魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百三十三話 許せない

2097年5月27日

 

 一昨日に達也に『魔法恒星炉エネルギープラント計画』を公表させたし、昨日にその発表を受けての十師族全体がどういう結論に至ったかを聞けたし、達也孤立は演出であると知った深雪が俺と達也を数時間説教したしで、当面の悩みは解決された。

 

(と、思ってたんだがなぁ……)

 

 悩みの種は、深雪に説教されている最中に湧いていたのだ。

 それは、エドワード・クラークの訪日告知である。

 使おうと思っていただろう達也に対する実名指名の脅しが使えなくなり、おまけに対抗馬となる『魔法恒星炉エネルギープラント計画』を公表されたりで、刻一刻と達也を『ディオーネー計画』へ参加させづらくなっている。その事に、エドワードは焦りを抱いたのだろう。その末に、直接説得に来るという訳だ。USNAと日本魔法協会経由で達也へのアポイントを取っているのが、その何よりの証拠だ。

 ちなみに、達也がどうしてエドワードと会う事を決めたのかと言えば、明日に魔法協会で彼と会ってほしいと電話をしてきた魔法協会の交渉役が、すごくオドオドしていたからである。

 俺はその通話の様子を画面に映らないように離れて見ていたのだが、普通だったらミスキャストも甚だしい人選だと感じざるを得なかった。

 ただ、達也は魔法協会からの交渉も、エドワードの干渉も鬱陶しく思っていたのだろう。ここで決着を付け、この面倒事から解放されようと、あえてその話に乗ったのかもしれない。そういう意味では、達也に鬱陶しく思わせる事に成功したその人選は、見事と言えるモノだったのかもしれない。

 

(ま、それで決着が付くとは、思えないけどな……)

 

 未練がましく直接説得なんて手に出ているのだ。エドワードは今後もちょっかいを掛けてくるだろうし、そうして日本魔法協会もその思惑に巻き込まれていく事だろう。魔法協会の方はただただ哀れな話だが。

 それに、鬱陶しい事は他にもある。

 レイモンドの干渉だ。

 なんとあの男、俺と達也に、ヴィジホンで良いから話がしたいと、電子メールを送ってきたのである。俺はそのメールを鬱陶しく思いながら眺めている最中だ。

 

(都合が良ければ午後7時に添付されてるアドレスへ、か。日本に来てるから時差に気を使わなくて良いって話だが。微塵もそんな事、気にしてないっての)

 

 何を思ったのか、レイモンドは父親であるエドワードと共に訪日するとの事。フリズスキャルヴしか取り柄のない男が、直接日本に来て何をしようと言うのか。留学の縁で雫に接触して来るのではないかと懸念して、一応、雫にはその旨を伝えてある。まぁ、あの男が雫と接触して何かできるとも思えないが、雫には不快感を抱くかもしれないと心の準備をさせておきたかったのである。

 

 何にせよ、今日は普通に登校日たる月曜日だ。面倒くさいイベントは、一旦忘れる事にする。

 

(と言っても、俺は相変わらず保健室登校なんだけどな……)

 

 周りの熱視線はいつ冷めるのかと、迸る活性プシオンで体調を崩す事確定な俺は、鬱屈した気分で登校の支度を済ませるのだった。

 

 

 

 達也はエドワードと会談を日本魔法協会関東支部で行う予定なので、そのついでとばかりに第一高に登校していた。協会関東支部がある神奈川県横浜市と、第一高がある東京都八王子市がついでと言う距離なのかは、俺としてはちょっと怪しい気がするが。

 達也としては、『ディオーネー計画』参加を蹴ったから、その対価として得ていた授業免除もなくなると思って、その事について百山校長と話をしに来た、というのもあるのだろう。達也の事だから、深雪の傍にできる限り居たい、というのが主因だと思うが。

 

「で、授業免除はそのままだと」

 

「ああ。校長曰く、『ディオーネー計画』は意義深いモノだから参加を勧めていたが、『魔法恒星炉エネルギープラント計画』も同等に意義深いモノと評価したから、だそうだ」

 

「……政治家にはなれないな、あの校長」

 

 保健室で達也からの経過報告を受けた俺。『ディオーネー計画』の裏を読めていない、あるいは軽く見ていた点で、腹の探り合いが常たる政界には向いていないと思った。まぁ、達也の思いを汲んでくれた点で言えば、その人情深さは学校の長に相応しいかもしれないが。

 とかく。交渉事には向いていないから、校長は務まっても、文部科学大臣とかは絶対務まらない。というのが、百山校長に対する俺の評価だ。

 そんな俺が下した評価を気にせず、達也は報告を続ける。

 

「生徒会室に立ち寄った時に雫と会って、雫の父君が俺と会いたがっている旨を伝えてきた。『魔法恒星炉エネルギープラント計画』を支援したい、という話らしいが。詳しくは、今度の土曜に会って、だな」

 

「潮さんの事だから、身内贔屓と言うか、とりあえず情でそう言ってる部分もあるだろうが。計算高さをちゃんと持ち合わせた人だ。ビジネスとしても有益だと判断してくれてる部分はあるだろう」

 

 報告は雫関連、というか雫の父に関する話。

 雫の父、北山潮は娘の友達だからというだけで、自身の経済力まで浅慮に振るう人ではないはずだ。割と娘婿(予定)である俺の事に関しては、結構浅慮に振るおうとしていたような気もするが。経済的支援となれば、ちゃんと損益計算はしているはずだ。転べば妻子の無事も保証できないのだから。

 

「報告、ありがとう。エドワードとの会談、頑張ってな」

 

「……まだ昼にもなってないだろ。……昼食はここの食堂で取るつもりだ」

 

 俺は声援と共に送り出そうとしたのだが、達也は凄く渋い顔をしていた。

 

「……この注目が集まってる状態で、衆人環視の中昼食が取れるのは、神経が太いと言うべきか?それとも、嫌な相手との邂逅を1秒でも永く逃避している様子を繊細と評すべきか?」

 

「……誰でも、こっちを敵視している相手との顔合わせは遠ざけたいし、大切な家族とは永く傍に居たいものだろう」

 

「つまり、どっちもか」

 

「……」

 

 俺と達也はお互い苦笑して、この和やかな時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 時は過ぎて、午後7時少し前。

 俺と達也はヴィジホンの画面を挿んで集まっていた。レイモンドと通話するため、というのもあるが、エドワードとの会談、その顛末を共有するためにもそうしている。

 と言っても、その情報共有に実りはない。要約すれば、押し問答した、の一言で終わるのだから然もありなん。押し問答で数時間も費やされ、おまけに深雪の下校時間に間に合わなかった事で、達也は少なくない不満を抱いていた。重要な会談の後に第一高へ戻ってくるつもりだったのかと、俺は困惑を禁じえなかったが。

 

 そんなこんなで予定の時間10分前。レイモンドが送ってきたメールに載せられたアドレスに、俺はアクセスする。

 

〈……やぁ。タツヤ、イザヨイ。良くもやってくれたね〉

 

 レイモンドの不機嫌そうな第一声。『こっちのセリフだ』という言葉を呑み込んだ俺と達也は、彼とは比べるべくもない程に大人だっただろう。

 

〈まさか、自分から『トーラス・シルバー』の正体を明かすとは予想できなかった。考えてもみなかった、と言うヤツだね。おそらく、そうするように指示したのはイザヨイの方だろう?『実弟の許可が出てなければやってない』って言ってたし。こっちの予想を飛び越えてくるのは、いつだってイザヨイの方だった〉

 

〈正しくは、実弟の許可が出たのかと問われ、『許可を出されなければやっていない』と答えたんだ〉

 

 いっそ痛快だと言うように笑みを零すレイモンドへ、達也は無駄に正確に言葉を訂正した。たぶん、達也はちょっと苛立っているのだろう。誰のせいでこうなったのかと。ま、主犯格はレイモンドではなくて、彼の父であるエドワードの方なのだが。

 そんな達也の苛立ちなど気にもせず、レイモンドは言葉を続ける。

 

〈あんなに拒絶されるとはね……。なんだっけ?魔法恒星炉計画、だっけ?これ、何かもっと呼びやすい名前はないかい?〉

 

〈『魔法恒星炉エネルギープラント計画』だ。Extract both useful and harmful Substances from the Coastal Area of the Pacific using Electricity generated by Stellar-generator、『恒星炉による太平洋沿岸地域の海中資源抽出及び海中有害物質除去』を意味し、略してESCAPES。『ESCAPES(エスケイプス)計画』というのが、俺が非公式に考えている本計画の略称だ〉

 

 レイモンドの疑問に、達也はすぐさま丁寧な回答を寄越していた。この通話を少しでも早く終わらせたい。そんな思いがありありと窺える。

 

〈『ESCAPES(エスケイプス)』、ね。何から逃走(エスケイプ)したいのかはさておいて。当て馬まで用意して拒絶する事はないじゃないか〉

 

〈『ESCAPES計画』はかねてより構想していたモノだ、当て馬なんかじゃない。お前たちがでっち上げた金星テラフォーミング計画と違ってな〉

 

 売り言葉に買い言葉。レイモンドと達也は口撃の応酬を繰り広げる。

 

〈『でっち上げ』とは酷いな。確かに『ディオーネー計画』は100年単位で時間が掛かる計画だけど、2013年に発表された火星移住計画だって、100年単位のプロジェクトとして真面目に進められているだろう?〉

 

〈机上の上で話し合われているだけの状態を、計画が進められていると言えるのか?2025年までには火星に永住の地を作ると言っていたが、火星への移動手段を確立する事すら、2097年現在、実現できていないだろう。そも、俺はあの計画も、お前たちの計画も、実行者の能力には懐疑的だ。前者は1民間組織で、後者は1国家。その程度の組織で、数世代に渡って資源と労力を掛けなければいけない惑星テラフォーミングという大事業を成し得るとは、とてもではないが思えない。その大事業を成し得る組織があるとすれば、それは地球統一政府だ。未だ実現の目途が立っていない、な〉

 

〈この『ディオーネー計画』という壮大なプロジェクトを以って、世界統一政府の設立は促進される。そうは思わないかい?〉

 

〈思わないな。ごく少数なら壮大なロマンの元に集うかもしれないが、その他大勢が集まる事は決してない。何せ、ロマンに生きられるのは今が充足している人間だけだからだ。多くの人間は、充足を得られていない。今生きるのがやっとという者が大半で、明日という未知に怯える者がほとんどだからだ〉

 

〈……その、そういう人たちに充足を与えるのが、『ディオーネー計画』じゃないか。金星という新たな土地を開拓できた人類は、そこで更なる資源を生み、皆がそれを分け合うんだから〉

 

〈その、お前が言う『皆』に、魔法師は含まれているのか?金星開拓に縛り付けられた、強制労働者たちは〉

 

〈含まれてるに決まっているだろ!?何なんだ君は!『アースノイド』と『ヴィーナスノイド』が相争うなんて、SFにありそうな被害妄想をしているのか!?〉

 

〈俺は歴史に学んでいるだけだ。アメリカ人であるお前なら、なおさら知っているはずだろう。アメリカが何故イギリスから独立したのか。いや、プロパガンダで、真実を捻じ曲げられた教育をされている、という事はあるか〉

 

〈馬鹿にするな!ちゃんと真実を知っているからこそ、過ちは繰り返されないと信じてるんだ!歴史に学ぶのはお前だけの特権でもなんでもない!〉

 

〈過ちを繰り返さないと言うならば、魔法師差別なんて起こっていないはずだ。それこそが、皆が歴史から学べる賢者でない事の、何よりの証拠だろう〉

 

「ストップだ」

 

 俺はヒートアップしている口論を制止に掛かった。最早何も論じられておらず、無益な喧嘩になり下がっているこの状況では、時間だけが無駄に消費されてしまう。

 達也もそれが分かっているのだろう。熱を放出するように息を漏らし、目を伏せて腰を深く落ち着けた。

 対し、レイモンドは身を乗り出したままで、達也を睨みつけている。

 まぁ、どちらとも黙りはしたので、良しとしよう。

 

「話をシンプルにしよう。四葉家は達也という貴重な人材を手放すつもりはない。その能力は替えが利かないからだ。自国防衛のためにも、国家繫栄のためにも、我が家の盛栄のためにも、達也は必要だ。そして、達也は深雪の傍を離れない。深雪の幸せを何よりも優先する。だから、深雪が幸せで在れる日本を離れず、深雪が幸せになれる世を作ろうとしている。それは、『ディオーネー計画』では叶わない」

 

 四葉家は何故達也を固持するのか。達也は何故今の立場を固持するのか。その事を、俺は端的で単純に文章化した。

 どんな大義名分を掲げられても、上記の条件が達成されない限り、四葉家は達也を手放す事はなく、達也は『ディオーネー計画』に参加する事はない。

 

「今度はそっちの番だ、レイモンド・クラーク。お前は何故、達也を『ディオーネー計画』に是が非でも参加させようとしている?」

 

 俺はレイモンドを視線で射貫く。

 俺は、レイモンドがどうしてこんな事をしているのかを、問い詰めている。

 

〈金星というフロンティアを手に入れるためだ〉

 

「……訊き方が悪かったな。俺が聞きたいのは、お前の根幹だ」

 

〈根幹……?〉

 

 質問の意味が分かっていないようで、レイモンドは眉根を寄せながら首を傾げていた。

 

「己の行動の指針。俺で言うところの、何故四葉家のために動き続けているか、だ。……、俺は、四葉に、母に報いたいと思って、そうしている」

 

 俺は、相手がより質問の内容を理解できるように、俺の立場での回答を語っていく。

 

「お前も知っているだろうが、俺には魔法が使えない時期があった。魔法が使えない。それは、十師族の子息として致命的と言える」

 

〈……当人が魔法師として価値がないのは言わずもがな。魔法師としての遺伝子が継承されていないとすれば、子孫にすら期待できない。魔法師の家として血を継いでいくのに、利用価値がないって事だろう?〉

 

「付け足すとしたら、維持コストも掛かる。本人に自衛能力が低いとなれば、それだけ護衛を付けないといけないからな。悪名高きあの『四葉』となれば、狙われるリスクも高く、比例して維持コストも上がる。まとめると、利用価値がないくせに、維持コストだけは馬鹿みたいに掛かる、という事だ」

 

 レイモンドに、魔法師家の非魔法師について、講義する。頭は悪くないようで、この講義には頭が付いてきているようだ。

 それから俺は、こんな講義を開いた意味を、続けて語る。

 

「そんな、維持コストだけ掛かり、利用価値も将来性もない俺を、母は、愛してくれた」

 

 俺は騙る。

 

「だから、俺はその愛に報いたい。報いるべく、動いている」

 

 俺の行動原理が、母への恩返しであるように騙る。

 

「さぁ。お前の番だ、レイモンド・クラーク。お前は何故、こんな事をしている」

 

〈……っ〉

 

 対価を先払いした俺は、品物の徴収に掛かる。

 しかし、レイモンドは不快感で顔を歪め、歯噛みして固まった。その舌は動かない。

 

「何だよ、言えないのか?ただの嫉妬心で他人の足を引っ張ってるって。火遊びでスリルを味わって、そうして自分の才能のなさから目を背けてるんだって」

 

〈……何が悪い〉

 

 俺に貶されたレイモンドは、堰を切った。

 

〈ああそうだよ、嫉妬したさ!素晴らしい力を持つ魔法師たちに、英雄・英傑の姿に、君たちに!きっと、君たちみたいなのが偉人となる……。君たちこそが歴史に名を刻む!反して、僕はどうだ……。魔法師として中途半端だ、劣等生でもなければ優等生でもない……。技術者としても、だ……。天才にはなれないし、父さん(ダッド)にも適わない……。こんな僕じゃ、歴史に名を刻むなんてできない!僕が歴史に名を刻むには、親から貰った道具で賢者(セイジ)を気取るしかない!でも、それでも良いと思った。アーサー王伝説におけるマーリンとなるのも、きっと、悪くはない……〉

 

 怒り、悲しみ、憧れ、憎しみ、達観、諦観。レイモンドはそれらを口から零した。子供らしくないそれらの感情を、彼は抱えている。

 ただ、俺はそんな彼に、同情も憐憫も抱けない。ただ、拳に力が籠る。

 

「レイモンド。お前、今年で何歳だ」

 

〈君らと同じ18歳だよ!何だ、歴史に名を刻みたいって願望が子供―――〉

 

「20も生きてないガキがっ、努力し尽くした気になってんじゃねぇ!!」

 

 レイモンドの怒りは、俺の怒声によってかき消された。

 

 俺は、全くと言って良い程、この男が気に入らない。

 

「才能がない。頑張っても周りより劣っている。親にすら適わない。努力が報われない。……ああ、その気持ちだけは理解してやれる」

 

 分かるのだ、努力が報われない辛さは。

 俺も、死ぬ直前までは努力し続け、そして報われなかったのだから。

 でも、分からない。

 

「それで、悟ったフリしてやる事が、親から貰った玩具で火遊び!?馬鹿じゃねぇのか!?」

 

 努力が報われなかった後、親に甘えるなんて、俺には分からない。

 

「良いか、レイモンド。お前が貰った玩具は、誰かを救う事もできるチートツールだ、親を助ける事もできる最高の道具だ。それでお前は何をした」

 

〈ぼ、僕は……〉

 

「誰かを救ったり親を助けたりしたかって訊いてんだ!このクソガキ!」

 

 あまつさえ、親の顔に泥を塗りかねない事をするなんて、俺には到底理解できない。

 

〈な、何だよっ、僕が悪いってのか!?良いじゃないか!親に甘えて、貰った玩具で遊んだって!子供なら皆そうだろう!?〉

 

「さっきから言ってんだろ!お前は『クソガキ』だっ、子供じゃねぇ!ハッキングツール使って世を引っ掻き回す犯罪者がっ、善良な一般人と同列に並ぼうとしてんじゃねぇ!」

 

 自分の罪を認めないレイモンドが、俺には心底理解できない。

 

「他人の足引っ張る事しかできない社会のゴミが!優しい親に縋って生きるだけの穀潰しが!」

 

 俺には理解できない。

 

「他人様や親に迷惑かける事しか出来ないんだったらっ、そんな奴は世のため・人のため・親のために、さっさと首を吊って死んじまえ!!!」

 

 そんな生き恥を晒して生きていられるなんて、俺には、理解できない。

 

〈…………〉

 

「不愉快だ。二度とその(つら)を見せんじゃねぇ」

 

 唖然・愕然とするレイモンドに俺はそう言い捨て、彼をこの通話からキックした。

 

「はぁ~……」

 

 怒鳴り散らしていたせいだろう。怒りが収まった後に、疲労感がやってくる。

 その疲れを少しでも解すように、俺は肘を突き、その手で目を覆った。

 不意に、目を覆った手が、濡れたような感触を覚える。

 見れば、手が涙で濡れていたのだ。

 俺は、知らず知らずの内に、泣いていたのだ。

 

「……ああ、そういう事か」

 

 俺は、何故レイモンドという男が全くと言って良い程気に入らないのか、その本当の理由を今になって自覚した。

 

〈……十六夜〉

 

「……俺、あいつにもしもの自分を重ねて見てたみたいだ」

 

 達也からの気遣う声が聞こえて、俺はその本当の理由を口にする。

 

「……俺も、親に甘えたかったんだ」

 

 劣等感と無力感に苛まれていた前世の俺は、親に縋って生きるという選択肢が、頭に過っていたのだ。

 もちろん、ニートになるとか、一生フリーターで生きていくとか、そうやって親の脛を齧る、なんて話ではない。

 親と同居しながら、それなりの仕事に就いて、それなりに生きて行く。そんな選択もアリかもしれないと、頭に過ったのだ。

 俺はその選択肢が、今のあのレイモンドと何が変わらないのか、よく分からない。

 犯罪紛いをするよりは、親の顔に泥を塗っていない。

 でも、親離れもできない事が、自立できない事が、親の顔に泥を塗る事とどう違うのか、分からなかった。俺にとってそれらは同列で、俺にとってそんな生き方は生き恥を晒すようなモノで、とてもではないが耐えられないのだ。

 例え、その生き方が世間的に何らおかしくない、後ろ指差されるような恥ずかしい事ではないモノだとしても。そんな生き方をする俺なんて、俺は許せない。殺したい程、死にたくなる程許せない。

 

「ただ、これ以上親に甘えたくないという思いの方が強かった……。だって、もう充分すぎる程に甘えさせてもらっているのに、それ以上を強請(ねだ)るなんて。そんな、恥知らずで、傲岸不遜で……、親不孝な真似は、したくなかった。そんな事をする自分なんて、俺は絶対に許せない」

 

〈……だから、お前はレイモンドが許せないと〉

 

 達也は俺の言葉を繋ぎ合わせ、答え合わせをした。

 そうだ。俺は、親に甘える親不孝なレイモンドが、俺がなりたくない俺に重なって見えたあいつが、どうしても許せないのだ。

 

「はは……、馬鹿は俺だよな……。これじゃあ、ただの八つ当たりだ……」

 

 思わず笑ってしまった。こんな酷い敵意の抱き方があるかと、自嘲を禁じ得ない。

 

「……ま、何にせよ、だな。もう啖呵は切ってしまったし、ここから仲間に引き込むのは無理だろう。正直、理性的に考えても、あいつを仲間にして利益があるとは思えないし」

 

〈……俺も元より、レイモンドの事は敵と見ている。敵として消す事に異存はない〉

 

「じゃ、そういう事で」

 

 レイモンドに対する処遇は俺と達也間で決まったので、俺は早々にこの通話を終えようとした。

 だが、その前に、達也が口を挿む。

 

〈十六夜〉

 

「……どうした?達也」

 

〈あまり自分を責めるな〉

 

 真に俺を案じるように、達也は慰めの言葉を告げた。

 俺はつい、鼻で笑ってしまう。

 

「……大丈夫。大丈夫だよ、達也。このところ色々あったから、疲れて気分が落ちてただけさ」

 

〈……それなら良いんだ。……、それじゃあ、な〉

 

 俺の強がりが見るに堪えなかったのか。達也は居たたまれないように、自分から通話を切った。

 静寂が訪れる。

 静寂が、俺に自問させる。

 

「『あまり自分を責めるな』、か」

 

 俺は濡れた手で目元を覆いながら、天井を仰いだ。

 

「じゃあ俺は、自身の無能を、誰のせいにすれば良かったんだよ……」

 

 これ以上、涙が零れないように。




『魔法恒星炉エネルギープラント計画』を支援したい北山潮:もとより意義も利益もあるとして、その計画を支援するつもりだった。原作同様に東道青波の口添えがあり、支援に動き出すのが早まったのである。

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 次回の更新は、6月9日の予定です。
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