ゲーセンっつーのは、言ってしまえば俗物のメルティングポッドだ。
彼女連れでのんびりイチャイチャしながらゲームに励んでいる奴もいれば、キレッキレの動きで何か舞ってる奴もいるし、何かめっちゃ絶叫してる奴もいるし、自分の腕の無さをゲームにぶつけ暴れる奴もいれば、それを止める店員も当然ながらいて、
もうなんつーかアレだ。
ケイオスな空間だ。
オレ同伴ならまだしも穢れを知らない涙子ちゃんには、付近10キロ範囲にも近付いて欲しくない。誠心誠意、全うに穢れ切った澱み深い空間だ。
チャンチャカチャンチャカ響いているBGMと言うには主張が強すぎる電子音たちには、耳がめちゃくちゃ痛くもなる。
さてさて、言わんでも分かると思うが・・・こんな風情の欠片も無い場所には似合わないが過ぎるのが、オレが不覚にも今日案内してしまった湾内さんだ。そう例えるなら、ドブの中に綺麗な花が一輪咲き誇っているような、とんでもない違和感。
オレは早くも後悔した。こんな犬畜生にも劣るスラム街に連れてくるくらいなら、その辺の寂れたコンビニの方が遥かにマシだ。襲い来る自責の念に思わず頭を抱えそうになるオレを許してくれ。
ちらりと前を歩く湾内さんの様子を伺う。まるで上京したての地方人のように、店内を興味津々に、不思議そうに、おろおろと見渡している湾内さん。目を離したら簡単に迷子にでもなりそうな、ふらついた足取り。
よし、こんなトコはとっとと出よう。そしてオペラ座に行こう。湾内さんにはその方がずっと似合う。
そう考えたオレは目の前の背中に向け、ゲーセンから出る旨を伝えようとした・・・しかし、そんな次の瞬間、湾内さんはゆっくりとオレの方に振り返った。そのまま、湾内さんはとある方向を指差す。
「あの・・・佐天様、あちらは一体何でしょう・・・? 」
湾内さんの白くか細い指が示す先、その延長線上にずでん、とふてぶてしく居座っていたのは、真四角の物体だった。
「ああ、ありゃクレーンゲームだよ 」
そこ行く百人に『ゲーセンと言えば?』とでも聞けば、九十人は真っ先に上げるだろうゲーセンの花形、それがそうともクレーンゲーム。因みに英語ではクロークレーンって呼ぶらしいぞ。これはどうでもいいな。
「くれぇんげぃむ・・・? 」
湾内さんは不思議そうに首を傾げた。
「そ。あの上からぶら下がってるクレーンで景品を取んのさ 」
「景品をとる・・・」
にしても、クレーンゲームを知らねぇなんてやっぱり筋金入りのお嬢様なんだなぁ・・・住んでる世界がダンチだ。オレなんて物心ついた時にゃ知ってたからな。
すまん、ちょっと誇張した。でも小学生の時には絶対知ってたな。
「なんか欲しい物ある? 」
「い、いえっそんなことは・・・ 」
オレに遠慮でもしているのか、小さく首を振る湾内さん。しかし目線はチラチラとゲームの方向に向けられてるのを見逃しはしない。
クレーンゲームに近づき、ケースの中に敷き詰められている無数のぬいぐるみを指差しながら
「こういうのとか、けっこー良いんじゃないか? 」
湾内さんに向かって、首を捻る。
無数のぬいぐるみの内訳、メジャーなので言えば犬猫やライオン、虎、その他諸々。
マイナーなので言うと、なんだろうこいつは・・・んー、ナマコ? うん多分、ナマコ。いや誰が取んだよ、こいつだけ異質すぎんだろ。もっと海の生物のいるケースに放ってやれよ。鯨とか、イルカとか、そういうトコに。それでも誰も取らないだろうが。
「は、はいっ・・・とても可愛らしいと思いますっ! 」
「なんか好きなやついる? 」
「・・・っ!? さ、佐天さ・・・! 」
「いや、オレにんげんゥーーっ!! 」
え、なに? 湾内さんの中でオレは動物カテゴリーに入ってるの? もしかしてナマコみたいに思われてんのか!?
そんな物凄い寂しさを覚えながらも、オレはツッコミを入れる。その悲しさをおくびにも出さない努めて明るい口調で、ナマコのオレはツッコミを入れた。いや誰がナマコやねん!
「す、すみません! 申し訳ございません! 今のは・・・っ! 」
「あはは・・・気にしてねーって 」
湾内さんは真っ赤な顔で、おきあがりこぼしもビックリの早さで、頭を大袈裟に何度も何度も下げている。それを見ながらオレは、これからは動物ではなくて人間的な行動を徹底することを決意した。いや別に、今まで動物みたいに生きてたつもりは全く無いし、むしろ人間としての大きな自負はあったんだけども。
「で、どれがいいの? やっぱ犬? 猫? あえてのライオンとか? 」
「え、えっと・・・さ、佐天様が選んでくれたものなら・・・な、なんでもいいですっ! 」
なぜか思い詰めたような目で俺を見詰めてくる湾内さん。なんかオレの拙い審美眼ごときをいやにこの子信頼してんな。
くそっ、これは責任重大・・・湾内さんに似合うのは、やっぱえーっと・・・
「・・・んー、湾内さんに似合うのは、ここには無いイルカとかだと思うんだけど・・・ほら水泳部だし、可愛いし 」
「かかっ、かわっ・・・!? 」
でもな、このケースん中は陸上の動物しかねぇし、唯一の海洋生物はなぜかナマコだし。ホントなぜだよ。まだタコとかの方が納得できたよ。なんならクリオネでだって納得できたさ。ホントなんでさ。
そうだ、クレーンゲームなら他にもあったよな。隣のは・・・えっ? 何このカエルの遺棄場は・・・? ゲコ太? 気持ち悪っ、誰がこんなの好むんだよ。ナマコこっちに一緒に詰め込んどけよ。地獄の様相になりそうだけど、その方が良かったろ。
「湾内さん、向こうの・・・ 」
もう一つクレーンゲームをあっちに見つけたからそっち見に行こうぜ、と湾内さんの方を向いてみるも、そこにあったのは火山だった。湾内さんでなく、活火山だった。デジャブを感じる。
「わ、湾内さん!? なしたん!? 」
「か、かわいっ・・・かわっ・・・ 」
「川井?! 川井さんになんかされたのか!? 白井じゃなくてか!? 」
いつの間にかただ、かわ、だか、かわい、だけを壊れたカセットテープのように繰り返すだけの存在になっていた湾内さん。正確には川なのか皮なのか、川井なのか白井なのか分からないが、白井説をオレは推す。
きっとあの性悪ケーシィの事だから、オレの友人までターゲットにしたに違いない。くそっ、オレがゲボ太だかゲロ太だかに気を取られてる間に・・・不覚ッ!!
「大丈夫か!? いったんここを出て 」
「だ、だだだっ、だだだだだいじょうぶです・・・っ! 」
「いや微塵も大丈夫に見えねぇって! 」
「ほ、本当にだっ、大丈夫です・・・っ・・・!! 」
ほ、ホントに大丈夫なのか・・・? まぁ確かにさっきよりは呂律と『だ』の数が減ってるけども、さっき一回噴火してるから慣れて復活が早くなったと、考えていいのか。なら、大丈夫と考えよう。
「そっか。じゃあ気ぃ取り直して、あっち見に行かね? 」
「は、はいっ 」
そして少し遠くのを湾内さんと見に行くと、そのクレーンゲームは幸運にも海の動物担当だったらしい。意気揚々とオレは自慢のテクを使って、500円以内でイルカのぬいぐるみを手に入れることに成功した。
それを湾内さんに渡すと、オレが思っていたよりも断然喜んでくれた。
その後は適当に中をぶらぶらして遊んだ。店を出る時、さっきのクレーンゲームを通りすぎる最中、オレは思った。
あのカエル、誰が好むんだよ。マジで。