魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百三十話 他人の悪意と知人の善意

2097年5月13日

 

〈第一高校の百山校長、八百坂教頭、及びジュニファー・スミス教諭にトーラス・シルバーの正体が知られました〉

 

 日が沈んだ頃。ヴィジホンで俺と真夜を呼び出した達也が言い放った言葉が、それだった。

 真夜は苦い顔をする。俺もしている。

 詳細を尋ねると、どうにも百山の下にUSNA大使館の大使館員が訪れ、書状を手渡したそうだ。USNA国家科学局が発送元のそれを。

 その書状の内容を要約すると、トーラス・シルバーこと達也が『ディオーネー計画』に参加できるように取り計らってほしい、というモノ。

 これに第一高校長だけでなく、魔法大学学長まで乗り気らしい。達也が『ディオーネー計画』に参加すれば、参加している期間の科目単位は第一高のも魔法大学のも全てA評価を与えると、約束してくれたらしい。

 つまり、『ディオーネー計画』に参加すれば第一高も魔法大学も卒業した扱いにしてくれる、という訳だ。

 そして、すぐに回答は出せないだろうと、考える時間を与えるために第一高の方はもう授業免除にしてくれているそうだ。

 

「……完全に厄介払いだな」

 

〈……そうね。達也さんの去就を巡って起こる騒ぎに、百山校長は巻き込まれたくなかったのでしょう〉

 

〈そうでしょうね。俺以外の生徒を守るという点では、学校の長として正しい判断なのでは?〉

 

 達也の報告を一通り聞いた辺りで、俺はそんな穿った見方の感想を漏らしたのだが。どうやら真夜も達也も同意見だったようだ。

 それで、2人も同じく思ったという事は、他の人たちも同じように思うだろうと考え至り、俺はとある事を思い付く。

 

「この状況、達也が孤立していると演出するのに、丁度良いんじゃないかな?」

 

〈……国防軍情報部特務を誘き寄せる、という話か〉

 

 国防軍第101旅団の長、佐伯少将が達也にちょっかいを掛けていた部隊を叩きたい、という話。達也にもしっかり共有されていたようで、達也はすぐにその話へ繋げられた。その表情は、得心が行った、という顔である。

 

〈十六夜の言う通り、この状況は使えるかもしれませんね。対処を先送りにしたくない相手でもありますし。厄介とまではいかなくとも、集られては五月蝿くて敵いませんから〉

 

〈……四葉の方からも孤立を演出する、という事でしょうか〉

 

 真夜が乗り気なのに反して、達也の方は反応が悪かった。言葉こそ平静を保っているが、一瞬前の得心顔から酷い変わりようであるために、不満気なのが手に取るように分かる。

 

「……深雪から離れるの、そんなに嫌か?」

 

〈……〉

 

 何に不満なのかと探りを入れてみたら、ジャックポットだった。まぁ、深雪至上主義の達也なのだから、探るまでもなかったのだが。

 四葉からも孤立を演出されるという事は、自然、四葉次期当主たる深雪からも離されるという事。一週間とか、距離が近いとかなら達也も我慢できるのだろうが。今回はそのどちらも望めそうにないと推測しているだろう達也が、不満を感じないはずもない。

 

〈ちゃんと護衛は付けるわ。生活する場所も安全な所を用意します。ほら、この前見せたでしょう?調布のビル。あそこは我が家の東京における拠点だから、多くの四葉関係者が詰めています。勝成さんや夕歌さんも、近日引っ越す予定ですし〉

 

〈勝成さんからそのような事を聞かされました。……確かに、あそこなら安全でしょう〉

 

 真夜がちょっと不安気に説得にかかり、達也は出された折衷案に折れた。

 今更だが、原作通りに四葉の東京拠点は完成しており、達也はその拠点を目にしていたようだ。原作同様なら、達也がその拠点を目にしたタイミングは、『若手会議』を途中離脱したあの時か。

 

「東京に住環境が整った拠点があるなら、孤立演出を終えた後に達也自身もそこに住んでもらった方が良いんじゃないかい?」

 

〈それもそうね。達也さんが得てしまった注目度や重要度からすれば、今の家に置いておくのは危険でしょう。達也さん、深雪さんと共にあのビルへ引っ越してもらえるかしら〉

 

〈了解しました。深雪の安全が以降も確保できると言うなら、願ってもない事です〉

 

 達也の不満を煽る話ばっかりだったので、俺はここで不満の解消に掛かる。そうすれば、達也の表情は、近しい者にしか分からない程度には(ほぐ)れた。

 

「さて。深雪と水波さんには俺の方から説明しようか。俺から言い出した事だし、深雪に怒られる役はちゃんと引き受けるよ」

 

〈この程度で深雪は怒りはしない〉

 

「いや、演出の件は隠して、本当に孤立させるように話すからさ」

 

〈……〉

 

 俺は『敵を騙すならまず味方から』という兵法を忠実にやろうとしただけなのだが。(ほぐ)れたはずの達也の表情が、(ほぐ)れる前より固くなった。というか、あからさまに眉間に皺が寄っている。

 

「達也、これは大事な事だ。緻密な計画も、蟻の一穴で壊れる。だから、念には念を入れるのさ。お前から話すと泣き落されて、素直に話してしまう可能性があるしな」

 

〈……分かった。深雪たちを連れてくる〉

 

 俺の言葉に一理ある事を正しく認識してくれたようで、不承不承ではあるものの、達也は俺の案を呑んでくれた。

 達也はそうして、その不承不承といった態度で深雪たちを呼びに行く。これから達也が孤立に追い込まれたと騙す観点からすると、その態度は嘘に真実味を帯びさせてくれるかもしれない。

 

〈お呼びでしょうか。叔母様、十六夜〉

 

 程なくして、深雪が画角に入ってきた。その表情からは、少なくない緊張感が窺える。

 お付きの水波は、努めてすまし顔で控えている。

 

〈深雪さん、貴女に伝えたい事があります。私たちは達也さんを―――〉

 

「母さん、そこからは俺が伝えるよ」

 

 何故か段取りを破った真夜を遮って、俺は段取り通りに修正した。自然と空気が引き締まった事から、真夜はあえてそうしたのかもしれない。

 とかく。俺は真面目腐った顔をして、深雪を真正面に捉える。

 

「……深雪。俺はしばらく達也を世間から隠す事に決めた」

 

〈お兄様を、隠す……?それは、四葉本家に匿うという事ですか?〉

 

「いいや。四葉の里からも、東京の新拠点からも離れた場所に、しばらく潜んでもらう予定だ」

 

〈……!〉

 

 俺の発言に、深雪は目を見開いた。彼女は俺の言葉が、達也を一時的にでも追放するそれだと、読み取ったのだ。俺の狙い通りに。

 

〈十六夜っ、貴方は!〉

 

「分かってる……。こんなの、酷い仕打ちだ……。達也が今までしてくれた貢献を、蔑ろにしている……。でも、仕方ないんだ……。四葉全体を守るためには、こうするしかない……」

 

 深雪は俺を責め立てようとするが、俺は苦し気なお面を被って、苦渋の決断をしたかのように声をか細くした。

 当然、それで深雪が矛を収める訳もない。

 

〈四葉の力を以ってすれば、世間の非難など如何様にもできるでしょう!それなのに何故、よりによって貴方がそんな決断を!〉

 

〈深雪さん、これは当主たる私が決定した事でもあります。その案をこの通話で切り出したのは十六夜だったけど、私もその案を考えていました〉

 

〈そ、そんな……!叔母上まで……〉

 

 真夜も口を出し、寄って集って深雪を騙す。達也は非常に顔をしかめている。達也としては深雪を騙す俺たちへの不満でそうしているのだろうが、深雪にはこの決定に対する不本意の表れとして映るだろう。

 

「代わりと言っては何だが。以降、深雪も達也も安全に暮らせるよう、東京の新拠点に2人を住まわす準備をさせる。達也は、それでこの案を呑んでくれたよ」

 

〈お兄様が……〉

 

 まるで新拠点へ引っ越してもらう事が、達也が引き出した交換条件であったかのように、俺は騙る。そうすれば、自分の兄がどうにか対価をもぎ取ったのだと推測してしまった深雪は、それ以上何も言えなくなり、俯いてしまった。

 

〈深雪さん、そして水波さん。貴女たちには先んじて東京の新拠点に移ってもらいます。次の日曜までに、その準備をしておいて?必要な手配はこちらでしますから〉

 

〈……承知、致しました〉

 

 真夜の指示に、深雪は渋々頷いた。せめて、兄へこれ以上負担を掛けないようにと。

 水波の方も、当主への肯定である一礼はスムーズだったが、その後の視線は密かに深雪へ向けられている。主の悲嘆する姿に心を痛めているようだ。

 

〈2人はもう退室してしまって構いません〉

 

〈……ありがとうございます。……失礼、させていただきます〉

 

 ほとんど茫然自失と言った様子の深雪は、ただただ真夜の指示に従った。

 画角の外に、深雪と水波は消える。

 

〈……十六夜、今度会った時に殴って良いか〉

 

「……顔は止めてくれよ?」

 

〈……冗談だ〉

 

 2人が消えてすぐさま吐かれた達也の怒りに、俺は本当に殴られる覚悟をするのだが、達也は前言を撤回した。眉間の深い皺は一向に浅くならないが。

 

 その後、達也を何処に潜ませるかを真夜たちと話し合い、伊豆(いず)の別荘をその場所とする事が議決するのだった。

 

◇◇◇

 

2097年5月16日

 

「十六夜、付いてきてくれないかな?話があるんだ」

 

 風紀委員の活動も終わった放課後。幹比古が、いつになく真剣に俺を呼び止めた。

 良くない兆候を感じる。おそらく、見過せば彼は何らかの独断行動を取り得るだろう。

 だから、俺は1つ頷いて、彼の背を追う。

 

 連れていかれたのは、第一高のカフェテラス。そこには、レオ、エリカ、美月、ほのか、雫という、俺がよく達也一団と括る集団に、泉美と香澄、詩奈に侍郎も居る。生徒会役員という関係で同席している者と、その者たちに付いてきた者、という感じか。

 そんな割と大所帯のメンツが、揃って曇った表情をしていた。レオやエリカなんかは幹比古と似たように、真剣さを出しながら不快感を滲ませている。

 

「なるほど、趣旨は分かった。達也の事だな?」

 

 彼らは、授業免除された故に今日含めて3日も教室に表れなかった達也、彼がそうせざる得なくなった状況を憂いているのだ。

 

「理解が早くて助かるよ」

 

 俺の推測を肯定した幹比古。彼は席に腰を落ち着けつつ、俺にも着席を促してくる。

 立ち話はお断りのようだ。

 俺は息を漏らしながら、その尋問を受ける役の席に付く。

 

「端的に聞くわ。『四葉』はどうするつもりなの?」

 

 率直にして勇敢に口火を切ったのは、エリカだった。

 

「……ほとぼりが冷めるまで、達也を隠す事に決めた。今は隠す準備をしている最中だ」

 

「十六夜、それじゃあ……」

 

「『追放しているようなものだ』、だろう?でも、そうする他なかった」

 

 愕然とした思いを吐露する幹比古。俺は彼が吐露しきる前に、こちらで沈鬱に言い切った。彼らにも、四葉家が達也を追放しようとしていると、勘違いしてもらうために。

 

「四葉君のご実家なら、どうにかできるんじゃ……」

 

「『四葉』だって万能じゃない。むしろ、我が家は言ってしまえば兵器だ。敵を容赦なく殲滅し、他を畏怖させる兵器。だから、他を黙らせる方法なんて、俺たちは威圧する事しか知らない。自国の世論は、威圧なんて出来ない」

 

 美月が抱く一縷の望みを、俺は切って捨てた。守るべき自国民を殲滅なんて出来ないし、人の思想なんて抑圧しようがないのだ。

 

(ウチ)が協力する。警察だって引っ張り出す」

 

「僕の家だって、いくらでも協力できる」

 

「お父さんの伝手で報道機関に圧を掛ける?」

 

 エリカ、幹比古、雫が協力の打診をしてきた。でも、俺は即座に首を振る。

 

「下手すれば共倒れだ、巻き込む訳にはいかない。それに、この問題は最悪達也に苦渋を呑んでもらえば、解決する話だ」

 

「十六夜、それマジで言ってんのか?」

 

 達也を最悪売るという発言に、レオは俺を鋭く睨んだ。

 

「『最悪』だって言ってるだろう?俺だってそんな事はしたくない。だから今時間を稼いで、打開策を練っている最中だ」

 

「……なら、良いんだけどよ」

 

 レオは、不満を滲ませつつも、矛は収めてくれた。俺の憂うような物言いに、『最悪』はあくまで取りたくない最終手段と読み取ってくれたのだろう。

 

「十六夜さま、打開策はあるのですか……?」

 

「時間を稼ぐにしたって、あまり悠長にしてたら状況は悪化すると思うんですけど」

 

 そう疑問を口にしたのは、泉美と香澄である。泉美は達也の不利で曇る深雪や俺を心配して、香澄は現実的にこの状況への打開策がある事を疑って、だろう。

 

「……今、俺の口から言える事はない」

 

 達也が用意してるとは口が裂けても言えない。そもそも、この達也追放が茶番だって事は、なおさら言えない。

 俺から言えるのは、さも進捗が芳しくないかのように騙す言葉だけだ。

 

「……同じ事もう一度聞くみたいになるけどよ。打開策練って、本気でどうにかしようって動いてるんだろ?」

 

 空気が静まり返っていたところ、その静寂を破ったのはレオだった。何故か再確認の言葉であり、さらに、その表情は格段に穏やかになっている。

 

「もちろんだ。俺は、達也を犠牲にするような事はしたくない。達也は四葉家にとって重要な存在で、俺の兄で、それ以前に俺の最初の友人だからだ」

 

 俺は再度同じ答えを返すのに合わせ、その動機に感情論を並べた。そういう合理性を欠いた物言いをする事で、俺自身が合理性を無視して動いていくかのように錯覚させる。

 

「なら、どうにかなんだろ」

 

 俺のその答えを聞いて、レオは固まった体を、そして心を解した。

 

「レオ、アンタ何を根拠に……」

 

「達也と十六夜が本気で動いて、どうにかならない事なんてあるか?少なくとも、俺には想像もできねぇ」

 

 エリカが楽観視じみたレオの態度に苦言を呈そうとしたのだが。そうしてレオが言葉にした達也と俺への信頼に、皆が目を(しばた)かせる。

 

「……どうにかなりそうだね」

「……どうにかなりそうですね」

「……どうにかなるね」

「……どうにかなるわね」

「……どうにかなりますね」

 

 誰がどの文字を吐いたか、定かではない。ただ、一様に神妙な顔でレオに同調したのである。達也と俺が本気で動いて、どうにかならない事など想像できないと。

 厚い信頼を得られている証拠なのだが。不思議と嬉しくない。

 

「むしろこの場合、2人を敵に回した相手が可哀そうじゃない?」

 

「言えてる」

 

 エリカが苦笑交じりでそう漏らせば、レオも苦笑で応じた。

 この2人は、俺の事を何だと思っているのだろう。達也(原作主人公)に言っているのなら分かるのだが。

 ただ、俺は和やかになった空気を壊さぬよう、発言を控える配慮をした。

 

 その配慮が、意識外からぶち壊される。

 

 カフェテリアのモニター、普段もニュースを流しているそれであるが。その流されているニュースから、『緊急速報』という文言が聞こえてきて、カフェテリアに居るほとんどの者が注意を引き付けられる。

 

 そうして緊急速報として流された動画が、モスクワからの中継録画。

 その内容は、新ソ連の国家公認戦略級魔法師、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが『ディオーネー計画』に参加を表明した、というモノだった。

 

 その内容を把握した達也一団+α、そしてその他カフェテリアに居た講師・生徒問わず、その視線を俺へと集中させる。

 全員が全員、緊張感を孕んだ目で、俺の動向を窺っている。

 

「……すまない、みんな。急用ができた」

 

 俺は、達也一団+αにだけそう謝罪を告げ、席を立った。

 原作通りに事は進んでいるが、ならばこそ、原作から乖離した流れを、俺は確認せねばならなかった。

 

 

 

「お帰りなさいませ、大人(ターレン)。USNAが大西洋公海を目的地とした、エンタープライズでの航海を予定している事を掴みました。合わせて、新ソ連、そしてイギリスは通常にない空路の準備をしているようで。おそらく、ベゾブラゾフとマクロードは空からUSNAのエンタープライズに合流するのかと」

 

 帰宅してすぐに、周妃が情報を浴びせかけてきた。

 しかし、いきなりどうして新ソ連とイギリスの戦略級魔法師、彼らの動向に関する情報を共有したのか。

 

「……そういえば、お前には『十三使徒』の動向を調査させていたっけな」

 

「ま、まさか、お忘れになられていたのですか……?」

 

 思考した結果に俺が吐露したのはそんな言葉で、周妃はあからさまにショックを受けていた。

 

「いや、うん。半分忘れてたし、まだ原作知識(未来の知識)が生きてるからな。重要度も関心も薄かったんだよ」

 

 原作知識で、俺はこの『ディオーネー計画』がUSNAと新ソ連だけでなく、イギリスもグルだった事を知っている。

 だから、今更その事実を再確認しても、俺には驚愕も動揺もないのだ。

 

「ひ、酷い……。その知識とすり合わせもかねた重要な仕事を任されたものと、私は思っておりましたのに……」

 

「ああ、ああ、分かった。これ見よがしに泣き真似をするんじゃない。知識が使えなくなった後は重要度が跳ね上がるんだから、重要な仕事なのは変わりないって」

 

「乙女心が分かっておりませんよ?大人(ターレン)。ここは優しく抱いて流すところではないですか?」

 

 やはり泣き真似だったようだ。俺が指摘すればすぐに涙が引き、したり顔で対乙女を説いてきた。

 

「雫にだったらそうするが、お前を乙女にカテゴライズした事は一瞬たりともないんでな。お前のカテゴリは俺の同志だ。それで良いだろう?」

 

「はい、及第点かと。『同志』ではなく、『腹心』だったら満点でしたが」

 

 俺がご機嫌伺いでリップサービスをすれば、周妃は何故か採点した上に、周妃を下に見る事が満点だったと、模範解答を提示した。

 こいつの価値観が分からない。

 

「ついでに聞くが。その会合を守護するために、アンジー・シリウスは出てくるか?」

 

「確定ではありませんが、そのような動きがある事を掴んでいます。それに、万一の事を考えて、自国要人の護衛に戦略級魔法師を出すのが妥当かと。相手方も戦略級魔法師なのですから」

 

 敵の敵は味方、ではない、という話だ。達也という脅威を排除するため、USNA、新ソ連、イギリスは結託しているが、結局、その三者が対立している事は変わりない。新ソ連とイギリスが手のひらを返して、USNA最新鋭の航空母艦たるエンタープライズを沈めに掛かってきても、何らおかしくはないのだ。

 そして、その実行役が新ソ連の戦略級魔法師・ベゾブラゾフ、あるいはイギリスのマクロードとなれば、対抗札にUSNAも戦略級魔法師・シリウスを出さなくてはならない。USNAとして幸福な事は、ベゾブラゾフやマクロードは戦闘軍人ではなく、どちらかと言えば科学者。戦闘となれば純粋な軍人であるシリウスが勝つ確率は高い、という事。

 まぁ、あくまで持ち得る情報からの推測であるから、はじき出された数字が正確なものとは言い難いが。

 俺個人としては、科学者という者たちの方が手札が多く、厄介極まる印象がある。そんな厄介な者の相手が、あのリーナに務まるだろうか。

 いや、さすがに戦闘の腕は信じてあげるべきだろう。高校生という年で少佐、さらには一部隊の総隊長を務めているのだから。

 

「しかし。気にすべきはシリウスの方でしたか?」

 

 俺の思考は、周妃の疑問で中断される。それは、『十三使徒』の動向調査における優先順位の確認だろう。

 

「そうだな。今回もそうだったが、以降もシリウスの動向が最優先だ。それと、しばらくはその次点にベゾブラゾフを置いて良いだろう。その他はマクロードも含めてそれ以下だ」

 

「理由をお聞きしても?」

 

「今回の理由は、エンタープライズにある。あれは、魔法師を道具にした艦船だったはずだ。それが、シリウスの不信感を煽る。彼女がこっちに寝返る一因になるだろう」

 

 現在明確な敵であるベゾブラゾフより、一応は同盟であるシリウスを優先する理由。いくつか推測はできていても、確定させておきたいのか、周妃は追及してくる。仕事をするなら納得感は重要だろうと、俺はその辺りの原作知識を明かす事にした。

 

「シリウスが、寝返るのですか?」

 

「残念ながら、俺もそこまでは知らない。俺が知っているのは、今回の事でシリウスがUSNAに不信感を抱き、そして達也に情を抱いているという事だけだ。今回以降を知る事は、俺には出来なかった」

 

「なるほど。どちらに転ぶか不透明だからこそ、その動向を注視したいのですね?畏まりました。動向の調査はシリウスを最優先に、その次にベゾブラゾフを優先します」

 

 周妃は俺の説明で納得したのだろう。晴れた顔を向けるこいつに、俺は肯定を表す頷きを返しておく。

 

「それで。これから母上や兄上と話し合うご予定ですか?」

 

 俺が速足で帰ってきたのは、ベゾブラゾフが参加を表明した『ディオーネー計画』についての対策を真夜や達也と話し合う。そう、周妃は勘違いしていた。

 残念ながら、俺から真夜たちに連絡を入れるつもりはない。速足で帰ってきたのは、真夜たちから連絡が来ても、その前に用事を済ませられるように、である。

 

「五輪澪と交渉する。達也を説得する役に出てきてほしいと」

 

 俺が済ませておきたい用事は、それである。

 原作においてはこのタイミングで日本魔法協会が十師族に緊急招集を掛け、達也引き渡しの是非について話し合う事を、俺は覚えていたのだ。

 そして、その話し合いでは真夜に取り付く島は当然なく、他の十師族が達也の説得に当たる事が決まる。

 そうして説得役を背負わされたのが十文字家の克人なのだが、俺は、達也孤立の演出を真に迫らせるべく、緊迫感を盛る事にしたのだ。

 それが、説得役に五輪澪も出てくる、という演出である。

 

 周妃は納得したようで、一礼してからキッチンに引っ込み、俺の邪魔をしないようにする。

 俺は周妃の理解力を有難がりながら、早速澪のナンバーをコールした。

 

〈十六夜様、一日千秋の思いでお待ちしておりました〉

 

 コールしてから澪が応答した時間はワンコール。真夜に並ぶ速さである。

 

「突然申し訳ありません、澪さん。お願いしたい事がありまして」

 

〈ヴィジホンでやり取りしませんか?顔が見えた方がよろしいでしょう〉

 

 澪は、いきなり話題をずらしてきた。

 

「いえ、そのようなお手間は取らせません。本当にただ、お願いをしたいだけなので」

 

〈十六夜様のマナーを疑うようで申し訳ありませんが。お願いをする時は、顔を見て行った方が良いと存じます〉

 

 俺は手間を惜しんだのだが、澪はマナーを教示してきた。ただ、その声音は怒っているようではない。

 

「……申し訳ありません。急ぎの電話だったために顔を合わせて話す準備をしていませんでしたので」

 

〈すみません、十六夜様。ちょっと急用が〉

 

「ヴィジホンの準備すりゃ良いんだろ!?ちょっと待ってろ!」

 

〈うふふ。十六夜様、その素顔の方が私は好ましいですよ?〉

 

「煩い!こっちにも事情ってものがあるんだよ!」

 

 かたくなにヴィジホンでのやり取りを求めてきた澪に根負けし、俺は急いでヴィジホン設備があるリビングへ向かった。聞こえてくる澪の微笑が憎たらしい。

 

「お望み通り、準備できたぞ。そっちは?」

 

〈いつでも準備万端ですわ〉

 

 準備が出来ていると澪はのたまったので、俺は仕返しを兼ねて合図も告げずにヴィジホンを繋ぐ。

 そして、超人の反射神経で即座に切る。

 

「ベビードールでヴィジホンに出る奴が何処に居るんだよ!」

 

 なんとこの女、破廉恥な装いで待機していやがったのだ。

 

〈……今何フレーム映りました?〉

 

「知るかっ、格ゲーじゃねぇんだぞ!それより、そんな異常行動に出た訳を言え!」

 

〈貴方様の心を射止めようと〉

 

「……」

 

 トーンが非常に真剣なそれだったので、俺は微塵も笑えなかった。

 いや、『四葉十六夜』という存在の価値が高い事は分かっていたが、こうも悪い意味であざとく狙ってこられるとは、さすがに予想外である。

 ただ、五輪家からすれば『四葉十六夜』に『(ティエン)』という価値も付加されているのだから、理解できなくはない。それでこんな奇行に出てくるなど、予想できるはずもないが。

 

「……。澪さんには、達也が『ディオーネー計画』に参加するよう説得する役を、克人さんと共に引き受けてほしいんです」

 

 予想外だったし付き合いきれなかったので、俺は何もなかった事にした。

 

〈……これ以上攻めると、またガンスルーを決め込まれるわね。……、達也さんを説得する役を引き受けてほしい、との事ですが。少し、詳しくお聞きしても?〉

 

 澪は退き際を弁えているようだ。彼女は俺に合わせ、何もなかったかのように会話する。

 

「まず言ってしまうと、達也は今話題のトーラス・シルバー、その片割れです」

 

〈あら。達也さんは戦略級魔法師というだけでなく、優秀な技術者でもあったのね。シルバーモデル、私も愛用させてもらっていますわ?〉

 

 普通だったら衝撃の事実を告げた訳だが、澪は意外感を抱けど、驚愕はしていないようだった。あらかじめ知っていたのか、俺は彼女に疑いを持つ。

 

〈……そう疑わないでください。虚弱体質だった頃の癖、と言えば良いのでしょうか。あまり他人にも世間にも強い関心を持てないのです。激情に身を任せるだけで、以前の私は倒れかねなかったのですから〉

 

 何の事はなかった。つまり、虚弱な体の調子を壊さぬよう、自然と激情を抱けない状態に、澪はなってしまったのだ。その状態が長く続いたため、虚弱が改善された今もまだ、何処か感情が揺れづらいという訳だ。

 

〈もちろん、治療が成功した時は感動を覚えましたし、貴方様への感情は淡く燃え滾って―――〉

 

「どうやら達也が通う第一高校にその事が漏らされてしまったようなので。なら、魔法協会の方にも漏らされているだろうと」

 

 妄言を垂れている澪には前述のとおり付き合いきれないので、俺はさっさと話を進める。

 

〈……。としますと、十師族へ招集が掛かるかもしれませんね。そして、達也さんを『ディオーネー計画』へどう参加させようか、話し合われる。十六夜様の家はその議題を聞かされてすぐに離脱するでしょうね。そんな当人どころかお母上も不在の中、どの家が達也さんを説得するか、と〉

 

 澪は一瞬の沈黙を挿みつつも、話をすぐに理解していた。

 さすが、『アビス』会得者と言ったところか。半径数㎞の水流を演算できる頭は、しっかり理論思考にも使えるようだ。

 

〈説得役には、達也さんと知己である十文字家現当主へお鉢が回されそうですが。そこに私自身も同行させるのは、どのような思惑があるのでしょうか?〉

 

「『ディオーネー計画』の発表者だけでなく、達也を孤立させたい者たちが居ます。その者たちを誘き寄せたい」

 

〈ピンチを演出したい、という事ですね?十六夜様は、随分とお人が悪いようで〉

 

「人が悪くなければ、貴女とこんな密談はしてませんよ」

 

〈ええ、ええ。そうでしょう。貴方が悪い人でなければ、今の私は居ない。……うふ。DV彼氏に掴まるのって、こういう感じなのかしら〉

 

「例えが酷いな、おい」

 

 非常に歓喜している声音を響かせながら、俺をDV彼氏扱いしてくる澪。思わず、俺は素でツッコミを入れてしまった。

 そこはストックホルム症候群とかでも良いだろう。どうして、よりにもよってDV彼氏なのだ。

 

〈とにかく。お願いは承りました。五輪家も説得役に回る口実はこちらで考えますので、御心配なさらず〉

 

「……ええ、頼みました」

 

〈ところで。最後くらいはちゃんと顔を合わせませんか?〉

 

「お忙しいところすみませんでした。それではまた」

 

 澪が了承したところで、俺は以降の彼女の言葉を無視し、一方的に電話を切った。次映像を繋ごうものなら全裸である事すら予想できたからだ。

 企ては順調に進んでいるはずなのに、何故か未来が不安で仕方ない俺だった。




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 次回の更新は、4月28日の予定です。
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