ。つまりは 」
ギロリと射殺さんばかりにオレに向けられた白井の視線。説明しろ、と言ってくる。なに簡単なことさ、そう言わんばかりにオレは地形図をトントンと指で叩いた。
そしてペラペラと説明する。ペラペーラペラペーラ。その内容は省略する。書くには余白が少なすぎるし、腱鞘炎になりそうだ。べ、別に面倒臭いとかじゃないんだからね!
「おー、凄いです! 」
「さすがね 」
「く・・・認めたくありませんが・・・ 」
「この短時間でそこに至るとは・・・やはり天才か・・・ 」
「そんなこと思ってませんの! 」
「佐天くん、そういうのは自分で言わないの 」
称賛の嵐、まるで主人公みたいだな。ここで言うべきは、え、オレ何かやっちゃいました? だったか? 白井を弄ってる場合じゃなかったぜ。
「ならもう作戦はバッチリね 」
「はい、もうバッチリです! 」
「ま、俺一人でも充分なんすけどね・・・ 」
「それはわたくしの台詞ですわ! 」
茶を啜り、憤る白井を無視して室内に備えられた時計を見る。まだ作戦までは時間が空いている。なら、思い出話に水を与え、花を咲かせますか。
「なんですの・・・気持ち悪い顔をして 」
おっと、これから起こるだろう愉快なことに対する気分の高揚が顔に出ていたか。しかし白井、オレを怒らせていいのか?
「初春、これを何と心得る? 」
どこからかオレは紙をピッ、と人差し指と中指で挟んで取り出す。その紙は写真だ。とびっきりの写真だ。初春へと差し出した。
「へ、何ですか・・・か、可愛い! 」
「どれどれ・・・本当ね 」
予想通りのリアクションありがとうございます。くっく、これが白井を責めるのに最適な方法だろうな。
「二人で何を見てるんです・・・のっ?! 」
「白井スペシャルエディション、小五編。まだまだあるぞ 」
「いつの間に撮ってたんですの!? ちょっ、やめてくださいまし! 」
写真に写っているのは研修中の白井、つまりは二年ほど前だ。カルガモ時代だ。訓練で疲れ、居眠り中のところを撮った写真だ。そしてまだまだあるぞ。
「み、見せてください! 」
「しょうがねぇな。ほらよ 」
「ほらよ、じゃありませんの! 肖像権の侵害ですわ!!」
小判をばらまく石川五右衛門の如く、オレは写真をばらまいた。歩く白井に走る白井、オレの後を追い掛ける白井、どれもこれも悪魔に大ダメージを与える、破魔札だ。
特にこのオレに頭を撫でられてるのなんて、今では屈辱以外の何者でもねぇだろうし。はは、ざまぁ!
そして作戦時間、目的地へと向かう時には白井はどんよりと疲れ切っていた。どう見てもオレの勝ちだな。あっはっはー!