第百十三話 根付き、芽吹いた花の名は
2097年3月31日
(何故!?どうして!?)
それが、目を覚ましたばかりの真夜が脳内で叫んだ言葉だった。
隣で十六夜が寝ているというのに、その動揺が顔にまで滲み出ている。
(どうして、
そう。真夜は自殺志願者の夢、十六夜の前世たる『●●』の記憶を見る事ができなかったのだ。
十六夜と添い寝した時は確実に見てきた、少なくとも3回添い寝して3回とも見ていたはずの夢が、今回は見られなかった。
その事が、真夜に大きな衝撃を与えている。
(前回は中断されたけど、それでも見れていた……。もしかして、あの中断は、十六夜の何かが悪化している兆し!?)
前回、夢が中断されたのと合わせ、不安を抱いた真夜。彼女は十六夜が起きるだろう事も気にせず、掛け布団を取り払った。さらには、十六夜の着ているパジャマの上着、シャツも脱がしにかかる。
そうして目に入るのが、傷跡の数々だ。真夜は傷跡の所以を知っているから驚く事はない。ただ、大切な人がこれだけ傷付いた過去がある事に、少し涙腺を緩めてしまう。
それでも、真夜は十六夜の体に何か異常がないかと観察する。
「……傷が増えていないし、痣があったりもしない。……胴体は大丈夫そう。……じゃあ、腕や足の方?」
現状で見える範囲に異常がないため、まだ見えない範囲に異常があるのかと、真夜は疑った。
しかし、少し悩む。腕や足を見るためには、パジャマを完全に脱がせる必要がある。起こさずに脱がすのはさすがに不可能だ。それでも疑いを晴らしたくて、どうにか方法を考える。
「……指輪?」
起こさずにパジャマを脱がす方法を考えるため、真夜は十六夜の腕部に目を滑らせていたのだが。その目が十六夜の手に至ったところで、人差し指に指輪が嵌まっているのを見つけた。
「この指輪は……?」
十六夜が指輪どころかネックレスも身に着ける習慣がない事は、真夜にとって既知の事である。そのため、十六夜が寝ている間にも付けているその指輪が、真夜にはどうしても気になった。
だから観察しようと、顔を近付けたのである。
十六夜の寝相で十六夜の頭の横に置かれた、その右手に対して。
それが傍目からしたら、はだけさせた十六夜に今にも覆いかぶさろうとしている、なんて状態になるとも気付かずに。
「……母さん。……母さんが良いなら、俺は良いよ?」
「……へ?」
十六夜の声が耳元から聞こえてきた事に、素っ頓狂な声を漏らす真夜。状況を理解できないと言うよりは、現実を受け止めたくなかったと言う方が正しいだろう。
だからこそ真夜は幻聴である事を確かめるため、ゆっくりと十六夜へ顔を向ける。そうすれば、目を覚ましている十六夜とバッチリ目が合ってしまった。
パジャマを脱がしてシャツも胸までまくり上げたのだから、これは当然の結果だろう。
真夜は現実を受け止め、顔を紅潮させながら脂汗をかく。
「……ち、違うの、十六夜」
「母さん、大丈夫だよ。もう、我慢しなくて良いんだ。俺は近親なんて気にしないし、俺たちはそもそも赤の他人だからね。母さんが欲情を抱いてしまうのも、なんらおかしい事ではないよ」
「違うの、十六夜!決して、貴方に欲情して性欲のまま襲おうとしたのではないの!」
「じゃあ、この状況は何だって言うんだい?」
「そ、それは……」
十六夜の勘違いをどうにか正そうとする真夜だが、そこには大きな問題があり、真夜は言葉を詰まらせてしまった。
そう。言える訳がないのだ。十六夜の秘密に繋がっているだろう自殺志願者の夢、それが見られなかったがために、十六夜に異常がないか確認していただなんて。
「……今はまだ、素直になれないって事かな?」
「……」
人をはだけさせた理由が欲情したからであるが、ここに来て倫理観が邪魔して一線を超えられない。そんな勘違いを十六夜にされているのだが、真夜はその勘違いを利用する他ない。
いつか十六夜の、いや、名も知らぬ彼の本性を暴き立てるまでの辛抱だと、真夜はその恥辱に耐える事とした。
「……。十六夜、この瞬間の事は忘れなさい」
「……分かった。母さんがそう言うなら、忘れるよ。でも、俺はいつでも受け入れるからね?まぁ、さすがに人目がない場所にして欲しいけど」
「……」
勘違いしたままの十六夜に受け入れ態勢を取られる真夜。恥ずかしすぎて死んでしまいたいという希死念慮を、体全体に力を入れるように、正座の姿勢で身を縮こまらせて耐えた。
そうして恥辱に耐えながら、せめて小さくとも収穫を得なければと、真夜は口を開く。
「……1つだけ、聞きたいのだけれど。……その指輪は何かしら」
「指輪?……ああ、なるほど。……ごめん、紛らわしかったね。この指輪は、お守り、みたいなものだよ。周妃経由で入手した、よく眠るためのお守り」
十六夜は真夜の質問から、この指輪が真夜を暴走させた一因だと、勘違いした。
寝る時も付けている指輪となれば、想い人からの贈り物と思われかねない。
真夜には見事そう思われて、愛情が暴走したのだろうと、十六夜はそう勘違いしている。
だから、十六夜は質問へ素直に答えた。相変わらず、全部が嘘にならないような言葉を選んで。
「よく眠るための、お守り……?あの娘を使ってでも手に入れたという事は、深刻な問題だったの?」
「……そうだね。一時期は、寝る事自体が不安だったよ。だから、プラシーボでも良いから、そういうお守りが欲しかったんだ。効果の保証はなかったけど、周妃経由となれば、俺を騙すのには充分だ」
「そう、だったのね……」
真夜は十六夜の答えに冷や汗をかいた。
寝る事自体が不安になるという事は、十六夜自身に自身の夢を見させている自覚があるのかもしれないという事。真夜がその夢に登場していた事すら、確認しているのかもしれない。
だとすると、真夜が十六夜の夢を見て、十六夜の秘密を探ろうとしているのが露呈している可能性まで出てくる。
その可能性に思い当たっている真夜は、これ以上の質問が十六夜のその疑念を強くしかねない事にも思い当たっていた。
「……もう、不安は解消されたのよね?」
だから、真夜は当たり障りのない事しか訊けない。
「ああ、もう大丈夫だよ。今日だってぐっすり眠れたさ。上着を脱がされても起きないくらいにね」
「……十六夜。……お願いだから、本当にそれは忘れなさい」
「はて、俺は比喩を言ったつもりだったんだけどな?」
「……」
おまけに羞恥心を煽られ、真夜は口を噤むしかなくなった。
とかく、その場しのぎとはいえどうにかこの場を乗り切った真夜。そんな彼女は平穏な朝を十六夜と共に送る事ができたのだった。
試練(?)を乗り切った(?)真夜だが、あまりにもリスクリターンと言うか、受けた恥辱と成果が見合っていないと感じていた。
だからこそ、真夜は別方向から探る手に出る。
「達也さん?今よろしいかしら?」
そう。真夜は、達也に訊ねる手に出たのだ。十六夜が本当に寝る事に関して不安を抱えていたのか、せめてそれだけでも確かめるために。
「……母上?……ええ、問題ありません」
『叔母上』か『母上』かのどちらで呼ぼうか迷ったのだろう達也。ただ、その思考も一瞬で終え、自身の手で部屋の扉を開けた。
呼び出すのではなく、自身から訪れた真夜。そんな彼女が自身に何を話しに来たのか、達也は純粋な興味を抱いている。
「帰り支度の途中、ごめんなさいね」
「問題ありません。それよりは、当主に足を運ばせた事の方が問題かと」
来客用の椅子に座ったところで目に付いたトランクケース、扉の近くに置かれたそれで、達也が深雪の下へ一早く帰りたい事を察する真夜。時間を取ってしまったかと謝りを入れるのだが、達也は素っ気なくその謝意を切り捨て、話題を真夜が訪れた理由に固定した。
目上の者に対して無礼ではあるが、真夜は達也が昔からこういう慇懃無礼な男であると知っているし、そんな態度を取られても仕方ない仕打ちをしてきている。
故にその無礼を咎めないし、自身も早く訊きたいので、真夜は固定された話題を進める。
「貴方を呼びつける程の話題ではなかったのよ。十六夜の身の回りについて、訊きたいだけだったのだから」
「あいつの身の周り、ですか……。となると、叔母上も七草先輩があいつに言い寄ってきている事を把握されたんですね」
「……え?」
突如降って湧いた爆弾に、真夜は固まった。達也は自らの失態を認識する、地雷を踏んだと。
「……聞かなかった事にしてもらえませんか?」
「無理に決まっているでしょ!?何がどうして七草の娘が十六夜に言い寄ってきているの!?」
達也は一縷の望みに賭けてなかった事にしようとしたが、そもそも望みは一縷もなかったようだ。当然、真夜は身を乗り出して追求してきた。
もうどうしようもないと、達也は溜息を小さく零しつつ、爆弾処理を務める。
「七草先輩自身、前々から十六夜に恋慕を抱いていたようです。それを自覚した時期と、その事を十六夜に打ち明けた時期は、俺も詳しく知りません。ただ、打ち明けた時期は雫が十六夜の婚約者候補として公開されたすぐ後なのではないかと」
「……あの小娘、相手が取られそうになったところで恋慕を自覚したのね。……こちらは両家納得の縁組なのだから、大人しく引き下がれば良いものをっ」
怒りで歯ぎしりする真夜。『十六夜の事になると一家の当主らしさがなくなるのは、相変わらずだな』と、達也は栓ない感想を脳内に浮かべている。
「……十六夜は、当然フったのよね?」
「……どうやら、結論は保留しているようです」
「な、なんですって……!」
「十六夜も七草先輩の事は憎からず思っているようで。申し出を断る事で縁を切りたくはないと」
「ああ、なんて……。どうしてなの、十六夜……」
自身の立場が分かっているだろう十六夜が二股紛いをしている事に、真夜は驚愕する。だが、『縁を切りたくない』という部分への憂いが、その驚愕を上書きした。
「どうして貴方は、自身がまだ誰にも認められていないと、勘違いをしているの……」
そう。真夜は十六夜の自己評価が低い事を再認識し、故に憂いたのだ。
『日本若手魔法師の旗手』という他人評、そう評価を得るだけの実績を持ちながら、何か失敗すれば失望され、見放される。そんな考えにまだ囚われているのかと、真夜は十六夜の自己評価を憂いてしまう。
「それは、十六夜がご当主様の息子ではないから、ではないでしょうか」
そんな真夜の憂いなど意に介さず、達也は切り込んだ。いや、真夜が十六夜の事を憂いているとなれば、それは好機であり、そういう意味では意に介していただろう。
真夜が真に十六夜の事を憂いているなら、十六夜の理解者、あるいは十六夜を共に支えてくれる存在が欲しくなるはずで、故に好機なのだ。
「……達也さんの眼は、そこまで視えていましたか」
達也の予想通り、真夜はその固い口を開いた。
「申し訳ありませんが、確たる証拠は得ていません。ただ、あいつのエイドスをより深く視た時、違和感を覚えました。強いて例えるなら、巧妙な偽造文書を目にした時のような、そんな違和感を」
達也のそれは鎌掛けであり、言葉通り確たる証拠を達也は得ていない。
だが、推理材料はあったのだ。
達也の『エレメンタル・サイト』はその練度が上がっている。同時に、『誓約』も大分解析が済み、抜け穴を見つけている。
だからこそ現在、達也は深雪を視たまま、対象のエイドスから詳細な情報が抜けるようになっていた。その事は、オーストラリア工作員だったジョンソンと対峙した時に実証している。
そこまでの能力が発揮できるようになった達也は、当然その能力を十六夜の探りに使ったのだ。
「……いつ、その違和感に気付いたのかしら」
「疑いを持ったのはずっと前でしたが、その違和感に気付いたのは昨晩の事です。あいつに『ゲートキーパー』の試験を手伝ってもらった際、存分に視させていただきました」
「……なるほど。その時なら、十六夜も警戒心が緩むかしら」
十六夜は達也と親しくしながらも、何処か警戒している事。それは達也も真夜も存じており、故に、真夜は十六夜が『エレメンタル・サイト』での凝視を許すはずがないと思っていた。
だが、達也が上手だったのだ。『ゲートキーパー』の施工には、『エレメンタル・サイト』を用いなければならない。『エレメンタル・サイト』を用いず、『ゲート』に照準を合わせる方法は達也の手によって研究中である。
そして、十六夜はその事を知っており、『ゲートキーパー』の実験台になるには『エレメンタル・サイト』で視られるしかないのも知っていた。
本心としてはあまり『エレメンタル・サイト』で視られたくない十六夜。だが、言質は取られてしまっていたし、『エレメンタル・サイト』も騙せているという油断もあったのだろう。騙せていなければ、達也が自身との兄弟関係を許容するはずがないと、判断しているがために。
そうして思い違いをした十六夜は、昨晩行った『ゲートキーパー』の試験で、達也に存分にエイドスを見られ、リライト能力の痕跡に気付かれたのだ。
「……『四葉十六夜』は貴方の弟ではない。……『四葉十六夜』なんて人物は、存在しない。なんて言ったら、達也さん、貴方はどうするの?」
「……あいつに俺の弟ではなかった過去があるのだとしても、あいつは今、俺の弟です」
真夜から聞かされた、語るに落ちる質問。達也は既に、その質問へ答えを出していた。
四葉十六夜の、そう名乗る何者かの過去など、達也には最早どうでも良いのだ。
その何者かへの愛は随分前から心に根付いていて、もう、芽吹いてしまったのだから。
「……そう。……分かったわ」
答えは聞いた。腹を割って話してくれた。なら、真夜も腹を割って話すのが、最大の返礼だろう。
真夜は、決心した。
「十六夜は、彼は、『リライト能力』という、自身の遺伝子を書き換える異能を持っています」
「遺伝子を、書き換える……。やはり……、いや?『異能』、なのですか?『サイキック』ではなく?」
真夜から告げられた、衝撃のはずの事実。ただ、大方予想通りだったため、達也はその能力自体には衝撃を受けなかった。代わりに、『異能』という真夜の表現に引っ掛かりを覚えた。
遺伝子を書き換える能力がサイオンによるモノなら、『魔法』か『サイキック』と表現されるはずだ。『魔法』でない事は達也の眼で確認済みなので、『魔法』の方は最初から考慮から外されているが。
「さすが、と言うべきなのでしょうね。……ええ、私は確かに『異能』と表現しました。リライト能力には、サイオンどころか、プシオンも使用されません。……彼自身が言うには、『アウロラ』という、生命力のようなエネルギーを使用しているそうです」
「そこまで知っていて、叔母上は何故その異能の使用を禁じないのですか!!まさか、寿命は削れないと都合良く考えていたとでも!?」
追求されてようやく真実を明かした真夜に、達也は怒声を放った。
追及されなければその真実を明かさなかったかもしれない事もそうだが、それより達也が怒りを禁じ得なかったのは、真夜が十六夜を使い捨てる気かもしれない事である。
「……そうね。是が非でも、使用を禁じるべきでしょう。でも、私は怖いの。そうした時、十六夜が暴走するんじゃないかって。あの子は、贖罪に憑りつかれているから」
「……ご当主様、全て話してください。でなければ、俺は『四葉』に反逆します」
達也は、如何なる手を使っても十六夜の秘密を聞き出す構えを取った。初手で『反逆』のカードを切ったのは、その覚悟の表れであり、本気である事の証拠だ。
そうして達也の本気が窺えたからこそ、真夜はようやく、十六夜の秘密を共有する。
「……これから話す事は俄かには信じられないモノでしょうが、全て真実です」
真夜の語り出しに達也は頷いて、そうして耳を傾ける。
「東道青波閣下については達也さんも存じていますね。我ら『四葉』の大手スポンサーであり、日本の政財界及び魔法師界に大きな影響力を持つフィクサーであり、リライト能力を持つ者に仕えていた人を先祖に持つ人物です」
『リライト能力を持つ者に~』は達也にとって初耳だったが、少し考えこむだけで、言葉を挿む事はしない。
ただ、リライト能力を持つ者が十六夜より以前に存在した事を推測する。
「東道閣下曰く、リライト能力を持つ者、『英雄』は数世代に1人現れるそうです。閣下自身、その情報は伝聞のようですが。先祖から聞かされ、先祖もとある人物から聞かされた。そういう確証のない又聞きの情報だそうです」
リライト能力を持つ者は数世代に1人現れる。その情報を確たるモノとして保持しているのは、おそらく『聖女』だけだろう。
「その『とある人物』というのが、『英雄』と対を成す存在、記憶を継承し続ける者。東道閣下は、『聖女』とお呼びになっていました。そんな尊称めいた名称を、東道閣下はまるで怨敵の名前であるかのように口にしていましたが」
そう。何代もの『英雄』をその目にしてきた記憶を継承する『聖女』こそが、その情報の出所なのである。
ならば、『聖女』が嘘情報を伝えていたり、その先祖の記憶と伝え方が間違っていたりしない限り、その情報は確たるモノになる。
ただ達也は、その情報確度の補填を蛇足のように感じている。十六夜の秘密を語る上で、情報確度の補填など必要ない。ここで語る事は真実であると最初に予防線を張っているのだから、情報確度を補填するなんて更なる予防線は余分でしかないはずなのだ。
しかし、真夜からすれば、これはそもそも情報確度の補填などではない。
次に語る事の伏線だ。
「十六夜の事も、東道閣下は怨敵であるかのように警戒し、同時に、称えるべき偉人であるかのようにある程度の自由を認めました。それもそうでしょう。十六夜の事を、記憶を継承した今代の『聖女』にして、数世代に1人現れる今代の『英雄』だと思っているのですから」
「な、に……?」
努めて黙していた達也だったが、真夜が告げたその真実に対しては、驚愕を口から漏らしてしまった。
仕方のない事ではある。達也の推測は、十六夜が『四葉』と関係ない出自を持つ異能力者である事までで留まってしまっていたのだから。
おそらく十六夜は孤児であったから、拾い上げてくれた四葉のために、まさしく粉骨砕身で尽くさねばならなかった。そういう推測に留まっていたがため、連綿と継承されてきた記憶があるというのはあまりにも衝撃的だったのだ。
「いや、しかし、おかしいのでは?どうして記憶を継承しておきながら、十六夜は『四葉』に固執しているのです?その記憶を用いて新興勢力を作れるでしょう。なんだったら、かつてそうしていたかもしれない。そして、そうだったなら、その勢力に収まり直す事もできる。いや、その勢力が新たな『聖女』を探しているはずだ」
「……聡いのも考えものね。説明しなくてはならない事が増えてしまうわ?」
1つ真実を聞いただけで、その推測を広げていく達也。その聡明さを、真夜は少し皮肉を混ぜながらも褒めた。皮肉の方が効きすぎたのか、達也に睨まれる結果となったが。
「……まずはかつての『聖女』について答えましょうか。……貴方の考えた通り、かつての『聖女』は1つの勢力を作っていたようです。当時の『英雄』と共に。その勢力は、『魔法』を世に広めた勢力でした」
「……『始まりの魔法師』。……その『聖女』か『英雄』、どちらかだったのか。……狂信者集団のテロ事件とされているが、実は『始まりの魔法師』が興した勢力だったと。……狂信者を片付けたのは『始まりの魔法師』がした事になっているが、勢力内で派閥間抗争でも起きたのか?『魔法』独占派閥と普及派閥で争った、とかか」
また達也は推測を広げた。ただ、それにも答えていたら話が進まなくなってくるので、真夜は達也の独り言として聞き流しておく。
「……次に、十六夜が『四葉』に固執する事について。……彼本人が言うには、贖罪のため、だそうよ。どうにも十六夜は『聖女』の記憶全ては継承できていないようなのだけど、罪の意識は強くあるのだとか。継承が上手くいっていない原因は不明だけど。『聖女』の記憶は本来女性しか継承できない事が影響しているのだろうと、東道閣下は睨んでいたわ。無理を通した故の代償だと。おまけに、十六夜は『英雄』の後悔も感じ取っているようです。リライト能力には意思を継承するような能力がないとされていますが、これも『聖女』の影響なのではないかと」
「……贖罪。……あいつが自罰的で自身を省みないのはそういう事か。……しかし、それだけでは『四葉』へ尽くす理由にならないのでは?」
真夜の語りで照らされていく十六夜の深淵。しかしまだまだ底が見えず、達也は更なる照明を求めた。
「……ごめんなさい。それは、東道閣下にも、私にも、まだ分かっていないわ」
ただ、真夜の持っている証明は、これで品切れだ。
「……あいつは、『四葉』全体というより、叔母上に忠義を尽くしているような印象を受けます。いつだったか、優先順位は叔母上が一番高いという事を言っていました」
「私も、そう感じています。だからこそ彼は、私が求める理想の息子を、『四葉十六夜』を演じている」
「……その『聖女』やら『英雄』やらの罪の意識に、あいつ自身の過去も混ざっているのでは?まだ自我が確立していない頃にその罪の意識が自分に芽生えたとなれば、自身とその者たちとの区別がつかず、混ざってしまうかもしれません」
「……自身の過去。つまり、彼自身に家族へ対する何らかの後悔があり、その後悔と他人の罪の意識が混ざった。そうして、その後悔と罪を晴らすために、母親紛いの私に尽くす形で世界に貢献しようとしている。……そう言う事かしら」
「世界に貢献しようとしているかは、少し疑わしいと思います。どちらかと言えば、叔母上のために世界を利用しているような……。それだと、罪の意識との関連が薄くなりますが」
「……」
目聡く違和感を見つけ出している達也に、真夜は押し黙った。
達也のその違和感を払拭できてしまいそうな真実を真夜は知っており、話すべきか迷っているのだ。
十六夜はこの世界の未来を知っていた、この世界の未来について書かれた本を読んでいた。そんな可能性があるなんて話を、与太話が過ぎるそれを、本当に聞かせるべきかと。
「……達也さん、少しお願いがあるの。十六夜が寝ている時にも指輪を付けていたのだけど、その指輪について調べてもらえないかしら?」
真夜は、その可能性を自分の口から聞かせる事は止める。しかし、その可能性に思い至れるかもしれない布石は巻いた。
「指輪、ですか?あいつは普段アクセサリーを付けていないはずですが」
「安眠用の指輪と言っていたから、寝る時にしか付けていないのかも。聞き出すきっかけを見つけるのには苦労するでしょうが、お願いします」
「……その指輪に、あいつの秘密が隠されていると、叔母上は睨んでいるのですね。……分かりました、請け負います」
ともすれば急な話題転換だったが、それまでの話題と繋がるモノであると判断した達也。真夜が何か隠したように感じながらも、彼はそのお願いを聞き届けるのだった。
「……ところで。あいつが寝る時にしか付けない指輪の事を、何故叔母上は知っているのです?」
「……」
閲覧、感謝します。
次回の更新は、9月10日の予定です。