魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百十一話 火縄は火皿に届かず

2097年3月28日

 

 予定されていた久米島観光が全て取り消しとなったのは、既に一昨日の事。

 さらに、夏の慰霊祭に関する打ち合わせも、昨日の事となっている。

 慰霊祭に関する打ち合わせは、俺、深雪、水波、そして四葉本家から遣わされた従者・白川(しらかわ)の4人で参加した(雫と真由美は不参加で、周妃はその護衛として置いてきた)。達也は離脱して、裏の仕事、破壊工作の妨害に動いていた。

 元々は達也も打ち合わせに参加する予定だったが、本家から従者が遣わされた時点で意味がなくなったようだ。

 四葉の人間として、少なくとも表の仕事をした経験がない深雪が変なやっかみを受けないように、達也がそれらを跳ね除けるつもりだったのだ。

 ただ、跳ね除けると言うか、躱すのが上手いだろう本家の従者が来たため、達也はその役を降りる事ができ、裏の仕事に集中できるようになったのである。

 という事で、達也が独立魔装大隊と協力して敵工作員の拠点を叩きに行っているだろう裏で(この場合、表と言う方が正しいだろうか?)、俺は深雪たちと共に、慰霊祭運営委員と打ち合わせを行った。

 と言っても、俺と深雪はほぼ話を聞いているだけ。細部の擦り合わせ及び質疑応答は、ほぼ全て白川がしてくれたのだった。

 余談であるが、周妃はその従者から四葉の人間に仕える教えを受けていた。あいつは何処へ向かっているのだろうか。

 さらに余談だが、達也から藤林が上機嫌だったと伝え聞いた。後、『寿和さんを助けてくれてありがとう』という伝言も、達也から伝え聞く。何やら千葉寿和と仲が進展したようだが、原作でそういう示唆があったのもあり、意外感も感慨も俺は抱かなかった。達也は思わぬカップルの成立に意外そうだったが。

 

 とかく、そんな昨日があって、今日を迎える。

 今日の予定は、西果新島竣工記念パーティーへの出席だ。四葉は西果新島建設に関わっていないから、本来は出席できないのだが、そこは建設に出資していた北山家が招待してくれる形で出席権を得た。

 娘である雫と婚約者紛いの俺が公式の場に揃って姿を出せるとあって、潮はかなり協力的だったと、ここに記しておく。

 補足として、真由美の方は弘一が伝手を使ってパーティーへの出席権を得たと、真由美自身が少しげんなりしながら教えてくれた。弘一がまた良からぬ手を使ったのだと、彼女は思っているようだ。

 

 とりあえず、そんなこんなで全員がパーティーへの出席権を得た四葉一行with真由美。

 

「別行動か?」

 

「そうだ。お前たちと俺たちでグループを分ける」

 

 沖縄本島から久米島へ向かう快速艇、白川が運転する四葉所有のそれの上で、達也が別行動を提案してきた。

 グループ分けは、俺、雫、真由美、周妃と、達也、深雪、水波、白川、である。俺のグループはパーティーに先乗りし、達也のグループは遅参するという話だ。

 ちなみに、何故パーティーが開かれる西果新島ではなく、一旦久米島に寄るのかというと、独立魔装大隊は久米島の方に今作戦の拠点を設けているからだ。西果新島は最新の人工島だけあって、まだ国防軍設備が充分でないし、今作戦のための資材を運ぶとなると目立つので、元々国防軍基地がある久米島の方に拠点を置いているのである。

 

 閑話休題。

 

「……進捗、悪いのか?」

 

「いや、悪い訳ではない。確実性を求めての事だ」

 

 俺は破壊工作の妨害が上手く行っていないのかと心配したが、そうではなかった。達也曰く、保険を掛けに行くそうだ。

 この言い様からすると、破壊工作員であるジェームズとジャスミンにはトレースマーカーをもう打ち込んであるのだろう。

 対象の個人情報体(エイドス)に特殊なサイオン弾を撃ち込み、以降そのサイオン弾が消失しない限り、対象を『エレメンタル・サイト』で捕捉できるという奴だ。サイオン弾の持続時間は3日間と、ジードへの初使用時から地味に1日程伸びている。

 だから、現時点でもジェームズとジャスミンの位置を常に捕捉している、という訳だ。

 それに飽き足らず、何か仕掛けておくという、末恐ろしい話である。

 

(確か、『ゲートキーパー』だったか?魔法が情報体次元(イデア)を書き換える事によって発動されるモノである都合上、魔法師にはイデアに魔法式を投射する機関・ゲートが存在するという話で。そのゲートを通る瞬間に魔法式を破壊するような魔法を仕掛けておけば、それを仕掛けられた対象は魔法式をイデアに投射できなくなり、魔法が使えなくなる。……だったか?)

 

 原作知識がおぼろげになってきている上に、小難しい理論的知識である。そのため、その知識が正しいのか、知識を引っ張り出した本人である俺自身も正当性に自信がない。一応、魔法の仕様やゲートについては、今世で習った知識でもあるのだが。

 

(ま、何にせよ。しばらくは達也しか使えない魔法だったよな)

 

 原作では達也が他人にも使えるように取り組んでいたが、ゲートを認識できる眼を持つ達也以外となると、なかなか難しい話だろう。イデアに投射される前の魔法式は、誰のサイオン弾でも破壊できるような脆さらしいが。

 

 とかく、『ゲートキーパー』がどんな魔法だったか、『ゲートキーパー』を使うのか使わないのか等は、正直考慮に値しない。何せ、もう達也が敵を捕捉しているのだから。相手も、ジード程難敵ではないし、テキトーに任せても問題はない。

 

「まぁ、了解。存分に憂いを断って来てくれ」

 

「ああ」

 

 という事で達也の提案に乗り、俺のグループと達也のグループで別行動の予定を立てるのだった。

 

 別行動と言っても昼食は一緒に取る俺たちと達也たち。さりげなく久米島で合流したほのかに勧められ、車海老バーガーを食べた。エビがフライされた物とソテーされた物を8人分(白川は食事を別にとっているので、彼を除いた人数分)注文し、皆でシェアする。当然、俺は1人分では足らなかったので、他のバーガーも2人分程平らげるのだった。

 

 そんな昼を過ごしてからの、俺のグループと達也のグループ、それぞれの行動を開始。ほのかも含めた俺のグループは、北山の方で手配したヘリで、一足先に西果新島へ。達也のグループは後から四葉の快速艇で西果新島に渡る予定だ。

 

 その予定通り、俺のグループはまず北山が手配していた美容室でお色直し。俺はパーティー用のスーツに着替え、ムダ毛処理に手抜かりがないか確認するだけ。反して、雫とほのか、そして雫の厚意で美容室を利用できるように取り計らってもらった周妃と真由美、以上4名はパーティードレスに着替える時間も俺以上でありながら、そこにメイクの時間が上乗せされる。

 都合2時間。時刻は午後4時半を指していた。パーティー開始は午後6時半なので余裕はある。

 

「そ、その……。急かすようでごめんなさい。ちょっと挨拶して回らなければいけないから、早めに行きたいのだけど……」

 

 顔の広い七草家の者としてパーティーへ出席する真由美。今回のパーティーにも、その顔の広さは発揮しているらしく、彼女が挨拶しなければいけない相手が多いようだ。時間をかなり要する事が容易に想像できるため、彼女は申し訳なさそうに俺たちを急かしていた。

 しかし、それに文句を言う者は誰1人としておらず、俺たちは予定より早く会場入りする。

 

 午後5時ちょっと過ぎ。俺たちは記念パーティーが開かれるホテルに来ていた。まだパーティー会場は準備中なので、そのホテルのロビーで待機している。

 そのロビーにはパーティーへの出席者が続々と集まっていた。七草家の知人も居るようなので、真由美はロビーに入ったところで挨拶回りに動き出し、グループからは一旦離脱している。

 俺自身は、人混みのプシオンに当てられて少し調子を崩していて休みたいが、既に来ているはずの北山夫妻に挨拶しなければならない。彼らに招待されており、一人娘を嫁に貰うつもりでもあるため、崩した体調を押してでも挨拶に行くのが、礼儀というモノだ。

 

「十六夜さん、あっち」

 

 雫はどうやら北山夫妻を見つけたようで、彼らが居る方向へ視線を向けていた。

 案の定と言えば良いのか、傍から見ても高給取りそうな者たちに囲まれている。その人たちが捌けるまで待とうと俺は思っていたが、雫は俺の手を引いてその人集りに突っ込んでいった。

 

「お父さん」

 

「おお!来ていたか、雫。……そして、そちらに居るのは、我が娘と婚約予定の十六夜君だな?」

 

 近くまで来たところで雫が潮に声を掛ければ、潮は雫の登場を喜びながら、俺の存在を娘との関係性も添えてこれ見よがしに喧伝した。

 一気に人集りの注目が俺に向くので止めてほしいが、もうどうしようもなく注目が俺に向いている。おまけに潮が人混みを割って俺たちの前まで勇み足で来たから、横に流す事もできない。

 

「潮さん。ご招待いただき、本当にありがとうございました」

 

「おいおい、十六夜君。ここは『お義父さん』と呼ぶところだろう?」

 

 茶目っ気を発揮しつつ、外堀を埋めに来る潮。この衆人環視、しかも色々と権力がある人の多いこの場でそれができるのだから、さすがは日本屈指の実業家と言ったところか。

 

「申し訳ない。俺も早くそうしたいのですが、準備がなかなか整わないもので。しかし、だからこそこの場にはこのように出席させていただきました」

 

 俺は潮の策に同乗し、雫に握られている手を人集りにも見えるように少し掲げた。そうすれば、周りの視線には好奇の色が宿る。

 

「うんうん、さすがは十六夜君。僕は君と家族になれる事が嬉しくて、どうしても気が急いてしまうんだが。君がそうやってちゃんと準備を整えてくれるから、とても安心できるよ。今後ともよろしくね」

 

 喜悦に笑みを深める潮は、左手を差し出していた。

 

「こちらこそ。今後とも、よろしくお願いします」

 

 なので、俺は潮の意図を読み取り、右手を雫と繋いだまま、左手で潮と握手を交わす。

 彼が固く握手してきた事から、意図を正確に読み取れていた事が如実に伝わってきている。

 

「さて、皆様方。紹介が遅れました。彼は我が自慢の娘を(めと)る予定の快男児、四葉十六夜君です。皆様どうか、彼をよろしくお願いいたします」

 

 俺との握手を終えるや否や、潮は俺と交流する機を窺っていた周りに合図を送るが如く、俺を紹介しだす。

 そうすれば、待っていましたと言わんばかりに、俺を中心とした人集りができた。俺は潮にもその人集りにも苦笑を浮かべてしまいそうである。

 

「もしやと思っておりましたが、日本若手魔法師の旗手と目される十六夜様でしたか」

 

 人集りの大衆、その中で最初に口を開いたのは、一等仕立ての良いスーツを着込んだ壮年の男性だった。その人物が大臣経験のある与党議員である事を、ひっそり背後に控えていた周妃に耳打ちされる。

 

「そう周囲に評価していただけるのは大変嬉しく思っています。しかし、まだまだ若輩者。その評価はまさしく身に余る光栄です。日本を支えてくれている皆様方からしてみれば、至らぬ点が目立つ青二才でしょう。だからこそ、周囲からいただいた評価に相応しい人間となるべく、皆々様のご助力賜りたく思っております」

 

 俺に取り入ろうとするその議員、そして周りに、取り入ろうとする人間を許容する姿勢を俺は示した。

 前述しているが、周囲に居るのは政界や経済界の権力者だ。東道という後ろ盾が四葉にはあるが、彼らが敵となれば不利益は免れない。

 しかし逆に言えば、味方となればある程度の利益は期待できる者たちだ。もちろん、中には蜜を一方的に啜ろうとする者もいるだろうが、そういう奴を後で切り捨てるのは容易だ。

 故に、いずれ何人かは切り捨てるとしても、今は彼らに良い顔をする時、という訳だ。

 

 そうしてその議員を初めに何人かのお偉い方と交流して、パーティーの開始時刻まで過ごした。

 それでようやく、パーティー会場が扉を開ける。真由美はどうやら挨拶回りが終わらなかったようで、俺たちと合流できていない。

 真由美の合流が叶わなかった事なんて元々気に留めるつもりはなかったが、気に留めるつもりが微塵もなくなる程の珍事が、そのパーティー会場に起こる。

 パーティーの出席者が皆、一瞬静まり返ったのだ。

 近寄り難い美しさとまで評される、深雪の参上によって。

 北山家が手配した美容室でメイクアップしたのもあってか、普段よりその美しさが表出している。おまけに、パーティー開始時刻ギリギリに現れたため、最後尾でパーティー会場に入ったのだが、それがまるで大トリを飾るような演出になってしまったのだろう。

 ただでさえ目立つ美貌が、メイクと演出によって、周囲の時間を凍り付かせるレベルになっている。

 深雪自身、そんな珍事を起こした主犯であると自覚しているのだろう。少し恥じるように、向けられた視線に会釈を返した。

 そうして会釈を返された事によって、ようやく周囲の時間が動き出す。ただやはり、話題は深雪だった。

 

「凄いね、深雪」

 

「ああ。ある種いつも通りだが、いつも以上だ。深雪の美貌に耐性があるはずの先輩方も凍ってたよ」

 

 ようやく感想を零した雫も凍っていた周囲の一部であり、また、遠目に見えていた五十里ら第一高卒業生たちもその一部だ。真由美は人混みに紛れているようで、俺は彼女を視認できていない。

 

「しかし、あれじゃあ居たたまれないな。本人に一切の非がなくても、あんな珍事を起こしたらバツが悪くなる」

 

 招待元である潮を探そうとしているはずの深雪、そして深雪のインパクトに隠れている達也と水波(白川は招待メンバーに含められていないので、この場を辞退している)。まだまだ周りが深雪を話題にして盛り上がっている状態だと、とても動きづらいようだ。

 

「じゃあ、迎えに行ってあげよう?」

 

「賛成だ」

 

 雫の妙案に、俺は乗っかる。深雪たちの下に俺と雫が混ざるのはさらに注目を集めそうだが、周囲を凍り付かせる程注目されたのだから、今さらだ。それより、早く助け船を出した方が良い。

 

「深雪」

 

「十六夜」

 

 深雪の美貌によって空けられた道を悠々と通り、俺は深雪へ声を掛けた。深雪の表情は少し和らいだように見える。

 ただやはり、注目は集まった。深雪と面識がないながら数少ない情報から『彼女があの四葉次期当主だろう』と予想していた周囲。俺が接触した事でその予想を確定させ、四葉次期当主と現当主直系の一挙手一投足に目を光らせる。達也の方にも多少視線が向いている事から、四葉次期当主の婿がそこに居ると、周囲はようやく気付いたのだろう。

 

「さすがの深雪も緊張してるみたいだな」

 

「あまりそう揶揄わないで、十六夜。『四葉次期当主』という肩書がこんなに視線を集めるだなんて、思っても見なかったのよ?」

 

「『四葉次期当主』という肩書を加味しても、ここまで注目を集める事はないだろう。これは偏に深雪だからこそだ」

 

「も、もう……。止めてください、達也様……」

 

 俺は緊張を解すためにちょっと深雪を揶揄って見たが、悪手だったかもしれない。達也が惚気もとい擁護し、深雪が頬に朱を差した。

 『こんな場と状況でもイチャイチャできるのか』と、俺と雫は苦笑する。水波はすまし顔で必死に耐えている。周妃も同じくすまし顔だが、全部聞き流しているのか、微動だにしていない。

 

「イチャつくのは後にしてくれ。招待してくれた人に挨拶をしなくちゃ、礼儀を欠くよ?」

 

「そうしたつもりはない」

「い、イチャついてません!」

 

「ま、そういう事にしておこうか。……ほら、早く」

 

 司波兄妹のイチャつきになど付き合う気がない俺は、彼らの抗議もテキトーに流した。2人とも不服そうだったが、潮の方へと踵を返す俺に黙って付いてくる。

 

「北山潮様。本日はご招待いただき、ありがとうございます」

 

「こちらこそ。招待に応じてくれてありがとう、達也君、深雪さん。だが、そこまで畏まる事はないんだよ?何せ、私は君たちの親戚になるんだから。是非、『小父様』と呼んでくれ給えよ」

 

「では、十六夜が雫と正式に婚約したら、そうお呼びいたします」

 

「釣れないなぁ、君たちは」

 

 三者が顔を合わせての挨拶。達也も深雪も、潮のお茶目を軽く流す。潮は本当に残念そうではあるが、それでも楽し気に笑っていた。

 ただ、この和やかな雰囲気に、少しばかり棘を刺される。そうしてくるのは、雫の母である紅音である。

 

「達也君も深雪さんも、随分と立派になられましたね」

 

 紅音は暗に、司波兄妹の身分がただの学生から四葉縁者に変わっている事を指摘した。『よくも騙してくれたわね』という恨み言を、笑顔の奥にある笑っていない目と共に覗かせている。

 彼女は俺に対してもまだ棘を出す時があるし、そういう性分なのだろう。まぁ、自分の娘を騙していたとなれば、このくらい怒るのが普通の親か。そうならない潮はおおらかすぎるのだ。

 

「奥様におかれましては、お変わりないようで」

 

 達也は紅音の暗喩が分かっているのだろう。だから、そんな普通の返事でありながら、皮肉に聞こえる言葉を選んだ。言葉を選べるなら、もう少し荒立てない言葉を選んでほしいのだが。こっちもそういう性分なのだろう。

 おかげで、紅音は笑顔を深め、白い犬歯を露にしている。笑顔の起源は牙を覗かせる威嚇、なんて話があるが、真相は闇に葬ろう。

 

「さて。麗しいレディを引き留めておきたいところだが。大人に小難しい話をされてもつまらないだろう。やっぱり、パーティーは友達と楽しまないとね」

 

 会話の対象は俺、達也、深雪、そして雫のはずだが、潮は一瞬だけ視線を外していた。何を見たのかとそちらを見てみれば、ほのかにあずさたち卒業生や真由美がそこに固まっている。

 どうやら、そちらで友達とパーティーを楽しんでくれ、という事らしい。

 

「ご厚情、痛み入ります。有り難く、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 深雪が代表し、感謝の言葉とお辞儀を潮に返した。お返しに満足したようで、潮はウィンクで俺たちがこの場を辞す事に許可する。

 俺と達也も頭を下げ、ほのかたちのところへ向かうのだった。

 

「ほら、七草先輩。先輩がウダウダしている内に、もう四葉君がこっち来ちゃいましたよ」

 

「さ、さすがに無理よ、あの場に混ざるのは……。雫さんの婚約者を広めるって場でもあったのだろうし、そこに私が混ざれば、痴情の縺れじゃ済まないわ……」

 

 どうやら、真由美は千代田に何か唆されていたらしい。拾える情報から察するに、婚約者的な扱いを受けている雫と俺の間に割って入る、辺りの事だろう。確かに、それでは痴情の縺れでは済まない。下手すれば刃傷沙汰だ。

 

「それに、鳴瀬紅音さんと言えば、結構な毒舌家で有名だし……」

 

「……紅音さんって、やっぱりあれが性分だったんですね。……まぁ、後ろ盾のない魔法師として社会に揉まれて、自然とああなってしまったのかもしれませんが」

 

 真由美が内心の恐れを吐露した事で、紅音に関する情報を不意に手にした俺。まぁ、同情の余地はあると、擁護はしておいた。

 そんなやり取りで周りの一笑いを攫う。

 後は、お偉いさんの挨拶の時間まで、談笑に興じるだけだった。

 

 

 

 壇上に上がったお偉いさんの挨拶も終わり、フリートーク、ただの歓談の時間となった頃だった。

 『五十里先輩、少しお時間いただけますか?』と、達也が五十里だけを連れて行ったのだ。ひっそりウェイターもそれに付いて行っていたが、あれはウェイターに紛れ込んだ、国防軍の要人護衛役、その1人だろう。

 海底資源採掘を目的とした人工島の竣工記念パーティーとあって、日本国の要人は少なくない数がこのパーティーに出席している。となれば、国防軍もウェイターに人員を紛れ込ませるだろう。

 五十里は日本国の要人、とまではいかないが、この西果新島においては防衛機構の敷設した家の人間だ。五十里啓自身がその防衛機構を動かす権限を持っているのかなんて、俺は知り得ていないが、彼の両親は間違いなくその権限を持っている。五十里自身に権限がなくとも、彼を人質にすれば良いという話。

 つまり、五十里は日本国の要人ではないが、この西果新島においては、それらに並び得る重要人物だという訳だ。

 

 そんな事に思考を回している内に、達也に連れて行かれた五十里だけが帰ってくる。

 

「おかえり、啓。……司波君は?どんな話されたの?」

 

「ただいま、花音。ちょっと身の回りには警戒するようにと、忠告してくれたよ。その後、社長秘書みたいな人に呼び止められていたね」

 

「達也様が言い寄られているのですか……?」

 

「深雪、どう考えても家の者か国防軍の方だからな」

 

「そ、そうですね……」

 

 帰ってきた五十里の千代田に対する返答が、深雪の逆鱗に触れかけるというまさかの事態。俺は即座に『社長秘書みたいな人は藤林である』という原作知識を思い出し、どうにか深雪の怒りを鎮める事に成功した。

 深雪の足元に霜が降りている事について、俺も周りの皆も見なかった事にする。

 

「すみません。家からの連絡で、急用ができてしまいました」

 

 噂をすれば影、というには噂の中心がどちらかと言えば深雪の方だったが。丁度帰ってきた達也が、帰ってくるなり俺たちにそう告げた。

 やっぱり家の者だったと、深雪は頬を赤らめている。実際は藤林だろうが。

 

「俺の方に連絡がないって事は達也だけの指名だろうが。俺も何か手伝うか?」

 

「お前はここに居ろ。お前に動かれると面倒になる。それに、最後の砦としてお前が深雪の傍に居てくれるなら、俺も安心できる」

 

「邪険にされているのか、信頼されているのか……」

 

「どっちもだと言っておこう。それよりだ。……しばらく中座させていただきます。……深雪、パーティーが終わるまでには戻ってくる」

 

 俺を雑に扱いつつ、言いたい事を言い切った達也。彼は皆の返事を聞く事なく、そそくさとパーティー会場を辞する。

 急な退場を咎めたり、引き留めたりする者は居なかった。四葉家の急用となれば、止められる人物などいないのだ。

 ただ、気に留める者は居る。

 

「四葉、付いて行かなくて良いのか?」

 

 代表として言葉にしたのは服部だった。同意見といった様子なのは、桐原と沢木である。

 

「『最後の砦』を任されましたので。まぁ、その最後がこの場で訪れるとは、微塵も思えませんが」

 

「そうか……」

 

 俺の回答に、服部は少し考えながら、桐原と沢木に目配せしていた。

 その後、その3人で集まって何やら話していたが。

 

「四葉、俺たちは少しお手洗いに行ってくる。この場を任せたぞ」

 

 どうやら、決断したらしい。これまた服部が代表した。

 

「何を任されたのかさっぱりですが、任されました。くれぐれも、自身の身は自身で守ってくださいね」

 

 俺がとぼけながらも仕事を請け負ったのを見て、服部は不機嫌そうに鼻を鳴らす。『言われるまでもない』という事だろう。

 とかく、俺は服部、桐原、沢木に手を振って、彼らを送り出す。この前に俺が彼らの活躍を奪った分、大立ち回りを期待したいところだ。

 

 

 

 第一高OB3人が出て行って少しした頃。OGたちはOB3人の事を気にしていたが、俺は『お手洗いだと聞きましたが、それ以上は』と、テキトーに受け流していた。

 ただ、OGたちはいくら何でも帰りが遅いOBたちに業を煮やしたようだ。OGたちは化粧直しを口実に、俺たちの集まるテーブルから離れた。お手洗いの様子を見て、OBたちの姿が見つからない、というだけなら良かったのだが。現実は上手く行かないものだ。

 

「失礼、五十里啓様」

 

 ウェイターに扮した推定国防軍人が五十里に耳打ちする。そうすると、五十里の顔色は見る見るうちに青ざめる。

 

「四葉君!」

 

「大方予想はできてます。……案内を」

 

 ファインプレーと言うべきか、五十里は迷う事無く俺に助けを請う。俺はもちろん、手を貸した。ウェイター紛いに、OGたちが何かに巻き込まれただろう現場への案内を促す。

 

 周りに怪しまれない程度に足を早めるウェイター紛いの背を追えば、予想通りと言うか、確か原作通りであるイベントが起こっていた。

 

「ケイ・イソリを連れてくれば、君の安全は保障しよう」

 

「啓の安全は保障しないって、はっきり顔に書いてあるわよ!誰が貴女たちの言う事なんかっ!」

 

 ジャズ、いいや、ジャスミン・ウィリアムズの手によって、千代田が脅されていた。ジャスミンのナイフが、千代田の喉に添えられている。

 

「……花音に連れて来させなくても、僕はここに居るよ」

 

「……っ!啓!」

 

 五十里は、無駄に堂々と、ジャスミン、そしてジェームズの目の前に姿を曝した。恋人が危機に瀕したこの状況で、彼は辛抱できなかったようだ。

 仕方なく、ウェイター紛いの軍人と俺も、姿を曝す。

 

「……イザヨイ・ヨツバ」

 

「残念だよ、ジャズ。君たちは、命令に従順すぎる愚か者だったようだ」

 

 あらん限りの警戒心を込めて睨むジャスミンの視界に、心底落胆する俺の姿を映させた。

 本当に、心の底から残念でならない。もしこちらに寝返ってくれれば、貴重な手駒になってくれただろうに。これでは、どうしたってこっちには寝返りそうにない。

 彼女らの殺処分は、もうどうしたって避けられそうにない。

 せめて国防軍に引き渡してやるのが慈悲かと、俺はそちらに舵を切る。

 

「動くな!動けばカノン・チヨダの首を切り落とす!」

 

「あっそう」

 

 俺はジャスミンの警告を意に介さず、おもむろにシルバーアーティラリー・()()()を取り出し、これ見よがしにその銃口をジャスミンへと向けた。

 敵であるジャスミンたちだけでなく、味方である五十里も千代田も目を剥く。

 

「わ、分かっているのか!?こっちには人質が―――」

 

「こっちの台詞だよ。あの『四葉』が、血縁者でもない人間1人と、海洋資源採掘施設、そのどっちを重要視すると思ってる?採掘施設を守るためとはいえ、人命を蔑ろにはしない、なんて思っているのかい?血縁者1人を奪還するために、国際問題も気にせず一国に挑んだあの『四葉』が?」

 

 ジャスミンが取り乱しているのに対し、俺は呆れている顔を取り繕った。

 さも、千代田の命なんてどうでも良いかのように、世間体など気にしていないかのように、俺は演じる。

 

「ホント、心底ガッカリだ。……さようなら、ジャスミン」

 

 俺は、アラヤのトリガーを引く。

 ジャスミンとジェームズは、俺の魔法発動に対応しようとするが、それは大きなミスだ。

 警戒すべきは、あからさまにヘイトを稼いでいた俺ではなく、ずっと気配を隠していた周妃の方だ。

 

(チィ)、『哮天犬(シャオピェンチェン)』!」

 

「な!?がっ!」

 

 千代田の影から飛び出た狼の影絵が、ジャスミンのナイフを持つ手に噛みつく。思わぬ攻撃、予想外の衝撃に、ジャスミンは千代田の拘束を解いてしまった。

 ただ、周妃の『哮天犬(シャオピェンチェン)』はジャスミンの腕を食いちぎったりしておらず、そのまま噛みつき、纏わりついている。

 『哮天犬(シャオピェンチェン)』が『幻獣』の一種である都合上、相手が周妃を強く警戒している時にこそその威力を発揮する仕様になっている。

 そのため、周妃は気配を隠していたから、敵に警戒させる事ができず、威力は激減。かつて貢の腕を食いちぎったはずの『哮天犬(シャオピェンチェン)』は、ジャスミンの細い腕に牙を突き立てる事しかできていない。あえて魔法名を声に出して煽った警戒心では、その程度が限度、という訳だ。まぁ、ジャスミンの動きを封じる役目は充分に果たせている。

 

 ジャスミンはさておき、ジェームズの方だが。ジャスミンが攻撃されたのを確認した瞬間、狼狽えるのではなく、即座に反撃体勢を取ろうとしていた。

 しかし、遅い。俺は既にアラヤのトリガーを引いているのだ。もちろん、俺を無理矢理ジェームズの目前へと移動させる『セルフ・マリオネット』の発動も終えている。

 

「かはっ」

 

 だから、ジェームズは反撃が間に合わず、鳩尾に俺の拳を受けていた。

 それで気絶はしなかったが、それも想像の範疇内。次の一手たる『付喪神』も発動済み。彼はそうしてコンクリートの沼に沈んでいった。

 もちろん、しっかり空気穴の開いたコンクリートの拘束衣をプレゼントして、沼から吐き出させる。

 

「チェックメイトだ。ジャスミン、ジェームズ」

 

「……Holy shit.(クソッタレが)

 

 いつの間にか周妃に組み伏せられていたジャスミンは、悪態1つを吐いて大人しくなった。

 彼女は、完全降伏したのだ。

 

 こうして、俺はオーストラリア工作員の彼女らを捕らえ、その後に達也から大亜連脱走兵の掃討が終了した事を聞かされる。

 俺たちは無事、西果新島の破壊工作を未然に防いだのだった。

 

 余談だが、『ゲートキーパー』を試せなかったと、達也に小さな文句を言われる事になった。




破壊工作の妨害:ほぼ原作通りである。特筆すべき事がなく、十六夜目線で書ける事もないので割愛する。

上機嫌だった藤林:寿和からのプロポーズを受け、現在結婚を前提に交際中。周知されてはいないので、知っているのは藤林か寿和かに近しい人間だけである。

達也グループの別行動:原作同様、ジェームズとジャスミンに『ゲートキーパー』を仕掛けに行った。

パーティーを抜け出したOB3人:ほぼ原作通り、達也と合流して敵工作員と戦闘した。スーツで海水を浴び、その事を後でOGたちに怒られるのまで原作通りである。

 閲覧、感謝します。
 次回の更新は、8月13日の予定です。


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