魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百話 大捕り物・後編

 傀儡(かいらい)となっていた千葉寿和との戦闘を終えた俺。彼の回収と俺の足役をするべく遣わされる四葉の使者を待てば、20分はしないうちに2台の車が俺の目の前で停まった。片方が数名がかりで寿和を搬入しているのでそれを横目に眺めつつ、俺はもう片方の車へ乗り込む。四葉の使いらしい丁重な言葉遣いを耳にしながら、俺は達也たちの元へと急がせた。ただ、そう急ぐ事もなかったかもしれない。

 そこでは達也・克人・一条が、1人の女性と相対したまま、しかしお互い警戒しても戦闘はしないという状況で膠着していた。

 それもそのはずだ。その女性とはステレオタイプなアメリカ人女性、この前ジードを追った際に妨害してきた、シリウスの変装そのままなのだから。

 そして、彼女が出てきたら俺は捕縛を諦めると、皆に伝えていた。その結果が、この奇妙な膠着である。

 

「皆様、お待たせしました。……どうにも、間に合わなかったようですね」

 

「すまん、四葉。逃した」

 

「大丈夫ですよ。そもそも、彼女が出てきたら諦めると言ったのは俺です。十中八九こうなると思っていましたから」

 

 克人は変装したシリウスとその先に目をやり、謝罪を口にした。克人の視線を追ってみれば、岸にいくつかの漁船が並び、しかし1か所だけ後1艘は停泊できそうなスペースが空いている。そこに、ジードが逃亡に使っている船があったのだろう。もう少しというところで、USNA軍の妨害が入ったという事だ。

 大方予想通りだったので、俺は克人の失態を責めなかった。そもそも失態と思っていないのだから。

 

「さてと、ちょっと時間を持て余しそうかな?どうです、ミス。お茶でもしませんか」

 

 捕縛失敗確実と言ったところなのに、暢気にその決定打を撃った相手へお茶のお誘いをかける俺。相手がわずかに身じろぎしていたため、その動揺は手に取るようだった。是非ともその動揺をシリウスもといリーナの声で言葉にしてほしいものだ。

 当然だが、彼女は誘いに乗らない。俺はこれ見よがしに肩をすくめる。

 

「お互いに有益なお話をしようと思ったのに、とっても残念だ。こうなると、『四葉』は今回の件で大分負債を抱える事になる。この負債、何処に押し付けたもんかなぁ……」

 

 酷く演技じみた態度で、俺は暗に脅しをかけた。負債の押し付け先はUSNA(貴様ら)だ、と。交渉に乗ってくれれば、押し付ける負債を減らしても良い、と。

 シリウスは歯噛みする。隠す気がないのか、隠しきれていないのか。もう少し揺さぶれば、上官へ判断を仰ぐ事だろう。

 そうして俺が口を開こうとした時だ。シリウスが耳を押さえた。装着されていたワイヤレスイヤホンのような小型通信機に、耳を傾けたのである。

 彼女の通信を見届けて数秒。彼女は懐から携帯端末を取り出し、俺へと投げ渡した。問題なくそれをキャッチした俺は画面を表に向ける。そうすれば、その画面は何かを映していた。いや、何か、ではなく、誰か、という方が正しい。また、誰か、という表現も厳密に言えば違うだろう。

 その画面には、顔見知りが映されているのだから。

 

〈お久しぶりと、言葉を述べるべきだろうか?ミスター・ヨツバ〉

 

「ええ、お久しぶりです。ミス・バランス」

 

 画面に映し出されていたのは、吸血鬼事件の際もUSNA軍側の指揮官を務めていたUSNA軍大佐、ヴァージニア・バランスだった。

 彼女自身が交渉してくるのは意外だったが、予想外ではない。そのため、俺はバランスへ平静に挨拶を返した。

 

〈先に伝えさせてもらおう。先程、部下がジード・ヘイグを処分した。死体は海へと沈んだのを確認している〉

 

 バランスは作戦結果を伝え、すでにUSNA軍は作戦を終了した事と、逐次作戦結果が伝わってくる作戦指揮官の立場に自身がある事を端的に表す。

 

「こちらを追い詰め、自身らを不利に追い詰めかねない情報。それなのに構わずご報告いただけた事、感謝します」

 

〈私は謝罪したいのだ、『四葉』に不利益をもたらした事を〉

 

 バランスは酷く硬い表情で、どうにか事を穏便に済ませたい気持ちを滲ませてきた。ああ、俺とこうして会話しているのも、そういう意図があるからだろう。

 彼女は、俺との交渉なら手酷い損害は被らない、痛み分け程度で済むと期待しているのだ。

 ならば、期待に応えよう。

 

「ミス・バランスの誠意は受け取りました。ですから、俺もどうにか穏便に済ませたいと思っています」

 

〈……ミスター・ヨツバ。貴方の案を伺いましょう〉

 

 お互いの意図は共有できたと判断し、バランスは俺に先を促す。話が分かる人で、本当に助かる。

 

「USNA軍は廃棄予定の火器を此度のテロリストに強奪され、それ故にUSNA軍はそのテロリストを追っていた。そこで、テロリストの標的となっていた四葉と接触。両者が追う敵は同じだったため、共同戦線を張った。それでもなお敵を捕縛するに足りず、あまつさえ、日本国外まで逃亡されそうになった。よって、仕方なく殺害。死体の確保は叶わなかった。そういうシナリオで如何でしょうか?」

 

〈……幸いにも、此度のテロリストを処分した海域は日本の領海、公海直前だ。仕方なく殺害したというのは、筋が通るでしょう〉

 

 バランスは案に乗ってきた、ジードの処分場所が日本の領海ギリギリというあからさまな嘘をつきながら。

 当然の話、何の了解も得てない状態でUSNA軍が他国内での殺害を許されるなんて事はない。それが犯罪者だとしても、だ。日本は十師族が公にその犯罪者を追うと言っているんだから、なおさらUSNA軍の勝手は許されない。

 だから、USNA軍はせめてとばかりに公海上でジードを処分したはずだ。そこで嘘吐いているという事は、俺の案に乗り気である事の証左だ。

 

「それは良かった。……ところで、今回の火器は本当に強奪されたのですか?廃棄予定だったとしても、一介のテロリストにUSNA軍が後れを取るとは思えないのですが」

 

 1つ嘘を呑み込んで、嘘が通りやすいという土台を作った俺は、もう1つ嘘を吐く気はないかと、バランスを唆す。

 

〈……我々を高く評価してくれているところで申し訳ないが、USNA軍が後れを取ったのは真実だ。敵は一介のテロリストではなく、あの『七賢人(ザ・セブンセイジ)』だったがために〉

 

「そうでしたか。ジードがそうなのだろうと当たりを付けていましたが、ミスもそう言われるのであれば確定でしょうね」

 

〈……こちらの肩を持ってくれて、感謝する〉

 

「肩を持つだなんてそんな。『四葉』もジードに出し抜かれたので、それを棚上げして他人を非難するような、そんな恥の上塗りはできないだけです」

 

 今回テロに使われた火器があくまで強奪された物だという嘘、唆した通りに吐いてくれたそれを、俺は体面上信じ込んだ。バランスも隠し通せたとは微塵も考えてないようで、率直な感謝を口にしている。

 あまりそう大っぴらに感謝されると、このようにカバーしなくてはいけなくなるのだが。まぁ、それだけ純粋に感謝してくれているのだろう。

 

「それに、感謝するのはこちらの方です。テロリストに後れを取ったと、痛い腹を割って明かしてくれた事、感謝申し上げます。ミスが明かしてくれなければ、杞憂に苛まれていた事でしょう。テロリストに火器を横流しして日本へ間接的に攻撃してくる、そんな望ましくない勢力がUSNA上層にいるのもしれない。そんな杞憂を抱え、居もしない敵を血眼になって探すところでした。さすがの四葉も、USNAには手を伸ばしづらいですし」

 

〈我々USNAが貴国と敵対したくないのは、偽らざる本心だ〉

 

「ええ。我々日本も、少なくとも『四葉』は、貴方方との共栄を望んでおります」

 

 バランスの素直さに免じ、俺はしっかりと譲歩を明言しておく。四葉は火器の卸元を探っていたと仄めかしつつ、バランスの証言を信じて探りを止めると、彼女へ確かに聞かせた。

 

「つきましては、今回のジード捕縛作戦においてUSNA軍と共同戦線を張っていた事を公表したいのですが。よろしければ、今回の実行部隊の方々に、俺と共に登壇していただけないでしょうか」

 

〈了解した。今隊長のベンジャミン・カノープス少佐を君に同行させよう〉

 

 共同戦線でっち上げのための茶番も、バランスは今まで通りあっさり呑み込んだ。ただ、俺は『方々』と言ったのだ。別に隊長が出てきてくれるなら1人でも良いが、俺は少し悪戯で、もう1人を指名する。

 

「彼女は?」

 

 俺は誰を指しているのかとバランスが言い逃れできないように、携帯端末のカメラを変装中のシリウスに向けた。

 

「……!」

 

〈…………申し訳ないが、彼女はとある事情で同行させられない〉

 

「そうですか。残念ですが、これ以上我儘を言うのも、ミスの機嫌を損ねてしまうでしょう」

 

 変装シリウスが目を見開く姿を拝めたし、バランスが言葉を詰まらせるのも窺えたしで、俺は悪戯心を充分に満たした。粘る事なく引き下がる。

 後、シリウスは素のリーナが出ているのか、『胸を撫で下ろす』というのをまんまやっていた。久々にそんなリーナのポンコツ具合を見られたので、本当に満足である。

 

「お互い事後処理があるでしょう。明日、改めて詳細を詰めましょう」

 

〈承諾した。それでは明日、改めて君の下にカノープス少佐を送る〉

 

 緊急に話し合うべき事は話し終えた。細かな部分は少し落ち着いてからという事で、俺もバランスも了解し、この交渉を終える。

 俺は用が済んだと、携帯端末をシリウスに投げ返した。シリウスは通信機越しに指令を聞いた後、その携帯端末の通話を切り、懐に仕舞う。

 そして、シリウスは俺たちの方を警戒しながらも漁船に跳び乗った。当初からその予定だったのか、シリウスがその船に着地したら、その船は沖へと出航する。カノープスと海上で落ち合うのだろう。

 特に止める必要もないので、俺は手でも振りながら見送った。達也たちはその船を睨むように観察していたが。

 

「……計画通りか?四葉」

 

「はい、むしろ計画以上です。相手が話の分かる人で良かった」

 

「何やら面識があるようだったが……」

 

「吸血鬼事件の時の指揮官ですよ。今と同様、事件解決のために協力関係を結ぼうとした時、かの指揮官が出てきました」

 

 克人は計画の成功可否と四葉・USNA軍間の繋がりを懸念したようで訊ねてきたが、心配するような事はないと、俺は返答しておいた。

 

「吸血鬼事件って、USNAが関係していたのか?」

 

「守秘義務だね。悪いけど、そこら辺はUSNAと日本の良好な関係のため、明かせないんだ」

 

「……今はそれで納得しといてやる」

 

 吸血鬼事件において部外者だった一条も詮索してくるが、国際関係を盾に封殺する。分を弁えているというか、護国を旨に動く一条の長男として、彼はそれ以上掘り返さない。

 

「さて、こちらも事後処理と行きましょう。七草への報告もしないとですし」

 

 この決着に煮え切らず動きが鈍い集団の中、俺は率先して帰路に立とうと車に乗り込む。

 

「ほら、達也。君はこっちだ」

 

「分かっている」

 

 達也も呼び寄せ、本気で帰り支度を決め込んで、車を出してもらった。

 これで、この場は四葉以外に話が漏れない密談の場となった訳だ。

 

「達也、念のため確認だが。ジードの反応は消失したかい?」

 

「奴に『エレメンタル・サイト』を惑わす術がない限り、奴は死んだ」

 

 その密談の場で、俺はジードの死亡を確認する。達也はわざわざ万が一の可能性を上げつつ、それでもジードの死亡を断言した。相手が古式魔法師だけあって、自身らが及びもつかない魔法を持っている事も考慮しているようだが、さすがに心配性が過ぎるだろう。

 

「それより、どうやって世間にジードが死んだと確信させる?USNA軍が処分の瞬間を録画しているとは思えないが」

 

「大丈夫さ。周妃に撮影を頼んである。ついでに、ジードが今回のテロリストである証拠、その確保もね。あいつの網が引き上げられる分で、証拠は充分揃うだろう」

 

 達也は手抜かりを指摘したが、残念ながら抜かりない。この前のテレパシーで全て周妃に頼んであるのだ。

 証拠確保の方は手段を聞いてないが、撮影の方は鷹の『付喪神』にカメラを持たせて行うとの事だった。そういう訳で、少なくとも撮影の方は失敗してないはずである。あいつが凡ミスするとは思えないし。

 

「……伊達に周公瑾の娘ではない、という訳か」

 

「五体満足で俺の下に来れてる時点でね」

 

 中々の難題を頼まれている周妃だが、達也は周公瑾の娘というステータスがある故に、難題の達成を疑わなかった。念押しとして、彼女への信用を俺の口から語っておく。

 達也はそれで納得し、背をシートに預けた。だが、その視線は虚空を見つめており、まだ何か思案しているのを窺わせる。

 

「どうした、達也。何か心配か?」

 

「……いや、千葉寿和について、エリカにどう伝えたものかと。……エリカは、千葉寿和を殺した俺たちと、友人でいてくれるだろうか」

 

 それは、友情も妹のためなら切って捨てられる達也にしては珍しい、まるで普通の少年がするような思案だった。

 だが、巡り巡って達也らしくもある。自分たちがエリカに嫌われる事で、その歪が深雪の友人関係まで波及しないかと、不安なのだろう。実に、シスコンの達也らしい。

 

「……彼女は覚悟している人間だと信じたいね、自身の兄らがいつ死んでもおかしくないと」

 

「……兄弟姉妹(きょうだい)の死を覚悟だけで乗り切れるとは、俺には到底思えない」

 

「そうかもね。じゃあ、その時は彼女の気が済むまで殴られようじゃないか。それに、まだ寿和さんが死んだと決まった訳じゃないんだし」

 

「……そうだな。…………待て、『死んだと決まった訳じゃない』?」

 

 珍しく落胆を滲ませていた達也を慰めていれば、これまた珍しく達也の呆ける顔を拝む事になった。達也はてっきり、俺が寿和を殺したものと、誤解していたのだ。

 

「解呪と言えば良いのか、蘇生と言えば良いのか。ともかく、救おうとして、命は繋ぎ止めた」

 

「どうやって!単純な精神操作や死体操作とは訳が違うんだぞ!?」

 

 ジードの傀儡(かいらい)を何度も視ていたおかげか、達也はジードの術がとても特異なモノである事を分析できていたようだ。だからこそ、これまた珍しく取り乱している。

 

「単純な死体操作とは訳が違うからこそ叶った奇跡、かもね。生きていないからこそ、俺のパラサイト分離体に憑依されても拒絶反応を起こさなかったし、死んでいないからこそ、俺の力で蘇生できた」

 

「……自己暗示、か。……その、お前の力で、蘇生できるものなのか?」

 

「できたんだから仕方がない」

 

「……そうか」

 

 あまり理論的でないがために、達也は腑に落ちない様子だった。しかし、結果が全てでもあるがために、その現実を受け入れている。

 

「……後遺症、または副作用は」

 

「不明だよ。初めての施術だったし、彼はまだ眠ったままだ。このまま目覚めないってのも充分にある。全く別人のようになってる、ていうのもあり得る」

 

「…………そうか」

 

 結局、喜ばしい結果になったかはいまだ不明である。達也が項垂れるのも、無理はないだろう。

 

「最善は尽くしたつもりだし、これからも最善を尽くすつもりだ。それでも、覚悟はしておこう。俺も、達也も」

 

「……そうだな」

 

 最悪、エリカたちとは縁を切らなければならないかもしれない。達也に、そして俺自身に、俺はそう言い聞かせた。

 達也はまた、静かに虚空を見つめる。

 俺はそれ以上、達也の思案を詮索しなかった。




身じろぎするステレオタイプのアメリカ人もといリーナ:十六夜と敵として相対する恐怖感は克服できていない。できる奴がいるかという問題だが。

交渉に出てくるヴァージニア・バランス:もはや日本担当、あるいは四葉担当に定着しつつある。

影のMVP:チョウゲンボウの『付喪神』にカメラを持たせる事で、ジードの殺害現場を撮影した周妃。

 閲覧、感謝します。

※本作公開第百話を祝し、件の番外編『魔法科高校の編輯人if~一雫~』の更新を開始します。執筆が間に合わなかったため、各章に別けた定期的な更新(週1度を予定)となります。ご了承ください。
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