2097年4月28日
時は現在。メタ的に言えば、本作における時系列で最新。
「こんにちは、達也くん」
〈お待ちしていました、七草先輩〉
真由美が、達也の家に訪れていた。
事前に予定されていた訪問なので、達也はすんなりと彼女を家に上げる。
そして、真由美が通されたリビングには、既に椅子へ腰を落ち着けた雫が居た。
「こんにちは、真由美。覚悟はできた?」
「意地悪を言わないで?雫さん。今日来いと言ったのは貴女でしょ?」
雫も真由美も、お互いに悪戯っぽく笑っていた。気の置けない友好関係が彼女らの間でできている証拠だ。
「七草先輩に、十六夜について分かっている事全てを話す、という事だったな」
達也は真由美の分であるティーカップを持ってきながら、本日の予定を再確認した。ともすれば、念を押すように、覚悟を問うように。
ちなみに、客人用のティーカップを達也が持ってきたのは、本来その役目を負っている水波も、そして深雪も私室に控えてもらっているからである。
水波と深雪は、まさかの二者同時恋愛相談で修羅場にならないかと懸念しながら、しかし淑女の体裁を保つために盗み聞きは控えている。雫が用心深く遮音バリアの魔法を展開しているが、水波と深雪が淑女である事を疑っている訳ではない。あくまでも用心のためであり、騒がしくなる可能性を考慮しての対応だ。
閑話休題。
「ええ。覚悟はできています。彼の事、全て教えてください」
達也に覚悟を問われていると読み解いた真由美は、十全に気を引き締め、達也と雫の2人に相対した。
「まず、最初に聞きます。七草先輩は、今からどんな話をされると思っていますか?」
「……十六夜くんの病気、魔法が使えなかったというその理由についてだと予想しています。実は、それが病気じゃなかったとか。病気だけど、再発の兆候が最近見られる、とか」
真由美はちゃんと、とんでもない事実を聞かされるのだと、覚悟している。しかし残念なのが、真由美は事前知識が乏しく、十六夜が罹っていたという魔法不使用の病に関する話とまでしか、予想できていない。
達也は小さく唸る。こんな彼女に、真実を伝えるべきか。悩んだ末に雫に目をやった達也は、雫の頷き、それでも真実を伝えるべきだと言う意志を受け取った。
達也は観念するように息を吐き出し、口を開く。
「……十六夜が、あいつが魔法を使えない病気に罹っていたというのは、完全な偽りです」
「そう、なのね。じゃあ、ただ当主直系を隠すため―――」
「何故なら、あいつはそもそも四葉真夜の息子などではないのですから」
「―――え?」
達也から聞かされた真実。それは、真由美の予想を軽く飛び越えたモノだった。故に、頭が上手く回らない。
「あ、ああ、十六夜くんって、養子だったのね!素質がある子を四葉が迎え入れた。だから、迎え入れる前の経歴は病気だったという事にして偽っているのね」
「養子として迎え入れるなら、通常の手順を踏めば良いはずです。戸籍偽造という犯罪行為をする必要はない。それに、あいつ自身の口から15年間の素性を隠した理由を語るにしても、魔法が使えない病気に罹っていたと言うのは、かなりリスキーでしょう。未知の病気なんて嘘は、信憑性を下げるだけです」
上手く頭が回っていない真由美の思考を、達也は懇切丁寧に反論していった。
真由美の思考が、単純な養子であるという逃げ道が、塞がれる。
「七草先輩、はっきりと明言させてもらいます。魔法が使えない病気に罹っていたというのは嘘です。あいつが四葉真夜の実の息子であるというのも嘘です。そして、養子というのは息子にしたという意味では間違っていませんが、戸籍を変えたという意味では、おそらく間違いです」
「……どういう、事なの?」
「知り合いのハッカーに、あいつのパーソナルデータを洗ってもらいました。ただ、2093年の秋にパーソナルデータが偽造された形跡を発見できても、それ以前のデータを確認する事はできなかった」
「ちょっと待って、達也さん。パーソナルデータまで洗ったの?」
真由美の疑問に対する返答の最中、雫がそう口を挟んだ。
「正確に言えば、そう依頼しようとしたらその知り合いは既にしていて、俺はその結果を教えてもらっただけだがな」
十六夜のパーソナルデータを知った過程が、達也自身によってより正確なそれに言い換えられた。だが、雫が口を挟んだ理由はそこにはない。雫はそんな過程など気にしていない。その情報を共有されていなかった事を、雫は気にしているのだ。
「それ、どうして教えてくれなかったの?」
「教えたところで、雫の考えは変わらないんだろう?」
「それはそう。でも、その情報は彼の過去を知る上で重要だし、過去を知っているって事は彼を問い詰める手札になる」
「……あいつの口から、ちゃんと聞き出したいんだな、雫は」
「認めさせなきゃ、彼の嘘がもう通じない事を見せ付けなきゃ、彼はずっと嘘を吐き続けるよ」
「……そうだな、その視点は抜けていた」
雫の疑問を解消しながら、達也と雫はそれぞれの視点を擦り合わせた。十六夜の事を探った上で、十六夜の嘘を引き剥がし、以降は嘘を吐かせないようにする。そういう目標を達也と雫は共有する。
それから、達也は真由美へと向き直る。
「……」
「思考が追い付きましたか?」
「……十六夜くんは、元々パーソナルデータさえない人間だった、という事?」
「少なくとも俺はそう判断しています」
雫と達也がやりとりしている間、与えられた情報を整理していた真由美。頭の回転が正常になってきた彼女の推測に、達也は頷いた。達也と同じ判断をしていると示すように、雫も続いて頷いている。
「でも、そんなのあり得ない……。だって、十六夜くんの遺伝子は、間違いなく四葉家当主の息子を表しているのだもの」
「悲しい話ですが、血縁関係の偽装は、医療関係者を懐柔すればどうとでもできるものです」
真由美が血縁関係と公表されている事、そう偽装できている事を疑問視した言葉だと、達也は解釈していた。だから、達也はその方法を提示し、疑問を解こうとしている。
しかし、それは勘違いだ。真由美が疑問視しているのは、血縁関係をどう偽装したかではない。
どうして、七草家で行った遺伝子検査で、真夜と十六夜が親子判定を受けているか、である。
「違うの、達也くん。血縁関係の偽装ではなくて……、その……。七草家には、四葉真夜さんと十六夜くんの遺伝子情報を確かめられる物があるの」
「……どういう事?」
雫からの鋭い視線が、真由美へと突き刺さった。雫は今、七草家が十六夜に対して良からぬ事をしたのではないかと、疑っている。そう疑いを掛けられていると感じ取った真由美は、素直に事実を明かす。
「あ、あの……、き、気持ち悪い話だと思うのだけど……。父と真夜さんが婚約関係を結んだ際に、七草家は真夜さんの毛髪が提供されていたの。ほら、当時よく事前に遺伝子の相性とか調べていたって聞くじゃない?そのために、遺伝子を確認できる毛髪が提供されていたんだけど……。実は、その毛髪、父がまだ保存しているの……。すっごい丁寧に……」
他人様の髪を今も大切に取って置いてあるという話。いずれその遺伝子を複製して利用しようとしているのか、それともただ未練がましく保管しているだけなのか。どっちと捉えても気持ち悪い話で、真由美も思わず最初に忠告を添えた程である。もちろん、雫も達也も思うところがあったので、顔をしかめている。気持ち悪いと思ったか否かは、弘一の名誉のために伏せておこう。
「それで、その毛髪で四葉真夜さんの遺伝子を確認できるという話なんだけど……。その、十六夜くんの遺伝子の確認は……」
「……以前同居していた時に採取したと」
歯切れがどんどん悪くなっていく真由美を助けようとしたのか、それともさっさと話を進めてほしかったのか、達也は十六夜の遺伝子入手法として最も現実的なそれを推測して語った。もちろん、その推測が当たっていた場合でも、真由美が進んでそうしたとは考えていない。魔が差したとか、弘一からの命令があったとか、考えている。達也も雫も。
「いえ、そうじゃないの……」
ただ、その推測がさらに真由美の歯切れを悪くさせる。そうであれば良かったと、真由美も考えているのだ。そうじゃないからこそ、この気持ち悪い話をどう聞かせたものかと、考えあぐねている。
「一晩抱いてもらった時の精子を保存した?」
「だだだだ抱いっ、だ、断じて違うわ!精子は貰ったけど抱いてもらったりだとかは―――」
「精子を、貰った?」
「……あ」
雫の鋭い切り込みに真由美は事実を零し、そして、もちろん雫はその零れた事実を聞き逃さない。しかし、雫も半分冗談で言った言葉だったため、それで聞かされた事実は衝撃が強すぎた。あまりの衝撃に顔から感情が抜け落ちている。反して真由美は、自身のミスを自覚し、表情を歪めていた。
「詳しく、説明して。私が、平常心を欠く前に」
「……、細かい取引の内容は言えないのだけれど。父が、十六夜くんとの取引で、彼の遺伝子情報を提供される事になりました。そして、父が具体的に求めたのが、冷凍保存された彼の精子と、誰かを受胎させる事、でした。前者は既に提供され、後者は受胎させる相手を選定している最中、という事です。そして、その相手となる第一候補が、私、で。私が乗り気じゃなかったら、以下の候補は、七草家が援助している
無表情が却って怖い雫に脅されるように、ポツポツと語り出した真由美。その言葉の節々で、真由美は羞恥心やら嫌悪感やらを噛み潰し、ただ事実を歪曲なく開示していった。
その開示された事実に、雫はようやく表情を取り戻す。俯きながら歯噛みするという、絶対に好ましくない表情だが。
同時に、努めて静聴していた達也の方も、歯噛みしている。こちらは俯かず、怒りが滲んでいる事を露にしている。
「あいつは、自分の遺伝子を、自分の体をっ、なんだと思っている……!」
達也の怒り、その所以は、相変わらず自分自身を蔑ろにしている十六夜にあった。自分の体を大切にしろとは、達也も十六夜に明言した覚えはない。しかし、近しい事は結構言ってきたつもりだ。
なのに、そんなこちらの想いを一切汲み取らず、改善が全く見られない。相変わらず、十六夜は自分の体を大切にしない。
その事に、達也は怒りを禁じ得ない。達也にとって大切な十六夜、いや、彼という存在を粗雑に扱う彼自体に怒りが抑えられない。
「……やっぱり、このままじゃダメだ。……このままじゃ、彼は、独りで死に向かっていく。……誰も、私も、頼ってくれない」
反して雫は、悲しんでいた。相変わらず、十六夜は誰にも頼っていない。彼は、雫にも頼らない。そうして、自分自身だけで、自分自身を切り売りしながら、彼は1人で進んでいく。
何度目かの無力感に、何度味わっても辛いそれに雫は襲われ、不意に涙が一滴落ちる。
でも、それ以上は落とさない。拭い去る。
指針は既に定めてある、自身から歩み寄るのだと。頼ってもらえない悲しみで、何度味わっても辛い無力感で、足を止めている暇はない。足を止めていたら、その内に彼はどんどん死へと足を進めていくのだ。その前に追い付いて、彼を止めなければならない。情けなくしがみ付いてでも。
「えっと、あの……。信じてくれる、と言うか、私を怒らないの……?その……、黙ってた事、結構不義理だと思うのだけど」
「あいつの事だからやりそうだと思いました。そして、怒りを向けるべき相手はあいつでしょう。七草先輩が明かしてくれた事実を、俺はあいつの口から聞きたかった」
「怒りうんぬん以外は右に同じく。いや、婚約者より先に誰かを抱こうとしていた部分については、よくよく考えたらちょっとムカついてきた。こっちはマウストゥマウスもまだなのに」
2人の怒りを買うだろうと身構えていたが、一向に怒りが向けられず、困惑する真由美。ただ、達也と雫の言い分としては、秘密を抱えさせられた真由美を不義理とするなら、秘密を抱えさせた十六夜の方が不義理という話。端的に言って、達也と雫は真由美を怒る前に、十六夜に怒っているのだ。
「とりあえず、七草先輩があいつの遺伝子情報を把握しているという事で」
達也は、少し脱線していた話を矯正する。
「でも、どういう事なの?孤児のはずの十六夜くんが、四葉真夜さんの息子に相当する遺伝子を持っているなんて……。そんなの、後天的に遺伝子を調整でもしない限り、あり得ないわ」
「ええ、そうです。あいつは、遺伝子を調整したんです。あいつ自身が持つ、『リライト能力』と呼ばれる異能で」
「……へ?」
後天的に遺伝子を調整するなど、真由美にとっても突拍子もない仮説である。だが、それが達也に肯定される。しかも、十六夜自身が自分の異能によって調整したという、突拍子もない仮説からさらに2・3段くらい拍子が外れた補足を添えられて。当然、真由美は理解が追い付かなかった。
「自らの遺伝子を書き換える異能『リライト能力』。その能力の存在を、俺はご当主様から聞き出しました。その能力を、あいつが持っているという事も含め」
「……」
突拍子のない話に対して、達也はその信憑性を持たせていく。真由美はその言葉を、魔法以上の非日常を、呆けたまま耳に入れていた。
「元より、俺はあいつがそういう固有魔法を持っているのだと、疑っていました。そうでないと説明できない事を目の当たりにしてきたのです」
「……あの、身体能力ね」
達也の語っている途中、真由美は降って湧いた思考を口から漏らした。達也が疑い始めたのは、おそらくそこだろうと。
「そうです。七草先輩も、気付いていましたか」
「今までは、違和感を覚えても疑念を抱きはしなかったわ。『我流自己加速術式』とか、『マイセルフ・マリオネット』とか、そんなちょっと式を書き換えたくらいであんな劇的な効果が得られるモノなのかって。そう違和感を覚えても、流してしまっていたわ。だから、気付いたと言うなら、達也くんが疑っていたって言った瞬間よ。達也くん、魔法式の分析は得意だったなって。そんな達也くんなら、疑念を抱くまでいきそうだなって」
達也から向けられる驚嘆の意志がむず痒かった真由美。彼女は少しでも驚嘆具合を下げようと、卑下する言葉を並び立てた。達也の驚嘆具合は全く下がらないし、そもそも達也はいつ気付いたかに関して一切関心がないのだ。
「先輩が上げた、あいつがオリジナルとしているそれらの魔法は、先輩が気付いた通り、そんな劇的な効果が得られるモノではありません。むしろ、ほとんど効果がないと言っても良い。なのに、あいつは異常な挙動を悠々と行っている」
「……素の身体能力だった、という事ね。あんな事、何の代償もなしにできるとは思えないけれど」
「代償は既に払い終えているんです。あいつは、自身の寿命を削る事で、あの異常な身体能力を発揮できる肉体を手に入れた」
「っ!……雫さんが言っていた、『死に突き進んでいく』というのは、そういう意味だったのね」
遺伝子を書き換える異能がある。そんな馬鹿げた話を前提としているが、その馬鹿げた話を呑み込めば、真由美の中で多くが繋がっていく。
「もしかして、魔法師となるためにも、その力は使われたの……?」
「俺はそうだと考えています」
「……その場合、十六夜くんは、いえ、彼は。……彼は、あと何年生きられるの?」
「分かりません。寿命の減り方は俺の眼で観測できています。ですが、残量がどのくらいあるのか、残量が分かったとしてそれが何年分なのかは、まだ解明できていません」
「達也くんの眼……。そう言えば、『再成』の際、エイドスを閲覧しているんだったわね」
達也がエイドスを閲覧する魔法を持つ事。真由美は『エレメンタル・サイト』を教えられていなかったが、以前説明された『再成』の仕様を思い出し、その事に当たりを付けた。それが他人の寿命を視る事ができると同義である事も同じく。また、
「……達也くんの予想は?」
「……あいつの目的次第です。例えば、あいつが自身の血を繋げていく事を目的としているならば、60まで生きられる量は残すでしょう」
十六夜が何か目的に執着しており、その目的達成に向けて『リライト能力』を使っている。達也はそう、ある種の希望的観測をしていた。だから、すぐに死んでしまうような使い方は避けていると。
悲しい話が、十六夜にそこまでの計画性はなく、むしろ最悪『魔法科高校の劣等生』完結まで、達也の高校卒業まで保てば良いと、『リライト能力』を半ば乱用しているのだが。
「彼の目的を知る事が重要、という事かしら」
「いえ。どちらかと言えば、何故目的に執着しているのか、その目的を何故持ったのか、という部分の方が重要でしょう。目的を知ったところで、あいつに止まるよう説得できないのでは意味がない」
「そう、ね……。何にせよ、彼を深く知る必要があると。分かったわ」
達也に長々解説してもらったところで、真由美は達也と雫の目的まで理解が追い付いた。その目的に得心するとともに、真由美はもうそれに協力する腹積もりをする。
「あいつを深く知る方法ですが。ご当主様にあいつの事を訊いた際、話を切り上げるようにしながら、指輪について調べるように言われました」
「まずは、その指輪について調べようって事になってる」
「指輪?そんなの付けているところ、私は見た覚えがないのだけど」
真由美からの協力姿勢を感じ取って達也と雫は、最初の目標を共有する。十六夜が付けている指輪の調査。ただその指輪については、真由美も初耳だった。
十六夜にアクセサリーを付ける習慣がないのは、真由美も知るところなのである。雫、真由美、十六夜のお揃いペンダントも付けていない。真由美と雫がそれぞれ十六夜に聞いた話だが、普段は持ち歩かずに大切に保管しているという。そもそも、そういう着飾る価値観のない事が窺える。
「寝る時にしか付けないそうです」
「寝る時だけ……。彼って、科学的に効果のない物は身に付けない人だと思う……。精神的に効果がある物は、大切に保管しているような、ある意味でコレクターみたいな人だから」
「つまり、指輪は寝る時に身に着けて効果がある物だと」
達也の補足で、真由美はとりあえず所感を述べ、雫が簡潔にまとめた。
そうして、寝る時に身に着けて効果がある物と断定して、3人は思考していく。
「眠りの質を高めるとか、安眠効果?」
「そんな効果がある指輪は、俺はプラシーボ効果の物以外聞いた覚えがない。そもそも、あいつはそれらの効果を求めているのか?」
「悪夢を見ていたりしたのかしら……?」
「真由美。同居中に彼がうなされてるの、見た事ない?」
「し、寝室は別だったし同衾なんてしていなかったわ!」
「今はそういう妄想は良い」
「はい……」
十六夜が指輪をどんな目的で付けているのか考える段。安眠効果を目的にしていた可能性を考え、雫は十六夜と同居した経験がある真由美にその可能性の裏打ちを求める。
そうされた真由美は十六夜と一緒に寝る妄想を頭に過らせたが、雫に冷たくあしらわれた。これにより冷静になった真由美は、記憶の掘り起こしに雑念なく集中する。
「……あ」
そうして、掘り起こす事に成功した。十六夜自身が悪夢にうなされていたという記憶ではないが、彼が指輪を付ける事へ高い関連性があると思しき記憶を。
「……彼、うなされてたの?」
「そういうのを目撃した事はないのだけど……。その、彼が倒れているのを、目の当たりにした事があるの」
真由美のその言葉に、雫も達也も目を剥く。十六夜が倒れるところなど、2人には想像ができなかった。
いや、1つだけ、実体験があった事を、2人は思い出す。『吸血鬼事件』、十六夜がパラサイトに憑依された時の事だ。
雫はその時留学していたため、十六夜が昏睡している姿をその目にする事はできなかったが、その事実はしっかり聞き及び、同時に聞き及んだ時の衝撃を覚えている。
とかく、達也と雫は、あの時と同レベルの脅威が十六夜の身に起こっていたと認識し、真由美の話に耳を傾ける。
「彼は、無理な運動が理由と言っていたけど……。とにかく、あれは、去年の5月だったと思うわ。何かの原因で意識朦朧になった彼を、そのまま気絶してしまった彼を、私は彼の寝室に運んだの」
真由美の記憶は正しく、それは2096年5月20日の事だった。メタ的に言えば、本作第五十一話の事である。
「彼自身にうなされている様子はなかったし、呼吸も大丈夫そうだったのだけど。私は彼の事が心配で、ずっと傍に居たの。それで、そう、丁度引っ越し作業が終わった日だったし、彼が倒れている姿は衝撃だったしで、疲れとか緊張の糸が切れてとかで、そのまま彼の傍で眠ってしまったの」
真由美は記憶の細部まで掘り返していく。あの時に見た、とある夢の事も。
「眠ってしまった私は、おかしな夢を見たの。少年兵たちの夢。子供が着るにはブカブカの軍服と、パーツが嵌まっていないようにカタカタ音を立てる銃器を身に着けた、少年兵たちの夢。そんな少年兵たちは、何か、大人たちと、戦ってたの。銃器を、撃ち合って……」
真由美は当時感じた、あまりにもリアルな血の匂いをまた錯覚し、表情を、そして体全体も固くする。
本能的な嫌悪感をその匂いに抱いている、というのもある。だが、一番の原因は、少年兵たちのリーダーらしき少年も、その匂いをさせていた事だろう。
「……戦いの後、負傷した子供たちが集められていたわ。そして、指揮官らしい大人に、リーダーらしい少年が負傷した子供たちをどうするのか、訊ねたの。それで、『いつものようにだ。いちいち指示を仰ぐんじゃない』って、怒られた少年は大人に謝って、それから、負傷した子供たちを、銃で撃ち殺していった」
少年が少年少女を、さっきまで仲間だった者たちを撃ち殺していくその光景。それ自体も、魔法師名家の長女と言えど少女に変わりない真由美にとってもショッキングで―――
「……そのリーダーらしい少年に、私は、彼が、重なって見えたの」
―――想い人が重なって見えた少年が少年少女の返り血を浴びる様は、思い出すだけで瞳が潤むモノだった。自分から掘り返しておきながら、できれば思い出したくなかったと。
「少年兵が、彼と……?」
「輪郭に面影はなかったわ。声だって、全然違った。でも、射撃の上手さとか、憂い顔とか、不思議と似ているように感じたの」
「……もしかして、その夢が彼の過去?」
真由美の話を聞いた雫。無理矢理にでもその夢を十六夜に繋げようとした結果、そんな突飛でもない発想が口を衝いて出た。
その発想に、達也は頭を回す。
「……少年兵をしていたと言うなら、あいつの射撃や戦闘のセンスにも理由が付く。そのセンスは経験でなく遺伝子の書き換えで得たものかもしれないが。しかし、少年兵を率いた軍隊、か……。そんなモノは日本にない……。まさか、日本の軍隊じゃない……?」
『日本にない』。その自分の発言から、達也はある引っ掛かりを覚えた。
少年兵を率いた軍隊。日本ではないところで、ほんの一時でもそれが運用されていたのを、達也は知っている。
「何か、思い当たりがある?」
「……『沖縄海戦』だ。世間に公表されていないが、あの時、大亜連は少年兵団を運用していた」
「大亜連が少年兵団を!?どうしてそんな非道が秘匿されているの!?」
思い当たりを雫から問われた達也は、悩んだ末に応える。真由美は、その非道なる事実に疑問を荒げた。
少年兵を用いる事、それ自体は残念ながら取り締まる法が国際法に存在しない。だが、個々では禁止している国も多く、少年兵を用いた事が明るみになれば間違いなく非難の的になる。
そして真由美は、非難の的にすべきだと、子供を戦争の道具にする非道を二度と行わせないためにそうすべきだと、そういう考えを持っているのだ。
「日本側でも公表すべきではないと判断が下されたらしい。どうやら、日本側にその少年兵たちの処遇を隠したい者たちがいるようだ」
「少年兵たちの処遇を隠したいって、まさかっ……!」
国防軍が何故敵国の非道を隠すのか、真由美は察してしまった。大亜連の少年兵団は、ことごとく処分されたのだと。
例え敵兵とはいえ、国防のためとはいえ、子供殺しは風聞が悪すぎる。なら、それを隠したいというのは自然な思考だろう。真由美もその思考を察する事ができたのだから。
ただ、雫は違う思考に勘付く。
「待って、真由美。もしかしたら、違うかもしれない」
「……どういう事?」
「隠したかったのは、少年兵たちを殺した事じゃなくて、彼かもしれない」
「……彼は、その大亜連の少年兵で、その出自を有耶無耶にしたい者が居た!」
雫が勘付いた思考に、真由美も辿り着いた。隠したかったのは十六夜の過去なのだという思考。真由美はその思考が腑に落ち、同時に少年兵たちの処遇について安堵する。
残念ながら、十六夜の過去を隠したかったのも間違いではないが、少年兵たちを殺した事の隠蔽も、間違いではなかったりするのだが。真由美にそれを知る由がないのは、ある意味で幸運か。
「あいつは、大亜連の少年兵、なのか……?」
雫と真由美が十六夜は大亜連の少年兵と腑に落ちているが、達也だけはそうではなかった。達也の中では、どうしてもその結論に落ち着けない反論が浮上している。
「達也さん?」
「……『沖縄海戦』は5年前、さらに言えば、あいつが第一高に入学する3年前の出来事だ」
「それがどうかしたの?」
「3年という短期間で、少年兵を第一高に入学できる程の教育を施せるとは、俺にはとても思えません。まず、日本語を覚える事から始めないといけないのです。習得難度がとても高いと言われる、日本語を。さらには、一般教養はもちろん、魔法科高校に入るのだから魔法教養も必要です。そもそも少年兵を相手に教えるとなれば、学問の前に常識から教えなければならない可能性もある」
3年間でそれだけのモノを少年兵に詰め込める訳がない。達也の中で、その反論が強くあった。
だから、達也には十六夜を大亜連の少年兵とする結論が腑に落ちないし、その反論を聞かされた雫と真夜にもできる訳がないと強く共感させている。
「もしそれを可能とするならば、あいつが初めから常識も日本語も一般教養も備えていた事になるでしょう。しかし、はたしてそんな教育を少年兵に施すでしょうか」
「でも、私が見た夢を彼の過去とするなら……」
「分かっています。あいつが少年兵だった可能性は確かに高い」
真由美の見た夢が十六夜の過去とする説には、達也も一定の支持をしていた。十六夜の高い射撃センス・戦闘センスは少年兵の経験故とか、十六夜が傷だらけなのは少年兵だったからとか、寝る時に指輪を付けているのは他人に自分の過去を見せないためとか。そういう、整合性が取れる部分は確かにあるのだ。
「それでも、説明できない部分がある」
その整合性を以てしても、覆せない疑問がある。
この中で達也だけが知っている、十六夜が記憶を継承する存在、『聖女』であるという情報からすれば、継承した記憶の中に教養などの意味記憶も含まれていたとは考えられる。
しかしそうなると、ある疑問が再出する。少年兵に身をやつした事、『四葉』に拘る事、それらの動機が不鮮明なのだ。
ならばやはり、『聖女』以外の部分でそれらの動機となるモノがあるはずだ。十六夜の原点とも言うべき、その部分に。
「あいつはいったい、何処から来た……?」
謎に包まれた十六夜の原点。前世の影を捉えながら、それでも彼らはその輪郭を正確に把握するまではいけない。
彼らは、その大いなる謎の前に、しばしのその足を止める事となるのだった。
知り合いのハッカー:もちろん、藤林響子である。普通に国防軍からの指令で、四葉十六夜のパーソナルデータを洗っていた。
十六夜の出自を有耶無耶にしたい者:もちろん、東道青波である。敵少年兵を抹殺してしまった事実について、国防軍はその公表をするか否かを悩んでいたのだが。そこに東道が手を回し、公表しない事にさせた。
閲覧、感謝します。
次回の更新は、2月11日の予定です。