魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百三十六話 感染予防

2097年6月3日

 

 『トゥマーン・ボンバ』に達也が曝されたのは、もう昨日の事。昨日が日曜日だったので、今日は当然月曜日であり、第一高は普通に登校日だが。

 俺と達也は家庭の事情という事で欠席していた。達也は授業免除されてるので何の問題もないが。

 とかく。俺と達也が何故揃って学校を欠席したかと言えば、学校を病欠している水波と、色々話すためである。

 

 そうして俺と達也は、夕歌を伴って調布碧葉(ちょうふあおば)医院へ、水波が入院している個室へと訪れている。

 ちなみに、言うまでもないだろうが案の定、この病院も四葉の息が掛かっている。まぁ、さすがに四葉家専用という訳ではないが。水波の個室は人の出入りが密かに厳重チェックされている、四葉関係者御用達の区画だ。

 

「今のところは大丈夫そうね。魔法演算領域は回復しているわ。さすがは達也君ってところかしら?」

 

 魔法による検査を終えた夕歌は、水波の容体と達也への賛辞を口にした。微笑んでいる様子から、裏のない賛辞である事が窺える。強いて裏があるとすれば、達也の『再成』に対する畏れ、くらいか。魔法演算領域の治療をこうも容易く達成されてしまうと、治療法を研究している夕歌としては商売あがったり、なのかもしれない。

 

「単純なオーバーヒート、という事でよろしいのでしょうか?」

 

 そんな夕歌の賛辞も畏れも意に介さず、達也はただ問う。

 

「回復する前の容体は診れてないから、予測になってしまうし、何を以って『単純な』とするかは定めかねるけど。少なくとも、四葉深夜(みや)様のような、徐々に引き起こされたオーバーヒートではないですし、噂に聞く十文字家の『オーバークロック』による副作用とも違うでしょう。彼女のは、一気に引き起こされたオーバーヒート。症例でいえば、一条剛毅さんが起こしたのと似ているでしょうね」

 

「徐々に引き起こされたオーバーヒートと、一気に引き起こされたオーバーヒート。どちらがより魔法演算領域にとって悪いのでしょうか」

 

「優劣が付けられると思う?どっちも最悪、魔法技能を失ったり、死んだりするのに?」

 

 達也の質問に、夕歌はあえて笑顔でオブラートに包まず答えた。達也にも、水波にも、魔法演算領域のオーバーヒートがどれだけ危険か、しっかりと把握してもらいたいのだろう。

 何せ、それを起こした当人は最悪、死に至るのだから。

 

 その事実を把握した水波と達也。彼女は愕然とし、彼は顔を強張らせる。

 

「……水波、俺の意志を伝える」

 

 指示ではなく、意志。達也は命令ではなく、お願いを聞いてほしいからこそ、水波が耳を傾けるための一拍を置いた。

 そうして口を開く。

 

「俺は、お前に戦ってほしくない」

 

 そう口にした達也の顔は、平静のそれに見える。

 だが、俺には、きっと水波も、分かるはずだ。達也のその顔には、悲しみや憂いが帯びていると。

 

「お前がまたオーバーヒートを起こした時、俺が傍に居る保証はない。毎度完全に『再成』できるという確証もない。次、お前がオーバーヒートを起こせば、お前は死ぬかもしれない。お前は、そんな死に方をすべきじゃない。いや、俺はお前にそんな死に方をしてほしくない」

 

 達也は意志を、語って聞かせる。それは、彼がどれだけ水波を想っているのかを、如実に表している。

 キョウダイ愛から端を発する激情以外、意識的に抑制できてしまう達也の事だ。深雪と天秤にかけたら絶対に深雪を選ぶ。

 だが、そうして水波を失った時、彼の頭の片隅には、ずっと水波を見殺しにした後悔が残るのだろう。抑制しても、忘れようとしても、何度も湧き上がるのだろう。

 今生きている桜井水波に、かつて死んでしまった桜井穂波の面影を見ているのだから。

 

「家政婦に従事してくれ。守護者(ガーディアン)は、辞めて良い」

 

「達也様……、私は……」

 

 達也のまっすぐな視線に、水波は耐えられなかった。彼女は視線を逸らし、彷徨わせ、それから、俺へと行き付く。

 その目は、助けてほしいと言うような、あるいはその身を委ねると言うような、選択権を投げ捨てる者のそれだった。

 確かに、俺は優先順位が低いながら、彼女への命令権を持っている。だからこそ、達也もこっちを見る。間違っても命令するなと、訴えるような目で、こっちを見ている。

 

「……俺は、君に『命を懸けてもらう』と命令した。君からしたら、死ねと言われているようなものだったろう」

 

「そんなっ、十六夜様!私はそんな事はっ―――」

 

「落ち着いて聞いてくれ、水波さん。俺はあえて、感情論を捨てた話をする」

 

 俺が一見そんな不穏なワードを吐けば、水波は押し黙る。達也も夕歌も、努めて清聴する。

 

「敵が戦略級魔法を使ってくるあの場面において、切れるカードは君しかなかった。『四葉』において達也と深雪の方が価値が高く、克人さんは間に合わない可能性があったからだ。だから、絶対に達也と深雪を守れるだろう君を切った。達也と深雪を守る上で絶対の盾である君を、替えがないカードを、俺はより替えのないカードを温存するために、仕方なく切ったんだ。君というカードが二度と使えなくなる事を、覚悟しながらね」

 

 俺はトランプゲームのような表現で、達也・深雪・水波の価値を示した。

 達也(キング)深雪(クイーン)を温存するために、水波(ジャック)を切ったのだと。

 実際の強さを考えると、達也はキングどころではないが。

 

「俺は、君の価値を見誤っていた」

 

 俺はそう語りながら、達也を見やる。釣られて、水波も達也を見る。

 達也はまだ、俺を睨んでいる。水波はその事に、今気づいた。この人は、実の弟に怒りを向ける程に、自身を大切に思っている事を。

 

「君は達也たちを守る盾ではなかった。君はもう、達也にとって掛け替えのないモノになっている」

 

「……そうだ、水波。俺は、お前の顔に、かつて亡くした人の面影を見る事はある。酷い言い方をすれば、俺にとってお前は、その人の代わりとも言える。だが、もう亡くしたくないモノ、掛け替えのないモノである事には変わりない」

 

 俺から言葉を引き継いだような達也は、水波の目を覗き込む。

 

「生きてくれ、水波。お前が死ねば、深雪は当然、俺も、悲しむ」

 

「達也、様……」

 

 憂いが滲む達也の言葉にに心打たれてか、水波の声はわずかに震えていた。

 

「そういう事だ、水波さん。君の命は、もう君だけのモノではない。命を懸けるにしても、懸け時を間違えないでくれ。変なところで死なれると、最悪俺が達也に殴られる」

 

「十六夜様……。はい。喜んで、拝命させていただきます」

 

 俺からの命を受け取る水波。俺へ向けた視線も声も、今度はブレる事はなかった。

 彼女は、自身の(いのち)がいかに大切か、受け止める。自分は自分が思った以上に、大切に思われているのだと。

 

 そんなしんみりしているところに、その事実を倍プッシュする人物が現れる。

 

「桜井さん!」

 

 個室のドアを勢いよく開ける音と、水波の名前を呼ぶ声。間髪入れずに続けられたそれらの発生源を視認する。発生源は、九島光宣だ。

 

「み、光宣様……?」

 

「桜井さん、無事かい!?怪我は!?傷はない!?その他に具合が悪いところは!?目がかすんだり耳が聞こえづらかったりしない!?」

 

「うぇ、わ!?け、怪我はないです!触覚が鈍くなっている以外、悪いところもありましぇん!」

 

 水波本人の動揺も俺たちの存在も認識できていないのか、水波に迫って彼女の手を握る光宣。イケメンフェイスが眼前に広がっているし、イケメンに手を握られているともあって、水波の動揺は加速している。思わず素直に回答して、しかもセリフを噛んでいるくらいだ。

 彼女の顔は朱が差しているので、引いているとかではないのが、彼にとっては救いか。

 

「怪我はないけど触覚は鈍い……。ごめん、触れさせてもらって分かったけど。桜井さんの怪我は、いや、(はく)は治りきってない」

 

 光則の診断は、ここに居る皆の顔を引き締める。

 

「光宣、『魄』とは何だ?」

 

「現代魔法の理論で最も近い概念は『サイオン(たい)』です」

 

 達也の質問に対し、光宣は間接的な答えを返すが、達也はそれで理解を示したように、視線を下げて思考の海に潜る。

 『光宣、俺たちの事はしっかり認識してたんだ』という俺の思考は、一旦横に置いておく。

 

「『サイオン体』……。個々人のサイオン保有量を決める、いわゆるサイオンの容器。で、合ってるよな?」

 

「それで合っています、十六夜さん。古式の理論である『魄』を言い表すのであれば、貰えて50点ではありますが……。あ、いえ、別に十六夜さんを馬鹿にしている訳ではないですよ!?」

 

「……」

 

 言わんでも分かっている事を光宣に明言され、俺は閉口した。

 古式魔法はほぼ門外漢だから、満点が貰えるはずもない事は分かっているのだ。

 

「……サイオン体は傷付いても修復するはずだが、『魄』は違うのか」

 

「魄も回復はします。ただ、傷付き方次第では変質したり、修復不可能となったりすると、されています……」

 

 悪気がない事は察して不快感を抑え込んだ俺の質問。光宣の返答は、少し言い淀んでいた。答えに自信がない、といった様子ではない。光宣はおそらく、水波の魄が『修復不可能』ではない事を、願ったのだ。その状態にあるという自分の直感を否定しながら。

 

「水波さんの魄は、修復不可能なんだな?」

 

 だから、俺はあえて突き付けた。事実を受け入れなければ、その先にあるのは迷走、あるいは暴走だ。助からない者を助けようと足掻き、そうして狂う最悪の未来だ。

 ただ、俺は遅かったらしい。

 

「修復不可能なんかじゃない!」

 

 光宣はもう、暴走していた。

 

「彼女を救う方法を、僕が絶対見付けてみせる!待っていてください、桜井さん……!」

 

 光宣は妄執に駆られたかの如く、一方的に宣言をして駆け出していった。

 ここに残された誰もが、光宣が至るだろう最悪の未来を予想している。故に、達也と俺、夕歌は険しい表情をしている。

 違う表情をしているのは、水波さん1人。彼女も俺たちと同じ予想をした上で、その原因を生み出した罪悪感で、目を見開きながら顔を青くしている。

 

「十六夜、どうする」

 

「……どうにかしたいが。まずは、老師に連絡かな」

 

「彼を止める、という事で良いのかしら?」

 

「絶対に巻き込まれるじゃないですか。九島の下にあるかどうかは知りませんが、古式の禁忌でも持ち出されたら目も当てられませんよ」

 

 達也と夕歌に光宣の対処方針を尋ねられ、俺は事前に防ぐために動くと、方針を定めた。面倒事の匂いしかしないので然もありなん。

 同じ匂いを嗅ぎ付けている達也と夕歌は、その方針に賛同する事を頷きでもって示している。

 

「十六夜様……。九島様を、どうするつもりですか……」

 

 光宣の行く末を案じて、と言うか、処分される未来を懸念してしまったのだろう水波。彼女の顔は青さが増す一方である。

 

「安心してくれ、水波さん。間違っても殺処分なんてしないから」

 

「……はい。……どうか、お願いします。……九島様を、助けてください」

 

 悪いようにする気など、俺にはなかったのだが。水波には、強く祈られた。止めて、ではなく、『助けて』と。

 病床に伏せている自身を差し置いて、水波は光宣の救済を望んでいるのだ。

 両思いが過ぎると、俺は水波に悟られない程度に苦笑する。

 

「俺はどうすれば良い?」

 

「私の方も、何か手伝えるかしら?」

 

 達也と夕歌が俺に指示を仰いだ。夕歌は初期消火として、達也はそれに合わせて光宣の友として、だろうか。

 

「この件で任せられる仕事は、悪いが今は思いつきません。だから、2人は俺が任せる仕事を思いつくまで、今ある仕事に集中してください」

 

 2人は積極的に光宣の対処へ動こうとしているが、今は新ソ連と事を構えている最中だ。優先順位を、考えるまでもなく後者の方が高い。

 その事が分かっているのだろう2人。達也の方は分かってなお不機嫌そうに閉口し、夕歌の方は優先順位を間違えていたと恥じるように肩をすくめておどけた。

 

「とりあえず。俺もさっさと連絡してきます」

 

 俺は携帯端末を掲げて、病室から出る。

 そうして、病院の入り口を潜って、烈の番号をコールする。老師本人から最早押し付けられたようなその番号だったが、こうして役に立つとは思ってもみなかった。その使い道が緊急事態の報告となると、役に立ってほしくはなかったが。

 

〈やぁ、十六夜君。このタイミングで電話を寄越したという事は、光宣の想い人が伏せる病室に居たという事かな?〉

 

 陽気さが出ている声音で、烈が応答した。

 どうして皆、俺の電話はスリーコール以内に出るのだろう。という些細な疑問は頭の奥底に眠らせておく。

 

「突然のご連絡、申し訳ありません。老師」

 

〈いやいや。むしろ、君から電話が来るんじゃないかと期待していたんだよ。光宣の想い人は四葉の従者らしいからね。待ち構えていて正解だった〉

 

 愛する孫の暴走する一因を担っておいて、何をのんきな。という言葉を俺は必死に呑み込む。相手は未だ日本魔法師界の権威なので、礼節は弁えねばならない。

 

「老師。悲報と、忠告があります」

 

〈……倒れた従者は、そんなに重篤なのかね〉

 

 俺が真面目な声を聞かせれば、烈はすぐに思考を巡らせ、悲報を推測してみせた。当たらずとも遠からずなのは、さすが老師と言うべきか。

 

「我々四葉が行える検査では、触覚が鈍くなっている事以外健康です。鈍くなっている触覚も、数日安静にしていれば戻るだろう、との事でした」

 

〈……魄か〉

 

 俺がヒントを出せばこの通り。烈はもう正解に至った。

 

〈損傷の激しい、また、変質してしまった魄を治す術は、我が家にもない。あるのだったら和樹に、魔法技能を失った歴代十文字家当主に施術している〉

 

「歴代十文字家当主は退任が早い傾向にある事は知っていましたが……。十文字家は魄を損傷しやすいのですか?」

 

 魄の治療法が家にない事を証拠ごと示した烈。あれば十文字家に使う気だったのか、というのはさておき。俺は今世において十文字家の秘術『オーバークロック』を聞き及んでいないので、白々しくもそのように振る舞ったが。『オーバークロック』による魔法演算領域のオーバーヒートが魄の損傷まで起こしているのは本当に初耳だったので、自然とその事を訊き出そうとした。

 

〈十文字家が首都防衛の要である都合上、彼らは全力以上を求められる事がある。そのために、彼らは意図的に限界を超える秘術を持っているのだが。それは魄の変質を引き起こす程の無茶でね。健康被害はないが、最終的にサイオンを生み出せない体になってしまうのだよ〉

 

 十文字家の宿命を憂うように、烈は事実を語った。

 その事実に、俺は驚かざるを得ない。

 

(『オーバークロック』、リミッターを外すなんてレベルじゃなかったのか……。ともすればジェネレーターを燃やし尽くしてんのかよ……)

 

 魔法演算領域のオーバーヒートだから、あくまでCPUが壊れる程度の話かと思っていたが。事実はサイオン生成機能、動力源(ジェネレーター)まで壊しているという。健康被害がないのは奇跡なのではなかろうか。

 そんな無茶を十文字家がしている事に、俺は思わず顔をしかめた。

 

〈……件の従者は、魄をどの程度損傷させているのかね〉

 

 十文字家の憂いが再出したためか、烈はその憂いを水波にまで及ばせる。

 

「光宣さんに修復の可不可を問ったら、『修復不可能なんかじゃない』と叫ばれる程度です」

 

 俺は水波の容体を、光宣の様子も含めて表現した。

 

〈……十六夜君、悪い事は言わない。その子は、すぐに前線から外した方が良い〉

 

 烈には、正確に伝わったようだ。彼は水波の容体を正確に把握した上で、そう苦言を呈した。前線、つまり戦いから遠ざけろと。

 

「命の懸け時を間違えるなと、言い含めてあります」

 

〈どうあっても前線からは外せないという事かね?〉

 

「深雪の傍付きだった従者です。彼女も深雪たちも、傍に在る事を望んでいます。まぁ、達也の方から戦うなと言っているので、ボディーガードではなく家政婦にクラスチェンジですが」

 

〈……君としては、万が一の備えとして置いておきたいと〉

 

 俺の言葉、その節々から、俺がまだ水波を戦力として数えている事を、烈を読み取る。そうして吐かれた言葉には、苦言が混じっているかのようだ。

 

「達也は多忙です。常時深雪の傍に居る事は叶わない。深雪も十二分な実力ですが、やはり万が一、という事はあります」

 

〈……ふぅ。君の考えは分かったよ、十六夜君。そもそも、他家の事情に口を出せる身分では、もうないからね〉

 

 取捨選択・優先順位の観点を理解してか、烈は諦念の溜息を吐き出していた。それでも、日本魔法師界の次代を担う少年少女、その1人だろう水波を慮る気持ちは、腹に抱えたままだろう。

 

「悲報の続きです。光宣さんは、救う方法を見つけてみせると、躍起になっていました」

 

 俺は、烈の思いを横に置き、本題の方を切り出す。

 

〈……なるほど、光宣は本能的に察していたのか。彼女が自身の同類であると。……彼女に抱く恋慕も、共感から来たモノだったか〉

 

 超人の耳でやっと拾えるだろう小ささで、烈は呟いた。

 

「老師……?」

 

〈いや、何でもないよ〉

 

 その内容は、おそらく光宣と水波が共に調整体である事だろう。光宣が調整体であるという事実は原作知識であり、水波が調整体であると烈に明言していないので、俺は聞こえなかったフリでその場を流す。

 

〈光宣については、こちらの方から諭しておこう〉

 

「それもですが。もう1つお願いが。前述の、忠告に当たるモノです」

 

〈忠告に当たるお願い?〉

 

「彼を、絶対にパラサイトに近付けないでください」

 

〈……っ!〉

 

 俺の忠告に、烈は息を吞んだ。気付いたのだろう、光宣がパラサイトに手を出しかねない事を。

 

〈……私の口からは、我が家でパラサイトを確保していると、告げた事はない。……しかし、真言が良からぬ事を企てて、吹き込む可能性は無きにしもあらず、か。……全く、嫌になるな。我が子を疑わねばならぬとは。……あの子の劣等感を、もっと早く理解できていれば〉

 

 烈の方で最近、九島真言の劣等感をその目にした事があったのか。真言の劣等感に気付くのが遅かった事と、劣等感を抱かせてしまった自身の不徳に、烈は心を痛めていた。

 

〈……とかく。話は分かった、十六夜君。我が家に保管されたパラサイトに近付けないのはもちろん、その手の妖魔を呼び寄せないように注意しよう。ああ、『伝統派』からも遠ざけるべきか。正当な古式魔法師たちが秘術や禁術を他所に、まして九島に教えるとは思えんが。あの一派であればやりかねん〉

 

 大切な孫を護る。そんな使命感に覚えたのだろう烈は先程までの弱弱しさを吹き飛ばし、覇気を漲らせていた。

 こっちが忠告を付け足す前に、他の危険性に気分で気付いてくれたのは有難い。

 これで、しばらくは光宣の暴走を抑えられるだろう。あくまでも、『しばらくは』、だろうが。

 

「突然のご連絡に応対していただき、ありがとうございました」

 

〈君の連絡だったらいつでも歓迎だ。できれば吉報を聞きたいがね〉

 

 話の締めに掛かれば、烈はおどけた好々爺に戻る。

 そうして笑みを零し、別れの挨拶を交えて通話を終える。

 

 では、次の連絡だ。

 

〈もしもし、大人(ターレン)。どのような御用でしょうか〉

 

 次の相手をコールすれば、これまたスリーコール以内に応じてきた。

 皆俺の連絡を待ち構え過ぎではなかろうか。まぁ、俺からの連絡って、大体緊急性とか危険性があるモノだから、皆早く応じねばならないと感じているが故、なのかもしれないが。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

()、訊きたい事があるんだが。お前は魄とやらの治し方を知っているか?」

 

〈……申し訳ありません、大人(ターレン)。父なら何か知っていたかもしれませんが、私はとんと〉

 

 少しの思考の後、謝罪を口にした周妃。ただ、そこに無力感はなく、平静そのものである。

 

「そうか。いや、お前が知らないんなら良いんだ。悪かったな」

 

〈いえ。お力になれず、申し訳ありません。……、失礼します〉

 

 周妃は答えられないと判断するや否や、こっちの断りなしにすぐ通話を切った。

 俺は、それで俺の意図が伝わっている事を確信する。

 

大人(ターレン)、聞こえていますか?)

 

 確信した通り、周妃がテレパシーを繋げてくれた。

 そう。俺は周妃として持ち得る知識ではなく、周公瑾として持ち得る知識を訊きたかったのだ。ただし、間違っても盗聴などされては困るので、こうしてテレパシーを繋いでもらった訳だ。俺から繋げられれば良いのだが、残念ながら俺にはできないのであしからず。

 

(聞こえている。それで、話は水波さん、倒れた四葉の従者関連なんだが)

 

(次期当主お付きのあの方ですね、覚えております。……あの方の魄、損傷してしまったのですね)

 

 周妃は水波と面識があるので、水波の事を覚えていたようだ。

 そして、俺が見舞いに行っている事や、この前に達也が『トゥマーン・ボンバ』に曝された件、さらには先程の通話内容も合わせ、状況を把握してくれた。話が早くて助かる。

 

(彼女に恋慕を抱いていたっぽい光宣さんが押しかけて来たんだが。彼が彼女の魄を診断して、俺が修復の可不可を尋ねたら、『修復不可能なんかじゃない』と叫ばれて走り去っていった)

 

(あの方でも絶望視する程の損傷具合だったと)

 

 烈に対してやったのと同じ表現をすれば、周妃は烈と同じように察した。烈と違って、対岸の火事を見るような素っ気なさだが。

 

(改めて訊こう。魄を治す方法はあるか?)

 

(パラサイトに憑依されるのが一番安全かと。それ以外は悪魔と取引だの、常時生命力を代償に魄を治し続けるだので、全くお勧めできません。特に、前者は対価だけ取られるケースが大半です)

 

(うん。一番安全なのがパラサイト憑依という時点でアウトだな)

 

 あるか怪しいと思っていたが、案の定、真面なのがなかった。なので、そちらの案は即刻却下である。

 

(ティエン)を使う。周胤か周循で九島、できれば光宣さん本人か、九島真言に接触してくれ。魄を治す術が、こちらにはあると)

 

(お、お待ちください、大人(ターレン)。『再起術(ヅァイチィシゥ)』を使うのですか?)

 

 周妃の平静が、ここで崩れた。こいつでも、そこまでの事態とは考えていなかったのだろう。

 

(光宣さんがパラサイトに手を出す可能性がある。彼自身がパラサイト憑依者になったら最悪だ。達也以外、誰も手を付けられないぞ)

 

 現状でもトップクラスの魔法師が、強化された上でパラサイトに精神汚染されて暴れ出す。全く御免被りたい筋書きだ。

 

摩醯首羅(マヘーシュヴァラ)大人(ターレン)なら、如何様にでも対処できるのでは……?)

 

(被害が無視できない。パラサイトが拡散する恐れもある。そもそもパラサイトに触れさせないのがベストなんだよ)

 

 周妃の見積もりは、甘いと言わざるを得ない。俺と達也なら、確かに強化された光宣でも殺す事は難しくないだろう。

 だが、容易ではない。殺すまでに時間が掛かり、掛かった分だけ被害者の数とパラサイト拡散の恐れが増えていく。

 とてもではないがそんなリスクは許容できない。ただでさえこっちは新ソ連や『ディオーネー計画』推進派と争っている最中なのだ。リスクの積載量には余裕を持ちたい。

 

(ですが……)

 

(代替案はあるか?できればリスクを抑えたモノで頼むよ)

 

(……かしこまりました、大人(ターレン)。……九島と接触するルートの構築に移ります)

 

(ああ。ありがとう、周妃)

 

 代替案がないと、苦汁をなめた周妃。俺は彼女に、せめて礼の言葉を送るのだった。




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 次回の更新は、7月28日の予定です。
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