第百十四話 風は吹く
2097年4月7日
今日は魔法科高校9校で入学式が行われる日だ。もちろん、俺が在籍している国立魔法大学付属第一高校でも入学式が行われようとしていた。
そんな、魔法科高校だけに限ればめでたい雰囲気なのだが、世間は真逆の、空気が張りつめたような雰囲気を醸し出している。
それもそのはず。世界で3つ、日本でも1つ、事件が起こっていたのだ。
1つ目は、現地時間3月31日(日本時間4月1日)に南アメリカ大陸旧ボリビアのサンタクルス地区で起こった、ブラジル軍による独立派武装ゲリラの鎮圧。
過激な独立派がゲリラとなって争いを起こし、国がそれを鎮圧する。そういう話は珍しくもない訳だが。珍しいと言うか、問題になった部分は、その鎮圧に戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』が使われた事だ。
(『灼熱のハロウィン』以降、意外とどの国も自制心を保った訳だが。ついに、日本以外も我慢できなくなったんだな)
その事件が戦略級魔法の実用例2件目となってしまった(横浜事変と鎮海軍港のは一纏めで1件目。沖縄海戦時のは世間的にもカウントされていない)。これは各国の戦略級魔法使用に対する精神的ハードルを下げてしまうだろう。
次に、2つ目は、現地時間4月1日(日本時間4月2日)に旧メキシコ、現
ただ一般人が暴徒になるだけなら良かったのだが、暴徒鎮圧に動いていたはずの州政府に属する治安維持部隊、
連邦政府に属する治安維持部隊、ウィズガードが暴動鎮圧に動いているが、まだまだ暴動は続いているそうだ。ウィズガードがUSNA軍魔法師部隊・スターズに入る事ができなかった魔法資質の低い者たちで構成されていると聞けば、その戦力ではそうもなるという話だ。
(元々、ナショナルガードも非魔法師で構成されてて、反魔法師思想を抱いていたとか。魔法師で構成されているウィズガードが非魔法師を煽って、ナショナルガードもキレたとか。そんな真偽不確かな情報が出回ってるな)
経緯や実態はあやふやだが、この暴動が反魔法師思想に端を発している事は確かだ。その暴動は、USNAにおける反魔法師運動の活発化・過激化を示しているだろう。
そして、3つ目は、現地時間4月3日(日本時間同日)にドイツ連邦・首都ベルリンにあるベルリン大学で起こった、魔法師排斥派と魔法師共存派の学生によるそれぞれデモ隊の衝突。
大人数で罵り合うという、上記2つの事件と違って人的被害はまだ皆無な騒動だ。だが、小さくない騒動なのは紛れもない事実であり、これも反魔法師運動の活発化を示すモノとしてか、ニュースで大きく取り上げられた。ニュースキャスターやコメンテーター、自称評論家が意味のない議論を繰り広げている。
(どこもかしこも反魔法師運動で大騒ぎだ。これ、もしかしたらニュースになってない事件もあるかもな)
基本的にニュースになるモノは話題性があるモノ、話題にしやすいモノ、そして、国家政府にとってそこまで都合が悪くないモノだ。
世界全体で反魔法師運動が活発化している兆候がある事から、そういうニュースにしづらい事件や政府が握り潰した事件もあったのではないかと、俺は睨んでいた。
日本でも、そんなに話題にされないで淡々と流される小さな事件がある事だし。まぁ、前述の国々と比べて大きな事件がない事は、喜ぶべき事か。
(ま、そういう反魔法師運動以外の大きな事件は、日本でもあったんだがな)
最後に、日本で起こった1つ。4月6日に佐渡近海で起こった不審船爆破。
佐渡近海に不審船がずっと漂っていたのだが、佐渡は一条家のテリトリーという事で、一条家がその不審船の調査に乗り出したのだ。しかも、配下を多く引き連れた大々的な作戦として。
佐渡侵攻という前例があるため、一条家は他国の侵略関連に敏感なのだろう。その不審船を他国の侵略行為、あるいはその前段階と断定し、当主である剛毅も次期である将輝も前に出た。
それが幸であり、不幸でもある結果を招く。
端的に言って、不審船は罠だったのだ。その不審船を中心にして、大爆発が、それも連鎖的に発生した。見る限り爆発物のない海上での爆発だったため、十中八九魔法による爆発である。
『幸であり』とした理由は、剛毅が即座に障壁魔法を展開し、負傷者を一切出さなかった事。
『不幸でもある』とした理由は、限界を超えた魔法行使だったため、剛毅が衰弱してしまった事。
十師族・一条家の現当主であるが故に、並の魔法師よりは硬い障壁魔法が張れるだろうが、障壁魔法の名家とも言える十文字には劣る。
今回の連鎖爆発は、一条剛毅の手に余るモノだった、という話だ。
(それで、夕歌さんを派遣するって話になったんだよな)
剛毅の衰弱を知った後、真夜はすぐに限界を超えた魔法行使が原因であると推測し、俺にその事を電話してきた。
それで、魔法演算領域のオーバーヒート、及びその治療の良い実践になると、治療法について研究している夕歌の派遣を考えるのは分かる。
何故その事を計画段階で俺に連絡してきたのか。電話を受けた瞬間は謎だったが、何の事はない。
派遣する申し出を俺からした方が良いだろう、という真夜の考えがあったのだ。
(実際、すんなり通ったしな……)
俺は真夜の考えに従って一条家へそういう申し出を電話でしたのだが、将輝はまるで藁に縋るように食い気味で申し出を受け入れた。
―四葉深夜の死因は剛毅さんが衰弱している原因と同じだと推測している。四葉は深夜さんと同じ轍を踏まないよう、その研究をしている人間の支援しているんだ。だから―――
―親父を治せる医者への伝手があるのか!?頼む!その人に渡りを付けてくれ!
という風に、俺が夕歌さんとの関係をでっち上げている最中に将輝が言葉の先を読んで食いついたのだ。
ちなみに、剛毅が衰弱しているため、一条家の指揮権を一部代行していた将輝だったため、彼のその受け入れが一条家の決定となっている。一応、将輝本人曰く、剛毅と自身の母に事後承諾は取った、との事だが。
(世の中が騒がしくなってきたから、それの対処に乗り出さなくちゃいけないんだが……)
俺には現在、世の中の騒がしさより優先して対処しなくてはならない問題を抱えていた。
「……」
「……」
その問題とは、新入生総代である三矢
『三矢』という時点でその少女が十師族・三矢家の人間であるのはお察しだろうが、何故そんな少女と相対しているのか、という部分は傍からすれば謎だろう。
何の事はない。ここは入学式を執り行う講堂の控室で、俺も彼女も気が急いて、早く来すぎただけである。深雪たちもまだとすれば、どれだけ早いか分かるだろう。
そうして早く来すぎた俺と彼女は2人だけで控えているのだが、実に気まずい。
何せ、彼女と俺は面識が一切ないのだ。
(本来だったら、入学式の準備時点で会うはずだったんだけどなぁ……)
詩奈は新入生総代であるために、生徒会や風紀委員と入学式の段取りを打ち合わせる。壇上に立つのはほぼ生徒会の仕事だが、風紀委員は警備の仕事があるのだ。
第一高は色々な面倒事を経験しているため、特に危機意識が高い。なので、新入生総代を安心させる観点も合わさり、風紀委員全員と面通しさせ、凄腕が集まっている事をアピールした。ただ、とある理由で風紀委員長である俺だけ面通ししていないのである。
そのとある理由とは、
(……我ながら、失敗したな)
詩奈の存在は原作知識的にあまり重要性が高く思えなかったので、俺は彼女の好感度稼ぎを後回しにしてしまった。
その弊害が今振りかかっている事に、俺は頭痛を覚えている。思わず頭を押さえてしまう程だ。
その『思わず』の行動が、事態を好転させるとも知らずに。
「……あの」
「ん?……ああ、どうかしましたか?」
詩奈の声があまりにもか細かったため、俺はその声が俺に向けられたものだと、一瞬認識できなかった。
でも、顔を上げてみたら彼女と目が合ったので、俺に声をかけたのだと気付けたのである。
「あ、頭を押さえられていましたので……、お加減を悪くしたのではないかと……」
彼女の声は、純粋に俺を案じるモノだった。
「……心配させてしまって申し訳ない。ただ、少し悩み事があって、頭を抱えただけです」
「そ、そうでしたか……。最近はずっと保健室登校で、体調を崩される事もままあると伺っていたので……」
「な、なるほど……」
どうやら、詩奈の中では俺が病弱キャラとインプットされていたようだ。それで、些細なモノも不調の兆候と捉えてしまったのだろう。
「……その、以前はそんな噂、耳にした事もなかったのですが。……もしや、何かご病気をお持ちで?」
「いえ、何か患っているという事はありませんよ。保健室登校も、最近体調を崩しやすいのも、ここ最近の事ですので。後、その理由も大まかに把握していますから」
「……どんな理由なんですか?」
これを機に歩み寄りたいのか、意外にも彼女から積極的に詮索してきた。その目からは、緊張もあるが、何か、期待感のような意思も感じ取れる。
もしや、彼女もいわゆる『十六夜ファンクラブ会員』なのだろうか。
「……元々、プシオンに敏感なもので。特に、他人から向けられた活性化プシオン、つまり熱視線には弱いんです。いくつも向けられると、体調を崩してしまう程にね」
「いくつも、向けられる……。あっ、最近、『日本若手魔法師の旗手』って騒がれているから」
彼女はプシオンで体調を崩すという部分には疑問を抱かず、熱視線がいくつも向けられる事態に疑問を抱く。だが、自身でその原因だろう事を探り当てた。
保健室登校の理由はそれで合っているので、俺はそれに頷いておく。
「少し、親近感を覚えます」
「親近感?」
「あ、あの、私は音に敏感ですので」
こんな不思議体質の何処に親近感を覚えるのかと、俺は純粋に思ったのだが。彼女は不興を買ったと思ったのか、すぐに自身が親近感を覚える要因を露にした。
自身がしている耳栓、音声調整機能付きのイヤーマフを。
そのイヤーマフは聴覚過敏対策の物なのだが、彼女の聴覚過敏は少し特殊だった。
サイオン知覚と聴覚が関連付いているのである。
例えば、彼女は耳栓をしている状態だと、サイオン知覚が鈍る。
本来そういう事例はないのだが(そもそも聴覚過敏の魔法師という事例が希少なのだが)、何故だか彼女だけはそういう症状なのである。
俺がプシオンに敏感という不思議体質を疑問に思わなかったのは、彼女自身そういう不思議体質だったからなのだろう。プシオンに敏感である体質を、
一応、言うまでもないだろうが。プシオンと霊子は同じモノを差した別名である。
「そうか、君と俺には共通点が多いって訳か」
「わ、私は貴方様程優秀ではないですけど……」
俺は親近感を覚えた経緯に理解を示したのだが、彼女は委縮してしまっていた。まぁ、『四葉』相手なら仕方がない。現状、第一高に『四葉』は3人居るし、おまけに風紀委員長と生徒会長なのだが。
「俺と自身を比べる必要はないですよ。お互い抱える事情も、備える素養も違う。それぞれの場所で、それぞれの活躍をすれば良いんです」
俺は、せめて魔法師としての優劣という部分では委縮しないよう、適材適所の論を説いた。
「は、はい。追い付けないなりに、自分の長所を活かしていきたいと思います」
まだ硬さが残る彼女だが、適材適所の論はしっかり胸に留めてくれたようなので、今はこれで良しとしよう。
「という事で、改めまして。俺は十六夜、四葉十六夜だ。四葉と……、呼ぶと達也や深雪と被るか……?じゃあ、君が良ければ、十六夜の方で呼んでくれ」
「わ、分かりました、十六夜先輩。私の事は、詩奈と呼んでください。第一高校で学び舎を供にできるのは1年だけですが、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
それが礼儀だとしているのだろう彼女は、自身から右手を差し出している。俺はその右手を、間違っても握り潰さないように、優しく握り返すのだった。
その後、入学式は厳粛に執り行われ、無事終了した。
俺が経験した第一高入学式2回より厳粛に思えたのはおそらく、風紀委員長と生徒会長が『四葉』だったせいだろう。厳粛である事は良いのだから、気に病むつもりは一切ないが。
とかく、式の後片付けとして、風紀委員は警備状態の成果報告(成果と言っても、不審者が居なかったかどうかの報告を聴取するだけだが)、生徒会は備品のチェックと詩奈の生徒会勧誘(新入生総代は生徒会役員になるという慣習のヤツ)をそれぞれ行った。
勧誘の結果はともかくとして、報告を全て聞き終えた後、風紀委員は全員講堂を後にしようとしていた。
何故か立ち止まる、幹比古を除いては。
「幹比古、どうした」
備品チェック役だった達也も、俺と同じくそんな幹比古が気になったようだ。俺と揃って足を止めていた。
「……これは、『
達也への回答と言うよりは、思考が口を吐いたのだろう幹比古。どうやら魔法を感知しているが、その魔法が何かについては自信が持てていない、と言った様子である。
達也と俺が感知できていなかった時点で、その感知能力は充分誇って良いのだが。
「誰かが魔法を使ってるのかい?」
「……ああ。指定した場所の音を拾う古式の術だ」
俺に間違った話を伝えたくなかったようで、数秒の間を置き、確信を得てから幹比古は報告した。
「発生元の特定はできる?」
「大雑把にだけど。第一小体育館の辺り」
「オーケー。じゃあ現場を見に行こうか」
幹比古に先導を任せ、俺は達也も連れて現地へ向かう。
現地を目の前にしたところで、俺もようやく魔法の余波、サイオンを感知する。
「ここまで近付かないと気付けないとは、相当な手練れなのかな?」
「技術は優れてると思うけど。隠密性を高めるためか、適性が低いのか、出力はそんなに高くないように感じるよ」
幹比古の方は完全に発信元を捉えたようで、淀みない歩みで先導を続けつつ、『順風耳』に対する所感を語ってくれた。
何にせよ、術者本人を捕まえれば分かる話だろうと、俺は幹比古の先導に付いて行く。
「この先、体育館の影だね」
「了解。じゃあ、万が一にも逃げられないように挟み撃ちにしようか」
幹比古に発信元を細かく教えてもらったところで、俺は体育館の壁を駆け上がった。もちろん、『我流自己加速術式』と『マイセルフ・マリオネット』で偽装している。
幹比古と達也は壁の出っ張りに着地する俺の姿に呆れつつも、意図は分かっているようで、そのまま真っすぐ発信元に向かってくれている。
俺は壁の出っ張りを伝って先回り。道中で発信元だろう男子生徒を目にしたが、あちらはまさか頭上を通ってくるなんて予想外だったようで、こちらに意識は向かなかった。こうして挟み撃ちの準備が整う。
「新入生だな?この付近で魔法の使用を感知した。少し話を聞かせてもらおうか」
達也が男子生徒に声を掛けた。
達也のその言葉を聞き終えたところで、男子生徒が動き出す。
男子生徒は達也たちが来た方向と反対方向に駆け出そうとしたが、俺はそれを遮りにかかる。
「おっと、任意同行とはいえ、走って逃げるのは感心しないよ」
「なっ」
頭上から落ちてきて目前に降り立つ俺に、男子生徒は驚愕で足を止めた。
「……もしや、
「俺の名前を、どうして……!」
「面識があるのか、十六夜」
「いや、勘だよ。ただの鎌掛けだ」
俺と達也は、矢車侍郎の名前を入学式直前の控室で詩奈から聞いていた。詩奈と同じ時間に講堂の外に待機していた人物を気にかけた達也が、詩奈の知り合いかと彼女に訊ねたのだ。それで、彼女の口からその人物がおそらく矢車である事と、彼女と矢車が幼馴染である事を聞き及んでいる。
ただ、その時その名前を頭に入れた俺と達也だが、当然面識はない。だから、顔を知っているはずがないのに、この男子生徒を矢車と言い当てた俺へ、達也は面識の有無を確認したのだ。
しかし、再度明記するが、俺に矢車との面識はない。
詩奈と同じ時間に登校して外でずっと待っている程(おそらく登校は一緒にしてきたのだろうが)、矢車は詩奈を気にかけている。そんな男であるのだから、魔法を使って聞き耳を立てるくらいはやりそうだと推測したのだ。
まぁ、その推測を後押ししたのは、曖昧な原作知識だが。確か、そんな事をする、こんな顔の男だったなと、ぎりぎり思い出せたのである。
「それで。……君は矢車侍郎君で合ってるかな?」
「……」
「後で生徒名簿と照合すれば良いから、ここでの黙秘は無意味なんだけど。……それに、俺は君と取引がしたいんだ」
「……取引?」
「……取引?」
黙秘を決め込んでいた矢車に取引を持ち掛ければ、ようやく彼は口を開いた。何故か、幹比古と台詞がダブったが。間の長さまで一緒なのは、中々笑いを誘ってくる。
「十六夜、新入生を詐欺にかけるのは褒められた行いじゃないぞ」
「『詐欺』って……。俺はただ、魔法無断使用を風紀委員会への入会試験って事にしようって考えただけだよ」
達也が不敵な笑みを浮かべていたので、多分俺の思惑が読めていたのだろうが。『詐欺』という言い回しは矢車に誤解を与えかねないので、訂正しておいた。
「彼を、風紀委員にするつもりなのか?」
「ここまでの隠密性を発揮できる古式魔法師は、第一高、いや、魔法科高校全体で見ても貴重だ。俺や幹比古が抜けた後に、是非ともその腕を風紀委員として活かしてほしくてね」
幹比古はどうやら矢車を勧誘するメリットが分かっていなかったようだ。なので、俺はそのメリットをはっきり言葉にした。
実際、まず魔法科高校というのが現代魔法の学び舎であるため、古式魔法師が在籍する事例は少ない。学校のサイオンレーダーに引っ掛からず、俺や達也にも感知を遅らせる程の手練れとなれば、その数はさらに少なくなるだろう。
つまり、矢車は風紀委員と言うか、第一高の安全を確保する人員として、非常に貴重かつ有用なのである。
「ただ、まだその実力を周りは目にしていない。風紀委員は教職員、生徒会、部活連、それぞれから推薦されてようやく所属できる。生徒会枠と部活連枠には学内で実力を示した者が推薦される傾向があり、教職員枠も似たように、入学以前に何らかの実績がある人間が推薦される傾向がある」
風紀委員とは性質上、実力者しか入れない。それぞれの枠にそれぞれの傾向があるけど、それは変わらない。
雑に要約すれば、実技成績で実力を示せば生徒会枠に、魔法競技で実力を示せば部活連枠に、それ以外に魔法関連の実績があれば教職員枠に入れる、という感じだ。
まぁあくまで傾向であるから、魔法実技の成績は悪いけど、生徒会枠で風紀委員に入った達也のような例外的事例もあるが。一応明記しておくが、こういう例外的な風紀委員加入は達也以外にも過去にあり、俺はその記録を目にしている。
「特別枠もあるにはあるが……。深雪や五十嵐さんを説得できても、教職員方の説得はできないしな。我を通そうとすれば、百山校長が絶対止めてくるだろうし」
第一高校長・百山東は、少年少女の学ぶ権利についてはかなり柔軟な姿勢を取ってくれるが、俺のような十師族が振るう強権には猛反発する人だ。学校の公平性を守る点においては正しいと言えるが。
とりあえず。そういう事情があるために、特別枠に必要な許可を生徒会と部活連からは高確率で得られるが、教職員の方からは高確率で得られないのである。矢車を特別枠にねじ込むのは、望み薄なのだ。
「という事で、何処か魔法競技系の部活に入って、どうにか実力を示してくれ」
「……その取引を受ける価値、こちらにありますか?それに、俺は魔法競技で実力を示せるか怪しいです」
最初の要求で矢車はようやく言葉のキャッチボールをしてくれた訳だが、その声は警戒心が込められた、消極的拒否だった。
「あるよ?まず、風紀委員の加入特典として、学内でのCAD携帯が許される。同時に、生徒会と連携する事が多いから、君はより多くの時間を三矢さんと共にできるだろう」
風紀委員の業務を特典と言った俺に、達也と幹比古は苦笑を向ける。
幹比古はともかくとして、達也には苦笑されたくないのだが。達也も、それを特典と思ったからかつて風紀委員加入を受けたのだし。まぁ、必要にかつ執拗に迫られての加入だったが。
「実力を示せるか怪しいという点も、あまり問題にはならないさ。何せ、俺は君を鍛えるつもりだからな」
「十六夜が……?」
「十六夜手ずから!?」
俺が提示した問題解決策に、達也と幹比古がそれぞれ声を上げた。達也の方は疑問、幹比古は驚愕の意思が強いだろう。
「俺も時折面倒を見るつもりだが、大半はエリカさんに投げたいところだな。見たところ、何か得物を使った体術を修めてるだろ?刀、いや、警棒みたいな片手で持てる得物かな?」
俺は、矢車の鍛錬をエリカにほとんど任せる計画を立てていた。
これは、原作乖離を抑える布石だ。
原作ではエリカから自主的に矢車を鍛えていたが、現実においてはそこから乖離する恐れがある。
何故なら、あれは達也を見返すためだったと、俺は読んでいるからだ。
どうして達也を見返したいかと言えば、達也が寿和を仕方ないとはいえ殺したから。それがどう見返してやろうという意思に繋がったのか、その手段がどうして矢車を鍛える事になったのかはともかく。現実では寿和が死んでいないため、動機から根本的になくなっているのだ。
おまけに、達也への小さな敵意が、俺への恩義へとすり替わっている。これも、矢車を鍛えなくなるかもしれない要因だ。まぁ、案外付き合いが良いというか、指南役を務める事もあって面倒見も悪くないので、原作であったように矢車から願い出れば、原作同様に彼女は矢車を鍛えるだろう。
だが、それは不確定な未来であり、エリカの意欲も違っている。
だから俺は、その未来を確定させ、恩義を使って意欲を上げる事で、原作により近い道筋を整えようとしているのだ。
(原作である程度スポットライトが当たったキャラ、しかも十師族・三矢家の護衛を代々務めた家系・矢車の人間だからな。原作と同じように鍛えとかないと、後でどうなるか分からない)
覚えている原作知識も残りわずかだが、俺はある程度その先も守りたいのである。もちろん、俺にとって不都合であれば、その限りではないが。
「要約しよう。俺が君に求める事は、魔法競技系の部活に入って実力を示す事、そのための鍛錬を俺から受ける事、そうして風紀委員に入る事。俺が君に差し出すモノは、魔法無断使用の不問、君を鍛える鍛錬、風紀委員としての特権。以上だ」
「……」
俺が取引の内容をまとめれば、矢車は非常に険しい表情を浮かべた。
彼も、自身に利益があると判断しているのだろう。しかし、問題は取引相手が『四葉』である事。
彼からしてみれば、悪魔の取引と何ら変わらないのかもしれない。後に魂を奪われる、悪魔の取引と。
「すぐに答えは出ないよな。じゃあ、また後で答えを―――」
矢車の葛藤は理解できるので、俺は答えが出るまで待とうと考えた。
しかし、俺が待っても、彼女が待たない。
「その取引、受けます」
矢車の幼馴染である詩奈は、矢車の答えを待たない。
「し、詩奈……!なんでここに……」
「『なんで』じゃないわ、侍郎くん。生徒会室へ向けて魔法を使ったんだから、会長がお気づきにならないはずがないでしょう?」
詩奈の急な介入に矢車は唖然としているが、彼女が彼に詰め寄り、当然の帰結を起こした彼の浅慮を怒っていた。人相と持ち前の雰囲気が癒し系なせいか、全然怖くないが。
でも、詩奈の後に付いてきていた深雪が姿を現したので、怖さは補填されているだろう。まぁ、深雪も別に怒っていなさそうだが。
しかし、俺、達也、深雪という『四葉』3人に囲まれるのは、絶対に怖いか。
「話は聞かせてもらいました、矢車侍郎くん。十六夜の取引を貴方が呑めば、私も貴方の魔法無断使用は胸に秘めようと思います。……十六夜の思惑と、詩奈ちゃんの嘆願があったから、特別よ?」
深雪は自身が怖さを補填させる役だと認識していたのか、そうして矢車の葛藤にトドメを差しにかかった。
生徒会室でされたのだろう詩奈の嘆願を持ち出したのも大きな決め手だ。この恩赦が、彼の幼馴染によってもたらされたように取り繕っている。
幼馴染が勝ち取った恩赦となれば、断るなんて幼馴染の努力を無駄にする行為など、彼にはできないだろう。
「侍郎くんが私の事を想ってやった事だっていうのは分かってる。侍郎くんが、いつも私のために頑張ってるのだって、分かってる。だから、これはきっとその想いと努力が実った事なんだよ」
「……『想いと努力が実った』?」
「だって、
詩奈は、運命の巡り合わせと捉えていた。矢車の想いと努力が通じて、もう一度やり直す機会をくれたのだと。ここでやり直す事ができれば、幼馴染として一緒に居られると。あるいは、それ以上の関係として、というのはさすがに邪推になるか。
「ずっと、一緒にか……」
詩奈の想いを受け取ったのだろう矢車は、その想いを噛みしめ、自身の想いを見つめ直すように目を閉じた。
その時間は、わずか数瞬の事である。
「答えを聞こう、矢車侍郎君」
「はい。俺を鍛えてください、四葉先輩」
俺からの問いに、矢車は今度こそ迷わなかった。
俺は矢車の答えへ応えるように手を差し出し、矢車はその手を強く握り返すのだった。
ニュースになってない事件:原作通り、新ソビエト連邦黒海基地で暴動が起こったのにニュースになっていない。暴動の扇動者が特定できていないのもあって、内々に処理されている。
三矢詩奈:『十六夜ファンクラブ会員』ではないが、九校戦の活躍やジード捕縛作戦での会見を見て、少なくない羨望を向けている。ただ、学校では保健室登校というのを知り、働き過ぎで無理が祟っているのではないかと、純粋に心配している。
端的に言って彼女が十六夜に持っている印象は、傷だらけの体を押して戦うヒーロー、というモノである。
矢車侍郎:詩奈を危険に巻き込みかねないという観点から、『四葉』に対して強い警戒心を持っている。もちろん、十六夜にも強い警戒心を持っていた。だが、取引のせいで十六夜の印象がブレ、その人間性を捉えられなくなっている。
閲覧、感謝します。
次回の更新は9月24日の予定です。