魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百九話 青春の一時と暗闘への布石

2097年3月25日

 

 ホテルの一室、俺と達也が泊まるツーベッドルームに、深雪、雫、真由美、水波、周妃と揃っていた。

 高級ホテルのスイートクラスだけあって、この人数が集まっても余裕がある。

 ちなみにだが、部屋割りは俺と達也、深雪と雫、水波と周妃がそれぞれスイートクラスのツーベッドルーム、真由美がスイートクラスのシングルベッドルームだ。別に真由美を除け者にしたとかではなく、俺たちが四葉として、真由美が七草として部屋を取った結果である。

 余談だが、水波が自身の主と同じスイートクラスに泊まる事をごねていた。が、クラスが別だと階層が別になる観点から、達也の『護衛役が護衛対象と離れてどうする』という尤もな意見によって、水波はその不満を抑えている。

 周妃は経費が四葉持ちである事に嬉々としてスイートクラスに泊まっている。周妃が水波の謙虚さを見習うべきか、水波が周妃の図太さを見習うべきか、実に難しい議題だろう。

 

 議題とは言ったが、一室に集まってなされている話はそれではない。

 なされている話は、真由美が昨日助けてしまった少女についてだ。俺の仕事に悪影響を与えていないか、という真由美の心配については、昨日の時点で然程問題はないだろうと答えている。

 ただ、それでも真由美は気にしていたので、多少の情報共有と、改めて件の少女に話し合っているのだ。

 

「やっぱり、あの少女自身も戦力と考えるべきか?」

 

 真由美と雫に件の少女が敵工作員の連れてきた少女である事を伝えた後、達也が俺にそう再確認してきた。

 達也は、敵工作員だと特定されている男性と一緒に居らず、少女が1人で居た事から、少女が単独行動しても問題ない戦力だと推測したようだ。

 

「まだ結論は出せないな。そのまま大亜連の兵士っぽい人たちを伸してくれれば、判断材料にはなっただろうが……」

 

「その、本当にごめんなさい……」

 

「何度も言いますが。大丈夫ですよ、真由美さん。逆に、真由美さんたちが介入した事で大亜連の兵士が命拾いした可能性もあるんです。件の少女が殺傷性の高い魔法を持っているとも、考えられますからね」

 

 話は真由美が自責の念を抱くだけで、進展はなし。

 真由美の良心を鑑み、この話は早々に打ち切られる事となった。

 

「今日は少し遠出をしないか?」

 

 話は、達也によって沖縄観光へと移る。

 

「おびき寄せるのか?」

 

「いや、相手の注意をこっちに分散させたい意図はあるが、観光がメインだ。大隊の方が動いてくれているし、攻め入る段階になるまで俺にもお呼びがかかりそうにないからな」

 

 敵工作員をおびき寄せるために人気(ひとけ)のない所にでも行くのかと思ったが、完全なる勘違いだった。

 達也にお呼びがかかるまでの時間はかなりあるようなので、達也は純粋に沖縄旅行がしたい、と言うか深雪を楽しませたいようだ。

 

「となると、俺たちは達也たちと別行動するか」

 

「……いや、……。いや、そうだな。別行動しよう」

 

 デートを邪魔すまいと別行動を提案した俺に、最初は一緒に行動する事を考えていただろう達也。そのまま達也はその考えを口にしようとしたが、その瞬間に深雪が少し、本当に少し機嫌を悪くしたのに気付く。

 だから達也は最初の考えを言う途中にも拘らず、即座に考えを変えた。当然の話ではあるが、達也は深雪ファーストなのである。

 

「さて。俺たちはどうします?」

 

 俺は雫と真由美に向けて、今日の観光プランを訊ねた。ただ、彼女たちとはいえ、さすがに即答はできない。お互いへの遠慮がそうさせている事だろう。

 

「よろしければ、私に日程を組ませてもらえないでしょうか。事前調査は済ませてあります」

 

 悩む雫と真由美を差し置き、名乗り出るのは周妃だった。自慢気に数冊の観光ガイドブックを両手に広げている。

 

「……ま、そうだな。雫と真由美さんの意見を訊いて、それから組み立ててくれ」

 

「かしこまりました」

 

 俺、雫、真由美では話が進まないだろうと、やる気がありそうな周妃に観光プラン立案をぶん投げる。

 そうしてとりあえず、那覇市国際通り商店街、那覇市牧志公設市場、沖縄県立博物館・美術館、波上宮(なみのうえぐう)を巡る事となるのだった。

 

 

 

 達也たちと別れた俺たちは、まず国際通り商店街に訪れていた。空港から近く、また昼食を取る予定の公設市場も近いという理由だ。

 それに、デパート、レストラン、サービス、雑貨店、ホテル、お土産屋など、約600の店や事業所が軒を連ねているその場は、観光客の需要に数多く応えてくれる。何処を観光しようか悩んだ時にとりあえずそこを選べば間違いない、という訳だ。

 それが正しく間違いなかったようだ。雫と真由美の間に窺えたぎこちなさは、ウィンドウショッピングしていればどんどんと解れていった。

 

「このイヤリング、雫の形で、北山さんに似合うんじゃないかしら」

 

「イヤリング、あんまり得意じゃないので。以前、付けてて耳が痛くなったっきり、付けてないです」

 

「あら、そうだったの。ごめんなさい。でも、貴女の事が知れて嬉しいわ」

 

「私も、知ってもらえて嬉しいです」

 

 些細な事で相互理解を深めていく真由美と雫。両者共に、『嬉しい』という言葉に偽りなく笑みを浮かべている。

 

「このネックレスなんかどうかしら。ティアドロップパールのネックレス」

 

「……さすがに、ちょっと高いかも」

 

「なら、十六夜くんにおねだりしてみたら?せっかくの旅行なのだし、ね?」

 

「どれ。どんくらいだ?お金は無駄にあるぞ。母上の仕送りが凄いからな」

 

 ネックレスを物色する雫と真由美。会話に俺の名前が出てきたところで、俺もそのネックレスを確認した。

 確かに、ティアドロップパールを使っているだけあって比較的高価だが、俺の貯蓄的にそう渋るモノでもない。

 

「いや、いい。七草先輩を差し置いてプレゼントをもらうのは気が引ける」

 

「大丈夫。私はもっと前に高めのプレゼントを貰ったから」

 

「……十六夜さん、詳しく」

 

 茶目っ気を発揮する真由美と、それで剣呑なオーラを出す雫。雫の遠慮を取っ払う意図もあったとはいえ、さりげなく爆弾を投げ込んできたのには文句が言いたい。まぁ、その文句は呑み込むのだが。

 結局、真由美に特注の完全思考操作型CADをプレゼントしていると明かし、雫にも特注の完全思考操作型CADをプレゼントするという話に落ち着く。

 

「それと。こういう私だけのネックレスじゃなくて、3人のペンダントが欲しい」

 

 そして、雫はティアドロップパールのネックレスを欲しがらず、代わりに店にあったポスターを得意げに指差していた。

 

「へぇ、ペンダントトップが選べるペンダントね。良いと思うわ」

 

 そのポスターは、真由美が言ったようにペンダントトップ、ペンダントに付ける飾りを選べると記された広告だ。

 ペンダントトップを選べるという時点で真由美には好感触であり、選べるペンダントトップはそこそこ数が揃えられているのもあって、真由美は俺たち3人のペンダントを買う事に乗り気である。

 

「3人のペンダントというのなら、こういうのは如何でしょうか」

 

 見計らったかのように、ペンダントの組み合わせ案を提示する周妃。彼女が掲げるペンダントには、四葉のクローバー、雫、桔梗の花、それぞれの形をしたペンダントトップが飾られていた。

 俺、雫、真由美をそれぞれ表しているのが分かる、まさしく俺たち3人のペンダントである。

 

「良いわね!それにしましょう」

 

「うん。それが良い」

 

 真由美も雫もそのペンダントを気に入ったようだった。

 という事で、お代は俺持ちで購入する。雫は折半しようとしていたが、俺がお代を持つのが男の甲斐性だと、真由美が特別な場でおごられるのは女の甲斐性だと、説得したのだった。

 

「お前も、何か欲しいアクセサリーとかあるか?」

 

「では、よろしければこちらを賜りたく」

 

 ナイスな案を出した周妃への報酬として、俺は周妃にも何か買ってやろうと考えれば、周妃はそれを見越していたとばかりに即座に欲しいアクセサリーを持ってくる。

 

「チョーカー、じゃないな。犬用の首輪じゃないか」

 

「私めは十六夜様の犬ですので」

 

「上手い事言ったつもりか」

 

 変なボケをかましてくる周妃。首輪は当然却下したが、どうせ次は首輪に似たチョーカーを持ってくるんだろうと、俺は周妃に選ばせない事にする。

 なので、テキトーに四葉のクローバーが刺繍された蝶ネクタイを選んで買い与えた。それでも嬉しそうにしていたので、何か誘導されたんじゃないかと、俺は腑に落ちない気分になる。

 

 とかく、そうして買い物もそこそこに、商店街から公設市場へ向かって足を進める。

 その最中だった。

 

「あ、あの子……!」

 

 真由美が、誰かを視認して狼狽する。

 誰を視認したのかと視線を追えば、そこに、俺も見覚えのある少女を視認する。

 何処で見たのかと言えば、風間及び(チェン)との会議の場所で、だ。

 あの場で出された写真に、オーストラリア工作員であるジェームズ・ジャクソンと共に映っていた少女が、今視界内に居るのだ。

 真由美は昨日訳を知らずにあの少女を助けたが、その後に工作員の疑いが少女自身にある事を知らされている。そんな容疑は知れても得体は知れない少女が何故ここに居るのかと、狼狽してしまった訳だ。

 ただ、俺も何故ここに居るのかとは思ったが、それ以上に妙案が思い付いたのでちょっと口角が上がっている。

 

「真由美さん、あの子ですか?」

 

「え、ええ、そうよ……。って、十六夜くん!?」

 

 別に声を潜めずに確認を終えた俺は、これ見よがしに一直線で少女の下へと向かう。

 件の少女は、俺が真由美に確認した時点でこちらに気付いており、動揺を押し殺すようにじっと観察していたのだが、さすがに俺が近付いてきた事には一瞬体を強張らせていた。本当に一瞬だしわずかだったので、注意深く見ていなければ分からなかっただろうが。

 

「こんにちは。君がジャズで合ってるかな?」

 

「……貴方は、マユミの友達?」

 

 逃げれば自身も工作員だと露呈する。だからこそ少女・ジャズは逃げられず、あえなく俺と邂逅した。

 ジャズは仕方なく子供を演じる方に舵を切ったようで、知らない人に名前を知られていると恐怖する子供のように、少し後退っている。

 ただ、遠目で真由美を確認しているから、彼女が昨日会った真由美の知人として、応対している。

 

「こ、こんにちは、ジャズちゃん。彼は十六夜くんで、彼女は雫さん。私の友達よ?そして、周妃さんは、……。なんて言えば良いの?」

 

「十六夜様の従者と、認識していただければ」

 

 後に付いてきた真由美は、俺の思惑を朧げに察し、ジャズをただの少女として扱う。この俺たちの中でジャズに一番友好があるという事で、真由美は俺たちを紹介した。

 『四葉』や『北山』の苗字を伏せたのは、ただの少女なら『四葉』の名に驚くだろうとし、1人だけ伏せるのは違和感があるから、まとめて『北山』も伏せたのだろう。そうして、ジャズに対する少女扱いを徹底している。

 周妃の方も似たように、邪推と言うか違和感を与えないよう、普段の大人(ターレン)呼びを止めている。

 

「君、昨日誘拐されそうになったらしいじゃないか。真由美さんから聞いてるよ?なのに、何だって1人で居るんだい?」

 

「……特ダネの匂いがすると、ダディ1人で勝手に何処かに行った。ダディが居なくて暇だから、私も勝手に1人で遊んでる」

 

「なるほど、君の父はジャーナリストか。しかも、君が誘拐されかけた事を考えると、中々危ないネタを探るジャーナリストだな?」

 

 ジャズが少女を装っているので、俺はそれに付き合う。

 さも、ジャズがただの少女で、彼女の父がジャーナリストであると信じているような振る舞いをした。

 彼女は俺が正体を知っているかもしれない事を考慮に入れるだろうが、この振る舞いが『四葉十六夜は私の正体を知らないかも』と、一縷の希望を見出す事だろう。

 その希望を強めるため、俺は彼女を少女として扱い続ける。

 

「しかし、ジャズ。昨日誘拐されそうになったんだ。もっと安全な所に居るべきだよ?」

 

「だから、人が多い場所に居る。それに……。もし私が攫われたら、きっとダディも構ってくれる」

 

 ジャズは、どうやら仕事に掛かりきりな父の娘として演じるつもりのようだ。こうして自身を危険に曝している理由を、父の関心を引くためとでっち上げている。

 

「良し、じゃあこうしよう。俺たちと遊んでくれないか?ジャズ。俺たちはかなり強いから、また攫われそうになってもすぐに助けられるぞ?」

 

「……良いの?」

 

 俺が誘えば、ジャズは訝しむ。少女らしい純粋な疑問に見えるが、心の底ではその意図を図りあぐね、疑心暗鬼になっている事だろう。

 

「私は賛成」

 

 そんな疑心暗鬼になっていそうなジャズを逃がさぬように、すぐさま賛成意見を出したのは雫だった。

 

「わ、私もそれが良いと思うわ?」

 

「全ては十六夜様の心のままに」

 

 真由美も雫に続く。周妃は知らん。

 とりあえず、こうして賛成票を畳みかけられれば、少女として振る舞うにしても、断る動機をでっち上げるのは難しいだろう。

 

「……分かった。遊ぶ」

 

 ジャズは数瞬俯いた後、覚悟を決めて、俺の誘いに乗ってくる。彼女の中で、ある程度乗るメリットが見出せたか。

 

「ありがとう、ジャズ。……という事で、まずはお昼を食べよう」

 

 ジャズの思惑など取るに足らないと気にせず、そんな事より空腹を気にする俺だった。

 

 公設市場を見て回り、良さそうな食事処を見つけて食事にありつく。

 俺は海鮮丼、料金上乗せすればする程マグロの切り身やネギトロを増量できるそれを注文していた。もちろん、料金は倍プッシュだ。通常価格の倍まで上乗せし、増量されたマグロを美味しくいただく。

 

「ご、ごめんなさい……。ちょっとお手洗いに……」

 

「……私も」

 

 俺の大食いに胸焼けしたのか、真由美と雫は一旦席を外す。

 そうして、奇しくも『四葉』(周妃含む)とジャズだけで卓を囲む事となった。

 

「……どうして、私を誘ったの?」

 

 これを好機と見たか、ジャズが踏み込んでくる。

 

「ん?ああ。可哀想だと思ったからだ」

 

 俺は、勇気のある行動に報いるが如く、本心を語った。

 そう。ジャズを同行させたのは、彼女の自由を奪う意図もあったが、それだけではない。

 俺は、純粋にジャズが可哀想だと思っていたのだ。

 

「ジャズ、こっちに来る気はないか」

 

「……どういう、意味?」

 

 当然、ジャズにとっては『可哀想』と思われているなんて、思いもしなかっただろう。おまけに引き抜きをちらつかせれば、あからさまに狼狽えだす。

 

「俺は、君が不当な扱いを受けているのではないかと、心配してるんだ。だってそうだろう?危ない目に遭ったというのに、誰も助けに来ない。これじゃあ、捨てられたも同然だ」

 

 狼狽えるジャズに、俺はそのまま本心を語り続ける。

 俺は、オーストラリアにおける彼女の扱いを、不当なモノだと認識していた。

 だってそうだろう。破壊工作とはいえ、それに長けた人員とはいえ、送り出されたのは彼女ともう1人。大亜連の講和条約反対派と協力関係を結べたのだって、彼女たちの機転があった故ではないだろうか。

 おまけに、だ。『四葉』という破壊工作に支障をきたしかねない存在が3人も現場に来ているのにも拘わらず、援軍の1人も送りはしない。

 『四葉』の到来が突然のモノだったらまだ理解できるが、13日には供養式典にも竣工記念パーティーにも出席する事が公表されている。今日に至るまで、12日間の準備期間があった。なのに、オーストラリアからの援軍は影も形も見えない。

 これでは、『四葉』をなめているでもなければ、死んで来いと言われているようなものだ。

 それに、だ。

 

「ジャズ。俺は君が良ければ、君を俺の手で保護しても良い。そうしても良いと思える価値が、君にはある」

 

 俺は、ジャズが高い有用性を持つ人物だと捉えている。それこそ、俺の手駒にしたいと思える程。

 何せ、彼女は遺伝子異常によって成長しなくなってしまった、軍人魔法師だ。

 オーストラリア軍が潜入工作員として彼女を用いているように、その少女のまま成長しないというのはかなり有用なのだ。

 だから俺は、ジャズを心底手駒にしたいと思っている。

 

「……Lolicon(ロリコン)?」

 

「……」

 

 ジャズからあらぬ疑いがかかってしまい、俺はつい顔を引きつらせて黙ってしまった。

 ちなみに、『Lolicon』は辞典に載っている正式な英語であり、意味は当然『幼女性愛者』だ。日本で『幼女性愛者』を指して用いる『Lolita Complex(ロリータ・コンプレックス)』は和製英語であり、また、『Lolita Complex』の元々の意味が『少女が中年男性に関心を抱く事』であるため、現在の英語圏ではもっぱら『Lolita Complex』より『Lolicon』の方が通じる。

 

「……安心してくれ、て言うのも変かもしれないがとりあえず。俺は幼女に対して性的興奮を覚えたりはしないよ」

 

 俺は苦みを顔に残しながらも、しっかりと訂正した。

 確かに、前世では幼い見た目をした女性キャラクターのフィギュアを部屋に飾ってはいた。しかし、二次元と現実に求めるモノは違うのだ。

 決して、二次元の趣味趣向を現実に持ち出す事はない。

 

「……」

 

「何にせよ、ジャズ。考えておいてくれ、君の身の振り方を」

 

 考え込むジャズに俺は選択権を委ね、止めていた箸を動かす。

 会計は雫と真由美が帰ってくる前に済ませておいた。彼女らの帰りが少し遅い気がしたが、お手洗いに立つついでに、ちょっと店外に出て話し込んでいたとの事だった。

 

 食事を終えた後は、ジャズも交えて皆で観光した。公設市場も少し見て回り、ちょっと間食を(俺だけ)摘まんでから移動し、沖縄県立博物館・美術館と波上宮では周妃によりツアーガイドの真似事をBGMにしながら、楽しい時間を過ごすのだった。

 

 

 

 丁度良い頃合いだと、ジャズを伴ってホテルへ帰る俺たち。そこには、同じように達也たちの姿があった。

 

「十六夜、その子は……」

 

「ああ。真由美さんが言ってた、昨日攫われそうになってたらしい子だよ。1人で居るところに偶然出くわしてな。しかも、父親が1人で飛び出して何処かに行ったって。そんな子を1人にしておくのは危険だと思ったからな、今日の観光に彼女も連れて行ったんだ」

 

「……そうか」

 

 ジャズが居るのを見た達也は、終始何か言いたげだった。しかし、ジャズが目の前に居ては、言いたい事も言える訳がない。

 

「さすがにこれ以上は面倒見れないから、彼女の父親は呼んである。もうすぐ迎えに来るはずだ」

 

 この後は彼女をどうするか、俺はしっかり伝えて置く。そうすれば、『噂をすれば影が差す』と言うように、遠くからジャズの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 声の発生元に居るのは、オーストラリアの工作員として写真で見た通りの男性である。

 

Jaz(ジャズ)! Are you all right(無事か)!?」

 

Daddy(ダディ). Well(多分……),I think I’m all right(無事だと思う).」

 

 本当に心の底から焦っているような男性・ジェームズはジャズの下へ駆け寄る。ジャズはそんな彼に平静を装った返事をしている。

 

「ヨカッタ……。……皆さン、ジャズの面倒を見てくれテ、ありがトーございマス」

 

「……ありがとうございました」

 

 ジェームズは少しカタコトな日本語で、ジャズは流暢な日本語で、それぞれ感謝を告げながら頭を下げた。

 

「お気になさらず。……それより、どうか気を付けて。貴方たちを狙っている人は多いようです」

 

 ジェームズたちの感謝がただの形式的なモノである事など分かっているので、俺は真面に受け取らず、ただ忠告を述べておく。

 まぁ、素性がほぼ割り出されているのは、ジェームズたちも気付いているだろう。じゃなければ、ジャズのような見た目少女が大亜人に攫われそうになる事はない。おまけに、俺たちとの観光にも尾行が付いていたし。

 

「……ほんトーにありがトー。……気を付けマス。……それでは、オセワになったデス」

 

「……お世話になりました」

 

「また会える事を楽しみにしております」

 

 再度、ジェームズとジャズは頭を下げ、俺の笑顔を見納めてから、彼らはこの場から歩き去るのだった。ずっと、俺を警戒しながら。おかげで、達也への警戒は疎かになっているが。

 

「……十六夜、どういう事だ」

 

 ジェームズたちの姿が見えなくなったところで、達也はようやく言いたかった言葉を俺に吐いた。ジャズを庇っていた事がどうしても気になるようだ。

 

「……何、惜しいと思っただけだよ。あわよくば、俺の手駒になってくれれば、てね」

 

「……引き抜けるのか」

 

「……ちょっと手間がかかるね。そして、惜しいは惜しいが、そこまで手間をかける程ではない。だから、手心は加えなくて良いよ、達也」

 

 達也の質問に、ほんの少しの本音と、大きな布石を込めて、俺は返答した。

 そうして俺は、詳細を述べる気がない事を示すように、ホテルの扉を潜るのだった。




ジャズ(ジャスミン・ウィリアムズ):敵戦力(主に大亜軍講和条約肯定派)を削っておこうと、おびき寄せるために1人で行動していたのだが、そこで十六夜と邂逅を果たしてしまう。前日に真由美と接触したのもあり、真由美から十六夜に話が行っているだろう事、自身も工作員として疑われている事を懸念していた。のだが、何故かただの少女扱いされて、とりあえずバレていない事にかけ、十六夜の観察もかねて同行。残念ながらバレていた事に狼狽えるのだが、十六夜勧誘された事で混乱。勧誘の意図を推測すべく、その日は同行を続けたのであった。『不当な扱いを受けているのではないか』という言葉に心揺さぶられ、同時に、ロリコン疑惑が浮上した十六夜との対峙に身の危険を感じながら。

店外に出て話し込んでいた雫と真由美:十六夜に関する、大事な話をしていたのだが。十六夜には知る由もない。

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 次回の更新は7月9日の予定です。
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