第百二十八話 逃避行の前に
2097年5月1日
その話は、まさに降って湧いたモノだった。
『十六夜。五輪澪が貴方への面会を希望しています』
昨日の夜、真夜からヴィジホン越しに、俺はそう聞かされたのだ。
『虚弱なあの方が、何をどうして俺との面会を?』
その面会希望に、俺はもちろん故知らずに驚いているフリをした。
『その虚弱体質についてなのだけど。どうにも前々から続けていた治療法が功を奏したとかで、今は車椅子を使わずとも生活ができるようになったそうよ?』
真夜から伝えられたその情報。俺は五輪家が『
ちなみに言うと、その虚弱体質改善は十師族全当主に共有されているとの事。ただ、目の前の真夜がそうであるように、共有された皆は本当に半信半疑のようだ。
『面会希望の訳は、兼ねてよりファンだった、との事なのだけど……。十六夜。悪いのだけど、体質改善の真偽と、面会の真意を探るために、面会を受け入れてほしいの』
真夜がこの話を持ってきたのは、つまりはそういう事だ。
五輪澪の、ひいては五輪家の実情を俺の目で確かめてほしいのである。
俺の内心としては、断りたかった。どういう真意があるにしろ、五輪澪が持つ『オーラ』なるモノの知覚する力に、直で触れたくないのだ。
ともすれば、相手は
『……分かった。俺の目だけになるけど、探ってみよう』
ただ、真夜の考えを踏まえると、俺には面会を受け入れざるを得なかった。断りたい理由は真夜には言えない事情があるのだし。
『それで、いつ何処で面会するんだい?』
『明日、貴方の家で。との事よ?』
そう聞かされた俺は、アポイントは数日前から取れと、言いそうになるのを必死に耐えたのだった。
そんな昨日があっての、今日の夜である。
五輪澪が俺の家へ訪れる時間が、刻一刻と迫って―――
「こんばんは。こちら、四葉十六夜様のお宅でよろしいでしょうか?」
―――予定時刻の1時間前に、五輪澪は押しかけてきた。
せめて10分前にしてくれと、言いそうになるのを俺は耐える。
そうして、もう玄関先まで来てしまった五輪澪、そして五輪洋史。彼女らの護衛は、送迎の車に控えているようだ。
もう招き入れるしかないと、俺はいつものセキュリティの段を五輪澪、五輪洋史と交えつつ、ダイニングの方へ案内する。
五輪澪の希望で大げさな出迎えの備えはしていない、いつもどおりのダイニングである。周妃が掃除を欠かさないため、いつも綺麗なのは救いか。
俺は五輪澪と五輪洋史に着席を勧め、2人が腰を下ろしてから、俺も腰を下ろす。
周妃は、3人分の紅茶を出してから、俺の背後へと控える。
面会場所のセッティングはこれで完了だ。
「改めて。初めまして、五輪澪さん。お会いできて光栄です。洋史さんはこの前の『若手会議』ぶりですね」
俺から挨拶を口にし、2人に開口を促した。
しかし、洋史は閉口を守り、澪だけが口を開く。
「私も、お会いできて光栄ですわ?私の
恍惚した様子すら醸し出した笑顔を浮かべる澪。俺は彼女に作り笑いすら返せているか不安になる。
俺は、しばし固まった。困惑するフリをして、どう対応するかを思案する。
「貴方様が私の王子様であると認めていただけるのであれば、五輪家は全面的に貴方に協力します」
俺が思案している内に、澪はもう一手打ってきた。
これは、交渉だ。しかもかなり奇妙なそれだ。相手は、既に対価を支払われていると認識している。ただ、取引相手を、恩人の正体を明確にしたいという、実に奇妙な交渉である。
俺は、どうするか悩む。しらを切ったところで、澪は俺を
では、指示を聞く友軍にすべく、俺が
秘密というモノは、知る者が増える程漏洩のリスクが跳ね上がる。人の口には戸を立てられないのだ。
ただ、それがこちらに恩を感じている、故に口を堅くしてくれそうな相手であれば、そのリスクはある程度軽減されるかもしれない。
そして、そのリスクを負って得られるリターンは、五輪家だ。正直、国家公認戦略級魔法師・五輪澪を味方にできるだけで大きな利益がある。洋史が異論を吐かず、表情も変えないところから察するに、五輪家全体が付いてくる事も、五輪澪が口を衝いて出した空手形ではないのだろう。
俺は損益計算をする。それから、答えを出す。
「アンタの眼は正しい。そうだ。俺が、
俺は、リスクにリターンが見合っていると、計算した。
「うふふ、嬉しい。私の言う『王子様』である証明までしてくださるなんて。認めてくださるのね?」
澪は恍惚を深める。その朱を差した頬は、まるで恋を知った乙女のようだ。
「契約の更新だ、五輪澪。情報の受け渡し先を、
「まぁ、素敵。私の心だけでなく、もう私の命まで王子様のモノなのね?」
あえて冷淡に吐いた俺の脅し文句に、澪はとても感激しているようだった。恋煩いで盲目になっているんじゃないかと、俺の中で容疑が膨らむ。
「……理解しているよな?俺とアンタは、あくまで取引相手だ。親密な関係になるつもりはないし、契約以上の事は求めていない」
「王子様はお優しいのね。命運を握っていると言うなら、いくらでも脅して使い潰せると言うのに。私はいつでも性奴r―――」
「ストップだ!おいっ、弟であるアンタも止めろ!いや、洋史さんも止めてください!貴方のお姉さん、トンデモナイ事言いかけましたよ!?」
「良いんだ、それが姉さんにとって生きるという事ならば」
「理解ある弟気取って現実逃避してんじゃねぇ!」
目を煌めかせながら、マゾヒズムを見せ付ける澪。清らかな笑みを浮かべながら、その目に光がない洋史。そんな2人を相手にして、俺は態度を整えられない。
「礼儀正しい貴方様も素敵だけど、マフィアのボスとして頑張って凄んでいる貴方様も、取り繕えなくなって素が出ている貴方様も素敵ね。そのお顔、あまりお見せにならないのでしょう?」
「……」
他の人が知らない貴方を知っていると言わんばかりの澪に、俺まで現実逃避したくなってきた。
下手に親しみやすさと言うか、感情を見せるとこうも好感度が暴走をするものか。俺は今後、『
「……ゴホン。……今後、五輪家には何かお願いする事があると思います。特に、五輪澪さんには」
「『澪』とお呼びになって?王子様」
「……貴女には特に、戦略級魔法師という身分を活用したお願いをする事があると思います」
「いけず……」
「五輪家の長姉殿には、ただ戦略級魔法師を利用するつもりで、お願いをする事があると思います」
「ごめんなさい、私が悪かったわ。だから、そう他人行儀にならないで?」
俺がどんどん他人行事な呼び方をすれば、澪はしおらしく折れてくれた。俺の作戦は成功し、ある程度澪をどうにかコントロールできるようになったのである。非常に疲れた。
「分かっていただけたのであれば、そうしましょう。澪さん?」
「分かっているわ。十六夜様からのお願いには、進んで協力させていただきます。でも、我が家の名誉を汚すような事は、貴方様にとっても不都合になり得るという事をご了承ください」
「五輪家が十師族から下りなければいけないようなお願いはしません。貴女方の利用価値には、十師族である事も含まれているのですから」
あまり近寄らせないため、ビジネスじみた判断と言い回しをしているのだが。澪は笑みを深めるばかりである。
「さて。では最初のお願いを。この面会について、対外的な事実の口裏を合わせたいと思います」
「もしかして、お母上にもあの治療の事は内緒にされているの?」
「ええ。あれは完全に俺の独断専行。四葉とは切り離さねばならない所業です」
非合法に手を染めている、という点では正直今更だろう。四葉家も大概非合法に手を染めているのだから。
でも、それでもなお線引きをしておかなければならない。最悪、俺だけの責任であると収まるようにせねばならない。十師族とは言え、四葉家とは言え、越えてはならない一線があるのだ。
それが、テロリストと認定された者、それらとの協力だ。周公瑾と取引したと言うだけで、七草家は十師族を下ろされかけたし、九島家はその責任を全て負って十師族を下ろされた。
俺が、と言うか
端的に言って、周胤たちとの協力が四葉全体の判断とされれば、四葉家は十師族を下ろされかねないのだ。そんな事になれば、恩を仇で返すも同義。俺の親孝行は、贖罪は、その時点で瓦解すると言っても過言ではない。
「そうなのね。うふふ。今日だけで十六夜様の秘密をたくさん知ってしまったわ?」
俺の深淵を触れないようにしてか、あるいは本当に純粋に喜んでいるのか。澪は俺の秘密を知った事に、笑い声を零していた。
残念ながら、暗い光が灯るその目からは、そのどちらなのかを判別する事はできない。
「まず、この面会を受け入れた点から考えていきましょう。……我が四葉家は、澪さんの虚弱改善が真実かどうか、この面会希望にはどんな意図があるのか、それらを探るために受け入れました」
「虚弱改善については、改善している事自体は共有して良いと思うわ?どうせ自ずと広まってしまうでしょうし。改善した方法については、こちらが固く口を閉ざした事にしてしまって構いません」
最初に合わせる口裏は、虚弱体質改善について。改善を真実とした上で、澪はその方法について自分たちが口を開かなかった事にすると、提案してきた。口を閉ざせば裏があると疑われる。それは覚悟の上のようだ。彼女らは俺への恩に報いるように、進んで泥を被りに行っている。
「面会の意図については、そうね。四葉家が戦略級魔法を複数所持していると疑い、昨今の世情を鑑みて牽制しに来た。特に、『グレート・ボム』については司波達也様の魔法であると確信しているし、十六夜様や次期当主様も戦略級魔法師であると疑っている。というのは如何かしら?」
「そうですね。俺の事も疑っているとなれば、母上ではなく俺の方へ面会しに来たのにも筋が通るでしょう」
「十六夜様の元へ訪れた理由付けをするならば、相談の面もあった、という事にしましょうか。戦略級魔法使用の機運が高まっている今、それを憂いる私は共感してくれるであろう十六夜様に相談した。達也様・深雪様が戦略級魔法を使わないよう、抑えてほしいと」
「俺が受けている周りの評価からすると、俺への相談と牽制は不思議ではないでしょうね」
伊達に十師族の人間ではないと言ったところか、恐ろしい程スムーズに口裏が合わさっていく。
この人が昔から健康であったなら、少し厄介な地位に居ついていたかもしれない。彼女の虚弱がこちらに引き込む材料になった点も踏まえると、神やら運命やらには感謝しなくてはいけないか。
「俺のコールナンバーを渡しておきます。相談に来たという事なら、今後も戦略級魔法に関する懸念事項で意見を交換し合っていてもおかしくありませんからね」
「一方的にコールナンバーを知っているのはおかしいわ?貴方も懸念している事にするなら、お互いに知っている方が自然よ」
「それもそうですね」
澪から情報を渡す経路としてコールナンバーをただ渡しておこうと思った俺だったが、澪の言葉に正当性を感じ、澪の案で通した。
そうしてお互い携帯端末の番号を交換すると、澪は登録されたコールナンバーを見つめ、大事そうに携帯端末を抱え込む。
その所作を俺は不思議に思ったが、それについて追及する前に、澪は端末をしまい込んだ。
「そろそろお暇しようかしら。急な訪問で迷惑を掛けたでしょうし、長く居座ると周りの興味を不必要に煽ってしまうわ?」
「……ええ、そうしましょうか」
澪の方から面会終了を切り出され、俺は彼女の不思議な所作について、追及する時間を失うのだった。
玄関まで澪、そして洋史を見送り、彼女らを乗せた車が見えなくなるまで、超人の視力で見失うまで、その目を離さなかった。
その後、この面会での出来事を反芻してから、真夜へ電話を掛ける。
〈十六夜。首尾はどうかしら〉
相変わらずワンコールで応答した真夜は、俺の用件を察して自分から訊ねてきた。
「虚弱体質の改善は真実と断定して良いと思う。五輪澪の動作には、虚弱体質が全く窺えなかった。治療法について、結構迂遠に探ってみたんだけど。駄目だね、あれは。治療法については全く口を開かなかったよ。はぐらかすどころか、真っすぐその話を打ち切ってきた」
俺は、澪と合わせた口裏通りに語っていく。
〈そう。真っ当な治療法ではないと思っていたけど、余程のモノに手を出したようね。でも、それを暴くとなると厄介だわ。五輪澪は護国の要たる戦略級魔法師。下手に切り崩す訳にはいかず、政府も戦略級魔法師の守るために動くでしょう〉
「あまり探らない方が良いんじゃないかな。探り当てたところで、得られる利益より抱える不安の方が多いよ」
真夜が五輪家の弱みに対して色々思案しているところに、俺は真夜が目についたリスクを強調する形で、弱みの調査を止めるように諭した。
せっかく俺個人の味方になってくれたのだ。その味方の弱体化はできる限り避けたい。
「それに、五輪家は我が家をかなり警戒しているみたいだ」
俺は真夜を諭す材料として、四葉家に対する五輪家の警戒具合を盛っていく。
〈面会を希望してきた意図は、こちらへの牽制という事?〉
「そういう面もあるね。何しろ、五輪澪は高まる戦略級魔法使用の機運を相談してきたんだから」
〈……なるほど。戦略級魔法使用の牽制、という事ね。戦略級魔法師が身内に居る、私たちに対して〉
全てを俺から語るまでもなく、俺が言いたい事を真夜は推測していく。俺が、真夜を騙すために言いたい事を。
思考力も情報収集力も高いがために、真夜は罠に嵌まっていく。
「達也が『グレート・ボム』の使用者である事には、確信を持っているようだったよ。でも、それで脅しに来ないって事は、物的証拠は持ってないんじゃないかな?」
〈……軍や政府から情報を得た訳ではない?……とするなら、五輪家独自の情報網で探り当てられてしまった?……いえ、探り当てられたとして状況証拠くらいのはず。……まさか、五輪家もフリズスキャルヴを?……それにしては動きがないようだけど。……五輪家に達也さんのような眼を持つ存在が?〉
「眼だと思う。ただ、『エレメンタル・サイト』ではないね。五輪澪は、俺や深雪の事も戦略級魔法師と疑っている様子だったから、おそらくは魔法資質を把握する眼だよ」
〈……そう考えるのが妥当かしら。深雪さんの事も戦略級魔法師と勘違いしているのも、ただ相手の力を読み取る眼だから。そして、今まで動きがなかったのも、澪さんが虚弱であるために、その眼を十全に発揮できなかったから。というところかしら〉
俺が適宜誘導したのもあるが、真夜は見事、間違った結論に至った。
「五輪澪への探りは、今回連絡先を交換したのもあるし、俺の方から探っていくよ」
〈五輪澪と、連絡先の交換を……?〉
「これからも相談という名目で牽制したいんじゃないかな?」
〈……由々しき事態ね。……まさか、五輪澪も十六夜を狙っているというの?〉
「相談相手とするなら俺が適しているから、というだけじゃないかな?俺だけを集中して狙ってきている訳ではないでしょ」
〈……、十六夜。五輪澪の探りは貴方に任せますが、警戒しなさい。こちらは、以降五輪家の動きを注視します〉
「承知してるよ」
何か、真夜から念入りに警戒を促されたが。何にせよ、真夜から五輪家を調べられないよう、制する事ができた。
〈とりあえず、五輪家については分かりました。……十六夜、こちらからも共有したい情報があります〉
真剣な様子は変わらずだが、真夜は空気を変える。
〈佐伯少将より、情報提供がありました。国防軍情報部の一部、特務と言われる機関が、達也さんの再教育を企てているようです〉
「そこが、今まで達也にちょっかいをかけていたところか」
真夜から共有される情報。それは、こっちの、と言うか達也の出方を窺っていた、情報部についてだった。佐伯が上手く特定できたその敵を、真夜も、そして俺も把握する。
〈ついては、この機関を叩きたいと、佐伯少将が打診してきました。相手を誘き出せるよう、達也さんを孤立させられないかと〉
「……難しいね。わざとらしく孤立させたって、相手も罠だって気付く。できる限り自然に、叶うなら外的要因で達也の孤立を演じないと」
〈同意見です。すぐには達也さんの孤立を演出せず、機を窺うと、私も佐伯少将にお伝えしました〉
「了解。達也にもその事は共有しておくね。深雪には、伏せておこうか。『敵を騙すならまず味方から』、だ」
〈ええ、そうしましょうか〉
敵を嵌める罠を、真夜と俺は画策する。
こうして俺は、世の激動に備えていくのだった。
閲覧、感謝します。
※『『魔法科高校の編輯人』、128話より始まる新編について』
こちらの活動報告にて、大雑把ですが、新編が本作独自な名前である事について説明させていただいております。読まなくても本作を楽しむのには何の問題もないと思いますが、新編の名前について気になっている方は、お読みいただけたら幸いです。