魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百二十一話 仕掛けられた茶番

2097年4月20日

 

 土曜日の放課後、第一高の裏手にある演習林にて。

 

「やぁ、エリカさん」

 

「アンタ、また来たの?」

 

 演習林に設けられているクロスカントリーコースの途中にある少し拓けた林間。そこに居るエリカへ声を掛けたら、辟易しているような表情を向けられる事になった。

 

「侍郎の育成、あたしがサボってるとでも思ってるの?それじゃなかったら、アンタにホモ疑惑が湧くんだけど」

 

 彼女が辟易している理由はそれだ。俺が何度も矢車の様子を見に来るものだから、サボタージュの疑いを掛けられている気分になっているのだろう。

 

「後輩の成長具合を気にするだけでホモ疑惑とは。エリカさんにもそっちの趣味があったんだね。助言だけど、その趣味はフィクションに対してのみに留めておいた方が良いよ」

 

「誰が腐ってるって!?」

 

 ホモ疑惑は非常に不名誉なので、腐女子疑惑をし返してやった。すぐに怒声を上げた辺り、エリカは腐女子ではないようだ。

 近くでスケッチをしている柴田含めた美術部女子は、何人か微動していたが。

 ちなみに、美術部女子たちがここに居る理由は、すぐ傍のフリークライミング施設でフリークライミングしている山岳部員たちをスケッチするためだ。ただの部活動という、非常に明瞭な理由である。美術部女子たちが何故それをスケッチ対象に選んだかは、非常に不明瞭だが。

 フリークライミングをしている山岳部とスケッチしている美術部、それぞれの名誉のために、詮索は止そう。

 

 閑話休題。

 

「今してるのは、クロスカントリー鬼ごっこ、かな?」

 

「……話を流しやがったわね、こいつ。……ええ、山岳部の奴らに鬼役をやってもらってるわ。で、侍郎は鬼に捕まらず、ここから5キロ先のゴールに辿り着いたら終了。ま、もう5回は捕まってここに戻されてるんだけど」

 

 侍郎が今やっている鍛錬は、鬼役10人から5キロ逃げ切るという鬼ごっこ。

 林だから楽に逃げられると思うなかれ。山岳部はここを庭としている連中だ。彼らと矢車では地形把握に圧倒的差がある。

 加えて、この演習林は起伏の富んだ丘陵だ。5キロ走るだけでも一般人は疲れる。三矢の護衛として教育を受けていただろう矢車でも、中々手ごわいだろう。その丘陵で、エリカが体力バカと評する山岳部員に追われるのだから、下手したら軍事訓練並みに辛いかもしれない。

 俺としてはちょっと面白そうだと思うが。

 

「……丁度、6回目ね」

 

 木々の合間に視線を送るエリカ。その視線の先には、矢車を肩に担いだ(ファイヤーマンズキャリーで)レオの姿があった。その後ろには山岳部員らしき者たち、総勢9名がレオに着いてきている。

 矢車はレオ含めたこの10名に追われ、そして今しがた6回目の捕獲をされたようだ。おまけに担がれなければ動けない程の疲労具合である。

 

「矢車、生きてる?」

 

「……生きてます」

 

「そう。じゃあ、起きて十六夜君に成長を見てもらいなさい」

 

 生死確認という冗談に冗談で返せない程疲れている矢車。そんな彼を立たせた上で、おまけに俺と組手させようとするエリカ。俺はもちろん『鬼か』と思ったし、鬼役だった山岳部員たちも『鬼か』と思っているのが表情で窺える。

 

「……」

 

「……矢車さん、そんな顔をしないでくれ。エリカさんに預けたのは俺だが、この厳しさは予想外だ」

 

 絶望感を滲ませる矢車。体の震えは疲労によるモノか、俺への恐怖か。さすがにこんな状態の彼に追い打ちする気は、俺にはない。

 

「だから1発、本気で俺を殴ってみてくれ。それだけで充分だ」

 

「そ、それだけで良いんですか?」

 

「組手の方が良い―――」

 

「1発ですね分かりましたすぐに構えます!」

 

 俺の優しさを怪しんだ矢車にニッコリ微笑みながら組手に誘おうとすれば、危機を感知した矢車がその誘いを遮って構えを取った。

 元気そうで何よりだ。

 

「ど、何処でも良いんですか?」

 

「何処狙っても受け止めるから安心してくれ」

 

「わ、分かりました。……では。……フッ」

 

 疑念を払い、気合を込めた矢車の拳を、俺は腹部直前で受け止めた。

 彼の拳を受け止めた俺の右手は、残念ながら微動だにしない。でも、衝撃は確かに伝わってきた。体全体を使った、良いパンチだ。

 

「うん、基礎は上々。元々体術は習っていたそうだが、悪くない拳だ」

 

「……ありがとうございます。……あの、放していただければ」

 

「おっと。これは失礼」

 

 掴んだままだった矢車の拳を、俺は指摘されてから放した。

 矢車は放された自分の拳を、険しい顔で見つめている。

 

「十六夜君、そんなんで良いの?もっと揉んでやっても良いのよ?」

 

「今はこれで充分だ。組手はまた今度にするよ」

 

 俺のその発言に、エリカは頬を少し膨らませるくらい不満そうにするが、矢車は今にも涙を零しそうなくらい喜んでいる。

 とかく、俺がここでやる事は終わった。書類仕事に戻ろうと、風紀委員会本部へ足を向けた。

 その時である。

 

「侍郎!」

 

 こちらに走ってくる香澄の姿を、俺は捉えた。

 呼んでいる名前から察するに、用事のある相手は矢車のようだ。

 他も俺と同じように察し、矢車までの道を開ける。

 

「香澄、先輩……。俺に何か?」

 

 矢車は香澄と知己のようだが、『先輩』と尊称するのに抵抗感があるその様子から、親密度の低さが窺える。三矢詩奈経由での交流であるため接触頻度は低く、おまけに彼女が少しお転婆である事を知っているのだろう。

 そんな相手が走って自分の下に来たため、とても不思議そうに首を傾げていた。

 

「詩奈、なんで急に居なくなったの!?」

 

「詩奈が、急に……?」

 

 香澄は焦っており、矢車は固まっている。

 どうやら生徒会役員である詩奈が生徒会の仕事中に居なくなったようだが、両者ともその理由を把握していないようだ。

 

「香澄さん、詳しく教えてくれ」

 

「詳しくも何も、学校に詩奈のお客さんが来たって応接室に呼び出されて、そのままいつの間にか帰っちゃってたんだよ!荷物を置いたまま!」

 

 俺が香澄に問えば、分かっている範囲でしっかりと返答してくれた。

 荷物を置いたまま居なくなった事に違和感を覚え、こうして事情を知っていそうな矢車に聞きに来た、という訳だ。その頼りの矢車も何も知らないという事で、香澄はさらに焦っている。

 

「矢車さん、俺は達也と状況を確認する。君は俺に付いてきながら、君の実家に連絡を取ってくれ。三矢家に仕えている君の実家なら、何か知っているかもしれない」

 

「は、はい!」

 

 固まったままだった矢車に指示を出し、彼が自分のカバンから携帯端末を取り出すのを見てから、俺は生徒会室へと足を向ける。

 達也の事だ。どうせ校内の監視カメラをハッキングして、今頃三矢を連れ出された証拠映像を引っ張り出しているところだろう。

 

「達也、十六夜だ。詩奈さんが急に居なくなった件で話がある」

 

 俺は期待感を持って扉越しに声を掛ければ、返事の前に扉が開く。

 足音でも聞こえて待機していたのか、開いた扉の先に達也が立っていた。

 

「……エリカとレオも来ているのか」

 

 矢車と香澄の他に、俺の後に続いていたエリカとレオ。2人は達也に顔を顰められたが、はにかむだけで押し通そうとしている。

 

「まぁ良い。……全員生徒会室に入れ。話は中でしよう」

 

 押し通された達也は、結局俺含めた5人を生徒会室に招き入れた。

 室内には、生徒会役員である深雪、水波、ほのか、泉美、そして風紀委員である雫がそれぞれ席に腰掛けていた。生徒会役員はそれぞれ自分の席、雫は応接用のそれである。

 雫は何か風紀委員の書類データを渡すために生徒会室に訪れた時、丁度この事件の発覚にブッキングしたのだろう。生徒会室に居る事は、特に違和感がない。

 

「矢車、そっちは何か情報を掴んでいるか」

 

「……父に連絡してみたんですが、父も知らないと。三矢家に問い合わせてもくれたんですが、そういう指示は出していないそうで」

 

 達也はまず唯一事情を把握していそうな矢車に訊ねたが、残念ながら共有されたのはより事情を不鮮明にするモノだった。

 何の成果も得られなかった事に自身の不甲斐なさを感じてか、矢車は俯いている。

 だが、その情報は充分な成果だ。

 

「本件に対して、矢車家も三矢家も直接的に関わってない事が分かった。特に、矢車家は本件に関して完全な部外者だろう。ただ、三矢家の方は言い回しが怪しいな。一枚噛んでるかもしれない」

 

 俺はその成果を明言した。

 そう。矢車からの情報で、これが矢車家や三矢家の企みでない事が分かったのだ。そして、三矢家が少し怪しい事も同じく。

 三矢家も部外者だったら、『そういう指示は出していない』と言うのではなく、知らないとか、把握していないとかで良いはずだ。そう言わなかったという事は、何かを知っている、という可能性がある。まぁ、どうとでも取れる言い回しでもあるので、あくまで可能性だが。ただ、俺なら何か知っていても言いたくなかったら、そういう言い回しをするだろう。

 

「詩奈の家が詩奈を使って何かしてるって言うんですか!?確かにあの家は詩奈を放任気味ですけど、身内に迫る危機を放置するような家じゃ―――」

 

「危機は迫っていないんだろう。つまり、詩奈さんは今回攫った側の協力者って事だ。騙されて協力してるかもしれないが、三矢家が許したって事は、詩奈さんに危険がない事だけは確定できる」

 

「詩奈に、危険は迫ってない……?」

 

 三矢詩奈の危機で冷静さを欠く矢車に、俺は前提が違う事を聞かせ、彼を落ち着かせた。

 まぁ、三矢家が本件を許しているのかは定かでないため、三矢詩奈に危険がない事は確定できないのだが。矢車を落ち着かせるために、その部分は省いている。そうしなければ矢車が暴走しかねない。

 

「十六夜の推測はおそらく合っているだろう。この映像から、詩奈が誘拐犯に協力的である事が窺える」

 

「この映像……?」

 

 落ち着いて、と言うか呆けている矢車、そして俺たちに、達也は生徒会室の大型ディスプレイにある映像を映し、見せ付けた。

 その映像は、第一高の応接室、そこに居る詩奈と一組の男女を捉えたそれである。

 この男はやはり監視カメラをハッキングしていた。

 そしてそれをさも当然の如く、皆は映像を注視する。3年生らはもはや慣れているし、1・2年生らは然るべき手順で得たモノと勘違いしているのだろう。

 

「……軍人だな」

 

「……軍人ね」

 

 俺とエリカは男女の身のこなしから軍人である事を視抜いた。

 1・2年生らは目を見開いたが、逆に3年生らは何も動じない。むしろ俺とエリカの所感を正しいモノとして、思考を始めているようである。

 

「この男女は三矢の使者だと言っていたようだが、三矢家には国防軍に従事している関係者が居るのか?」

 

「い、いえ……。配下全てがどうかはちょっと断言できないですが、確か居なかったはず……」

 

 達也がこの男女が三矢の使者である可能性の排除にかかり、矢車から心許なくもその証言が得られた。

 つまり、この男女が三矢の使者である事は嘘であり、嘘で三矢詩奈を連れ出したのは確定である。

 ただ、少し疑問がある。

 

「詩奈さんがそれを把握していない、なんて事があるのか?」

 

 矢車でさえ三矢家配下に軍人が居ない事を把握しているのに、三矢家直系の詩奈が把握していないというのは、少し疑問である。

 

「……詩奈ちゃんは、嘘だと分かった上で連れ出された?」

 

 そう。深雪がそう導き出した通り、詩奈も配下に軍人が居ない事を把握しており、男女が嘘を吐いていると分かった上で、連れ出されているのかもしれないのだ。

 

「……そういう段取り、とか?」

 

「そうだな。初めから計画されていた段取り通りなのかもしれない」

 

 雫が漏らした意見に、俺は同調した。

 俺の中で、詩奈が攫った側の協力者である事が補強されている。

 

「段取り通りだとしたら、いったい何を目的にした誘拐なんだろう……」

 

 ほのかが目的の不透明さに頭をひねっていた。他も同じくだ。俺、そして達也を除いては。

 この一見目的が一切分からない計画は、俺と達也なら推測ができる。深雪もできるはずなのだが、それは横に置いておこう。

 

「……俺の出方を、窺っているのか」

 

 達也が、その推測を言葉にした。

 そう。この誘拐事件は、国防軍情報部が達也へ向けて行っている試験の1つなのだ。

 この辺りの原作知識は曖昧だが、原作でもそうだったように感じられる。

 

「……どういう事なんですか?」

 

「俺から話そう。……最近、国防軍の一部が()()()()()()()探りに来ているんだ。相手が軍人で、詩奈さんが協力しているとなると、この誘拐事件もその探りである可能性が高い」

 

 俺は泉美へ事情を説明しつつ、密かに嘘を混ぜた。

 国防軍情報部が探ってきている対象が、達也個人ではなく四葉家全体であるという嘘を。

 達也だけヘイトを集め、その結果に孤立させるのは避けたいのだ。

 俺の意図が読めているのか、達也は眉を顰めるだけで何も言わない。

 

「深雪さまや十六夜さまのご実家に、国防軍が嫌疑をかけている……?そんなの、断固認められません!」

 

「今までの所業を考えると、割と仕方ない気はするけど……」

 

 泉美と香澄がそれぞれの意見を述べているが、拾っても益体はないのでスルーする。

 

「詩奈がそんな事に協力するとは思えません」

 

「詩奈さん自体は騙されているかもしれないな。だが、三矢家はそうじゃないかもしれない。だから、三矢家自体は動かない」

 

「そんな!」

 

「三矢家が動かないという事は、詩奈さんの安全は保障されているという事だ。その証拠を得るために、矢車さんは三矢家の様子を窺ってくれ」

 

 三矢詩奈の事になるとどうにも落ち着きがない矢車を、俺は落ち着くように言葉を掛けた。本日2度目である。

 

「十六夜。お前の推測が当たっているとして、どう動く」

 

「そうだな……」

 

 達也自身どう動くか悩んでいるところで俺の意向を訊ねてきたのだろうが、俺も悩んでいた。

 これは四葉家の力で早期に決着を付けて良いのか、実に悩ましい。相手が達也の出方を窺っているという事は、間接的に四葉家の出方を窺っている事にも、一応なるのだ。

 つまり、ここで四葉家の力を使うのは相手の思う壺かもしれない。十師族の一家とはいえ国家権力に背くような行いを誘発させ、四葉家は危険だと吹聴するためのネタを得ようとしているというのも、なくはないのだし。むしろ、達也にちょっかいを掛けていたのは、国家反逆の罪を被せて、そうして四葉家諸共叩くため、とも考えられてしまう。

 

(……いや、考え過ぎか?あまり懸念点ばかり見ていると、本当に疑心暗鬼に陥ってしまうな)

 

 達也に国防軍を脱退してもらう理由として疑心暗鬼になり得るネタはほしいが、本当に疑心暗鬼になりたい訳ではない。

 俺は悲観的になり過ぎている思考を、溜息と共に外へ追い出す。

 

(ま、そこら辺の危険性も考えるんだったら、四葉家の力は使わない方が良いか)

 

 悲観的な思考は止めるが、最悪の想定は捨てず、その想定に対処する術を考える。

 

「……香澄さんと泉美さん、そしてエリカさん。君たちの力を借りられないだろうか。今回、四葉家の力を使うのは避けたい」

 

 自身の手が使えないなら仲間の手だ。幸いにも、ここには警察という国家権力も動かせる者たちが居る。軍と警察の対峙なら、国家権力同士の争いだ。魔法師家の国家反逆にはならないだろう。

 

「出方を窺ってきてるんだもんね、お相手さん。良いわ、力を貸しましょう」

 

「十六夜さまの敵は私の敵です。何なりと」

 

「ボクの方も了解。詩奈を利用したんだから、ちょっと痛い目に遭ってもらわないとね」

 

 意外にも、3人からはすんなり了承を貰えた(泉美は意外でもないか)。誘拐犯に対して、それぞれ思うところがあったようだ。

 

「じゃあ、3人とも、千葉家と七草家それぞれで警察に協力要請を出してくれ。念のため言っておくが、香澄さんたちはあまり七草独自の手勢を使わないようにな」

 

「公務執行妨害の冤罪を避けたいって思惑は分かってるけど、……なんでボクを名指し?」

 

「『香澄さん()()』って、ちゃんと泉美さんも含めているだろう?」

 

 この中で一番突っ走りそうだと思ったのが香澄だった、とは口が裂けても言えない。エリカは突っ走ると逆に警察だけに頼るし。

 

「……なんかあたしの方にも変な疑い掛けてない?」

 

「滅相もない。……さて、時間が惜しい。3人は行動に移ってくれ」

 

 話を流されたと察するエリカ、そして香澄。ただ、時間が惜しいのは2人も同じらしく、渋々と行動に移るのだった。

 

 

 

 時間は流れ、午後6時。

 俺は千葉家道場に来ていた。エリカは当然として、レオがこの場に居る。矢車も来ているが、今は実家と三矢家へ連絡を入れるために席を外していた。この場に居ない香澄と泉美は、七草邸で警察を動かしている事だろう。

 その他の達也一団には、俺から大人しくするようお願いしていた。達也は出方を窺われている張本人故に。深雪はその張本人の嫁だから狙われかねない故に。他はほぼ部外者故に、である。

 幹比古と雫はとても不服そうだったが、お願いを聞き入れてくれている。後、レオも部外者に入るはずだが、レオ自身が嬉々として首を突っ込んでいるし、エリカがレオに千葉家門下生の判定(つまり千葉家の身内判定)を下したため、俺はレオを除け者にするのを早々に諦めた。言葉を尽くせば除け者にできただろうが、そんな事に労力を割きたくはない。

 

 とかく、俺、エリカ、レオは千葉家門下生である警察が情報を得るまで、腰を落ち着けていた。エリカと俺は正座で、レオは胡坐だ。レオも俺たちに付き合って正座していたが、序盤で足を痺れさせたのである。

 

「すみません、戻りました」

 

 道場の門を潜って戻ってきたのは、連絡を入れ終えたのであろう矢車だった。表情がさえない事から、成果は芳しくないようだ。

 

「侍郎、どうだった?」

 

「……ご当主様も元治様も、まだ騒ぐなと」

 

「当主も長子も動かないとなると、三矢家がこの誘拐に噛んでる事は確定だな」

 

 エリカに促された矢車が共有した、『騒ぐな』という指示。直系が誘拐されてそれ程落ち着き保てるはずもない。拙速を避けたいのだとしても、配下である矢車家を動かさない訳もない。

 この誘拐はやはり、仕組まれたモノであると、俺は言葉にした。

 

「なんか茶番感が出てきたが、どうすんだ?」

 

「どうするもこうするもないわよ。茶番に付き合いたくはないけど、ならなおさらあっちの鼻を明かしてやらなきゃ、腹が立つでしょ。まったく、大人が子供を巻き込むんじゃないわよ」

 

「何はともあれ、警察の調査結果を待つしかない。そう時間は掛からないんじゃないかな?相手としても茶番に乗ってほしいんだし」

 

 茶番である事が明け透けな現状に、モチベーションの減退を窺わせるレオ。逆に、茶番に付き合わされる事へ怒りを覚え、意欲的になっているエリカ。そんな2人に、俺はただただ整理した現状を聞かせた。

 待つしかないという事で、矢車は歯痒い思いを食いしばっている。

 皆が待つしかないと、場は静寂が包む。

 そんな場だから、携帯端末のバイブレーションがけたたましく聞こえた。

 

「ん?……達也から?」

 

 震えていたのは俺の携帯端末で、着信相手は達也だと表示されている。

 俺はその電話を受けるべく、おもむろに立ち上がって道場の外へ。達也からの着信という事で緊迫感を得た3人は、しかして俺の応答を邪魔しなかった。

 

「達也、何かあったか?」

 

 道場から数歩離れた地点で、俺は達也からの電話に応じる。まだ千葉家敷地内だが、聞き耳も覗き見もない。千葉家の方々は『四葉』を刺激しないよう、あえて放置しているのかもしれない。

 

〈十六夜。俺の方にご当主様からとある依頼が下された〉

 

 『依頼が下された』という達也の表現は言葉の意味的に変だったが、当主からの依頼は命令と同義である事を考えれば、それが的確な表現に思える。

 

〈依頼は、国防軍情報部に捕まっているUSNA軍工作員の救出だ。捕まっている者の中にはスターズ構成員が含まれているらしい〉

 

「なるほど。洗脳してけしかけてきた連中から、被害者を救い出してほしいと」

 

 友好国とはいえ、その国の工作員、しかもこっちに工作を仕掛けようとしていた奴を、本国から救い出してほしいという依頼。

 一見では利敵行為だが、俺たち四葉家はUSNA軍、特にスターズとは個人的な交流がある。そのスターズから四葉家にそういう依頼が来ても、何ら不思議ではないだろう。スターズにとって『四葉』を頼るのは苦渋の選択だったと思うが。精鋭の一角であるスターズ構成員すら捕まってしまった敵戦力に、下手な救出班は送れない。その選択はまさに、背に腹は代えられない、という話だ。バランス大佐はお腹を痛めてそうだが。

 

〈お前への協力要請は、ご当主様から俺に一任されている。断られても問題ない、との事だ。……一応だが、お前が今詩奈の救出に手を回している事については報告してある〉

 

 達也に出されたのと同様の依頼がどうして俺にも来ないのかと思ったら、何の事はなかった。真夜は俺がハードワークにならないよう、気を回してくれたらしい。

 

「首謀者と直接話ができるかもしれないから、気持ちとしては協力したいが……。こっちもまだまだ時間が掛かりそうでね。急いでも明日の朝までは片付きそうにない」

 

〈こちらも捕虜の収容場所はまだ特定できていないが。収容場所までの移動時間を考えると、場合によっては間に合わないか〉

 

 捕虜がいつまでも無事とは限らないのだ。収容場所が特定できた時点で移動開始しているのが最良であり、実際その救出作戦はそうなるだろう。

 とすると、三矢詩奈を助けてからだと、捕虜救出作戦には高確率で間に合わない。

 

「……俺が参加できる事も考慮させるのは、準備する側にとっては負担でしかないな。俺は不参加にさせてもらうよ」

 

 捕虜救出作戦の手間を無駄に増やさせたくはなかったので、俺は参加したい気持ちを抑えた。三矢詩奈の方を不参加にする案も考えたが、ほぼ俺主導で動かした手前、放り出すのは忍びない。それに、もしもの時に備える意味でも、俺が放り出す訳にはいかないだろう。

 

〈了解だ。ご当主様にはそのように伝えておく〉

 

「ありがとう、達也」

 

〈そちらの健闘を祈っている〉

 

「達也の方もね」

 

 達也も俺も、相手が失敗するはずないと思いつつ、形式的に成功を祈り、そうして通話を終えた。

 俺はすぐに道場内に戻る。

 

「達也君は何だって?」

 

「こっちとは関係ない話だよ。端的に言うと、達也の方に仕事が入ったみたいだ」

 

「仕事?」

 

「天誅してこいって感じの仕事」

 

「ああ、四葉家の用事ね……」

 

 エリカは俺から達也との通話内容を大雑把に聞かされ、概ね察してそれ以上の追及を止めた。藪を突いて蛇を出す愚行はコリゴリらしい。

 

「家の用事なら、十六夜もそっち行かなくて良いのか?」

 

「達也だけで充分だからね、こっちを優先させてもらったよ。間に合えば行きたかったんだけど」

 

「間に合えば行く気だったのか……」

 

「十六夜君、弱い者虐めは良くないわよ?」

 

「君たちは俺を何だと思ってるんだい?」

 

 もしかしたら達也と俺を同時に相手しなければならなかったかもしれない相手を、レオ、そしてエリカは同情していた。『四葉』の戦力上位2人を相手にする点では俺も同情できなくないが、それにしたってレオとエリカの言い方は不服に感じる。

 俺はその不服を抗議したが、レオとエリカは明後日の方向へ向かって上手くない口笛を吹いていた。

 矢車の方は『四葉家の用事』で察せられておらず、達也の実力も分かっていないようなので、俺たちの態度に終始困惑している。

 そんな、ちょっと緊迫した空気が緩むシーンを挿みつつ、時間は過ぎていった。

 

 三矢詩奈が乗せられた車の行き先について、警察の方で特定された情報がこっちにも回ってきた(回してくれたのは千葉道場出身者、一部でエリカ親衛隊と呼ばれていた人たち)が、その時点で午後8時。おまけに警察側はまだ攻め込む準備ができていないという状態。

 三矢詩奈が安全なのはほぼ確定したこの状況で凡ミスは避けたいため、明日の朝までにゆっくり準備を整えるという話に俺が持っていくのだった。

 

 ちなみに、千葉家の方で夕飯をご馳走になったのだが、とても豪勢で満足のいくモノだった。




詩奈誘拐時に学校に居る司波兄妹:原作では克人に呼び出されて不在だったのだが、その原因である『若手会議』での決裂が緩和されているため、本作においてそのイベントは消失している。

聞き耳も覗き見もしない千葉家の方々:家の長男を救ってくれた相手にそんな無礼を働く奴は、少なくとも千葉家には居ない。

背に腹は代えられない選択をしたバランス大佐:最近胃薬の良し悪しが分かるようになった。

十六夜が満足いく豪勢な千葉家の夕食:家の長男を救ってくれた相手にお持て成しをしないなんて奴は、少なくとも千葉家には居ない。

 閲覧、感謝します。
 次回の更新は、12月10日の予定です。
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