魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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編輯黙示編・六片
第百五話 露滴れど霜降りず


2097年3月9日

 

 午前中授業も風紀委員活動も友人たちとの歓談も終えた午後の事。

 雫は、自室で1人横になって、とある思考に耽っていた。

 その思考とは、十六夜と自分の関係についてである。

 

(……十六夜さん、テロ事件解決以前より体調を崩してる)

 

 まず、その思考のきっかけとなったのは十六夜の保健室登校だった。

 1月9日から十六夜は教室にも現れず保健室で授業を受けるようになったのだが、クラスメイトやその他生徒から向けられる奇異の視線に耐えられなかったというだけで、それらの視線がない保健室では元気そうだった。

 しかし、3月4日を境に、保健室でも体調を崩すようになり、眠っている事が増えた。本人は『昨日、新魔法の開発に着手したんだが、それで夜更かししちゃってね』とか、『テロリスト捕縛作戦で溜まった疲れが一気に来たのかもしれない』とか、それらしい理由をでっち上げていた。雫には、それが必要以上に心配かけまいとしているようにしか感じなかったのだ。

 実際はただ『分霊(フェンリン)』の試験や(ティエン)の鍛錬をする時間がほしくて、寝たフリしているだけなのだが。いや、(ティエン)のほうに意識を集中しているため、十六夜本人が眠っているという表現は間違いでもないかもしれない。

 

 閑話休題。

 

(……相変わらず、頼ってくれない)

 

 体調を崩す程自身を酷使しながら、雫を頼らない十六夜。そんな彼への不満と、自身の無力に対する情けなさを、雫は感じていた。

 

(……分かってる。テロ解決に小娘1人が混じったところで、足手纏いにしかならない。……『キャスト・ジャミング』なんて手に入れても、私の無力は変わらない)

 

 『キャスト・ジャミング』という、魔法師に対する絶対的な優位性を持っている雫。だが、そんな優位性は拳銃1つでひっくり返る。

 雫に銃弾を止める術も避ける術も、そもそも封じる術もないのだ。達也だったら止められるのに、十六夜だったら避けられるのに、深雪だったら封じられるのに。

 

(……私はまだ、十六夜さんの隣に立つには相応しくないのかも。こんなんじゃ、そりゃ婚約者()()止まりになる。七草先輩も狙ってくる)

 

 雫は想起する。真由美が十六夜の婚約者候補に名乗り出そうとしていた時の事を。

 

◆◆◆

 

2097年1月21日

 

 その日、十六夜は雫と顔を合わせる度に神妙な顔をしていた。それに気づいていた雫は、直接本人に何故なのかを聞いたのだ。

 

「……雫、夜に電話をかけて良いか?……話さなきゃいけない事があるんだ」

 

 そうして、その一言を十六夜から引き出した。十六夜が真剣に告げていたために、雫は当然断らず、夜に電話する約束を結ぶ。

 

 それで夜。十六夜からのコール。雫は背筋を伸ばして、そのコールに応じた。ただ、色々と覚悟はしていたのだが、映し出された映像と言うか、もう1人通話に参加していた事には、さすがに覚悟が足りていなくて瞠目する。

 

「……七草先輩」

 

〈そ、その……。お久しぶりね?北山さん〉

 

 雫は瞠目したまま真由美の名を口から零した。だが、真由美のぎこちない返事、それと彼女も十六夜もばつの悪いといった面持ちで、雫は全てを察する。

 七草先輩は、ついに恋心を自覚してしまったのだと。

 

〈雫。話さなくちゃいけない事は、真由美さんに関する事だ〉

 

「七草先輩も婚約者候補になるんだね」

 

 雫が十六夜の言葉の先を取るように予想を語れば、今度は十六夜と真由美が瞠目する事になった。

 

〈き、気付いてたの……?〉

 

「申し訳ないですが、七草先輩も十六夜さんに対して恋心を秘めているのはあからさまでした。泉美も焚きつけていましたから、それを自覚するのも時間の問題だと」

 

〈え!?あ、あからさまって……。わ、私、恥ずかしい事してなかったかしら!?〉

 

「私が知る限りはないと思います」

 

〈そ、そう……。良かったわ……。良かったのかしら……?〉

 

 意中の相手と婚約している人物に恋心を悟られていた状況。それが真由美には良いのか悪いのか分からず、首を傾げてしまった。

 少なくとも、雫は真由美が悪いとは思っていない。恋敵予備軍が正式に恋敵となったという点では、悪い状況だと思っているが。

 

〈まず言っておくと、真由美さんは正式な婚約者候補にはまだなっていない。母上の了承も得なければいけないから、正直真由美さんが正式な婚約者候補になるのは難しいだろうが……〉

 

「十六夜さんとしては、正式にそうならなかったとしても、婚約者候補として扱いたいんだね」

 

〈そう、考えている〉

 

 十六夜は雫の顔色を窺うように、言葉を選んでいた。嫌われたくないという彼の思考は、その態度から雫にありありと伝わっている。

 そもそも、雫が現状に似たような状況をシミュレーションさせて、どちらとも縁を切りたくない、嫌われたくないと言っていた男だ。シミュレーションと同じ結論になっているのは明白である。

 

「嫌われたく、ないんだよね?」

 

〈……そうだ、雫。……雫を、真由美さんを、俺自身を傷付けてでも、俺は嫌われたくない〉

 

 雫の質問に、十六夜は絞り出すようにして返答した。珍しく、泣きそうで食いしばるようにしながら。

 それが十六夜の本心である事は、雫にとっても真由美にとっても既知である。ただ、強く再認識させられていた。人に嫌われる事が十六夜のトラウマであると、認識させられていた。

 

「……十六夜さんは、私たちの事をどう思っているの?」

 

 雫は、あえてそのトラウマに踏み込む。そのトラウマの詳細を探る。この機会が、十六夜を知るための絶好の機会なのだと確信している故に。

 

〈……好きだと思っているよ。両方を俺の妻にしたい程に〉

 

「私も七草先輩も、唯一の妻じゃないと認められないとしても?それで私たちが争っても?」

 

〈……争わない道を模索する〉

 

「その道が、私たちに嫌われる道以外なかったら?」

 

〈……あるはずだ。俺が君たちに嫌われずに、君たちが争わずに済む道が〉

 

 『どちらかしか選べない』という質問に、十六夜は断固として答えなかった。希望があると信じているようにではなく、絶望しかないなんて信じたくないというように。

 そんな彼の様子は、憔悴しているようであった。少なくとも、雫と真由美にはそう映っている。特に、真由美には罪悪感を煽るそれに映っていた。

 

〈北山さん、それ以上は止めて……。そんな、争わなくちゃいけなくなるんだったら、私が身を引くから……〉

 

「……ごめんなさい、言葉が過ぎました。私も、七草先輩と争いたい訳ではないです」

 

 十六夜の憔悴具合に泣きそうになっていた真由美。これ以上は本当に皆が傷付いてしまうだろうと、雫は詮索をここまでに留めた。

 収穫は、あっただろう。

 恋愛感情とは少し違うが、十六夜は確かに雫と真由美に好意を寄せている事。十六夜のトラウマは根深い事。

 それらがせめてもの収穫である。

 

「十六夜さんも、ごめん。争ったりしないし、嫌いになったりしない。だから、安心して?」

 

〈……ああ、いや、俺も熱くなったというか。……まぁ、大丈夫だ〉

 

 しどろもどろな十六夜。雫も、そして真由美も、この話は彼のために早く済ませるべきだと思い始める。

 

〈それで、その……。北山さん、貴女から十六夜くんを奪うつもりはないのだけど……〉

 

「分かっています。だから、七草先輩が十六夜さんと交流を図る事について、咎めたりしません。浮気だとか、責め立てるつもりもありません。周りが不倫と騒ぐようでしたら、私もその関係を認めていると吹聴して良いです」

 

〈それは、貴女にとって不名誉になるんじゃ……〉

 

〈いや、そこは、俺がどちらか決められない優柔不断な男としてもらって良い。2人にそんな不名誉は被せられない。……優柔不断ってのは事実だし〉

 

 皆が皆、それぞれの思いを抱えながらもそれぞれを思いやる。何処に終着させるべきか、皆が悩んでいる。

 

「……一旦ここまでにしよう?各々で考えて、また話す時間を設けた方が良い」

 

〈……そうね。そうした方が良いと思うわ〉

 

〈……2人がそう言うなら、そうしよう〉

 

 結局、半歩進んだかも怪しいところで、早期に結論が出せる問題でもないと、早期決着を締める事になる。

 皆がそれぞれ、憂いるような面持ちで通話を終えるのだった。

 

◇◇◇

 

2097年3月9日

 

「……」

 

 雫は自身・十六夜・真由美の三角関係に関する談義を想起して、絶句していた。

 端的に言って、『あれはない』という事だ。親友であるほのかが、意中の相手たる達也と婚約している深雪に『諦めない』と啖呵を切れていたのに比べ、自身の状態はあまりにもあんまりである。

 それこそ、ほのかたちと同じ関係性になれば良かったのだ。今さらになってそう理解する辺りに、雫は自身に落胆してしまう。

 

(……十六夜さんの優柔不断を笑えない。そもそも笑う気なんてないけど。もっと、確固たる姿勢を示すべきだった)

 

 真由美の横恋慕を許すと明言したが、もっとはっきりと、その事について自身が悪感情を持つ事はないと言うべきだった。それこそ、ハーレム上等という程に真由美を迎え入れるべきだった。

 でも、自身がそうできなかった理由を、雫は理解している。

 

(やっぱり、私は十六夜さんを独占したいんだ)

 

 好きな相手を独占したい。それは、恋をした人間が抱く当然の感情であり、その感情を抱く事自体には何の罪もないはずだ。

 でも、状況が状況だけあって、雫は罪だと思ってしまう。

 何せ、十六夜が雫へしっかりと好意を向けているのは確かで、真由美がそこに割って入ったとして、十六夜が雫へ好意を向けなくなるという事はない。向けなくなる事、向ける事ができなくなる事がない。だからこそ、十六夜は雫を捨てられない。雫に見捨てられたくない。

 

(それが分かってるなら、もっとどっしり構えて余裕を持たなきゃ。こんなに余裕がないからこそ、私が嫌いになる事はないって十六夜さんに信じてもらえないからこそ、十六夜さんは何も打ち明けてくれない)

 

 雫はまた想起する。十六夜の隠し事を見つけたと、達也が連絡を寄越した時の事を。

 

◆◆◆

 

2097年2月22日

 

〈雫。十六夜について、直接会って話したい事がある……〉

 

 テロ事件や反魔法師運動で魔法科高校が軒並み臨時休校となっているその日、しかして午前中にテロリストを処断したと十六夜たちが公表したその日の午後に、雫は達也から急な連絡を受けた。

 珍しくSound Onlyの通話だったが、その重大さは達也の顔を見るまでもなく、思いつめたような声だけで雫へ充分に伝わる。

 だから、雫は達也と会う場所に達也の自宅を選んだ。少しでも達也が、決心を揺るがさないように。

 

「わざわざ俺の家に来てもらってすまない」

 

「ううん。むしろ、家に上がってごめん」

 

「いや、正直、密談をすると言うならここが一番安心できる」

 

 雫の選択は正解だっただろう。達也の声音は、わずかばかりであるが解れていた。

 

「深雪。すまないが自室で控えていてくれ」

 

「……分かりました、お兄様」

 

 親戚である十六夜についての話であるというのに、自身がはけさせられる事に違和感を覚える深雪。しかし、達也の思いつめた表情を今日一日中目にしていたのもあって、深雪は少し躊躇いながらも従った。深雪は、達也を苦しめるような事はしたくない。

 

「……。……」

 

 深雪が自室に向かったのを見届けた達也。だが、まだ口を開かない。それで雫は今回の話について、おおよその当たりを付ける。

 

「……達也さんにとって、信じたくない仮説が立ったんだね」

 

 そう。雫は、信じたくないモノ、あるいはそういう可能性を推測させるモノを達也が目の当たりにしたと、当たりを付けたのだ。

 

「……俺は、起動式・魔法式を読み解く力がある。それでも、魔法の全てを理解する力ではない」

 

 達也はようやく口を開いた。しかし、本題から少し離した話題であるのが窺える。そうだと思いながら、されど雫は静聴する。

 

「だから、俺は十六夜の魔法に違和感を覚えながら、あいつが俺の知らない魔法理論を使っているのだと、思い込んでいた。いや、違うな……。そう、現実逃避していたんだ」

 

「魔法に、違和感?」

 

「……『我流自己加速術式』、『マイセルフ・マリオネット』、『結合緩和』。あいつがそう呼んで使っている魔法は、全て、何ら効果のない魔法式なんだ」

 

「……え?」

 

 雫は、耳を疑った。達也の言葉に嘘はないと信じている。でも、あり得ない。

 

「……それじゃあ、十六夜さんはどうやってあんな超人じみた動きを、シールド・ダウンの盾を同じ盾で切るなんて事を、してるの?」

 

 そう。十六夜は魔法を使っていないとあり得ない事をしていた。それらを全て、前述3つの魔法によるモノだと言いながら、十六夜はそうでないとあり得ない事をしていたのだ。

 

「……テロリストが潜んでいた拠点に、俺たちは攻め込んだ。テロリスト自体は既に逃げていたが、罠を張られていた。俺たちは、その罠を潜り抜けたつもりだったが、相手の方が一枚上手だった。……敵の罠で、十六夜は不意打ちを食らいかけたんだ」

 

「……十六夜さんは、不意打ちをかい潜ったんだね。魔法を使わず」

 

「……そうだ」

 

 真実は達也が目の当たりにした通りだ。あり得るはずがない事を、十六夜は実行していた。その事を達也は詳細に目にしている、『エレメンタル・サイト』も使う程詳細に。

 

「……身体能力も、己を弄れるサイキックで弄ったって事?」

 

「そうだろう。そして、身体能力が弄れるという点には、重要な意味がある……」

 

 雫にとって、サイキックで身体能力を上げられるというだけの話である。でも、達也はその奥まで考察していた。

 

「あいつの体を、何度か『再成』()した事がある。その際、あいつの体が無理な改造をしたような歪はなかった。つまり、あいつの体は無理せずあの超人じみた身体能力を発揮できるという事だ」

 

 人間の体は自身の体を壊さぬよう、リミッターをかけている。そういうのはよく聞く話だろう。

 例えば十六夜の身体能力がそうしてリミッターを外してのモノであったなら、十六夜の体に歪が、筋線維の断裂や骨の罅として表れているはずだ。

 だが、そうではない。十六夜の体は超人じみた運動をしながら、過負荷をかけられている訳ではないのだ。十六夜の体は至って健康なのだ。その事を、達也は『再成』の際に見るエイドスで把握している。

 

「しかしだ。通常の人間に、超人じみた身体能力は発揮できない。それは、超人じみた身体能力が発揮できる肉体構造なんて、肉体構造を作る設計図、遺伝子に存在しないからだ」

 

「遺伝子に、存在しない……!じゃ、じゃあ、十六夜さんの己の弄るサイキックの本質って……」

 

「……己の遺伝子を、書き換える事」

 

「……」

 

 達也に解説されて、雫は達也の語る重要な意味を悟り、瞠目した。

 遺伝子を書き換えられるという事は、自身を全くの別人に書き換えられるという事。

 『四葉十六夜』という人物は、何者かが己を書き換えて生まれた存在であるという、そういう可能性が浮上した事。

 自分たちが『四葉十六夜』として接している人物は、『四葉十六夜』という役を羽織っているだけの人物であると。『四葉十六夜』なんて人物は存在しないと。そういう可能性が今、達也と雫の頭に過っているのだ。

 

「……その、……確認は、できないの?……十六夜さんが、ちゃんと達也さんと同じ母を持っているって。……ただ単に、魔法演算領域と超人じみた身体能力を後からサイキックで付け足しただけだって」

 

 雫はそう、一縷の望みを零した。

 まだその可能性も残っている。ちゃんと『四葉十六夜』、四葉真夜の卵子から生まれた男の子は存在し、そうして後から魔法演算領域と身体能力に関する遺伝子を書き換えただけの可能性が。

 

「……俺には、24時間以内までしかエイドスを確認できない。……24時間以前に書き換えられた遺伝子は、確認できない」

 

 達也のその宣告は、雫にとって、そして達也にとっても、一縷の望みを絶つ悪魔の宣告だった。

 

「……私たちの見ている『四葉十六夜』は、いったい誰?」

 

「……」

 

 呆然とした雫が漏らした質問に、達也は答えられず、堪えられなかった。達也は雫から表情が見えなくなる程に俯く。

 雫も達也の思いに同調するように、視線を落とし、ふと、自身の手のひらを見た。『四葉十六夜』の幻影に縋ろうと、その手に残る十六夜の熱を思い出そうとする。

 でも、それで思い至る。

 

(……あんまり、手を握ってもらってない)

 

 手を握ってもらった時全てを覚えている自信は、さすがの雫にもない。でも、直近で思い出せるのは、去年のクリスマスのみ。父が経営する会社の一行事であるクリスマス・パーティーに無理矢理連れ込み、そうしてパーティー会場から抜け出す条件として自身を連れ出させた時のみだ。

 あの時だって結局、強制させたようなもの。雫には、十六夜が率先して手を握ってくれた記憶がなかった。

 

(……でも、あの後抱きしめてくれた。額にだったけど、キスだってしてくれた。……それらも、全部演技?)

 

 暖かい思い出を呼び起こしたはずなのに、疑念1つでそれらは凍り付く。

 全部演技かもしれない。全部自分を騙すためにしている事かもしれない。

 そんな疑念が、十六夜との関係を凍り付かせていく。十六夜との記憶が全て、凍り付きそうになる。

 

「違う!」

 

 雫は、咄嗟に叫んだ。凍り付く記憶を暖めるように、震える自身を抱きしめる。

 

「私たちが信じなかったらっ、十六夜さんは1人になる!」

 

 いつだか言った言葉を、彼を1人にしたくないという思いを、雫は再確認した。

 今までが演技だったからって、それが何だ。演技だろうが何だろうが、それらは過去の事実。彼の思惑がどうだろうと、それらの記憶が自身にとって宝物である事は変わりない。

 彼を1人にしたくないと思った事に、嘘はない。

 

「……達也さんはどう?私のその思いは、変わってないよ?」

 

 雫は、自身を抱きしめていた手をしっかり膝に置き、涙目になりながら、毅然とした様子で達也を見つめた。

 雫の叫びを瞠目して観察していた達也だったが、雫に問われて再度俯く。

 

「……分からない。……分からなくなってしまった。……俺は、あいつを弟のように思っていたから、あいつを探りたいと、あいつに心を開いてほしいと、やってきた。……血縁関係が一切ないかもしれないとなって、俺は弟でないかもしれないあいつとどう触れ合って良いのか、分からなくなった」

 

 達也には、キョウダイ愛しかない。友愛や親愛はあれど、それらに心を惑わされる程の関心が抱けない。

 だから、どうして良いのか、達也には分からなくなってしまった。弟として深入りすべきか、友として距離を保つべきか。ただ、言える事は、十六夜の思惑がどうだろうと、十六夜と縁を切る気は達也にないという事だ。

 ただの友人だったとしても、その縁を切りたくないと思う程度には、十六夜に親愛を抱いている。

 

「達也さん。私は1人でもやる」

 

 雫は改めて、いや、新たに決意表明をした。彼に自身しか付いて行く者がいないとしても、自身だけは絶対に付いて行くと。

 多重に壁を作って守り固めたその心を暴き、幾重にも仮面を被って覆い隠したその顔を晒させ、ただそこに残ったちっぽけな男に寄り添うのだと。

 私は彼を愛して、彼に私を愛させてやるのだと。

 

 

「……そうか。……応援はする。でも、協力するかは、少し考えさせてくれ」

 

 達也は俯いたままだった。

 しかし、雫は見逃さない。達也が手を強く握り込んでいた事を。自身の価値観と戦うその葛藤を。

 

「……、話してくれてありがとう。私はそろそろお暇します」

 

「……ああ。ろくなお持て成しもできず、すまなかった」

 

 雫は達也にお見送りの言葉を送られながら、席を立つ。

 既に自身の腹は決まったと。達也は今1人にすべきだと。

 そうして雫は、控えていた深雪に別れの挨拶を告げてから、この場を辞するのだった。

 

◇◇◇

 

2097年3月9日

 

「……」

 

 雫はベッドから体を起こし、自身の頬を叩いた。

 決意はした。どうするかも決めた。

 なら、己の無力を嘆いている時間はない。

 

「十六夜さんが歩み寄ってくるのを待つんじゃなく、自身から歩み寄る。十六夜さんの妻として、十六夜さんの横にちゃんと立つ。戦場で共に戦えなくても、十六夜さんの帰りを待つ。それこそ、私の戦いは十六夜さんの帰る場所を守る事。……最初っから、やる事は何も変わらない」

 

 方針を見つめ直し、指針を定めた。

 次にすべきは、具体的な計画の立案だ。

 

「……やっぱり、公の場でその姿を大勢に見せるのが良い」

 

 雫は、自身が十六夜の婚約者候補と公開されている点を活用する事にした。

 では、それが実行できそうな公の場とは何か、四葉直系が参加しそうなイベントは何か、すぐに携帯端末で検索をかける。

 

「……沖縄海戦の、犠牲者彼岸供養式典」

 

 そのワードが検索に引っ掛かってすぐ、十六夜がこれに参加するかどうか確認するため、雫は十六夜の電話番号をコールする。

 

「……、……?」

 

 十六夜が、中々電話に出ない。と思った矢先だ。

 

〈す、すまん、雫。出るのに遅れた〉

 

 いつもより時間は要したが、十六夜はしっかり電話に出たのだ。

 

「こっちこそごめん。今もしかして忙しい?」

 

〈いや、ちょっとした私事をしてただけだ。雫からの電話より優先する事項はないよ〉

 

「……急に電話をかけてごめん」

 

 十六夜がまた何か隠している事を察しつつ、まだ踏み込む時ではないだろうと、雫は謝りの言葉だけに留めた。

 

〈大丈夫だって、雫。……それより、何か用かい?〉

 

「うん、訊きたい事があって。十六夜さんは、沖縄海戦の犠牲者彼岸供養式典に出席するのかなって」

 

 十六夜は追及を避けるためにさっさと話を次に進め、雫もそれに乗っかった。実際、さっさと訊きたい事ではあったし。

 

〈……ああ、あれか。……そうだな。まだ決まっていないけど、多分母上から打診されると思う。そうなったら出席するつもりだよ〉

 

 十六夜は原作知識で沖縄海戦の犠牲者彼岸供養式典についてを掘り起こし、原作でもあったイベントである事を思い出す。それで、原作では司波兄妹が出席を促されているはずだから、自身も促されるだろうと考えた。起こる予定の原作イベントを鑑み、促されなくても出席するだろうが。

 

「私も付いて行って良い?」

 

〈雫も?……なるほど、それは良案だ。母上に雫が随行できないか、相談してみるよ〉

 

 雫が自身の婚約者候補として世間にアピールしようとしていると、その思惑を読み取った十六夜。彼は特に異論を唱える事なく、むしろ良案として雫の思惑に乗った。

 ただそれだけでなく、十六夜はその思惑に上乗せする。

 

〈雫。式典の方だけじゃなく、西果(さいか)新島(しんとう)竣工記念パーティーの方にも一緒に来ないか?〉

 

 もう1つある公の場を、十六夜は雫に提示したのだ。

 

「久米島沖の人工島だよね?その竣工パーティーだったら、父が人工島建設に出資してるから、元々参加する予定。多分、お父さんに話せば、十六夜さんの方に付いて行けると思う」

 

〈オーケー、その方向で頼む。……そして、さらになんだが。雫が良ければだが、24日の供養式典が終わってから28日の記念パーティーまでの間、観光旅行しないか?どのタイミングで記念パーティーの会場に移動するかは未定だが〉

 

「する」

 

 雫は十六夜の誘いに食い気味で返答した。

 

〈オーケー。じゃあ、母上にはそう話しておくよ〉

 

「うん。ありがとう」

 

〈どういたしまして。詳細が決まったら、こっちから連絡するから〉

 

「楽しみに待ってる」

 

 トントン拍子で決まった沖縄旅行。供養式典に出席する手前、はしゃぐのは不謹慎かもしれない。それを分かっていながら、しかし雫は楽しみに思う気持ちを抑えられない。

 どちらともなく終えた通話の後、雫は携帯端末を胸に抱えてベッドに横になる。当然、悲哀からの行動ではない。歓喜からの行動だ。

 

「十六夜さんと、沖縄旅行……!」

 

 歓喜に打ち震えながら右へ左へ寝転がる雫。彼女は十六夜との沖縄旅行へ思いをはせるのだった。




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 次回の更新は、5月14日の予定です。
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