2095年8月3日
懇親会から選手たちの調整期間として一日を挿んでからの競技初日。達也一団がスピード・シューティング本戦予選を見に行っている中、俺はバトル・ボードの会場に来ていた。その理由は、渡辺摩利が原作のように事故に巻き込まれないか、この目で確かめるためだ。事故の原因となる無頭竜はすでに排除してある。しかし、俺が行った原作改変がどのような結果をもたらすか不明瞭。もしかしたら、世界の修正力みたいなものが働いて、無理矢理事故を引き起こすかもしれない。
「十六夜」
「達也、こっちも見に来たのか。席なら見ての通り空いてるから好きに座りなよ」
達也一団の姿が見える。どうやら真由美のスピード・シューティングだけの観戦に留め、こちらの摩利も見に来たようだ。俺は何故か空いている周りの席を勧める。何故空席なのかは深く考えないようにした。
「随分と熱心に見てるみたいだけど、誰か気になる選手がいるの?」
「いや、いつも俺に仕事を押し付ける摩利さんに苦汁をなめさせるような選手がいないかなって」
隣に座った雫からの質問に俺はテキトーな言い訳を返す。実際に書類や備品の整理を押し付けられているが、決して本心ではない。
「それ凄く分かる」
エリカからまさかの同意を得られた。いや、慕っている兄が摩利と恋仲である彼女ならそれほど意外でもないか。
「スピード・シューティングの方は見なくて良かったのかい?」
「直に見ても参考にならなそうだったからね。一応中継を録画してはあるよ」
現在進行でTV中継を録画している端末を幹比古らに見せる。スピード・シューティングはほとんどの者が王道とも言えるほど似通った作戦を取る。真由美も王道からずれていると言えばずれているが、俺はともすれば邪道と言えそうな作戦を計画していた。故に、戦いもしない選手の競技を見ても意味がないのだ。
「確かに、十六夜の作戦は類を見ないだろうからな」
首を傾げている他とは違い、達也だけはCADの初期調整を頼んだのでそれを知っているために俺の言葉に同調してくれた。
「十六夜さんの作戦ってどんなのですか?」
「すまないが、秘密ということにさせてくれ。『壁に耳あり障子に目あり』と言うからね」
事前に対策されることを恐れた俺はほのかの質問に申し訳なく黙秘を通した。エリカとレオがブーイングをしてくるが、俺は完全にスルーした。
「そろそろ摩利さんの出番みたいだ」
選手のコールを聞き、スタートラインに並ぶ選手たちを見る。摩利の仁王立ちでボードに乗る姿がとても勇ましい。少女たちの黄色い声援が響くが、エリカからは偉そうと反感を買った。達也が理に適っていることを説明したところでそろそろレースが始まる。空砲が鳴り、スタートダッシュからトップに躍り出る摩利。達也が彼女の使っている魔法について友人らに解説する横で、俺はただひたすら摩利の周辺を注視する。が、なんの異常もなく彼女は一着でゴールした。俺はとりあえず安堵して席を立つ。
「他は見なくていいのか?」
「ああ。これじゃあ前評判通り七高くらいしか匹敵する人はいないようだからな。そろそろ人混みが辛くなってきたし、後は中継で見ることにするよ」
工作がないことを確認できたためにこれ以上ここに留まる必要もない。それに、どこの観戦に行っても自身の周りに空席を作ってしまい、他の人たちの観戦を邪魔しかねないので中継で満足することにした。
◇◇◇
「十六夜く~ん?どうして私の方は見に来てくれなかったのかな~?」
夕食。食堂にて、高校ごとに時間で別けられ催されるバイキング形式。同じ高校なら学年が別々になるわけもなく、食事を済ませた真由美にこのように捕まるわけだ。
「私も気になるな。君はスピード・シューティングの新人戦に出るのだから、真由美の方を見に行った方が良かったんじゃないか?」
摩利も絡んでくるが、こちらは弄りというより純粋な好奇心によるものだろう。
「風紀委員長を負かすような選手は居るのかと興味がありまして。少し自身の目で選手らの実力を見たかったんですよ」
俺は達也らに語った理由を摩利に直接語ってもいいように調整して述べる。
「ほう?じゃあ君の目で見て、私に勝てそうな選手は居たか?」
「七高の選手くらいでしたかね。前評判通りのつまらない私見で申し訳ないですが」
摩利はどうも不服そうな顔をする。
「本当につまらない私見だな」
「素人目に何を求めてるんですか……」
バトル・ボードの試合を見るのは今回が初めてなのだから、面白い意見なんて出せるわけもない。
「よよよ、私の事なんかより摩利の方が大事なのね……」
真由美のわざとらしさを一切隠す気もない泣きまねに俺は苦笑する。
「止めて上げて下さいよ。後輩に大事に思われる仲なんて話、困るのは恋人の居る摩利さんの方でしょう?」
「ちょ、ちょっと待て!何故お前が私に恋人が居ることを知ってる?」
「あ、居るんですね。初めて知りました」
「お、お前!」
赤くなる摩利に対して微笑して返すが、内心冷や汗をかいている。俺が持つ摩利が千葉修次と恋仲である情報は原作知識であり、俺が知っていないはずの知識だった。カマをかけたようなニュアンスにすることでこの場をしのぐ。
「十六夜くんも人をからかったりするのね。そっちが素なのかしら」
「素だと思われるのは非常に不名誉ですが。摩利さんは俺が四葉であることを気にせずに接してくれるので、他の人よりは親しくできています」
実際、まだまだ四葉の印象が解消できず、俺を避ける者は多い。解消するつもりが俺に全くないのが問題だろうが、初めからそんなレッテルで忌避する人と打ち解ける術なんて俺は持ち合わせていないからどうしようもない。
「なるほどね。確かに十師族の中でも一番怖がられているものね、四葉って」
「秘密主義が過ぎているのは理解しますが、四葉として責任を果たすためにはどうしても必要なのだと思います。日本を守るためには、綺麗なことだけでは済みませんから」
俯く俺に憐れむ二人。彼女らからしたら、俺が四葉に縛られている者に見えるのかもしれない。事実、四葉から逃げられない状態ではあるが、俺が憂いているのは俺の現状よりこの四葉への低い理解度だ。俺は四葉を非人道的ではあるが、合理的な組織であると認識している。
「ま、まぁとりあえず。君が九校戦で活躍して見せれば、周りも少しは認識を改めるだろう」
「そうなることを望みます」
俺の活躍が全て四葉のためになると考えれば、これほど俺の償いに適した事もそうないだろう。俺は明後日のスピード・シューティング新人戦に思いをはせていた。
◇◇◇
2095年8月4日
「見事だ、雫さん」
時は午前。アイス・ピラーズ・ブレイク用の練習場にて、俺は雫に頼まれて競技の練習に協力しており、先ほど俺が情報強化と振動系魔法で強固にした氷柱を、雫の『フォノンメーザー』で溶かされたところだった。『共振破壊』こそ耐えたが、俺の振動系魔法では深雪の『ニブルヘイム』みたいにはいかなかった。やはり減速類の振動系魔法は深雪に及ばない。
「まさかこの短い期間に習得するなんてな」
この鍛錬中、雫はCADを同時使用していた。恐るべき才能と言えるだろう。
「……信じてるんじゃなかったの」
「し、信じてたとも!ただ、フォノンメーザーをCAD同時使用で成功させるのにはさすがに驚いたんだ」
ジト目で雫に睨まれて焦る。言い訳だが、本当にCAD同時使用を高校生の内に出来る者は少ないし、同じく高校生の内にフォノンメーザーを扱える者も少ない。両方の条件を満たした彼女は紛れもない才女なのだ。少なくとも、俺では共振破壊を用いた後すぐにフォノンメーザーなんて発動できない。フォノンメーザーだけなら出来るだろうが。
「ふふ、嘘。冗談」
朗らかな笑顔に変わった彼女の顔を見て、ほっと胸を撫でおろす。彼女からこんな悪戯を仕掛けられるとは、真由美のがうつったのではないだろうかと少し心配だ。いや、かなりか。
「しかし、フォノンメーザーも使えるなんて。凄いな、雫さんは」
「正直、達也さんが調整してくれなかったら使えなかったと思う」
「達也だって、誰にでも高難度魔法を扱えるようにするスーパーエンジニアじゃないさ。CAD同時使用も、フォノンメーザーも、雫さんの力だ」
「うん、ありがとう」
お礼を言われる理由は分からなかったが、笑顔の彼女にそれを問うのはあまりにも無粋だろう。俺は曖昧な笑みで返すことになった。
「じゃあ、そろそろ切り上げよう。あまり根を詰めすぎると疲れてしまうしな」
昼食の時間も近いので、雫との鍛錬はこれでおしまいにした。
◇◇◇
日が沈み、辺りも暗い夜。俺の中でとある問題が浮上していた。
(本気で運動できる場所がない……!)
選手の為の練習場こそあるが、人の目を気にせず動ける場所がどこにもなかった。超人である俺は2週間鍛錬を怠った程度で然程衰えはしないが、フラストレーションが溜まって仕方がない。
という事で妥協案として、こんな夜に俺は四肢に重りをつけて倒立歩行をしていた。重り一つが10kg×4で合計40kg。この状態でも走れる余裕はあるが、さすがに見られると大変なので歩いている。継続歩行距離は2km越えてからは意味がないと思ったので数えていない。が、もうそろそろいいかと思って宿舎の方へ向かう。
(ん?)
近くに人の気配を察知し、咄嗟に倒立歩行を止めて普通に歩いていく。うすぼんやりと人影を捉えた。
「達也?」
「十六夜か」
夜の人影ということで警戒していたが、その人影は達也だったようだ。達也も警戒していたようで、俺の声で体の緊張を解したのが分かる。
「もしかして、こんな夜までCADの調整を?」
「そうだが?」
「何おかしなことを」と言いたそうな顔だが、ただの学生行事にそこまで熱心になるものだろうか。いや、最愛の妹の為ならば夜まで熱心にやる男だったと思い直した。
「そっちはこんな夜に、運動か?」
俺のジャージ姿で察してくれたようだが、それでも怪訝な表情である。まぁ普通、夜に一人で運動なんてしないことは俺も分かっている。
「まぁ、その。人に努力しているところを見られたくないってやつだな」
「なるほど、お前が隠れた努力家だったとは思いもよらなかったな」
「そう言われるだろうと思ったから、隠れてやってたんだ」
微笑ましいものを見たという感じに達也が慈悲深そうな微笑みをする。向けられているこっちとしては何となく恥ずかしく思う。
「重りをつけて走ってたのか。何キロだ?」
「重りなら10キロ、距離ならウォーキングのペースで2キロ程度だよ」
重り(1個)が10キロ、(倒立歩行で)ウォーキングのペース、(最低)走行距離2キロ。何も間違っていない。
「前々から思ってたが。結構鍛えてるんだな」
「がむしゃらに、という感じかな。魔法が精神に依存するものなら、体だって無関係じゃないだろう?」
「ああ……」
達也はそれで察して、というか引っかかってくれたようだ。達也も深雪も、俺の嘘の幽閉理由を知っている。察しの良い達也なら、体をがむしゃらに鍛えたのは魔法が使えない不治の病を治すためと勘違いしてくれるだろう。
「単純に鍛えるだけじゃなく、剣術や射撃技術も修めたからな。まさか九校戦で活かせる日がこようとは、思ってなかったけどな」
「……」
達也の目が憐れみを帯び始める。自分でそうなるように仕向けたとも言えるが、凄い気まずくなる。話を変えよう。
「そ、そういえば、雫さんがスピード・シューティングで使うアクティブ・エアー・マイン。あの魔法、もしかしたら魔法大全への登録を打診されるかもしれないが――」
「俺の名前で登録するつもりはないから安心してくれ。俺だってあまり目立ちたくはない」
『シルバー』としての技術力をふんだんに使っている男が、いったいどの口で言っているのかは知らないが、少なくとも達也に目立つつもりはないのを確認する。
「ああ、すまないな」
彼に隠ぺいを求める立場になっている俺は、とても負い目を感じている。彼は間違いなく力がある者であり、頭が切れる聡い者だ。今はこうして影に押しやるしかないのは大変心苦しい。いつか彼が公に胸を張れる時は、結局『四葉の縁者』として公開される時だ。背負わせる荷物を変えただけである。
「十六夜のせいではないし、納得もしている。俺は、四葉でなければ今こうしても居られないんだ。むしろ感謝しているよ」
「……達也がそう言ってくれて助かるよ」
もし、本音は違ったとしても。
◇◇◇
2095年8月5日
先輩方が本戦予選の通過や入賞をいくつかする中、俺は達也たちとともに摩利が出るバトル・ボード準決勝を見に来ていた。ちなみに、摩利と服部のレースは男子・女子それぞれの第一レースで互いの競技時間が被ってしまっている。それで、達也一団に選ばれたのは摩利のレースだった。
「いやぁ十六夜君に付いていくと席取りの労力が省けて楽ねぇ」
「エリカさん、あんまりそれについては触れないでもらえないかな?これでも結構気にしてるんだからね?」
「ごめんごめん」
達也たちと同行しないと自身の周りの空席を埋められず、彼らは気兼ねなくその空席を座れるという謎のWIN‐WINが成り立っていたが、俺は今まで意識を向けないよう必死に努めていたその事実を言及されて沈鬱な気持ちになる。エリカはなんの悪びれもなく謝る風体だけ形作るが、俺としてはそんな軽く扱わないでほしい事項だった。達也たちは察して触れないでくれたというのに。
「そろそろ始まるな」
達也のその発言で俺は意識を切り替える。摩利の出場するレースには三高の選手はいるが七高はいない。どうやら七高とはレースが別れたらしい。
(準決勝、確か原作ではこのレースで事故が起こるはずだが、選手が違うような……。回避できたのか?)
レースが始まれば選手同士の妨害はあるものの、予期せぬ事態は起こらぬままに摩利が激戦を勝ち取る。
「ちっ、勝ち上がったか……」
「エリカちゃん……」
エリカは摩利の敗北を願っていたようだ。舌打ちする彼女を見て、その敵意をどう解したものかと困り顔をする美月であるが、エリカが摩利を毛嫌いする理由を知らないだろうからその手段も分からないだろう。深雪に理由を問われるも「別にぃ」と取り付く島もない。
その後、午後に行われた決勝戦も七高との一騎打ちで苛烈な勝負をしたが、摩利は見事優勝を果たして見せた。バトル・ボード本戦は一高が一位と五位という結果を収めた。俺の心配は、完全に杞憂で終わり安心すると同時に、原作を改変できたことに達成感を得ていた。
何故か空いている周りの席:これは、絶対におかしい……。
十六夜の魔法適性:系統魔法の適性は高水準で苦手らしい苦手はないが、深雪・雫・ほのかのそれぞれの得意分野では劣るように、系統ごとのスペシャリスト・特化した魔法師には及ばない。ちなみに、精神干渉系魔法は深雪以上の高い適性を持つ。
十六夜の超人スペック:人間の姿形を保ったままの内で、超人の中でも高い身体能力である。基礎スペックは「Rewrite」で言うところの静流や三国レベル。伐採技術は江坂さん以上で人間が刃物で傷つけたことがある物は大概切れる。
閲覧、感謝いたします。