魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百十五話 追い風となるか否か

2097年4月8日

 

 入学式は昨日の事。そして、今日も放課後にまで至っている。

 俺は風紀委員会本部で仕事に取り掛かっている、のではなく、第二小体育館に足を向けていた。

 風紀委員の仕事をサボった訳ではない。今日は巡回の当番ではないし、風紀委員長としてのデスクワークはもう全て片付けてある。

 まぁ、本来だったら仕事が片付いたからと言って、風紀委員長が本部を空けるなんてしない方が良いのだが。有事には遠慮なく呼び出すよう各員に言ってあるので、俺は良しとした。そして、誰も異論は唱えなかった。『唱えられなかった』の間違いかもしれないが、とにかく良いのだ。

 

 それで、どうして第二小体育館に足を向けていたと言えば、今日付けで剣術部に入部した矢車の様子を見るためだ。ちゃんとエリカが面倒見ているかも確認しなければいけない。

 ちなみに、エリカは剣術部員ではないため、普通だったら剣術部に入り浸るのはおかしいのだが。俺が矢車の稽古を頼む以前から、エリカはちょくちょく剣術部に入り浸っていたようだ。

 まぁ、千葉家道場の剣術が拝めるとなれば、剣術部としてはウェルカムなのだろう。

 それはそれとして。

 

「……参りました」

 

 剣術部と剣道部が合同稽古している場に(剣術部と剣道部の連名で正式に第二小体育館を貸し切っている)着いたところで、エリカに竹刀を突き付けられている矢車が降参する事を言葉にしていた。

 床に叩きつけられた後なのか、矢車は自身の竹刀を杖に立ち上がろうとしている状態で、エリカに竹刀を突き付けられている。誰がどう見ても勝敗は決している光景だ。

 

「やぁ、エリカさん、矢車さん。結構真面目にやってるようで助かるよ」

 

「『結構』とは何よ、十六夜君。『君の助けを頼りに来た』って言われたんだから、そりゃ真面目にやるわよ」

 

「……半ば強制でしたけど、好機だとは俺も思っていたので」

 

 俺が声を掛ければ、エリカは気安く、矢車は少し固く、それぞれやる気の所在を答えてくれた。

 ちなみに、エリカと矢車の稽古を見学していた剣術部員と剣道部員は『ゲっ、風紀委員長!?』と狼狽えながら、その見学の輪を俺が通れるように割いてくれている。

 

「エリカさんから見て、矢車さんはどうかな?」

 

壬生紗耶香(さーや)程まだ磨かれてないけど、面白そうな素材ね。さすが、十六夜君に目を掛けられるだけはあるわ」

 

「そりゃ壬生さんと比べたらな……。彼女はある意味で壁を超えた人間だぞ」

 

 超人である壬生と常人である矢車を比べたエリカ。さすがに比べる相手が悪い。

 まぁ、エリカも『面白そうな素材』と、矢車に及第点は上げている。それに、そもそもここで壬生の名前を出したのは、俺が目を掛けた剣士という点で、比較対象が壬生しかいなかったせいだろう。エリカにとって俺が目を掛けた剣士と言えば今まで壬生紗耶香だけで、そのカテゴリに矢車侍郎が新しく入ってきた訳だ。

 

「それはともかく。細かい寸評を聞こうか。矢車さんもちゃんと聞くようにな」

 

 矢車が呼吸を整えたようだったので、俺は先程の一戦に関する寸評をエリカに訊ねた。言わなくても大丈夫だと思ったが、念のため矢車にも聞くように念を押す。

 まぁ、やはり必要はなかったようで、矢車はずっと寸評を聞くために待機しており、姿勢を真っすぐ伸ばしていた。

 

「元々護身術、というか護衛術かしら。そういう技術を学んでるって話だったから、動きはなかなかに良かったわ。でも、最後の捨て身はダメね。まだ何か手札がありそうだったから、賭けに出るには早すぎる。矢車、捨て身は最後の手段にしなさい。それに、これが稽古である事も忘れないように」

 

「はい、すみません」

 

 エリカからの寸評は、基礎技術は及第点、戦術は落第点と言った様子である。エリカの寸評で自身のミスをはっきり認識したのか、矢車はそれを表すように謝っていた。

 すぐにミスだと受け入れられる見識と、指導者の言葉をしっかり聞き入れられる柔軟性は悪くない。

 ただ、いただけない部分もある。

 

「矢車さん。手札を何か隠したそうだが、それは戦闘に使えないモノかい?」

 

「い、いえ、使えない事はないんでしょうが……」

 

「そうか。……じゃあ、俺と一戦やろうか」

 

「……え?」

「……は?」

『……マジで?』

 

 矢車たちにとって脈絡のない一戦交えるお誘いに、矢車もエリカも、そして剣道部員・剣術部員全員が、そう素っ頓狂な声を上げていた。

 

「制限時間は、5分で良いか。その間に魔法なしの俺に、8本くらいかな?取られたら君の負け。取られる前に俺に攻撃できたら、君の勝ち。負けた際の罰ゲームも付けようか。内容は、負けた後のお楽しみで。審判はエリカさんに任せるよ」

 

「え、いや、ちょっと待っ―――」

 

「早く構えろ」

 

「っ!?」

 

 急な勝負を仕掛けた俺だが、矢車を待つつもりはない。俺は片隅に雑にまとめられていた竹刀(剣道部の備品だろう)を左手に取って、彼を威圧する。そうすれば、矢車は気圧され、有無を言えなくなった。

 

「装備はそれで充分か?だったらもう始めるが?」

 

「い、いや……。だ、誰か、できるだけ軽い得物を貸してください!」

 

 矢車はエリカと戦った時に使った脇差サイズ竹刀1本では瞬殺されると判断したようだ。必死にもう1本得物を求めていた。

 思考が追い付いていない周りだが、そのせいで逆に躊躇いがなくなり、剣術部の1人が自身の得物だろうナイフサイズの木刀を差し出す。

 白めの木材が使われているところを見るに、とても軽い木材である(きり)が使われているのだろう。その剣術部員がかなりスピードに重きを置いた戦闘スタイルであるのが窺える。

 

「じゃあ、やろうか」

 

 剣術部・剣道部も乗り気なのか、いつのまにか公式戦で使われるタイマーを持ち出していた。エリカの方も興味が抑えられないのか、矢車が構えるや否や『始めっ!』と試合開始を合図する。

 

「まずは一本だ」

 

「……は?」

 

 合図が響いた次の瞬間に、俺の竹刀は矢車の首に添えられる。矢車にとってまさに瞬間、一つ瞬いたわずかな間の出来事だったため、彼は呆けていた。そのタイミングを狙って一足で間を踏み潰したのだから、そうもなるだろう。

 ただ、解説してやるつもりはない。まだ試合中だ。

 エリカが遅れて『い、一本!』と宣言したのを聞いてから、俺は竹刀を下ろしてもう一度間合いを取った。

 

「早く構え直せ。次は攻め手を緩めないからな」

 

「は、はい!」

 

 俺は矢車を呆けた状態から無理矢理正常に引き戻した。

 矢車は慌てて試合に意識を向け直し、2本の得物をそれぞれしっかりと握り直す。俺はその瞬間を狙う。

 

「くっ……!?」

 

 また一足で間を踏み潰し、今度は下段から竹刀を振り上げれば、矢車は咄嗟に2本の得物を交差させて、俺の振り上げを受け止めた。

 しかし、矢車にとって想像以上の威力だったようで、その衝撃に硬直する。

 

「怯むな。小手打ち、……2つ目だ」

 

「いっ」

 

 俺は硬直しているところを逃さず、矢車の左手を竹刀で叩く。そうすれば、矢車はナイフサイズの木刀を手から零した。

 エリカから『一本!』の宣言を聞いてから、俺は次の攻撃に移る。

 

「ほれほれ、どうした。『攻め手を緩めない』って、言ってあったはずだぞ?」

 

 下段からの振り上げ、上段からの振り下ろし。それらを交互かつ単調に行う。矢車は竹刀を盾に、斜めに構え、俺の攻撃をどうにか往なしていた。

 しかし、往なすだけで、反撃ができていない。

 

「そう言われたって、どうしろって……!」

 

「悪態吐くのに意識を割くな。胴打ち、……3つ目だ」

 

 矢車が悪態でわずかに集中を欠いたところを逃さず、矢車の胴に竹刀を添えた。別に俺は振り上げと振り下ろし以外しないとは言っていない。まぁ、そう思うように仕向け、隙を狙っていたのだが。

 エリカの『一本!』を聞き、次へ。

 今度は振り上げ・振り下ろしに胴狙いの横振りを時折混ぜる。

 

「う、くっ」

 

 何度目かの横振りを受け止めて硬直する矢車。当然、俺はそこを狙って竹刀を振り下ろす。が、それは読めていたのか、矢車は咄嗟に横に転がって振り下ろしを避けた。

 ただ、転がった後の体勢を立て直す隙に、俺の竹刀を突き付けられる。

 

「すぐに立て直せないなら、そんなに大仰に転がるな。……4つ目だ」

 

 経過時間約2分にして折り返し。最初に構え直す時間があって、ようやく約2分だ。

 矢車の顔には、絶望感が滲んでいた。

 エリカの『一本』を聞いて、次へ。

 繰り返し、振り上げ・振り下ろし、時折横振りだ。

 

「……っ!……あ、え?」

 

 横振りのタイミング、矢車は受け止め、反動を逃すように横振りと同じ方向に動くが、俺はそこで足を引っかけた。当然、矢車は無様に転び、そこに俺の竹刀を突き付けられる。

 

「これは魔法剣術勝負だ、足も拳も、魔法もアリだよ。……5つ目だ」

 

 エリカの『一本』を聞いて、次へ。

 さすがに蹴りや殴りは加えない。

 

「うっ、おあ!」

 

 今度は反動を使って飛び、無理矢理間合いを取ろうとしたのだろう。足が地から離れたのを見て、俺は竹刀により力を籠め、矢車の想定以上に飛ばした。

 そうすれば反動を殺しきれず、矢車は着地もできぬまま転がる。もちろん、俺はそこに容赦なく竹刀を突き付ける。

 

「……慣性制御の魔法は即座に使えないか。……何にせよ、6つ目だ」

 

 エリカの『一本』を聞いて、次へ。

 攻め方はそのままだ。

 

「……っ」

 

 性懲りもなく横振りを受け止めた反動で飛ぶ矢車だが、今度はちゃんと慣性制御の加速系魔法が間に合ったようで、しっかり着地できている。

 

「うおおおおお!がっ」

 

「破れかぶれに武器を振るな。……7つ目だ」

 

 俺の着地狩りに合わせるつもりだったのか、矢車は竹刀を振ってきたが、俺はその手を叩いた。

 矢車の手から、武器が失われる。

 

「さて。じゃあ、最後―――」

 

 条件反射だった。突然、背後から飛んできた何かを、俺は弾いたのだ。

 

「……最初に手から零していた木刀。……なるほど、これを狙ってたのか」

 

 弾いたのが最初に矢車の手から叩き落とした木刀だと視認して、矢車が何を狙い、何をしてきたか、俺は理解した。

 横に転がったり、反動で飛んだりは、無策でやっていた事ではなかったのだ。

 矢車は初めから、その木刀を俺の死角に置くように動き、そうして移動系魔法で木刀を操り、それで不意打ちをしようとしていたのだ。

 驚くべきは、移動系魔法の展開の早さだろう。

 

(確か、魔法演算領域の一部が移動系魔法に占有されてるんだったか。だから、達也の『分解』みたいに展開が早かった訳だな)

 

 超人たる異常な条件反射がなければ決まっていただろうその不意打ちで、俺は矢車に関する原作知識を掘り起こした。

 そう。矢車は達也の『分解』・『再成』のように移動系魔法が魔法演算領域に常時待機状態で、それ故に下手な一科生より早く移動系魔法を展開できるのである。残念ながら、出力は高くなく、あの軽いナイフサイズの木刀を動かすのが精いっぱいのようだが。

 

「これもダメ、なのか……」

 

「いいや。君の勝ちだ、矢車さん」

 

 万策尽きたと項垂れる矢車に、俺は彼の勝利を告げた。

 

「……え?」

 

「言ったじゃないか。『俺に攻撃できたら、君の勝ち』って」

 

「あ……」

 

 俺は、俺から一本取れたら勝ち、なんて一言も言っていない。勝利条件は初めから、攻撃できたら、だったのだ。

 その事に、矢車はようやく気付いた。

 

「まぁ、何を攻撃できたと判定するかは俺の裁量だったが。元々、この試合は君に隠している手札を使わせるためのものだったから、良しとしてくれ。それに、そこら辺を勘違いさせないと、君は切り札としてその手札を使わなかっただろう」

 

「初めから、俺のこの力を工夫させるために……」

 

「そこまで理解できてるんだったら、もう解説は充分だな」

 

 そう。矢車が分かってくれたように、俺は彼自身が使えないとするその移動系魔法を、使えるように工夫してほしかったのだ。俺は、その魔法がしっかり武器になるのだと、彼に理解してほしかったのだ。

 命中はしなかったが、俺の不意を突けた事実が彼にそう理解させるだろう。

 

「エリカさん、彼が移動系魔法の展開が早い事も加味した指導を頼む」

 

「了解。でも、さすがに千葉家(ウチ)にそれを活かせそうな武器はないわね」

 

 俺が指導方針を提示すれば、エリカはすぐにその方針に沿った指導法を考える。そこで、才能を活かす得物があれば、指導しやすいし、手っ取り早く強くなれるという意見をエリカは出した。

 

「そうだな、そういう得物はあるべきか……。俺も、ぱっとは思い付かない……、いや、あれが使えるか?」

 

 矢車用の得物について考え、俺はとある武装一体型CADを思い出す。

 

「矢車さん、硬化魔法は使えるか?」

 

「え、あ、はぁ……。使えますし、護衛に使えると思って鍛錬してますが、得意という程では……」

 

「十六夜君、薄羽蜻蛉(あれ)はおいそれと使える得物じゃないわよ?レオ(あのバカ)は硬化魔法だけは得意だったし、それでもあたしがみっちり鍛えてやっとなんだから」

 

 硬化魔法の得意不得意を矢車に訊ねた事で、エリカは話題にしている得物を薄羽蜻蛉だと勘違いしてしまった。

 だが、俺が話題にしている得物は違う。エリカも知っている物なのだが、千葉家由来の得物ではないから、忘れてしまったのだろう。

 

「俺が言ってるのは薄羽蜻蛉(そっち)じゃなくて、小通連(しょうつうれん)の方だよ」

 

「小通連?……ああ、アレね!達也君が九校戦の合間に作ったってヤツ!」

 

 エリカはしっかり思い出してくれたようだ。俺はそれを正解と示すために頷いておく。

 小通連とは、硬化魔法の効果、相対位置を固定するという部分に着目して達也が考案した、刀剣形武装一体型CADだ。刀身を分離し、分離した方と柄の方、その2つを硬化魔法により相対位置を固定する事で、分離した刀身を柄の延長線上に浮かせて固定するという面白ギミック武器で。原作にも登場し、今世でもちゃんと原作同様、達也からのお披露目会があった。

 ただ、原作ではモノリス・コードに急遽参戦する事となったレオが用いたのだが、今世においてレオの代わりに俺が参戦したため、小通連の実践機会は失われてしまっている。

 その小通連が、もしかしたら矢車用の得物として使えるかもしれない。

 

「普段は硬化魔法で浮かしてる刀身を、時に移動系で動かすって感じね?良いんじゃない?」

 

 さすが、千葉家の人間だけあって、エリカは俺が矢車用の得物として良いと思った運用法を読み取っていた。

 そして、その運用法にエリカのお墨付きが得られたという訳だ。

 とりあえずは、小通連を使えるように矢車を鍛える事となるだろう。

 

「矢車さん、君が使えそうな得物を調達しようと思ってるんだが。それはちょっと特殊な物、刀剣形の武装一体型CADだ。だから、得物の試作機を調達している間、君には2つの物体を離して固定する硬化魔法の練習をしておいてほしい」

 

「2つの物体を離して固定する……?硬化魔法は確かに相対位置を固定する魔法ですけど、そんな事ができるんですか……?」

 

「理論上でも不可能な事を君に押し付けるつもりはない。実際、俺もそういう事はできるし、俺の知り合いであるとある二科生だってできる事だ。ま、まずはチャレンジしてみてくれ。それと、できるできないじゃなく、やるかやらないかだよ」

 

 そんな事ができるのか、自身にそれができるのかと、自信が持てずまだ床に手を突く矢車。そんな彼に俺は、答えを聞いた時のようにまた手を差し出す。

 

「俺は君にある程度期待してるから、ある程度は手を差し出せる。でも、その手を握り返すかはいつだって君次第だ」

 

「……、はい!」

 

 矢車をあの時と同じように、俺の手を強く握り返した。彼にはまだ見込みがあると、俺は彼を引っ張り上げるのだった。

 

 

 

 矢車との試合を終えた後、風紀委員長としてちゃんと仕事して、それから帰路に就いた俺。達也一団と共にするその道中、『矢車用に調整した小通連を作ってくれ』と達也に頼めば二つ返事で了解してくれたのだが、『どうしてそんなに目を掛けているんだ?』と達也本人と周りから疑問を持たれた。それに対し、『俺たちが卒業した後の事を考えてな。俺たちの古巣として、襲う奴が出てこないとも限らないだろう?』と、俺はそれらしい理由を取り繕っておいてある。

 残念ながら、それでも煮え切らぬようだったので、『後強いて言うなら、未来への布石だよ』と、俺の思惑に掠めた意味深長な言葉を達也たちに聞かせた。

 それでやっと『何か企んでるんだな』と、達也含めた周りからの納得を得られる。そこから先は追及されなかったので、俺はそういう事にした。

 

 そんな陰謀論を疑われた帰路を過ごし、自宅に着いてゆっくりしていた事である。

 達也から、電話がかかってきた。

 

「達也、何かあったか?……て、母さん?」

 

 ヴィジホンで応答してみれば、その画面には達也だけでなく真夜の顔も映し出される。

 どうやら、元から2人で通話していたところに、俺も混ぜようとしているようだ。

 

〈お前にも一応伝えておくべきだと、叔母上と意見が合致した〉

 

「……何か重要な話か」

 

〈佐渡の不審船爆破事件は陽動であり、ソ連の本命は北海道侵攻にあると、国防陸軍第101旅団の旅団長(佐伯少将)は考えたようだ。それに際し、独立魔装大隊は北海道に出動。しばらく俺に協力できない状態となる事を、風間中佐から報告された。それと、場合によっては俺に超遠隔魔法での支援攻撃を命じられるかもしれないとも〉

 

 何を伝えられるのかと俺は身構えたが、達也が伝えてきたのは魔装大隊の動向だった。個人的に拍子抜けである。

 俺たちが今居る東京では、別にきな臭い事は起こっていない。魔装大隊の力を借りるような事案はないのだ、少なくとも俺が見聞きしている情報では。

 ここで重要なのは、あっちはこっちに協力できないくせに、こっちはあっちへの協力を強要されるかもしれない事だろうか。

 

「……なんか、邪険に扱われてないか?」

 

〈距離を置きたいのでしょうね。101旅団と達也が密接な関係にあると、軍はいつでも『マテリアル・バースト』が使えると錯覚してしまうから〉

 

「……ああ、そういう事」

 

 風間の考えについての推測を真夜が語ってくれたため、俺もようやく風間の考えが読み取れた。

 風間か、佐伯か、あるいは両者が憂慮したのだ。『マテリアル・バースト』のトリガーがあまりにも軽くなる未来を。

 ブラジルがゲリラの鎮圧に『シンクロライナー・フュージョン』を使用したり、ソ連が佐渡の不審船爆破事件に『トゥマーン・ボンバ』を使った疑惑があったり(これはあくまで真夜の推測であるため、その疑惑はまだ広まってはいない)と、各国が戦略級魔法の使用に躊躇しなくなってきている。

 だが、文字通りそれは戦略級で、都市あるいは艦隊を一撃で潰滅させる事が可能な威力を持っているのだ。各国がそんなモノを乱発しだしたら、核爆弾撃ち合っているのとなんら変わらなくなってくる。変わる点を強いて上げるなら、現状確認されている戦略級魔法に汚染性がない事か。却って使用に躊躇いがなくなりそうな要素だが。

 もちろん、そういう未来が訪れる事を回避したい人間は少なくないし、実際、独立魔装大隊はそういう考えを持っている訳である。

 

 それで、俺はふと思い付く。

 

「……母さん、達也。もう、達也に軍人の身分は必要ないんじゃないかな」

 

〈……なるほど〉

 

〈……その発想はなかったわ〉

 

 俺の思い付きに、達也と真夜は目から鱗と言った様子で、却下する意向は示さなかった。

 達也も真夜も、軍に良いように使われる事をあまり良く思っていなかった証拠だろう。

 達也がその自身の力を振るうために、その力を振るう正当性が必要だった。そのため、特務士官というのは魅力的な身分であり、国防軍側も貴重な戦力を確保できるという、双方に利益がある取引だった。

 しかし、四葉家次期当主の婿である事が公表された達也には、十師族・四葉家の一員として、国防のために力を振るう正当性を得ている。

 かつては『四葉』と名乗れないから、その代わりとなる国防軍特務士官という身分に魅力を感じていたのだが、状況は変わったのである。

 

〈沖縄海戦で特務士官という超法規的措置を取ってくれた借りは、横浜事変と灼熱のハロウィンで充分に返したでしょう。むしろ、お釣りが来る程ね〉

 

〈……独立魔装大隊で得ていた戦力は、四葉の手勢で充分代替できる。ただ、それでも惜しい戦力ではあります〉

 

 真夜と達也が独立魔装大隊と手を切る事へのメリット・デメリットを議論する。

 達也の言い分も良く分かる。風間は魔法師ライセンスのランクBを持つ優秀な現代魔法師でありながら、忍術使いという評価も受ける古式魔法師でもある。現代・古式に渡って魔法の才を持つというのは、非常に貴重な存在だ。『隠れ蓑』という、認識阻害効果を持つ古式魔法を得意としているのも、その貴重さをさらに高めている。

 魔法による優れたハッキング能力を持つ藤林も貴重だ。サード・アイ含め特殊な装備を生み出す技術力を持つ真田も惜しい存在か。

 手を切ってしまえばその人たちの協力を得られなくなる。

 ただ、それは完全に手を切ってしまった場合の話だ。

 

「契約内容を更新すれば良い。問題なのは、非常時なら問答無用で呼び出されてしまう事なんだから」

 

〈契約に拒否権を盛り込むのね〉

 

〈部下ではなく外部協力者になる、という話か。……お前らしい発想だ〉

 

 相手の方が強い権力を持つ上下関係ではなく、平等で対等な協力関係を作る。その、距離を取りつつも縁を切らない方策は、真夜と達也にも好感触だった。

 達也が呆れたように余計な一言を言った気がするが、俺はスルーしておく。

 

「相手の、少なくとも101旅団の思惑とは一致すると思う。国防軍上層部は突っぱねてくるかもしれないが、言い負かす材料はいくらでもある。そもそも戦略級魔法の使用要請は越権行為だ、とか、これ以上反魔法師思想を煽って暴動を引き起こすつもりか、とか」

 

〈暴動は実例が最近起こったから、なかなか良い脅し文句ね〉

 

〈日本はUSNA程反魔法師運動が活発化していないから、少し効力は下がりそうですが。なおさら運動を煽りたくないという日和見な主張を持つ人間も、上には居るでしょう〉

 

 協力関係構築の実現性を議論し、真夜も達也もそれを認める。

 

〈では、改めて賛否を窺いましょう。達也さん、特務士官辞任に賛成かしら?〉

 

〈良い落としどころでしょう。俺は十六夜の案に賛成です〉

 

 今この場で議論すべき事は終え、改めて決を採る真夜。彼女自身はもう乗り気であり、俺はそもそも発案者なので、実際に軍を辞任する面倒事を背負わされる達也にだけ賛否が問われる。

 その問いに、達也は良策であると評価した上で、賛成票を投じた。

 

〈では、達也さんには国防軍を脱退してもらい、国防軍とは対等な協力関係を構築する方針で動きましょう。細かい内容、契約内容と言うべきかしら?とかく、軍にはどういう状況で協力するか、あちらに提出するのも加味したその内容は、後日に詳細を詰めましょう〉

 

 国防軍と協力する条件については、この電子ネットワーク上で話し合うべきでないと、真夜はその話し合いを一旦締めた。

 それ以上早急に話し合うべき事もないという事で、これでこの通話は終わりとなるのだった。

 

 ただし、俺の電話は終わらない。

 

「ん?克人さんから?」

 

 まるで見計らったかのように克人からの着信があった。

 

「もしもし、克人さん?……それと、智一さん?」

 

 奇しくも、達也から電話と同様、ヴィジホンには予期せぬ第三者の顔が映し出されている。

 しかも、克人と同じ枠内と言うか、同じ場所に居る形で、だ。

 どうやら、克人と七草智一の2人は直接会って何かを話し合っていたらしい。

 

〈こんばんは、四葉十六夜さん。ジード捕縛作戦以来ですから、お久しぶりと、言う程ではないでしょうか〉

 

「こんばんは。……ええ、そうですね。当主同士ならともかく、十師族子息がそう頻繁に顔を合わせる事はないでしょうし。……あ、もちろん同世代の現役魔法科生は例外ですが」

 

 少し親しみを込めて接してくる智一。俺は彼の言葉に合わせた形としながら、暗に十師族子息が私的に会うべきではないと、牽制しておいた。

 ただ、あえてその暗喩に気付いてないフリをしているのか、智一は何食わぬ顔で微笑んでいる。

 

〈四葉、お前に頼みたい事がある〉

 

 そんな腹の探り合いを知ってか知らずか、克人は頼み事を切り出した。

 暗喩に気付き、私的な邂逅ではなく業務的な邂逅とするためなのか。全く気付いておらず、ただ他人の時間をあまり奪いたくないと話をさっさと進めているのか。あの克人だからこそ、どちらなのかは読めない。

 

〈反魔法師運動への対策について意見交換をする、若手魔法師を集めた会合を開催したいと考えている。その会合に、四葉十六夜の名前を貸してほしい〉

 

 克人は実直かつ誠実、そして端的に頼み事をまとめた。

 『四葉の名前』ではなく、『四葉十六夜の名前』を求めているので、十師族・四葉の力ではなく、『日本若手魔法師の旗手』という人物評を貸してほしい事が表されている。

 若手魔法師を集めるのだから、周りからその中心人物と目される人物を呼ばないと箔が付かない、という部分もあるだろう。その他には、純粋に若手魔法師の注目を集めている故の求心力、俺がそう評される全体主義的でありながら克人個人で信頼している統率力への期待、というところか。

 何にせよ、日本の若手魔法師を集めるなら、俺を呼ばなければ話にならないと、克人、それと智一はそう判断した訳だ。

 ただここで、即刻了承の旨を伝えるのは、盗み聞きを疑われる程理解が早すぎる。原作知識があるし、目を付けていた原作イベント・日本若手会議(この会議の第一回は『二十八家若手会議』という名前だったか?)だから、すぐに話の意図が理解できているのだ。原作知識なんて知る由もない彼らからしてみれば、あらかじめ盗み聞きしていた故の理解の早さと疑われかねない。交流がある程度ある克人なら、また異常な察しの良さを発揮したのかと、甘い認識をしてくれそうだが。

 なので、俺は了承する前に、話を深堀しておく。

 

「2・3、質問しても?」

 

〈もちろんだ〉

 

「では、『対策についての意見交換』と言っていましたが、具体的で実行性のある対策は求めていない、という事でよろしいですか?」

 

〈ああ、あくまで『意見交換』。各家は現状をどう捉えているか、どう対処したいと考えているか、それぞれ意見表明する場だ。余裕があれば、対策についての話し合いもしたいと考えているが、それも具体性・実効性は求めない。まずは色々話し合おうという趣旨で、会議を開きたい〉

 

「集めるのは若手だけですか?ナンバーズの現当主は出席をお断りするのでしょうか?」

 

〈柔軟なアイデアを求めたいのです。下手に名誉ある家の当主を集めれば、牽制をし合うだけになってしまったり、家のメンツを重んじて下手な発言をしないように口を閉ざしてしまったりと、却って建設的な意見交換にならない可能性があります〉

 

「なるほど。稚拙な意見でも、子供だから許されると」

 

〈臆面もなく言ってしまえば、そういう事です。それと、この会議は、後々はナンバーズ、百家とメンバーを増やしたいと思っていますが、今回は二十八家に限定するつもりです。現当主の出席に関しては、30歳以下であるなら、可能としています〉

 

「二十八家の30歳以下……。むしろ、参加できる当主の方が少ないと言うか、克人さんと六塚さんしか居ないですね」

 

〈線引きは必要だと考えました。それに、当主の補佐役なら、30歳以下の方もそこそこ居られます〉

 

「そうですね……。遠慮せず意見を出し合える場とするなら、そのくらいの線引きが妥当ですか……。克人さんと六塚さん、それと現当主の補佐役が出席できてしまうとなると、完全に遠慮がなくなるという訳にはいかなくなりますが。会議を有意義なモノにしていくなら、そのくらい現当主らへの影響力があるメンバーを集めた方が良いですね」

 

 会議の意図を解読したいという思いが伝わるように、俺はそれらしい質問をいくつか投げ、克人と智一がそれに回答した。回答したのはほとんど智一だが。

 とかく、このくらい質問すれば、こちらが会議の意図を完全に解読したとしても疑われないだろう。

 

「納得しました。俺の名前で良ければ、主催者の1人としてお名前をお貸しします。もちろん、会議にも出席させていただきます」

 

〈感謝する〉

 

〈四葉殿のお力添えがいただけるのであれば、会議は間違いなく良いモノとなるでしょう〉

 

 頼み事を受け入れれば、克人と智一から感謝の言葉が贈られた。

 こうして、日本魔法師の若手を集めた会議、『若手会議』が発足されるのだった。




 閲覧、感謝します。
 次回の更新は、10月8日の予定です。
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