魔法科高校の編輯人   作:霓霞霖

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第百三十七話 脱輪・前編

2097年6月8日

 

 慌ただしかった日曜日・月曜日から打って変わって静かな、しかし小さな緊迫感の漂う平日が、過ぎ去っていった。

 ただしそれは引き潮にすぎず、この土曜日に面倒事という名の津波が、押し寄せてきていたのだ。

 午前授業も乗り切ったら風紀委員の仕事もそこそこに、俺は他の風紀委員に『家の用事がある』と謝りを入れてから、早めに上がらせてもらう。森崎には『またか』と呆れられたり、幹比古と雫から頼ってほしそうにされたりしたが、『十師族関連だから、すまない』とさらに頭を下げて、逃げるように帰宅したのだった。

 

 そうして帰宅後に装いを学生服からオフィスカジュアルに変え、普段から整えている身だしなみも整える。

 一息付いたところで、四葉から寄越されたリムジンに乗り、目的地へ。

 目的地は東京某所のホテル。貸切られているために一般客の居ないその正面に、俺と周妃を乗せたリムジンが停まる。

 ホテルのエントランスホールには、達也と深雪、光宣、そして、澪の姿があった。しかし、澪1人と他3人には距離があり、会話がない。3人が注視しないまでも注意を払い、そうされている澪が笑顔で突っ立っているのである。

 その構図は別におかしくない。達也、深雪、光宣は招待、というか招集された側で、澪は、招待した側であるが故に。

 

 会話がないために、俺の到着をすぐ認識した澪。彼女は俺の下へと歩み寄る。心なしか、早足に見えた。

 

「お待ちしておりました、十六夜様」

 

 名家令嬢に違わぬ綺麗なお辞儀で俺を出迎える澪。少し前まで虚弱体質だったとは思えない。達也たちも同じのようで、眉間にわずかながらシワを作っている。

 

「……貴女の体質を改善させた治療法が、水波さん、四葉の従者も治療できるかもしれない。そういうお話でしたね」

 

 真剣な表情で、俺は招集された原因を確認した。舞台裏を知っている者からすれば、あまりにも白々しい演技だろう。つまりはそういう話なのだ。

 周は五輪家を使って、九島と四葉に接触したのである。

 考えれば妥当な経路だ。五輪は九島や四葉と同じ十師族で、当然その三者は交流がある。そして、五輪は『再起術(ヅァイチィシゥ)』をその目にしている。

 『再起術(ヅァイチィシゥ)』を教える経路として、現状これ程最適なルートはない。周は俺に急かされたのもあって、新しいルートの構築より、今あるルートの使用を選んだようだ。

 これが凶と出ない事を祈ろう。

 

「治療法、教えていただけるのですか?」

 

 演技で詰問する俺。その様子を、澪はクスクスと笑う。演技が下手だと笑ったのかと、俺は顔をしかめる。

 

「そう凄まないでくださいな、十六夜様?物事には、適した状況というモノがあります」

 

 がっつく少年をたしなめるように、澪は楽し気でありながら優し気だった。彼女は案外、この茶番を楽しんでいるのかもしれない。俺との秘密作りが、彼女はお気に召しているようだ。

 

 そんな茶番を他所に、奥から洋史が姿を表す。

 

「皆さん、お待たせいたしました。どうぞ、会場の方へ」

 

 洋史は手で指し示し、皆をホテルの奥へと誘う。

 会食や会合などに使われる一室へと。澪を回復させた治療法が明かされる会場へと。

 

 司波兄妹、光宣、そして俺に周妃は、前を行く洋史と澪の背中から目を離さず、一定の距離を空けて後に付いていった。

 そうして皆を案内していた五輪姉弟が、両開きの扉を目前にして立ち止まり、その扉の両脇に控える。

 扉は自分たちで開けろ、という事だ。洋史は失礼のないようにと目を伏せ、澪は皆を試すように見つめている。

 周妃を除いた俺たちはそれぞれに目配せをするが、最終的に俺へと一点集中される。俺が開けるのかと、自分を指差しながら苦笑すれば、周妃含めて皆が頷く。

 俺は肩を落としてから扉のドアハンドルを握り、押し開けた。

 

 会場内には西洋の食堂を思わせる長机が置かれており、数名がそこに並んで着席している。五輪勇海、九島烈と九島真言、四葉真夜。

 そして、周胤。

 若かりし頃の周公瑾といった姿の少年が、堂々と上座に座っているのだ。

 達也はその少年の姿を視界に入れるや否や、目を見開いた。殺したはずの男によく似た少年を見れば、誰しもそうなるはずだ。もちろん、俺も達也と同じ様子を装っている。周妃も同じく。

 周公瑾と直接の面識がない深雪と光宣は、俺たちのその反応を訝しむ。

 だが、達也の様子がおかしいのと、勇海を除く会場内に居る大人たちが目を鋭くして少年を注視しているのを合わせ、尋常じゃない空気を感じ取った。そうすれば、2人は自然と気を引き締める。

 

「……周公瑾」

 

 周胤を数秒睨んだ達也が、そう小さく呟いた。『エレメンタル・サイト』を用い、確認したのだろう。周胤が周公瑾のクローンである事を。

 同時に、とある想像が頭を過ったのだろう。あっさり死んだ周公瑾の魂は、その少年の中にあるのだと。

 

 その呟きを耳聡く拾った大人たち、少年を注視していた彼彼女らは、達也を一瞥してから、周胤に先程までより鋭い視線を向け直す。

 周胤が何らかの手段で生き残った周公瑾本人であるという疑いが、達也の呟きによって補強された訳だ。

 そんな針の筵じみた状況でも、周胤はどこ吹く風で微笑んでいるが。疑いを持つ大人たちから顔を背けている勇海の方が、この状況における正しい反応している気がする。

 

「皆さま、お座りください」

 

 話は全員が座ってからだと、周胤は言い表した。

 促されるように俺たち四人が扉を潜れば、逃げ場を潰すように澪と洋史が扉を締める。そうしてから、俺たちの分を空けて、一番下の席次へと腰を落ち着ける。2人の様子は、扉の脇に控えた時と変わらない。

 残された俺たちは警戒心を持っておもむろに、それぞれに宛がわれているだろう席に座る。光宣は烈、真言に続いて並び、真夜の横に達也、深雪、俺、周妃の順で並ぶ。

 真夜の横が俺でないのは、真夜が達也を手招きしたからだ。真夜はどうやら、達也の眼を頼りたいらしい。

 

 全員が座った事を認めて、周胤は笑みを深める。

 

「お忙しいところお集まりいただき、真に感謝します。私の名は周胤。貴方方と敵対した周公瑾の息子であり、今はとある方の庇護下にあります。今回はそのお方の指示もあり、貴方方にとあるお話を持ってまいりました」

 

 周胤は重要な情報をいくつもちりばめて、つらつらと語っていく。周胤を警戒する者たちは耳をそばだてていた故に、その重要な情報の精査に思考が割かれ、口を挿めずにいる。

 

「そのお話とは、五輪澪様の虚弱体質も改善せしめた治療法、『再起術(ヅァイチィシゥ)』に関して、です」

 

 『五輪澪様の虚弱体質も改善せしめた治療法』という言葉で、五輪家以外のここに集まる全員が、チラリと澪を覗き見た。澪は肯定するように笑みを浮かべて、席を立っては周胤の傍で足を止める。

 

「彼の述べた事は全て事実ですわ?私ども五輪家は、この方の組織と取引し、私の虚弱体質を治療していただきましたの。私どもが支払いした対価は、五輪家の動向と、五輪家に下される政府からの指令を教える事」

 

「勇海」

 

 澪の言葉を聞いて、烈が口を開いた。まるで生徒を叱る先生のように。

 烈の叱責にはまだ優しさがある。しかし、真言と真夜の目には、優しさが微塵も含まれていない。むしろ敵意が込められている。

 

「……閣下。我々が一線を超えた事は、自覚しています。我々は、海外マフィアに情報を売りました」

 

「五輪殿!」

 

「待て、真言。真夜もだ」

 

 勇海は誠実な生徒のように、罪状を読み上げられるより早く自白する。そんな彼の考えをしっかりと聞くべく、烈は糾弾しようとした真言と、今にも口を開こうとしていた真夜を制した。

 そうして矛を収める真言と真夜を見収めてから、烈は勇海の目を正面に捉える。

 

「勇海。君は、彼がテロリストの息子だと知った上で、なお取引相手に相応しいと思ったのだな?」

 

「はい、承知の上です。また、十六夜殿が周妃殿を庇護するのと違い、海外マフィアとの取引。情状酌量の余地が得られるとは思っておりません。しかし、それを加味しても、彼らとの取引には価値があると判断しました。母国を守る事にも、娘を幸せにする事にも」

 

 烈の目から、勇海は目を逸らさない。普段は弱腰ですらある五輪家当主は、事ここに至り、言い逃れも隠し事もしないと、強い意志を窺わせる。

 

「確かに、戦略級魔法師である君の娘を回復させるのは、その両方に繋がるな。ただ、国外の、とは言え、犯罪組織との取引はいただけないぞ?勇海」

 

「彼らの行いは、法に則っていない、というだけで、人道には反さないモノだと把握しております。全容は、掴んでおりませんが……」

 

「そこはしっかり掴んでおきなさい」

 

 『全容は』云々のところでいつもの弱腰に戻ってくる勇海。さすがにそれは普通にミスだと、烈はお叱りを授けた。

 

「では、君に訊こうか。周胤殿、で、よろしいかな?」

 

 生徒へのお叱りを済ませたところで、烈は矛を抜いて、その切っ先を周胤へ。

 

「お好きにお呼びください。我々はあくまで、貴方方に営業を掛けている側ですので」

 

 心を一切乱さず、しかし不敵とも取られかねない物言いで、周胤は烈に応戦した。

 

「全容を訊きたい、との事でしたね。しかし、お恥ずかしながら、我々はまだ新興組織。各地に散らばる者全てを数えたとして、1万にも満たない人員数でしょう」

 

 周胤は謙遜するように、しかしその裏で真意をひけらかす。

 総勢力1万に届かんとする人員が各地に潜んでいる。そのように、周胤は自慢しているのだ。

 そうされた皆は驚きの大きさに合わせ、小さく唸っていた。

 俺もちょっと驚かされた。いつのまに1万近くまで人を集めていたのか。思いのほか、『魔物』の技術を欲した者は多いようだ。

 

「本拠地と言えるような大層な拠点は構えておりませんが、我々は大亜細亜連合で発足した組織であり、我らが主はその国に身を潜めております」

 

 つらつらと綴ったひけらかしを、周胤はそこで留めた。

 

「質問して良いかね?君たちの主が何者なのか、とか。君たちは何が目的なのか、とか」

 

 言葉が切れたとみるや否や、口を挿むのは烈。彼は、大胆かつ明け透けに相手の秘密を探っていく。

 

「我らの主は、(ティエン)と、今は名乗っております。外見は14歳程のアジア人女性なのですが。実年齢は如何程のものなのでしょうね?何しろ、私も知らない神秘を扱う方ですので」

 

 周胤から明かされるそれらの情報。躊躇いなく、また冗談めかした冗談みたいなそれに、聞かされた烈たちは半信半疑だ。実際、半分真実で、半分嘘なのだから質が悪い。

 

「目的というのも、あまり共有はされていません。主、(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)は世界に張る網をお求めでした。私はその網を作る役割に最適だから、目を付けられたのでしょう」

 

「ジードを利用する前から仕えていた相手、ではないのか」

 

 達也が口を挿んだ。その文面は明らかに、周胤を周公瑾として扱っているモノだ。

 

「ジード・ヘイグを利用していたのは私の父、周公瑾です。父の本当に忠を置いていた方があの方であったかどうかについてですが。少なくとも、私は父の口からそのような事は聞かされておりませんでした」

 

 白々しくも、しかしながら平静に、周胤は自分が周公瑾の子供だと設定する。自分は周公瑾本人ではないと。

 

「私に兄が居るなどと、父は言っておりませんでしたが」

 

 その設定に反応するのが、同じく周公瑾の子供という設定の周妃。反応しなければ嘘だろうと、彼女は、いつになく真面目な表情まで作って、皆に演劇を披露している。

 

「だから君は四葉に送り出されたんですよ?周妃。自分の計画成就に、箱入り娘なんてお荷物は必要ないと」

 

「私が、箱入り娘……?」

 

「父が与えた玩具を使えてその気になっている時点で、貴女はただ守られるだけの箱入り娘ですよ。何せその玩具が、私が父より相続した財産の一部でしかないと、気付いてすらいないのですから」

 

「……っ!」

 

 周胤の嘲りに、周妃はこれ見よがしに目を見開いた。まさしく、周りに見せ付けるように。

 周妃の使っている情報網は周胤が張っている網である。その事実を知った驚愕と、嘲る相手への怒り。周りには、そう映っている事だろう。

 

 周胤はさらに周妃を嘲るように、彼女などもう眼中にないように、話を戻す。

 

「目的が共有されていない、と先程言いましたが。一部、訂正させていただきます。私は(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)より目的を共有されておらず、彼女は、そして私も手下たちに各々の目的は共有しておりませんが。私は、彼女に自分の目的を伝えております」

 

 主の目的は知らない。手下たちも知らされていない。だが、自分は主に伝えている。

 その伝えた目的をここに居る皆にも伝えようと、注意を煽るべく一拍を置く。

 そうして口を開くのだ。

 

「私の目的は、孫呉(そんご)王朝の再興。それが、周公瑾から引き継いだ、私の悲願」

 

 周胤が携えていた笑みに、不気味さが混じる。端を横に引いた口は、さながら蛇のそれだ。故に、その笑みは、獲物を捉えて逃さぬ蛇のようであり、大願を見据えて離さない夢追い人のようでもある。

 だからこそ、その悲願が嘘やその場凌ぎではなく、本当の悲願である事を如実に伝えている。

 

 皆が唖然としていた。目の前のこの男は、まさかそんな事を悲願にしているのかと。目の前のこの男は、何故そんな事を悲願にしているのかと。

 思考が堂々巡りで、皆が硬直する中、たった1人だけ硬直を解く。

 

「ふっ、ふっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 

 その1人とは、烈だった。唐突に哄笑を響かせる彼の姿は、皆の硬直を強くする。

 

「なるほど、なるほど。いやぁ、そんな事もあるものか」

 

 哄笑の余韻を残す烈はおもむろに立ち上がる。何をするつもりかと、周胤も俺も含めて注目を搔っ攫っている。

 

「お会いできて光栄だ。孫呉の名将、周瑜公瑾殿」

 

 烈は周胤に向けて、恭しく一礼をした。そこには確かに、偉人に対する尊敬の念が込められている。

 ただ、皆の混乱は加速するばかりだ。

 

「父上、いったいどういう……?」

 

「パラノーマル・パラサイト、それ自体じゃないにしても、似た性質のモノを用いたのだろう?いや、無念の意志が、パラサイトに深く刻みつけられたのか?何にせよ、主君との夢半ばでは、死ぬに死にきれなかったのだろうなぁ」

 

 烈は真言の漏れた疑問に答えつつ、周胤に自分の推測を叩きつけた。

 周胤は、パラサイトに自身の意志を刻みつける事で生き永らえる、三国志の周瑜その人であると。

 その仮説に、周胤は笑みを崩す。真顔だ。

 そうもなるだろう。周胤自体、いや、周自体、そうである可能性を持っているが、そうである確証がないのだから。

 自分が周瑜公瑾らしき記憶と意志を持っているが、自分が周瑜公瑾であると証明するモノは何もないのだから。

 

「……、私が本当は何者であるか。それは最早何の意味も持ちません。私は(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)に仕え、孫呉王朝の再興を悲願とする存在。私は、そのような者でございます」

 

 大分沈黙を挿んだが、周胤は元の笑みを取り繕い直していた。無理をして、と言うよりは、その思考を一旦切り捨てたようである。彼は、自分が周瑜公瑾だったのかどうかという思考を切り捨て、自分は周胤であると定義し、思考を正した、といった感じだろうか。そうして復帰できるのも、彼が優秀である証拠だろう。

 

「……擦り切れているか。……どおりでその手法が伝承されていない訳だ。……、口を挿んで失礼した」

 

 烈は周胤の態度から容体を精査したのだろう。

 パラサイト、あるいはその類似品を使った不死は、記憶の摩耗を引き起こす。自分が何者であったかの証明すら出来なくなる程となれば、欠陥と言って差支えない。だから、そんな欠陥を抱えた不死の法は、意図して失伝されているのだろうと。

 そこまで精査し終えた烈。彼はその方法を知る意味はないと詮索を止め、擦り切れた英雄の姿に一瞬だけ憐憫を滲ませる。ただ、本当にそれは一瞬で、何事もなかったかのように、彼は再び席に腰を下ろした。

 

「私も本題に入りたいところですが。他に、今の時点で何か質問がある方は?」

 

 雑事を済ませておこうと、この場を見渡した周胤。幸か不幸か、口を開く者は現れない。

 この場で訊き出せるだろう事は、烈と周胤の問答によって、おおよそ訊き出せたのだ。

 周胤が所属する組織の全容。答えは、トップが大亜連に居る、各地に散らばった1万弱。

 組織の目的。答えは、幹部のそれが孫呉王朝の再興。トップのそれは不明。ただし、中間目標が世界に広がった情報網の構築。

 周胤の正体。答えは、自分たちが処断したはずの周公瑾である可能性が高く、また、パラサイトのような妖魔に意志を継承している存在である可能性も高い。ただし、三国志の周瑜公瑾である可能性もあるが、これは何の確証もなく、また、確証を得る意味もない。

 トップの目的と正体も訊き出したいだろうが、訊き出せないだろう事を周胤の態度から皆読み取っている。

 

「では、本題へ移らせていただきます。……、我々が貴方方に持ちかけている話は、魄の治療。我々はそれが可能と思われる術を持っているため、その術を試したく、お声がけ致しました。丁度、魄でお困りの患者様がいらっしゃるようなので」

 

 周胤から切り出された本題に、五輪家を除く皆の表情が険しくなる。

 その者たちの思考は、おそらく一緒だ。こっちに魄で困っている人間が居ると、何処で知った。

 漏れるはずのない情報を、相手は持っている。それだけで、警戒に足る。周胤への、周胤が所属する組織への警戒度が上がる。

 だからこそ、真夜の思考は回りが早く、不可解な点を即座に見つける。

 

「ごめんなさい、2つ質問させてくださいな」

 

 真夜はその不可解な点を見過さないし、相手を逃さない。問い質す。

 

「1つ、貴方。魄を直せるかもしれない術を持っているから試したい。貴方はそう言ったわね?」

 

「はい。言い間違いなどではございません。我々の持つその術は、おそらく生物のあらゆる障害を取り除けるモノですが。残念ながら、我々も研究段階であり、何処まで可能で何処から不可能なのか、把握できておりません。そのため、試したいと、申しました。ある意味で治験ですね。医療薬品のそれではありませんが」

 

「どうしてそれで私たちに?私が言うのもおかしいのだけれど、『四葉』に話を持ち掛けるなんて、危ない橋でしょう?」

 

「魄に問題を抱える事は、非常に珍しい症例なのです。それに、この治療法は我々もそれなりの費用を掛ける。ならばこそ、患者は選びたい。そうして見つけたのが、日本の重役たる貴女方だった。日本の情報を得る点で言っても、貴女方はまさに最適でしょう」

 

「そう……。まぁ、筋は通っているかしら」

 

 周胤の回答に、些細な違和感を、真夜は抱いている。

 重要な部分が隠されているような違和感。しかし、訊いて教えてもらえるとは思えなかったのだろう彼女は、一応大きな矛盾のないその回答を呑み込んだ。

 

「次に、九島家の方々」

 

 1つ目を終えた真夜は、目線を烈たち、いや、真言に向ける。

 真言の眉根が上下する。

 まさか2つ目が自分たちに対するモノだったとは予想していなかったようだが、質問される事に、思い当たりがあるようだ。

 

「九島殿。貴方方の誰が、魄に問題を抱えているのかしら。彼から聞いた限り、滅多にない症例らしいのだけれど」

 

 真夜のその質問は、答えを訊くモノではなかった。罪に問うモノだ。魄に問題を抱えるなんて、九島家は光宣に何をしたのか、と。

 

「……自分を棚に上げるつもりか?四葉殿」

 

「そう、調整体ですのね」

 

 真言はカマに掛かる。真夜は古式の秘術を用いた施術というのまで考慮に入れていたのだろう。真言が『自分を棚に上げる』、つまり四葉もやっている事と表現したために、その考慮が調整体にまで絞り込まれたのだ。

 真言は、固く口を結ぶ。その下で歯噛みしている事は、容易に想像できる。

 このまま真夜の糾弾が続く。そう、皆が思っていた。

 1人を除いては。

 

「……待って、……父さん。……どういう、事?」

 

 半ば茫然自失なその言葉は、光宣のモノである。

 彼の理解が追いついたのだ。

 この場に相応しいとは言い切れない自分。魄に問題がある九島の人間。九島の調整体。

 それらが全て繋がってしまった。

 九島の調整体が自分であると、自分が調整体であると、光宣は悟ったのである。

 

「……何を狼狽えている、光宣。護国のため、より強い魔法師を生み出そうとするのが十師族、ひいては日本魔法師家の本分だ。遺伝という生命の神秘に任せるのではなく、技術で以ってその本分を果たそうとした。それだけの事だろう」

 

 真言に、悪びれた様子はない。彼は本気で、自身の行いが許されるものと思っている。

 当然、光宣が許すはずはない。

 

「それで僕がどれ程苦しんだとっ、自身の病弱に泣いてきたとっ!」

 

「その事はすまないと思っている。もっと上手く調整できていれば、『四葉』のそれなど歯牙にも掛けぬ調整体が生み出せただろう。お前を完成品にしてやれなくて、すまなかった」

 

「ふざけるな!」

 

 真言の言葉選びは、最早自分の子供に対するモノではない。最早製品に対するようなそれは、光宣の怒りに油を注ぐだけだった。

 

「光宣、落ち着け!実の子孫を調整体にしてしまった罪は、真言だけの罪ではない!それを見過ごした私の罪であり、九島家全体の罪だ!」

 

「お祖父(じい)様退いてください!1回そいつを殺さなきゃ、僕の気が済まない!」

 

 烈が割って入るが、真言を父ではなく怨敵とした光宣は、その程度では止まらない。

 魔法発動の兆候すら見せている。と言うか、烈が『領域干渉』で魔法の発動を抑えていなかったら、発動まで行っているだろう。

 

 そんな殺伐さすら漂いだしたこの場に、電子音が響く。

 

〈君、少し落ち着きなさい。これじゃあ、君への朗報も伝えられない〉

 

 電子音が伝えたのは、少女の声だった。




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 次回の更新は、8月11日の予定です。
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